(44)アルフレッド凱旋帰還⋯⋯。
「たっ、大変ニャッ!大変ニャよッッ!!、アルフレッド様ッ、大変ニャッッッ〜〜!?」
王城での一連の儀式と手続きが終わり、ロンメル辺境伯に別れを告げて、アルフレッド一行は帰路に着いた。
道中も順調で、もうすぐブルーノ子爵のリーゲル領最西端の村、フルール村に着くというところで、後から領都グランリゲルを出発していたケットシー商会のニーナが叫びながら追いついてきた。
「ニーナじゃないか? どうしたんだ、そんなに慌てて⋯⋯」
フルール村を出ればリンドロット領はもう目の前。やっと帰れると思い気の緩んでいたアルフレッドに、ニーナは衝撃の言葉を伝えてきた。
「そんな呑気に構えている場合じゃないのニャッッ! ブルーノ子爵の奴がまたやらかしたのニャッッ! もう、許せないのニャッッッ!!」
尻尾の毛を逆立て、フシャーッ! っと怒りの声を上げているニーナを何とかなだめて詳しく話を聞くと、ニーナ達が領都グランリゲルを出る直前に、ブルーノ子爵より自領リーゲル領全体に布告がなされたそうだ。
その内容はというと⋯⋯
①リーゲル領以外の人間が領都グランリゲル西門を使用する際の通行料を、現行の銅貨五枚から銀貨五枚に引き上げる事とする。なお今までは町に入る時のみ徴収していた通行料について、今後は町から出る際にも徴収する事とし、即日施行する。
②同じく西門を利用する他領の商人について。現行通行料の他に荷物に応じた税金を徴収しているが、その額を従来の五倍へと引き上げるものとする。
③リーゲル領最西端のフルール村について。こちらについては、フルール村のどの門を使用する際にも①及び②と同様の対応とする。
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯シーン⋯⋯
そこにいる全員が固まった。
「〜〜ッッ! ふざけるなよッ、何だよこれッッ⋯⋯」
「⋯⋯領都グランリゲル西門って、利用するのはフルール村の人間と、俺達リンドロット領の人間だけじゃねえかっ⋯⋯そのうえでリーゲル領の人間は通行料を取らないってことは⋯⋯」
「⋯⋯ッッ、何だよ、俺たちリンドロット領の人間だけ狙い撃ちじゃねえかっ!」
「リンドロット村と領都グランリゲルを往復したら、通行料だけでひとり金貨3枚だぞ! それだけで俺達の何ヶ月分の報酬になると思ってるんだッッ!」
リンドロット騎士団の団員達から、次々と不満の声があがった。
「⋯⋯これは、完全にリンドロット領を狙っての事ね。今回の王家からの処分を受けて、没収された分のお金をリンドロット領から毟り取ろうというのがあからさまに分かるわね⋯⋯」
フローラも曇った顔をしている。
普通ならこんな無茶苦茶な布告は絶対にしない。
そんなことをすれば、人の流れも止まるうえに、商人も来なくなってしまうからだ。
それは結果として自領に人も物も流れてこなくなることを意味し、領地の衰退に繋がるのが火を見るよりも明らかなため、どんなに悪辣な領主でも決してやらない。
たが、今回の場合は事情が違う。
リンドロット領から外に出るには、フルール村を経由して領都グランリゲルの西門を通過しなければ、どこにも行けないのだ。物資の買い付けや商人の出入りも、全てこのルートを通らなければリンドロット領と繋がることはできない。
リンドロット領が外と繋がる為の唯一の道なので、どんなに高く通行料や税を設定しても、そこを通らないわけにはいかないのだ。
