(45)陸の楽園を見つけた。
「それと、南側の方だけどな。⋯⋯まあ、自分達の目で見てくれ。」
北側の山が消え、ロンメル辺境伯領へ直通で行けることが分かって興奮していた王都帰りのアルフレッド一行に、ゼノさんは何故か、何処か遠くを見るような目をしてそんな事を言ってきた。
「「「「⋯⋯こ、⋯⋯これは⋯⋯」」」」
実際に、南側の山がなくなった場所へ行ってみると、何と消し飛んだ山跡のその奥には、周囲を高い山々に囲われる形で、どこまでも広い見渡すかぎりの草原が広がっていた。
北側と南側の山を吹き飛ばしてくれたおかげでリンドロット領の領地は元の5倍以上の広さになったが、その草原はそれ以上の広大さを誇っていた。
その、どこまでも広がる草原には青々とした草木が生い茂り、風がその草をサァァァ⋯⋯っと優しく撫でていく。
遠くの方には、いくつかの動物の群れが草を食んでいる様子が伺え、その遥か向こうには、ぼんやりと海が見えていた。
「〜~ッッ!?、海ッッ!?」
そう、海が見えたのだ。
今まで、このリンドロット領の南側は、海まで険しい山々しかなく開拓には向かないと放置され、手付かずになっていた。
それが、メアリーが山を吹き飛ばしてくれたおかげで、その先に誰も知らない広大な草原が現れ、そしてそれが海につながっていたのだ。
海があるという事は、何よりそこから塩が取れると言う事。もう高い金を出して塩を買わなくても済むようになる。それどころか逆に他領へ売ることも出来る様になれば、リンドロット領の大きな武器となる。
さらに漁ができれば、食糧事情は大幅に改善されるだろうし、港を作れば他領との貿易も行えるようになる。
少し前まで陽もろくに当たらなかったリンドロット領が、今や夢の詰まった場所へと変わりつつある。
アルフレッドは、わくわくが止まらなくなっていた。
「アル見てッ、あれ金毛神羊よッッ!」
フローラが興奮した様子で指さした先には、確かに金毛神羊の群れがのんびりと草を食んでいた。
金毛神羊はその肉の美味しさから超高級品とされ、王族に献上される事もある程の人気を誇っているのだが、それよりも名前の由来となった金の毛は、その肌触りの良さと美しさから、それこそ王族や高位の貴族達がこぞって欲しがる幻の素材とされているものである。
そのため一時期金毛神羊は乱獲され、今ではその姿は滅多にお目に掛かることのできない幻とされていた。
それが、群れをなして悠々と草を食んでいるのだ、フローラが興奮するのは無理もなかった。
「あそこにいるのは、誓角黒魔牛ではっ!?」
メイド長のカミラが指さした方向には、誓角黒魔牛の群れがのんびりとくつろいでいた。
こちらも、その肉が超高級品とされ幻とされているだけでなく、その角や皮は魔道具や武器の素材としてかなりの高額で取り引きされている魔物の一種である。
さらにはこの誓角黒魔牛から取れるミルクは濃厚で甘く極上の口当たりだと評判で、栄養価も高い事から病床の人や小さな子供達のミルクとしてもかなり重宝されているとても貴重な生き物だった。
「ま、まてっ!あそこにいるのはもしや⋯⋯魔天馬かッッ!?」
ガルドさんが我を忘れて叫んだ。
それもそのはずで、魔天馬とは、馬の魔物で大きさは普通の馬の2倍以上あり、体力は10倍では利かないとされている。風の魔法を操り、風を身に纏って走る速度は、一説には目に見えない程まで上がると言われている幻の馬の魔物なのだ。
騎士や戦士などのすべての乗り手たちにとって、それは誰もが一度は夢見る至高の『魔馬』だった。だが、風を置き去る神速と、鉄をも砕く剛力。そして人間の悪意を敏感に察知するその特性から、捕縛すら至難の業とされている。
この魔馬を従える者など、一国にひとり現れるかどうかーー。そんな、まさに奇跡の夢物語とされるほどの伝説の幻獣が、今、目の前で群れをなしているのだ。ガルドさんが驚愕するのも無理はなかった。
「フローラ様、もしやあれは双甘桃では?」
そう声を上げたのは、フローラお付きのメイドサラさんだった。
双甘桃とは以前、フローラがお茶請けとしてリンドロット村の女性達に流行らせたもので、とても甘く風味豊かで豊潤な香りが堪らない、物凄く人気の高い高価な果物であった。それが、草原の間に生えた木々に鈴なりになっていた。
「⋯⋯フローラお嬢様、その奥になってるの⋯⋯あ、あれって、もしかして⋯⋯」
震える声でお付きのマリアさんが指さした先を見て、フローラは絶句した。
「〜~ッッ!?⋯⋯あ、あれは龍仙果ッッ!?」
それは、龍が好むとされる魔力を持った特別な果物で、王都ではその実ひとつで金貨100枚を超える値が付くとも言われている、幻の中の幻と謳われる果物であった。
良く見れば、他にも色々と貴重な植物が生えていそうだった。
だがその中で、アルフレッドはあるものに気が付いた。
「⋯⋯あれって⋯⋯もしかして⋯⋯稲!?ッッ〜~、米ッッ、米があるのかっ!?うおおおぉぉぉ〜~ッッ」
アルフレッドは思わず両手を高々と天に向かって突き上げた。
そこには、紛れもなく自生している稲穂が風を受けてサワサワと揺れていた。
まさにここは、陸の楽園と呼ぶに相応しい場所だった。
