(41)アルフレッド、国王に謁見する。
「……そうか。それは災難だったな。最初からこの屋敷に皆を招待しておけば良かった。気が付かなくて申し訳ない」
アルフレッドたちはザルグリード公爵家の屋敷を出たあと、宿へは戻らずそのままロンメル辺境伯の、王都にある屋敷へと向かった。
これは、あのシャーリー夫人がすんなり引き下がるとはとても思えず何か裏で手を回してくる可能性を考え、警戒したフローラからの提言を受けてのものだった。
「宿の方へは使いの者を出しておこう。アルフレッド達は、明日このままここの屋敷からワシと一緒に王城へ向かえばよかろう。着替えや献上品などの荷物はその者に持ってこさせよう」
ロンメル辺境伯は、さっそく家の者に指示を飛ばしていた。
「……それにしても、シャーリー夫人が強欲なのは有名だったが、そこまでしてくるとはな」
ロンメル辺境伯は、得意のあごに手を当て思考顔をみせた。
「そんなに有名な方なのですか?」
フローラも知らなかったのか、ロンメル辺境伯の声に反応した。
「ああ。自分の欲しい物はどんな事をしても手に入れようとするお方だ。最近はそのやり口も、あからさまに手段を選ばなくなってきたとその界隈では有名になってきている。一部では、スラムに拠点があると言われる『闇ギルド』と繋がっているとまことしやかに囁かれるようになっていての。ザルグリード公爵もさぞ頭を痛めている事だろう」
「そんな事が……」
「アルフレッドを自分の屋敷に呼び出したのは、田舎の男爵程度と見下して簡単に取り込めると思っての判断からだったのだろうな。だが、まさか痛烈な反撃を食らうとは思いもしなかっただろう……くっくっくっ……。そう考えると、ここに避難してきて正解だったな。フローラ、良くやった」
ロンメル辺境伯に褒められ、フローラは珍しくドヤ顔になっていた。
「まあ、さすがのシャーリー夫人もここへはそう簡単に手が出せまい。安心して休むが良い」
ロンメル辺境伯のありがたい申し出をうけ、その日の夜はゆっくりと休むことができた。
翌朝、宿にいたメンバーが辺境伯の屋敷に合流し、さっそく王城へ向かう準備を始めた。
「昨日は、宿の方はゆっくり休めた?」
その後のシャーリー夫人の動きが気になったアルフレッドは、屋敷を出る前カミラにそう尋ねてみた。
「ええ。ロンメル辺境伯様の家の方が使いに来た後は、何度かザルグリード公爵家の者がアルフレッド様を訪ねて来られましたけど、本日は戻らないそうですとお伝えした後は、直接は何もなかったので比較的ゆっくりできたかと……」
「……ひと晩中、外に見張りが張りついていましたけどね。あれはプロの世界の人間で間違いないと思いますよ」
エレノアが、続きの情報を教えてくれた。
……さっそく動いてきたと言う事か。何にしても皆が無事で良かった。
アルフレッドはホッと胸をなで下ろした。
「ロンメル・フォン・ブラッドレー辺境伯、ならびにアルフレッド・リンドロット男爵、入場でございます!」
王城に着いたアルフレッド達は、一度控えの間に通された後、ついに謁見の間に案内された。
重厚で大きな扉が開け放たれると、王のいる玉座の側まで真っすぐに赤い絨毯が敷かれており、両側に居並ぶ貴族達がいっせいに好奇な視線をこちらに向けてきた。
周囲より数段高い場所にある玉座には威厳に満ちた国王が鎮座していて、その両脇には王妃と思われる4人の美女達が優雅に佇み、さらにその外側をきらびやかな甲冑をまとった近衛騎士たちが、微動だにせず固めていた。
……ゴクリ……
この謁見の間を満たす異様なまでの威圧感と重圧に、アルフレッドは息を呑み足が震えた。
もしも隣にロンメル辺境伯がいなかったら、襲いかかる重圧に足がもつれ、謁見の間で最悪の醜態を晒していたかも知れないと思った。そうなれば取り返しのつかない大惨事になっていたに違いない。アルフレッドは内心で深く安堵していた。
