(42)アルフレッド・リンドロット子爵誕生。
「お待ち下さい、陛下」
アルフレッドの誓いの言葉を遮るように、側にいたエリザベート第一王妃が割り込んできた。
「陛下、どうかお考え直し下さい」
「エリザベート、そなたは何を言い出すのだ……」
これからアルフレッドに子爵位を授与しようというところで、まさかのエリザベート第一王妃の割り込みに、オーウェン国王が困惑した顔を見せた。
「そうです。お考え直しください陛下ッ! アルフレッド卿の功績を考えたら、子爵では爵位が低すぎます!」
次いで、第二王妃アンネローゼが身を乗り出すようにして会話に割って入った。
「おっしゃる通りですわ。先ほどもお話ししました通り、今やアルフレッド卿はこの国の女性たちの希望。その希望が子爵程度の爵位では、誰も納得いたしませんわよ」
ここぞとばかりに、第三王妃クラウディアも扇で口元を隠しながら言葉を重ねた。
「それに、あまり爵位が低いと、他の高位貴族からアルフレッド卿への横槍や嫌がらせが起きないとも限りません。そうなれば石鹸などの権利を巡って諍いが起きることも十分に考えられます。アルフレッド卿を守るためにも、これからも安定してシャンプーや化粧水などが流通するためにも、もっと高い爵位を示してくださいませっ」
最後に控えていた第四王妃エヴァンゼリンまでもが、身を乗り出して熱弁を振るった。
「「「その通りでございますっ!」」」
他の三人の王妃たちの声が見事なまでにピタリと揃った。
「……いや、そう言われてもな……」
王妃たちの圧倒的な迫力に、オーウェン国王は引き気味に冷や汗を流し、助けを求めるように宰相へと視線を送った。
「陛下、お待ちくだされ。今しがた王妃様方が懸念されていたこと、残念ながら既に現実のものとなっております」
重々しい声で割り込んできたのはロンメル辺境伯であった。
「「「「なんですって!?」」」」
四人の王妃たちが、国王を置き去りにするほどの勢いで、真っ先にロンメル辺境伯の方へと詰め寄った。
「アルフレッドよ。昨日の話をするが良い」
ロンメル辺境伯から促され、一歩前に出たアルフレッドは、昨日シャーリー夫人との間に起きた一連のやり取りを、包み隠さず全て報告した。
「なっ!? あの女狐がっ……。これは黙ってはいられませんわね!!」
「徹底的に懲らしめなければなりませんわよ!!」
「最近、調子に乗っているとは思っていましたけれど、さすがにやり過ぎましたね」
「今後、同じような者が出てこないとも限りません。ここはきっちりと決着をつけておいた方がよろしいかと!!」
王妃たちの怒りが頂点に達する中、エリザベート第一王妃がアルフレッドを振り返った。
「そうね。アルフレッド卿、この件は私たちに任せてください。二度とこのようなことが起きないよう、あの者には、きっちりとしかるべき報いを受けてもらいますので。――あ、陛下! そういうわけですから、アルフレッド卿の爵位の件、よろしくお頼みいたしましたわよ。それでは皆様、行きますわよっ!!」
「「「はいっ!!!」」」
四人の王妃は、見事なまでに息の合った動きで、嵐のように謁見の間を後にしようとした。
「……そなたたち、いつからそんなに仲良くなったのだ? 普段は顔を合わせようともせぬではないか。一体、何があったというのだ?」
オーウェン国王のその不用意な問いに、四人の王妃たちは同時に足を止め、ギロリと殺気を孕んだ眼光で陛下を睨みつけるように振り返った。
「――ひっっ!?」
そのあまりの迫力に、オーウェン国王は思わず一歩後退りをしてしまった。
「そんなくだらないことを言っている場合ではありません。石鹸や化粧水の利権を奪おうとするなど論外です。最優先すべきは、一刻も早くあの女狐を排除し、憂いを根絶すること。もしこの話が広まれば、国中の女性たちが反乱を起こすやもしれません。今やそれだけの事態です。ですから、私たちが先頭に立ち、この国の、すべての女性たちのためにも、この利権を守らねばならないのです! それでは、失礼ッッ!!」
そう高らかに宣言を残し、今度こそ四人の王妃たちは堂々と謁見の間を後にした。
――それからしばらくの間、まるで嵐が過ぎ去った後のような静寂が広がっていた。誰も声を上げることすらできない。普段は反目し合っているはずの四人の王妃が、完全に手を取り合っている。その事実だけでも、異常事態であった。
