(46)セシルの能力覚醒。
⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯
「⋯⋯ん?、あれは?」
「⋯⋯警鐘⋯⋯よね?」
「⋯⋯それにしては、なんだか気の抜けたような音だな⋯⋯」
執務室で雑務に追われていたアルフレッドとフローラの耳に、音は確かに警鐘のものだが、何と言うかどこか遠慮がちな、しかも全然警報でも何でもない感じの間延びした音が聞こえて来た。
「何あれ?」
「〜~ッッ!?シルクバードじゃないっ!?」
とりあえず、警鐘の鳴った北側の防御壁へ向かってみると、門の前に体長約2メートルの、真っ白いもっふもふなペンギンのような姿の鳥が12羽、揃ってこちらを見上げていた。
「シルクバードって?」
シルクバードを見て驚いているフローラに、見たことも聞いたこともないアルフレッドは説明を求めた。
フローラ曰く、シルクバードとは山奥の険しい谷間などに巣を作る鳥の魔物で、巣を作る際に口からシルクのような糸を吐くのだそうだ。
鳥なのに口から糸を吐くのかと重ねて聞いてみたが、吐くものはしょうがないと言われた。⋯⋯まあ、それはそうだ。
で、その糸が貴重で、とても丈夫で艶があり、何年経ってもくすむこと無く輝き続けると言う魔力を纏った糸なのだとか。
その糸で作られたドレスは至高の逸品とされ、王家からも注文が絶えないと言われるほどで、かなりの高額で取り引きされているものらしい。
さらに、あの真っ白なもっふもふの毛は、毛布や防寒具、えり巻きなどに使われ、その肌触りの良さと品質の良さから、国内では幻の最高級品として扱われる毛なのだそうだ。
因みに卵は繁殖期にしか産まず、食用にもならないらしい。
「⋯⋯で、そのシルクバードが、何だって示し合わせたように門の前に並んでいるんだろう?」
アルフレッドは首を傾げてしまった。
「クェッ! クワッ、クワッ! クワクワッ⋯⋯クェ〜ッ⋯⋯」
「⋯⋯何か言ってるね」
「⋯⋯言ってるわね」
シルクバード達は、両手? 両翼? をバタバタさせながら必死に何かを訴え掛けていた。
「あの⋯⋯よろしいですか?」
その時、後ろに控えていたセシルがおずおずと声を掛けてきた。
そういえば、セシルはあの後アルフレッドの屋敷で一緒に暮らすことになった。
フローラに、ルシエラ婆さんが言っていたエルフとの繋がりの話をしたところ、それはぜひともこちらからお願いしてでも繋がりを持っておくべきだといわれ、側室待遇で迎えることになったのだ。
「セシル? どうしたの?」
「あの⋯⋯。あのシルクバードたち、保護してほしいって言ってます」
「⋯⋯⋯はい?」
「ですから、シルクバードたちが保護してほしいって言ってます」
「「⋯⋯⋯⋯。」」
「いやッ、そんな怪しい人を見るような目で見ないでくださいっ!? 本当にそう言ってるんですからッ」
「⋯⋯セシル、あなた魔物の言葉が分かるの?」
ひと足先に立ち直ったフローラが、セシルに疑問をぶつける。
「はい。どうやら最近、能力が覚醒したようです」
「⋯⋯⋯最近?」
「はい。⋯⋯⋯あのっ⋯⋯アルフレッド様と一夜を共にしてから⋯⋯その⋯⋯ゴニョゴニョ⋯⋯」
セシルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ア〜ル〜ッッ」
ギロッッ!