玉座の前まで進むと、ロンメル辺境伯が片膝をつき、胸に手を当てて頭を垂れた。
アルフレッドも慌ててロンメル辺境伯に続いて、臣下の礼をとった。
「双方とも、表を上げよ。堅苦しいのは好かん」
圧倒的な覇気に気圧されながらも、オーウェン・オルドスタ・ロゥ・フラムフォルド国王の言葉に従い、恐る恐る顔をあげた。
「ロンメル辺境伯よ、久しいの。息災にしておったか?」
「お気にかけていただき光栄に存じます、オーウェン陛下。我が領地も陛下の御威光のもと、つつがなく平穏を保っております」
「うむ。よろしい」
ただ挨拶を交わしただけだというのに、肌を刺すような張り詰めた場の空気に息が詰まりそうになる。
「……して、そちが今話題のアルフレッド男爵だな。」
いきなり話を振られ、ビクッと身体が震えてしまった。
「はっ、はいっ! お初にお目に掛かります。アルフレッド・リンドロットと申します。陛下におかれましては御健勝であらせられるご様子で何よりに存じます。本日はご招待いただいた事、心から感謝を申し上げます」
アルフレッドは、あらかじめ用意していた挨拶の言葉を一気に捲し立てた。
「はっはっは。そう硬くならんで良い。そちは、何でも面白いものを色々と発明しておるそうだの。予もリバーシやチェス、すごろくには随分と楽しませてもらったぞ」
「――えっ!? すごろくまでっ、あ、ありがたき幸せに存じますっ」
アルフレッドとしては、すごろくは庶民向けにと考えていた為にこれには正直に驚きを隠せなかった。
「はっはっは。孫たちと遊ぶのにはちょうど良くてな。重宝させてもらっておるぞ」
「あ、ありがとうございます」
アルフレッドは深く頭を下げた。
「して、今日はまた、新しい発明品があると聞いておるが……」
――ッ、来たっ、ここからが勝負だ。
「はっ。こちらに」
用意してきた貢ぎ物を、係の人達が台車に載せて慎重に運び込んできた。
「まずはこちらを。照明の魔道具に御座います。天井に取付ければ部屋は明るくなり、馬車に取付ければ夜の移動も楽になるでしょう。手元を照らせるものもございますので、暗い部屋での書類整理や、夜間の見回りや見張り等にお使い頂くのもよろしいかと存じます」
「「「……おおッ」」」
周囲が少しざわつきだすも、照明の魔道具自体が既に出回り始めている為に、それほど手応えは感じなかった。
「そして、それを応用したのがこちら。どうぞお納めいただければと存じます」
アルフレッドが指し示したのは、高さが優に五メートルはあろうかというシャンデリア型の照明の魔道具だった。
これは、パーツ毎に梱包してリンドロット卿から運び込み、王城に着いてからガルドさん達が組み立てて完成させたものであった。
今は大きな台座に載せられ、周囲に補助の柱を立てて支えられている状態だが、それでもスイッチひとつで明るく輝きだすそのきらびやかさは、他とは一線を画すものであった。
「「「「「うおおおおおっっッ!?」」」」」
シャンデリアが光り輝いた瞬間、謁見の間は大きなどよめきと感嘆のざわめきに包まれた。
「おおおっ!?……これは凄いな。さっそくこの謁見の間で使わせてもらおうではないか。アルフレッド男爵よ、感謝するぞ」
オーウェン国王は、嬉しそうに頰を緩めた。
「はっ。ありがたきお言葉に御座います。そして、本日はもうひとつお渡しする物をご用意致しております。それがこちらです」
アルフレッドは、大きな壺と花瓶、大皿とどれも綺麗な模様の入った見事な陶器を御前に並べた。
「ふむ。見事な逸品だ。これはまさしく神品と言って良い物だの。……だがこれは確か、特別な製法で作られた陶器とかいうものであったのではないか?これより小さい物だったが、先日、ブルーノ子爵が作り上げた物だと献上品があったぞ? 何でも作るのが大変だとか申しておったようだが……」
――ッ、な、何だってッ!?
