(43)アルフレッド、婚約する。
「アルフレッド・リンドロット卿。前へ」
進行役である宰相の声が大広間に響いた。
アルフレッドは、震える足で一歩を踏み出し、王座の前で片膝をつき、右手を胸に当てて頭を垂れた。
「アルフレッド・リンドロット卿よ。卿を子爵に昇爵する」
周囲がしんと静まり返る中、オーウェン国王の厳かな声が厳粛な空気を震わせた。
「はっ。アルフレッド・リンドロット、陛下より下賜されし『子爵』の位、謹んで拝命いたします。今後ともさらなる研鑽を積み、陛下とこの国の敵を穿つ刃となり、盾となる事をここに誓います」
アルフレッドは、堂々と宣誓の言葉を述べた。
「続いて、リンドロット卿が我が国に多大なる功績をもたらした事を讃え、ここに栄誉ある【虹光聖剣勲章】を授与いたす」
銀の盆に載せられた虹光聖剣勲章が運ばれ、オーウェン国王自らの手によってアルフレッドへと授与された。
「過分なる栄誉、身に余る光栄にございます。また、陛下の寛大なる御心に深く感謝申し上げます。拝受いたしました【虹光聖剣勲章】を生涯の誇りとし、その輝きに恥じぬよう今後とも忠義を尽くし、この身を捧げてまいります」
アルフレッドの誓いに、オーウェン国王は満足気に大きく頷いた。
「うむ。これからのアルフレッド・リンドロット子爵の活躍、大いに期待しておる。今後ともその名に恥じぬよう、さらなる高みを目指すが良い」
アルフレッドが拝礼を終えると、大広間に大きな拍手の音が鳴り響いた。
その中には、エリザベート第一王妃を始めとする四人の王妃達の姿があり、さらに周囲へ視線を巡らせると、厳格な表情で頷くロンメル辺境伯や、涙ぐんでいるフローラの姿が目に飛び込んできた。
――その後、子爵としては異例となる王家主催の祝賀パーティーが催された。オーウェン国王や四人の王妃達をはじめ、名だたる高位貴族たちが一堂に会する、この上なく盛大な祝宴となった。
その中でもやはり石鹸やシャンプーなどの受けが良いからか、アルフレッドのところには貴族達よりも先にその夫人たちが群がり、歓談の輪が途切れることはなかった。
「はっはっは、実に愉快な気分だ。……時にアルフレッド子爵よ、そなたはまだ妻は娶らんのか?」
オーウェン国王の何気ない問いかけに、周囲が一瞬にして静まり返った。
「……あら。それなら私の娘、シャルロット第三王女はどうかしら。年も十六歳とアルフレッド卿と近いし、良いのではなくて」
アンネローゼ第二王妃がそう提案をしてきた。
「それでしたら、私の娘のソフィア第四王女はいかがでしょうか。アルフレッド子爵と同い年の十五歳ですし、ちょうど良いかと思いますわよ」
クラウディア第三王妃がその話に乗ってきた。
「でしたら、私の可愛いクリスティーナ第五王女などはどうでございましょうか。まだ十三歳と成人までは二年ありますけど、婚約なら問題ありませんわよね」
エヴァンゼリン第四王妃もそこに混ざってくる。
「そうですわね。残念ながら私の娘たちはみな嫁いでしまっていますけれど、お三方のどなたかの王女と婚姻をして、王家と縁を結んでおくというのも悪くありませんわね」
エリザベート第一王妃までもが、王家との繋がりを持つことに賛同の意を示した。
「「「「「……ざわッ……ざわざわッッ……!」」」」」
王家の血を引く王女を娶るということは、王国の中枢へと食い込む権力を手に入れることを意味する。
ましてや、王妃たちがこぞって自らの娘を正妻にと競い合うなど前代未聞の出来事で、しかもその相手がたった十五歳の子爵だと言うのだから、居合わせた貴族達は驚愕して場内を揺るがすどよめきに包まれた……。
「――!、わっはっはっはっは、王妃たちもこう言っておることだし、アルフレッド卿よ一度王女たちに会ってみてはどうだ」
王妃達の提案に一瞬目を剥いたオーウェン国王であったが、すぐに冷静さを取り戻すと豪快に笑いながらアルフレッドに問いかけた。
「……い、いや……それは……」
アルフレッドは戸惑い、上手く言葉が出てこなかった。
その時にふと、目に涙を溜め悲しそうに俯いているフローラの姿が視界に飛び込んできた。
「――ッ、フローラ!?」
「ほう。フローラとは、誰のことかな?」
アルフレッドが思わず口にした名前に、オーウェン国王の眉がピクリと跳ねた。
「――お待ちくださいオーウェン国王陛下ッ。アルフレッド卿は数々の功績を挙げているとはいえ、未だ子爵の身。それが王家との婚姻となれば、身分の不釣り合いから国中の貴族たちが黙ってはおりますまい。……それに、アルフレッド卿には、かねてより我が娘フローラが婚姻を前提として、既にその館にて寝食を共にしておりますゆえ」
ロンメル辺境伯が慌てた様子で進み出てきた。
「……ふむ。ロンメル辺境伯の言う事も一理あるか。確かに王家と子爵の婚姻では、国内が揉める元となろうな。そうなればそこを狙う諸外国も黙ってはおるまい。しかも辺境伯の娘が既に婚姻を前提にして寝食を共にしているとなれば、アルフレッド卿がさらに昇爵するのを待つまでもなく、正妻の座は既に埋まっているも同然……か。なるほど。これは余も、諦めるほかあるまいな」
その言葉に、アルフレッドとロンメル辺境伯は小さく胸をなでおろし、フローラは今度こそ本当にホッとしたように胸の前で手を組み、涙の浮かんだ目で微笑んだ。
「そういうことであれば仕方がありませんわね。今回は身を引きましょう」