フローラに睨まれたアルフレッドは、ワタワタとしながら周りに助けを求めたが、当然ながらみな目線を反らしてしまった。
「フ、フローラ様ッッ」
それを見ていたセシルがフローラにそっと近付いた。
「実はですね⋯⋯ゴニョゴニョ…⋯」
「〜~ッッ!?」
「それでアルフレッド様は⋯⋯ヒソヒソ⋯⋯」
「〜~ッッ、まあっ!?」
「そのうえで、こんな事を⋯⋯ゴニョゴニョ⋯⋯」
「〜~ッッ、んなあっ!?」
「さらに私が⋯⋯ヒソヒソ⋯⋯」
「〜~ッッ、ヒィッ!?」
「⋯⋯ゴニョゴニョ⋯⋯と言う感じだったんです。」
「⋯⋯アル。⋯⋯鬼畜だわッ! セシルさん可哀そうッ! これからは私が味方よッッ」
「ありがとうございます。フローラ様ッッ」
ヒシッ
二人はギュッと抱きしめ合って、友情を深めていった。
「⋯⋯⋯あのっ!?⋯⋯何の話をしてるの!?」
「「乙女の秘密よ(です)」」
「⋯⋯おおぅ」
なんだか、いきなり強力なタッグが生まれてしまった気がする⋯⋯。
「そ、それで、シルクバードはなんて言ってるのっ?」
アルフレッドは無理やり本題へと話を戻した。
「では、詳しく聞いて参ります」
そう言うとセシルは門の外へ赴き、本当に会話を始めてしまった。
「クェッ、クェッ、クワクワッ、クワクワッ、クェッ!」
「ふむふむ。⋯⋯なるほど⋯⋯あー、そっか⋯⋯ああ⋯⋯」
セシルはひとしきり話が終わると戻って来た。
「シルクバードたちは、元々東の山に住んでいたそうです。それでその住処の山が突然爆発してなくなってしまったので、今度は西に行ったら、また爆発して⋯⋯それで北の山へきたらまたまた爆発して⋯⋯最後に南へ行こうとしたら、その前に爆発してしまった⋯⋯と」
「⋯⋯⋯。はは⋯⋯完全にこちらのせいだわね」
フローラが申し訳なさそうな顔をして、シルクバードたちの方を向いた。
「それでうんざりしてしまって、もうどこへ行っても山が爆発するなら、いっその事ここで保護してもらってのんびりと暮らそうってなったそうです。住むところとエサをもらえれば、毎日ある程度の糸は出すし、生え替わりの時期になったら羽毛も提供すると言ってます」
「「〜~ッッ!?!?」」
驚きのあまり、アルフレッドもフローラも声が出なかった。
「⋯⋯あの、どうしますか? 追い返します?」
「⋯⋯⋯⋯はっ!?、い、いやいやいや、ぜ、ぜひともここにいてくださるように伝えて下さいッ。丁重にお迎えします! ぜひぜひ⋯⋯」
こうしてシルクバードたちは、リンドロット領の住人となった。
彼らのとり小屋? は東側の牧場の側に広々とした場所を確保した。
「クェッ! クワックワッ、クェ〜~ッッ」
「こらっ! ダメだって言ってるでしょっ!」
シルクバードは雑食で、野菜から果物、虫から肉まで何でも食べるそうなのだが、何故かきゅうりがお気に入りになってしまい、畑に侵入しては片っ端からつまみ食いをして、畑仕事をしている人達に怒られていた。
⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯
「⋯⋯また、何か気の抜けた音が聞こえる⋯⋯」
今度は南側の防御壁へ向かった。
すると、目の前の外堀の水面に、体長5メートルくらいのスライムがぷよんぷよんと浮かんでいた。
「撃ち方用意ッ、撃てッッ!」
ーーダーン、ダダダダダーーンーー
「だ、ダメですッ、弾が全部吸い込まれて、全然効いてないですっ!」
エレノアの指示で、リンドロット騎士団が一斉射撃を行なっているが、弾がスライムの体内に吸収されて何事もなかったように、またプニョンプニョンと浮かんでいた。
「エレノア、どういう状況?」
アルフレッドが側に近寄って説明を求めた。
「はいっ。今朝、あそこで浮いてるスライムを発見しました。気が付いたらいつの間にかいたようです。しばらく様子を見ていたのですが、特段何かをする訳でもなく⋯⋯ただ、邪魔なのは確かなので攻撃してみましたが、やはり銃弾ではダメージを与えることができないようで⋯⋯」