「…………あー。アルフレッド男爵よ、いや、子爵か。あの四人が手を取り合うなど初めてのことだ。そういった意味でも、卿には感謝せねばならぬな。……だが、王妃たちが言うようには、そうすんなりと爵位をやるわけにはいかんのだ」
「はっ。重々承知しております」
国王の苦渋の決断に、アルフレッドは深く頭を下げた。だが、オーウェン国王はここで、不敵な笑みをみせた。
「――そこでだ。今回は予定通り子爵位を授与しようと思う。ただし、これに加えて【虹光聖剣勲章】を授与いたす。これは、我が国に特別な功績をもたらした者にしか与えられぬ、我が国最高の栄誉だ。これで、今後お主にちょっかいをかけるような愚か者が出てくる事はあるまい」
国王の言葉に、側に控えていた宰相が驚きのあまり目を見張った。
「陛下、よろしいのですか? あれは、滅多に授与されるものでは……」
「……なに、かまわんよ。これで王妃たちの機嫌が良くなってくれれば安いものだ」
そう言ってオーウェン国王は、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
「「「「おおおおおおお!!!?」」」」
居並ぶ貴族たちからも、驚きと感嘆、そして大きな困惑の声が上がり、謁見の間に地鳴りのように響き渡った。
「「「お、お待ち下さい、陛下ッ!!」」」
今だ地鳴りのように騒然とする中から、焦りを含んだ声と共に、数人の貴族たちが前へと進み出てきた。
「お待ち下さい陛下ッ。確かにアルフレッド卿の功績は明白。されど、爵位を授与されたうえに、さらにこの国でも数名しか与えられていない【虹光聖剣勲章】までも授与されるというのは、余りにも過分かと存じますッ!!」
「さようでございますッッ! 他の貴族達との兼ね合いもございます。どうかご再考をッ!!」
「……ほう。予の決め事に意見するか。……卿らは確か、代々この城に巣食う法衣貴族だったな。――して、卿らは何をもって予の決定に異を唱えるのだ? アルフレッド卿は明確な功績を挙げたからこそ賞されるのだ。……それに比べ、貴様らは何をしておった? 一族が培ってきた誇りを守ることすらせず、朝から晩まで日がなこの城でくだらぬ噂話に興じ、時間を潰しているだけではないか。その貴様らに、他人を揶揄する資格があるとでも思っておるのか?」
「「「ヒッ、ヒェッッ!?」」」
オーウェン国王に睨まれた法衣貴族たちは、まさか自分たちがこの場で糾弾されるとは思っておらず、突然向けられたその威圧感に腰を抜かさんばかりに狼狽えた。
「ふむ。ちょうど良い機会だ。今、この時を以てお主たちの爵位を全て剥奪とする。併せて、別荘などの過分な私財も全て没収だ。異論は一切受け付けん。信賞必罰とも言うしな。アルフレッド卿が賞されるのであれば、何の役にも立たず、ただ国庫を食い潰すだけの貴様らが罰されるのは当然の理よ。――騎士たちよ、今すぐこやつらを城の外へ放り出せ!!」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
「「「お、お待ち下さい陛下ッ、陛下ッッ〜〜……ッ、……再考をっ……ご再考をっ〜〜……ッ〜…………」」」
法衣貴族達の惨めな悲鳴がだんだんと遠ざかり、消えていった。
「さて、他に予の決定に異を唱える者はおるかの」
オーウェン国王の鋭い眼光にあてられ、何人かの貴族は気不味そうに顔を背けた。
「……ふむ。おらぬようなら、この件はここまでとする。時に諸君。卿らの家の女性たちも、アルフレッド卿の石鹸やシャンプー、化粧水にドライヤーなどを愛用している事だと思う。今回、その発明の功を賞しようとしたところ、反対した者がいたのだと帰ってから自分の妻や娘、母親にでも話してみると良い。なんなら、自分もその者たちと同様に不満であったと付け加えてみるのも一興かもしれん。……さて、その後はどんな反応になるかは、目に浮かばぬ者はおるまい?……先ほどの王妃たちを見ていれば明白よな?」
「「「「………………。」」」」
そこに居合わせた貴族たちは、そろって顔を引きつらせ、何ともいえない表情で沈黙した。