エリザベート第一王妃は、ここはあっさりと引き下がった。
「陛下。ちょうど良い機会ですので申し上げます。我がロンメル・フォン・ブラッドレーの名において、ここに我が娘フローラと、アルフレッド・リンドロット子爵との婚約を正式に宣言させていただきます!」
「「「「おおお……これはめでたいッ」」」」
その場にいた者たちからは熱い祝福が送られ、それと同時にアルフレッドが王家と婚姻を結ばなかった事への安堵の声が漏れた。
「……アル……」
「フローラッッ」
おずおずと側へ近寄って来たフローラを、アルフレッドは思いっ切り抱き締めた。
「アルフレッド卿、フローラ嬢、おめでとう。ここは素直に祝福いたしますわ」
エリザベート第一王妃を始め、四人の王妃達がアルフレッド達の元へと歩み寄ってきた。
「…………それと」
エリザベート第一王妃は、すっと声を潜めた。
「例のシャーリー夫人は、もう二度とあなた達の前に姿を見せることはありませんので、安心なさってくださいね」
四人の王妃たちが浮かべた黒い笑みに、アルフレッドは背筋がヒヤリと冷たくなるのを感じた。
詳細を聞いたところによると、王妃たちはシャーリー第二夫人のこれまでの悪事の証拠を揃え、公爵家に乗り込んで行ったらしい。
これを受けたザルグリード公爵としても、シャーリー夫人の普段からの振る舞いには大いに頭を悩ませていたため、これ幸いとばかり王家に粛清されたとの理由を付け、すぐに離縁を言い渡して放逐した。
しかもこれだけに留まらず、今回の件で悪評が立ったシャーリー夫人は実家からも見放されて追放処分とされ、山奥の修道院に送られて軟禁状態となっているそうだ。
さらに王妃たちは、シャーリー第二夫人の隠し財産を見つけて差し押さえ、夫人が頼りにしていたスラム街の闇ギルドについても、近衛騎士団を突入させ、あっという間に殲滅させてしまったのだという。
その顛末を聞いたアルフレッドは、心から安堵の息を漏らした。だがそれと同時に、王妃たちだけは絶対に敵に回してはならないという確かな恐怖心を覚えた。
それから、オーウェン国王より、先日のブルーノ子爵が陶器献上の際に国王を欺いた件について、以下の処分が発表された。
①金貨百万枚分の財産の没収。
その内、三十万枚については補償金としてアルフレッドに支払われることになった。
これについては、ブルーノ子爵の全財産の約四割に相当し、大きな資金源であった弟の経営していたワルター商会が無くなってしまった今となっては、ブルーノ子爵家にとって致命的な痛手となるのは間違いなかった。
②向こう三年間にわたり王城への登城禁止。さらには、貴族間の会合や舞踏会、夜会といったあらゆる催事への一切の参加の禁止。
これについて、即全ての貴族たちへ通達が行き渡った。
これは事実上、貴族社会において『ブルーノ子爵を相手にするな』と王家が暗黙の烙印を押した形のものとなった。社交の場を奪われ孤立無援となった子爵家にとって、今後よっぽどの事がない限り、没落への道を辿っていくことになるのだろうと誰の目にも明らかになった。
③向こう三年の間に、もし他国との戦争が起きた際には、ブルーノ子爵自らが最前線に立って先陣を切ること。
これについては、現在隣国ザルツェリア王国と一触即発の状態になっているため、その際には先頭に立って突っ込んで行けという、ある意味での死刑宣告を受けた形になった。だが、もしも戦争が回避されればこの決定はなかったことになるので、いわば執行猶予のような扱いになったと言えるのではないかと思う。
アルフレッドは今回の処分について、爵位の剥奪あたりになってくれないかと思っていたので、ある意味では拍子抜けした感があった。
だが、よくよく考えるとこれは真綿で首を絞めるようにじわじわと利いてくるもので、特に③については万が一戦が起きた際には、爵位剥奪より酷な裁きになると言って良く、きっと今頃ブルーノ子爵は青くなって頭を抱えているだろうと思った。
「アル、改めて子爵昇爵おめでとう。⋯⋯お父さまからも公の場で婚約を発表されたことだし、これでやっと正式に婚約者としてアルの横に立てるわね」
王城での叙勲式から数日後、王都にあるロンメル辺境伯の屋敷のバルコニーに出た二人は、夜風に当たりながらのんびりとした時間を過ごしていた。
「ありがとう。フローラの助けが無かったら、今頃どうなっていたか分からなかったな。本当に感謝してるよ。これからもよろしく。……そう言えば、こうしてフローラと二人だけでのんびりと過ごすのって久し振りだね。……思えばここのところずっと忙しかったからなぁ……」
フローラは、月を見つめて物想いにふけったアルフレッドのそばに寄り添い、同じように空を見上げた。
「でも、これからは、もっと忙しくなるわよ」
フローラが、笑みを浮かべてアルフレッドを見つめた。
「ああ。リンドロット領の皆が幸せに暮らして行けるように、まだまだやる事はたくさんあるからな。その為にもフローラの助けが必要だよ。――だから、これからもずっとそばにいて欲しい。フローラ、これから一生ずっと隣にいてくれないか」
「はい。いつまでも貴方のお側におります」
いつのまにかフローラの目からは涙が溢れ出していたが、その顔は見たことのないほど美しい笑顔だった。
二人はそっと抱きしめ合い、ゆっくりとその唇を重ねた。
この日、初めてキスを交わした二人の姿を目撃していたのは、天に昇る光り輝く月のみであった。