「ま、まった! あのスライムは何か悪さをしている訳ではないんだね?」
「はい。ずっとあそこに浮いているだけです」
「それなら、とりあえず攻撃は中止。スライムをあおらないで。セシル〜~ッ」
「はい。アルフレッド様何でしょうか?」
「ねえ、あのスライムとも会話出来る?」
「⋯⋯⋯あれとですか?⋯⋯やってみます」
⋯⋯⋯⋯⋯。
「⋯⋯⋯できました。何でも、ここの水がすごく心地良くてここに住みたいと言ってます。汚い水やゴミなどの処理は手伝えるし、悪いことはしないからここに置いて欲しいそうです」
「ここの水⋯⋯温泉水の残りって確かここに流れ込んでいたよね?⋯⋯それか?⋯⋯」
結局この後、このスライムはいくつかに分裂し、下水の処理などをしてくれるようになった。だが、その本体は基本的に外堀に浮かんでいる事が多く、もはや名物のひとつとなった。
このスライムたちは悪い事や悪戯は一切せず、それどころか最近では、子供たちを乗せてはぷよぷよと弾んで形を変え、一緒に遊びながら面倒を見てくれてさえいる。
⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯カ〜〜ン⋯⋯
「ま、また⋯⋯⋯。セシル、一緒に来てっ」
「はい。ご一緒いたしますが⋯⋯私がお役に立てるとは限らないですよ?」
「いや、⋯⋯多分しっかり役に立てると思うよ。」
「⋯⋯⋯アルフレッド様、予知能力とかあったりします?」
南側の防御壁へ向かうと、門の前に雷針黄金魔蜂という蜂の魔物達が揃って佇んでいた。
その蜂の大きさは、一匹が大人の腕の長さくらいあり、雷針の名前の通り針から雷の魔法を放つ気性の荒い魔物の蜂であった。そして、嬢王蜂は体長が優に三メートルを超える大きさになり、頭についている触感から、近づくものに雷の魔法を撃ち込んでくる凶暴さを持っている事で有名だ。
だが、その蜂蜜は魔力を含んだ最高の美味として知られ、最高級品として扱われている。
毎年この蜂蜜を採るために犠牲者が出る程の危険度にもかかわらず、その美味しさから蜂蜜狩りに行く人達は後を絶たない。
「⋯⋯⋯アルフレッド様、この蜂達も、蜂蜜を提供するかわりに保護して欲しいそうです。何でも最近山が爆発して、住むところをなくしたとか言ってます」
「⋯⋯⋯すぐに巣箱を用意しよう。いっそのこと、倉庫のような大きさの建屋にした方が良いな。その前に、絶対にこの村の人たちを襲わないようにしっかり伝えておいてよ」
「それは大丈夫だそうです。何でもこの群れの蜂たちは人間が好きみたいですよ?」
「⋯⋯それ、大好物の間違いじゃないよね?」
「…………笑えませんよ?」
こうして、能力が覚醒したセシルは大活躍をすることになった。
さらにセシルの活躍はこれだけに留まらず⋯⋯
「金毛神羊と話がつきました。安心して過ごせる場所の提供とお世話をするかわりに、羊毛を刈っても良いそうです。それから冬場は暖かい場所が欲しいと言ってます」
「誓角黒魔牛が庇護を求めてやって来ております。外敵から群れを守ってくれるのなら、毎日ミルクを提供するそうです。それと生え替わりの時期には角を持って行っても構わないと。ーーさらに、群れが大きくなりすぎてしまないように、時々個体数の調整が必要になってくるので、気性が荒く、群れに従わない個体から淘汰の意味で肉にしていって良いそうです」
どちらも即答で承諾した。
大急ぎでキースティン達土魔法使いとガルドさんたちで草原に牧場を作ってもらった。
金毛魔羊と誓角黒魔牛も、新しく出来た厩舎を気に入ってくれたようで、ホッと胸をなで下ろした。
しばらくは外敵から群れを守るため、リンドロット騎士団が馬に乗り、銃を持って見回りをする事になった。今後については、おいおい考えていこうと思う。
「⋯⋯アルフレッド様。魔天馬の群れのリーダーが、こちらの代表に合わせろと言ってます。どうしますか?」
新しく広がった領地のことで忙しくしていたある日、セシルが戸惑いがちに執務室に入ってきた。