仮に、自分も少しでも不満があったと家族に話そうものなら……。そんな恐ろしい未来を想像し、誰もが背中に冷たい汗を流しながら、静かに目をそらすしかなかった。
「よし、この件はここまで。アルフレッド卿の叙勲式は後日執り行うゆえ、それまでは王都を離れぬよう心得ておけ。……さて、ロンメル辺境伯よ待たせたな。早速だが、隣国ザルツェリア王国の動向についてだが――」
謁見の間全体の空気が一気に変わり、居並ぶ貴族たちの顔も一瞬で引き締まった。そこからは、息が詰まるような白熱した軍議が繰り広げられ――数時間後、ようやくアルフレッドは解放されたのだった。
「アルフレッド様、長い一日お疲れ様でした」
その日の夜、王城での夜会を抜け出し与えられた部屋へ戻ったアルフレッドは、服を全て脱ぎ去りベッドに身体を投げ出してぐったりとしていた。
そして、そのままウトウトとしてしまい、目が覚めると目の前にメイドのマリベルがいて、先ほどの言葉を掛けられた。
「あ、ああ。マリベルもお疲れ様。……って、ごめん。こんな格好で……」
上半身裸で、シーツを腰に巻いただけの姿で大の字になって寝ていアルフレッドは、今さら隠しても遅いだろうと開き直って、そのままの格好で頭を掻いた。
「いえ。アルフレッド様は相当お疲れのようでしたし、お気になさらずに。それより、もしよろしければこのままお身体をお拭き致しますがいかがしましょうか?」
マリベルは、何でもないという風で表情を変えずに会話を進めた。
確かに、これから入浴するのも面倒に感じたアルフレッドは、マリベルの提案をありがたく受け入れることにした。
「……見た目よりも筋肉があって、結構しっかりした身体をされているんですね」
アルフレッドの身体を拭きながら、マリベルはそんな感想を伝えてきた。
「あ〜、そうかな? まあ以前のリンドロット領は自分で出来ることは何でもやらないといけなかったからね。山歩きや薪割り、獲物や物資を担いで長い距離を歩いたり……。まあ、剣の稽古も散々やらされたけど、そういうので自然と付いたんだろうね」
アルフレッドは日常の中で鍛えられた身体に、そんなに誇ることでもないとばかりに答えた。
「……いえ、それでもやっぱりすごいです。一見細く見えてそうでいて、それでいてこの腕の逞しさ。腹筋はしっかり割れていて……ああ、大胸筋の盛り上がり具合が堪らない……」
いつの間にか、身体を拭いていた手は止まりっていた。
「……マリベル?」
「――前腕から手の甲にかけての血管の浮き出方が男らしさの塊です。……ああ、腕と肩の境目がセクシーすぎて直視できないです……はぁ〜、このキレッキレのカット、……すごいです。……あぁ、背中が広い! 大円筋と広背筋の広がりが凄すぎて、ウエストとの比率が完全な黄金比ですわ……あぁ、この彫刻のような美しさ、……ジュルッ……」
マリベルは次第に目を血走らせ、恐ろしいほどの早口でまくし立て始めた
ツツッっと指で筋肉をなぞりながら、だんだんとウットリとした顔になっていくマリベルに、アルフレッドはある種の危険を感じた。
「〜〜ちょっ!? マリベル?どうしたのッ、落ち着いてッッ!?」
慌てたアルフレッドに、マリベルらキラリと目を光らせた。
「……だって、しょうがないじゃないですか。私がずっとお世話させられていたのは、あのブルーノ子爵ですよ。あんなオークのような身体ばかり見せられていて、ここでこんな綺麗な身体を見せつけられたら……我慢もできなくなりますって……ハァッハァッ……」
「――ッ、ちょっ、マリベル!? 待って待ってッ」
「……グフ、グフフ……大丈夫です。アルフレッド様はそこで大人しくしていてください。すぐに終わりますから、グフッ…グフフフ……」
「いやっ! マリベル!? なんか性格変わってない!? ちょっと変だよ!?……ねえ? マリベル、聞いてる!?」
「……大丈夫、大丈夫です! ちょっとだけ! 触るだけですからッッ!」
「いや、なんの話ッ!? なんか違くないッ!?」
「……フフッ…フフッ……フフフフッ……」
「〜〜ッッ、ちょっマリベル、待ってって……あっ!! 〜〜ッッ……ッ……」
アルフレッドは一晩中、マリベルによって骨の髄まできっちり筋肉の形に沿ってツボ押しをされ続け、全身バキバキの筋肉痛で抜け殻のようになっていたのだとか……。チーン