「⋯⋯⋯完全にやられたな。多分、没収された中から金貨三十万枚がリンドロット領に支払われるっていうのが癪に障ったんだろうな⋯⋯」
ブルーノ子爵が嘲笑っている顔が目に浮かぶ。
「アル⋯⋯どうするの?」
フローラが心配そうにアルフレッドの顔を覗いてきた。
確かにこのままではリンドロット領は潰れてしまう。かと言って他に迂回できる道もない⋯⋯
アルフレッドは、改めてリンドロット領の地図を頭の中に描いてみた。
現状、四方を高く険しい山々に囲まれていて、リンドロット領の東側からフルール村へと抜ける道だけが外の世界と繋がる唯一の手段だ。
北側は険しい山々が連なっていて、位置的にはその向こうにロンメル辺境伯領があるものの、この山を越える事は、山の険しさや強力な魔物達の巣窟になっている事を考えれば現実的ではなく、新しく道を開拓するのは無謀としか言いようがない。
西側と南側はどこまでも険しい山々が続き、その先にあるのは西側は隣国ザルツェリア王国。南側は遥か先に海があるらしいが、そちらの方は国としても未開拓の場所なのでどこかと道を繋げるなど論外だ。
手詰まりとは、こういう時に使う言葉なのか⋯⋯。
何とかできないものだろうか⋯⋯悔しいが、ブルーノ子爵に頭を下げて通行料を引き下げてもらうしかないのか⋯⋯
くっ、そんなことをすれば、見返りに何を求められるか分かったものじゃないっ。きっと奴のことだから、フローラ達にまで何か仕掛けてくるに違いない⋯⋯。
他に何か良い方法は無いのか⋯⋯。
アルフレッドはその日、一睡も出来ずに悩み続けた。
翌朝、アルフレッド一行は、申し訳なさそうにして同情的になっている役人に、とんでもなく高い通行料を支払ってフルール村を発った。
道中、リンドロット領へと向かう皆の足取りは重かった。
本来なら、子爵昇爵と【虹光聖剣勲章】の授与という英雄並みの功績を引っ提げての凱旋帰還になるのだが、村へ帰ったらブルーノ子爵が仕掛けた今回の件を村の皆に伝えなければならないのだ。とても浮かれている気分にはなれなかった。
だが、その悩みは思わぬ形で解決されることとなった。
リンドロット領に入ると、頰を撫でる風が心地よく感じた。風が抜けいつもより空気が爽やかな気がした。
そこにあるはずの山々は、今日はご機嫌斜めなのか何処かへ行ってしまい、晴れ晴れとするほど視界は良好だった。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯。
「⋯⋯ッッ、メアリー〜~~ッッッッ」
アルフレッドは叫んだ、それはそれは腹の底から思いっ切り叫んだ。
こんなことが出来るのは、この世界⋯⋯いや、前世の記憶とラノベの知識を持ってしても、メアリーしかいないはずだ⋯⋯。
それからすぐに、アルフレッド一行の前に村の人たちがぞろぞろと集まってきた。その中にはもちろんメアリーもいて、ニコニコとしている。
「アルフレッド様、おかえりなさい。⋯⋯フローラ様からの手紙で、子爵になったって聞いた。おめでとう。エライ、エライ。」
メアリーは、一生懸命背伸びをしてアルフレッドの頭を撫でた。
「あ、ああ。ありがとう。そうなんだよ、なんかいきなり子爵になっちゃってさー。ついでに勲章なんかも貰っちゃって⋯⋯⋯って、ちっがーーうッッ!!」
「うん? ナデナデじゃ足りない? でも、いくらアルフレッド様のお願いでも、さすがにここで服を脱ぐのは恥ずかしい。」
〜〜~ッッ!?