くっ……こんなところでも奴に邪魔されるとはッ……。
そうか、以前奴に渡したものをいつの間にか自分が作った物の様にして、陛下に献上する手柄の道具にしていたのか。
どこまでもやる事が悪辣だ……
アルフレッドは、一瞬で頭の中が真っ白になった。
「お待ち下さい、オーウェン国王。その品はアルフレッド男爵が考案し、リンドロット領でしかできない特殊な技術をもって作られた物で御座います。既にその製法と技術は商業ギルドにも登録されており、アルフレッド男爵の作であることは証明されております」
ロンメル辺境伯が、さっと一歩前に出てアルフレッドの身の潔白を証明してくれた。
「なにッ! それはまことかッ!? それであるならばブルーノ子爵が持ってきたものは、アルフレッド男爵が作った物をさも自分が作ったかのように見せかけ、そのうえで自分の手柄として献上してきたと言うことか!?」
オーウェン国王が驚愕し、周囲が一気に不穏な空気に変わった。
「陛下、もしそれが本当の事であるならば、ブルーノ子爵は陛下に虚偽の報告をして褒美を手に入れたことになります。これは放っておく訳にはいきますまいっ!」
「「「その通り!その通りですぞッ!!」」」
横に並んでいた貴族たちから、一斉に非難の声が上がり出した。
「ふむ。既に商業ギルドに登録してあるものとは知らずに、喜んで受け取った予にも責任はあるがの。それでも無罪というわけにもいくまい。後で何か罰を与えるとしよう」
オーウェン国王も、さすがに渋い顔になっていった。
「……あ〜っと、疑いが晴れて良かったです。それで、続けさせていただきますと……この陶器に魔力を注いでいただくと、器に変化が起こります」
そう言ってアルフレッドが大きな壺に魔力を注ぐと、模様毎に違う色とりどりの光がふわりと浮かび上がり、キラキラと輝き出した。
「「「「「うおおおおおっ、こ、これはっッッッ!?」」」」」
謁見の間は大きな感嘆の声に包まれた。
「おおお、なんと素晴らしい! 素晴らしいぞ、アルフレッド男爵よ! これは素晴らしいッッ!!」
オーウェン国王も玉座から立ち上がり、興奮の色を隠しきれない様子で壺に近寄り撫で始めた。
「アルフレッド男爵よ、これは他のものでも光るのか?」
「はい、どうぞお試し下さい」
アルフレッドの返事を聞いたオーウェン国王は、さっそく側にあった花瓶に自ら魔力を注いだ。
「おおおおお、これも素晴らしいッッ!!」
オーウェン国王の興奮はしばらく覚めることはなかった。
「おほん。アルフレッド男爵よ、素晴らしい贈り物を感謝する。そなたが発明したものは、リバーシに始まりこの陶器に至るものまで、我が国とこの国の民たちにとってとても有用なものばかりであった。さらに男爵は、領地の開拓にも熱心で、既に領地を元の三倍の広さまで広げたと聞く――」
「それだけではございませんわよ、陛下」
オーウェン国王の発言の途中で、側にいたエリザベート第一王妃が割り込んできた。
「陛下、お忘れでは御座いませんか?アルフレッド男爵は、石鹸に始まり、シャンプー、化粧水、ハンドクリームも開発なされたのですよ」
「――それにドライヤーに扇風機もですわね」
そこにまた、アンネローゼ第二王妃が話に入ってきた。
「今や、この国の女性達全てがアルフレッド男爵のお陰で、今までより美しくいられるようになりましたのよ」
クラウディア第三王妃が続いた。
「――もはや、この国の女性達は全員、アルフレッド男爵に足を向けては寝られない程に感謝をしておるのでありますよ」
エヴァンゼリン第四王妃もそれに続いた。
「お、おお、そうであったなアルフレッド男爵よ。それについても感謝をいたさなければならないのう。して、それらの功績を認め、褒美を取らせることとした。アルフレッド男爵よ……」
「は、はいっ!!」
アルフレッドは慌てて片膝をつき、胸に手を当て頭を下げた。
「アルフレッド・リンドロット卿を、本日この場をもって子爵に叙するものとする」
「――ッッ!?」
アルフレッドは、もらえる褒美とは金品か儀礼用の宝剣、それか形ばかりの名誉勲章といったところを授与されるものだとばかり思っていた。
だが、それがまさか叙爵までされるとは思っておらず、突然の事に驚きを隠せなかった。
アルフレッドは驚愕に目を見開き、完全に硬直してしまった。
「「「「おおお!!!!」」」」
だがこれはある程度既定路線であったのか、周囲から反対の声はいっさい上がらなかった。
国王の言葉を受け、アルフレッドは戸惑いながらもさらに深く頭を垂れた。
「……ありがたき幸せ。身に余る光栄にございます。このアルフレッド、新しき子爵の位に恥じぬよう、持てる力の全てをーー」
「お待ち下さい、陛下」
アルフレッドの誓いの言葉を遮るように、側にいたエリザベート第一王妃が割り込んできた。
「陛下、お考え直し下さい」
エリザベート第一王妃の声が、謁見の間に響き渡った。
「…………へっ?」