それからすぐに調査団が結成され、そこに住む動物たちを刺激しないようにしながら、未知の領域へと探索に向かった。
きっとすぐに、抱えきれないほどの朗報を届けてくれるに違いない。
その日の夜、アルフレッドはルシエラ婆さんに呼ばれて家を訪れていた。
「アル坊よ。おぬし、セシルとの仲はどうなっておる?」
そんな事を唐突に聞かれた。
「⋯⋯え?いや、用事のある時に連絡係として動いてもらってるけど⋯⋯そのくらい?」
はぁぁぁぁッッ⋯⋯
それを聞いて、ルシエラ婆さんはとても大きなため息をついた。
「いいかい?わしがセシルを側におけと言ったのはそういう意味ではない。確かに連絡役も必要だからそこは良いのじゃが、それだけでセシルをアル坊に付けたわけじゃないんじゃ」
「⋯⋯えっ?違うの?」
アルフレッドは、何を言われているか分からずに首を傾げてしまった。
「良いか。わしが言った意味はな、セシルと関係を持てという意味だったのじゃ」
「〜~ぶっ!?」
アルフレッドは飲みかけの薬湯を吹き出した。
「〜~ッッ。ゲボ、ゲホッ、ちょっ、突然何を言い出すのッッ……!?」
「突然ではないわい。良いか、ここに移住してきたエルフ達は皆、里を捨ててこの地へ来た。今はこの地で他の者たちと良好な関係を結んでいても、いつ何時その関係が壊れてしまうやも知れないと心配しておるのじゃ。そうなればエルフ達にはもう帰る場所などないのだからの。だから、そうなる前にここの権力者であるアル坊と関係を結んでおこうと考えたのじゃよ。それがセシルじゃ」
「えっ!? いや⋯⋯そんな。そんな事をしなくてもここは心配いらない場所だから⋯⋯」
「今はの。けど、それが二世代、三世代と続いた先まで絶対に大丈夫と誰が保証出来る?ブルーノ子爵も、親はかなり評判の良い誰からも好かれる善人じゃったが、息子はあの通りじゃ。アル坊の子供達ならそんな心配は要らないのかもしれんが、その先までは責任を持てなかろう? わしらエルフは寿命が長い。アル坊の孫やその先の世代とも付き合っていくことになる。だからこそアル坊とエルフの間に子を儲けて、その子にこの地でエルフ達との繋ぎ役になってもらわねばならんのじゃよ」
しみじみと語るルシエラ婆さんの表情は、真剣そのものだった。
「だ、だからってどうしてセシルさんなのっ?⋯⋯それに、周りがいくら騒いでも、こう言うのは本人の気持ちが大切というか⋯⋯」
アルフレッドは、じわりと追い詰められていくような気がして焦り始めていた。
「セシルはまかりなりにも族長じゃ。エルフの代表として、この地の権力者と縁を結ぶのに何の問題もない。むしろ最適じゃ。それに、この事はセシル本人も納得しておる。じゃからアル坊にセシルを側へおけと話した時、本人を同席させたのじゃからのぅ」
⋯⋯そう言えば、あの時セシルさんは頰を赤く染めて俯いてたっけ。
〜~!? そうか、ルシエラ婆さんがニヤリと意味深な笑みを浮かべていたのって、こう言う事だったのかッ!
「まあ、アルフレッドがどうしてもセシルのことを気に入らないというのならば、また別の娘を探さないといかんがの」
「そ、そんなことはないっ! あんな綺麗な娘を気に入らない理由なんて、あるわけないよッッ」
アルフレッドは思わず叫んでしまった。
「ふぉっふぉっふぉっ。そういうことなら問題なかろう。のう、セシルよ」
「⋯⋯えっ!?」
ルシエラ婆さんが振り向くと、その背後からセシルさんが顔を真っ赤に染めておずおずと姿を現した。
「セ、セシルさんッッ!?」
アルフレッドは思わず立ち上がってしまった。
「〜~ッ、ア、アルフレッド様。ふつつか者ですが、どうかよろしくお願い申し上げます」
セシルさんは、その場で深々と頭を下げた。
「――ッ、⋯⋯⋯ふぅ〜~っ。セシルさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
ここまでされては、もう引き下がるわけにもいかない。
アルフレッドは大きくひとつ息を吐くと、セシルに頭を下げた。
「ふぉっふぉっふぉっ。二人とも今晩はここに泊まっていきな。わしは工房の方でポーションの調合が残っているから、そのまま向こうに泊まるつもりじゃ。ゆっくりしていくと良い」
そういって、引き止める間もなくさっさと出ていってしまった。
「「⋯⋯⋯⋯⋯。」」
「あ、あ〜、そのっ。いきなりこんなところでふたりっきりにされても⋯⋯ねぇ。あははは⋯⋯」
アルフレッドは頭を掻きながら、何とかこの場を切り抜けようと、ソワソワと周囲を見回した。
「あ、あのッッ!」
「は、はいっ!?」
セシルの突然の大声に、アルフレッドは驚いて直立不動の姿勢になった。
「あのっ、私はエルフとの縁を結ぶためだけにアルフレッド様の側仕えを承諾したのではありません。⋯⋯そのっ⋯⋯初めてお会いしたときから、ずっと胸がドキドキすると言うか⋯⋯アルフレッド様の事を思うと、こうギュッと何だか切なくなると言うか⋯⋯だ、だからっ、そのっ⋯⋯〜~ッ、あっ!?」
真っ赤になって俯き、だんだんと声が小さくなっていくセシルさんを見ていて堪らなくなったアルフレッドは、ゆっくりとセシルさんに近づいて、そっと抱き締めた。