「えっ!? あの、人間には絶対に近付かないことで知られる魔天馬が来た?⋯⋯本当にっ!?」
アルフレッドも驚きと戸惑いを隠せなかったが、まずは会ってみることにした。
南側の草原まで行ってみると、そこには既に魔天馬が来ていることを聞きつけた村の人たちが大勢集まっていて、皆、遠巻きにその雄姿を眺めては感嘆の声を上げていた。
その中にはガルドさんやゼノさん、エレノアや騎士団の団員たちの他に、ルシエラ婆さんまで来ていて、現在何歳なのか分からないと言われるほど長寿のルシエラ婆さんをもってしても、こんなに間近で見るのは初めてだと感激で涙ぐんでいるほどだった。
「⋯⋯で、デカい⋯⋯」
セシルに案内されてそのリーダーの前まで行ってみると、その魔天馬は他の個体よりさらにふた周りは大きく、堂々と雄大な姿を見せていた。
⋯⋯ブルッ⋯⋯ブルッ、ブルッ⋯⋯
「お前がこの村の代表かと言ってます」
セシルが横で通訳をしてくれる。
けど、アルフレッドには何となくこの魔馬の言いたいことというか、意識のようなものが感じられる気がしていた。
⋯⋯ブルッ、⋯⋯ブルッ⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
どのくらいそうしていただろうか。
しばらくお互いに顔を見ながらじっとしていたが、あるところで急にこの魔天馬が背中に乗るよう誘っている気がしてきた。
アルフレッドは、魔天馬を驚かせないように、そっと近付いてみる。
「〜~ッッ!?、ア、アルフレッド様ッ、危険です⋯⋯ッッ」
セシルが驚きの声を上げたが、振り返ることをせずに、そのまま歩を進めていく。
その間、この魔天馬はアルフレッドの方を見ながらじっと大人しくしていて、この後アルフレッドが何をするのかを観察している様子でもあった。
「〜~〜ッッ!?」
アルフレッドが魔天馬のすぐ隣に並び、その首を撫でた時、見物していた人たちが驚愕で息を呑むのが分かった。
そして、それでも動こうとしない魔天馬を見て、意を決したアルフレッドはその背に跳び乗った。
「「「「〜~ッッ!?、ア、アルフレッド様ッッ!?」」」」
魔天馬は、アルフレッドがしっかりと背に乗ったのを確認すると、くるりと向きを変え、草原に向けて走り出した。
「「「「⋯⋯ッッ、アルフレッド様〜~⋯⋯ッ〜⋯⋯」」」」
皆の声は、あっという間に届かなくなり、周りの景色が飛ぶように流れていった。
「〜~ッッ、凄い!凄い凄いッッ!これが魔天馬なのかっ!?なんて速さだッッ〜~⋯⋯」
魔天馬のスピードはどんどん上がり、ついにアルフレッドは目を開けていられないほどになっていく。
そしてそのままどのくらい走っただろうか⋯⋯。
魔天馬の走る速度が落ちてきたところで目を開けると、目の前には壮大な海が広がっていた。
「⋯⋯おお⋯⋯これが海⋯⋯」
真っ白い砂浜、端の方には岩場も見えている。
広大に広がる海原から吹いてくる潮風が心地良い。
寄せては返す波の音だけが、優しく耳に届く。
アルフレッドは魔天馬から降りると、しばし言葉を失い⋯⋯ただ海を眺めていた。
「⋯⋯ありがとうな。この景色を見せるために連れて来てくれたんだな」
⋯⋯ブルルルッ⋯⋯
側に寄り添っていた魔天馬にそう声をかけると、アルフレッドの言葉が分かるかのように返事を返してきた。
「⋯⋯これからも一緒にいるんなら、名前⋯⋯考えなくちゃいけないな」
⋯⋯ブルッ⋯⋯ブルルルッ⋯⋯
魔天馬は、前足を掻き頭を上下に振りながら、期待している様子を見せた。
「⋯⋯ん〜。フィルってどう?フィルヴィリウスっていう、この世界の風と破壊の神の名前から取ったんだけど」
⋯⋯〜~ッッ、ヒヒヒ〜~ンッッッ〜~⋯⋯
魔天馬の女傑は、名前を呼ばれると嬉しそうに天に向かって嘶いた。
夕焼けを背に、フィルに乗って茜色に染まった草原を駆け戻ってくるアルフレッドの姿を見た人々は、その絵画のような美しい光景を生涯忘れることはなかった。