⋯⋯ズザザザザッッ⋯⋯
メアリーのとんでもない発言に、周りの人たちが数歩後退りをした。
「〜~ッッ、まてッ! 待て待てまてッッ! 違う違うッッ、そういうことを言ってるんじゃなくてだなッッ⋯⋯周りも引かないっ、そんな目でこっちを見ないでっ、⋯⋯泣くよ?、泣いちゃうよ?、良いの?⋯⋯本当に泣くからねっ!?」
「大丈夫。私は最後までアルフレッド様の味方。どんな変態でも受け入れる。」フンスっ
「いやっ、こうなってるのメアリーのせいだからねっ、フンスっじゃないッ!だいたいそんな趣味なんてないからッッ!?」
アルフレッドは涙目になりながら叫び声をあげた。
「はっはっは、帰ってきて早々に随分と騒がしいじゃねぇか」
「ゼノさん!」
人だかりの中から、ゼノさんが姿を見せた。
「そっちも大変だったらしいが、その間にこっちも色々あったぞ」
ゼノさんは、親指を立ててニカッと笑ってみせた。
「そうっ、それですそれっ! メアリーは何でこんなに山を吹き飛ばしちゃったんですかっ!? 王都に行く前に、山を消すのはやめておこうって言っておいたはずなんですけど⋯⋯」
周りを見渡すと、北側と南側にあった天を貫くような大きな山がそれぞれ消えてなくなっており、爽快なほど見渡しが良くなっていた。
「大丈夫。アルフレッド様のお父様、ジェイド様に許可を貰った。」ぴすぴす。
メアリーがドヤ顔で無い胸を張っている。
「はあっ!? 父上っ!?」
「おう、そうだそ。メアリーから魔法の練習がしたいって相談されたから、それならジェイド様に聞いてみたら良いって助言したのは俺だ。そしたらジェイド様は、既に山を二つも消し飛ばしているんだから、今さらそれがひとつふたつ増えても変わらんから好きにしろって言われてな。その結果がコレだ。わっはっはっはっは⋯⋯」
「⋯⋯いや、わっはっはって⋯⋯父上って、もしかして脳筋だった⋯⋯」
驚愕しているアルフレッドに、急にキリッと真顔になったゼノさんが、さらに驚愕の事実を教えてくれた。
「そんなことよりも、メアリーが山を吹き飛ばしてくれたおかげで、とんでもねぇことになった」
「⋯⋯えっ?」
「⋯⋯まずは北側だが⋯⋯。山が消えて、ロンメル辺境伯のブラッドレー領と繋がった」
「「「「「はあっ!?」」」」」
王都に行っていた一行全員から驚きの声が上がった。
それはそうだろう。それだけ険しくて、天を衝く圧倒的で人の踏破を尽く拒み続けてきた山。
その為、ロンメル辺境伯領へ行くのにも、わざわざ一度東側のフルール村から領都グランリゲルを経由して、反時計回りでぐるっと一週間以上掛けて行っていたのだ。
それが山がなくなっただけではなく、ロンメル辺境伯領に繋がった⋯⋯?
アルフレッド一行は、全員あごが外れんばかりの表情になっていた。
「あ〜⋯⋯。まあ、そういう顔になるのは分かる。最初はこっちの皆もそうなったからな。⋯⋯それも、ロンメル辺境伯領の領都セントフォレスタまで、ここから馬車でたったの一日半で行けることが分かった」
「「「「「はあっ!?」」」」」
アルフレッド一行の外れたあごはさらに下にさがり、全員が目をひん剥いた。
「まあ、実際に俺が行ってみたから間違いねぇ。それもメアリーがきれいに山を吹き飛ばしてくれたおかげで、今でもかなり通行しやすくなっている。この後、道を整備するのも随分と楽なはずだ」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
これはとんでもないことだ。いきなり理解しろと言われても頭が追いつかない。
⋯⋯ただ、ひとつだけ分かることがある。それは、もうフルール村も領都グランリゲルも通らなくても、リンドロット領から他の町へ行けるということだ。
「⋯⋯はっ、ははは、ははははっ⋯⋯」
そう思った途端、全身の力が抜けてしまった。
その後、フローラがこの件を手紙にまとめて、さっそく北側のルートを通ってロンメル辺境伯へ連絡を取った。後日、双方から道路整備をして立派な街道が通るようになっていく。
一方で、ブルーノ子爵の横暴に怒りを爆発させた村人たちは、これを期にいっそリーゲル領へ通じる道を完全に封鎖してしまえと息を荒げた。だが、フルール村に知り合いがいる人も多いことを考慮して、領境に関所のある砦を作る事にして何とか皆の気勢は収まった。
アルフレッドは、流石に大げさではないかと内心では思っていたが、ガルドさんやケットシー商会のニーナ、そして王都帰りの面々が発するただならぬ気迫に気圧され、ついに最後まで反対の声をあげることができなかった。
それが後に大きな意味をもたらすことになるとは、このときには知る由もなかった。
「私はすごい。もういくらでも山を消せる。」フンスっ




