(37)獣人族の奴隷。
「〜〜ッ、アルフレッド様ッッ、大変でございますッ、今すぐ広場へ来てくださいッッ!!」
家令のブルックスが、珍しく慌てた様子で執務室に駆け込んで来た。
と言うか、ブルックスの慌てた姿を初めてみた気がする。
騒ぎを聞きつけたフローラとお付きのサラさん、ミレーユさん、マリアさんや、エルフの連絡役のセシルさん、母のマーガレット、妹のミーシア、親友になったシェリルとその母親のフィオナ、メイドのルーチェ、リナがぞろぞろと屋敷から広場へと向かった。
村の広場に到着すると、そこは既に村人達による人の輪が出来ていて、良く見るとエレノアや自衛団の団員達、メアリー、大工のガルドさん、石工のゼノさんにキースティン、ロイやガレウス、メルヴィンの他、ナタリーやルシエラ婆さんまでもが集まって来ていた。
人垣の向こうに何があるのかと、群がる人だかりをどうにか押し分けて中心へ進み、ようやくそこで目にしたものは……
惨たらしい傷痕にまみれ衰弱しきった獣人族の奴隷達の姿だった。
獣人族の人達は、不安そうに子供達を中心に固まって震えていて、その首には従属の首輪が、手足には枷が嵌っていた。
「んなっ!? な、な、なんだこれはっ!? これはどういうことだっ!!」
アルフレッドは我を忘れて叫んだ。
「これはこれは。初めましてアルフレッド男爵閣下。私は奴隷商のロダンと申します」
チョビ髭の男が揉み手をし、ニヤニヤとしながらアルフレッドに近づいてきた。
「――ッッ!? こ、この奴隷たちはどういう事だっ!? どこから連れてきたっっ!?」
アルフレッドは、激昂して奴隷商のロダンという男に食って掛かった。
「おっと! 乱暴はおやめください。この商品どもは、ブルーノ子爵様からのご依頼でお届けしたモノでございます」
「なっ!? ブルーノ子爵ッッ!?」
「はい。なんでもアルフレッド男爵閣下は人材を欲しておられるとか。それで、ブルーノ子爵様が人材支援をお約束されたとかで、この商品どもをお届けする様、命じられて参った次第でございます」
「〜〜ッッ、くっ……ブルーノ子爵……っ……」
「あっ! そうそう、ブルーノ子爵様より伝言を預かっております。約束通り人材を送った。その商品は返さなくて良いので好きに処分しろ。との仰せです」
「〜〜〜なっ、……ッッ、ブルーノッッ、……」
「因みにこの商品たちは、つい先日この国との間で諍いがあった際に占領された村の住人たちです。まあ、戦争奴隷ってやつですかな」
「…………ロダンと言ったな」
「はい。なんでございましょうか、アルフレッド男爵閣下」
「……彼らは、ブルーノ子爵からの贈り物だと言ったよな。……もう、こちらの好きに扱っても良いか。それとも、まだ何か手続きが必要か」
「ああ。この奴隷たちは正式な手続きをしていませんので、どうぞそのままお持ちください」
ロダンは、ニヤニヤ顔で揉み手のまま、あっさりとそう答えた。
「――ッッ!? それって違法奴隷!?」
フローラが、悲鳴のように叫んだ。
「いえいえ。これは戦の際には良くあることなのですよ。戦時は色々忙しいですからねぇ、ついうっかり手続きを忘れてしまうことも、時々は起こるようでして……」
ロダンが、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべた。
要は、違法だと分かっていてやっているということだ。
「分かったっ、もう良いっ。ロダンよ、今すぐ全員の首輪と手足の枷を外してくれ!!」
アルフレッドの指示に、ロダンは信じられないものを見るような目を向けてきた。
「よろしいのですか? もしかしたら、首輪を外した途端に襲われるかも知れませんぞ?」
「〜〜ッッ、そう思うなら、外したらさっさと帰ってくれっ!!」
アルフレッドの怒りは頂点に達しようとしていた。
「彼らに、今すぐポーションと薬湯の用意をッッ!」
エルフの人たちが、慌てて走り出した。
「誰かッ、彼らに温かい食べ物を頼む!」
クロスボウ隊の人たちが頷き、駆け出した。
「食事の後は、彼らに温泉に入ってもらいたい。着替えを用意してくれ」
自衛団の人たちがスッと動いた。
「ガルドさん。彼らの住むところはあるかな?暖かい布団も用意してあげたい」
任せな。そう言って、ガルドさんと仲間たちが動き出した。
ここまでのアルフレッドの動きをみていて、獣人たちは戸惑いの色を隠せなかった。しかし、少なくともすぐに手荒な真似をされることはなさそうだと、ホッと胸をなでおろしていた。
「なっ、な、ななななッッ!? これはなんニャッッ! いったいこれはなんなのニャッッ!? なぜ獣人たちがこんなところで奴隷にされているのニャッッ!?」
皆が動き出したタイミングで、ちょうどケットシー商会のニーナが注文していた商品を届けに現れた。
「ニーナっ!? いや、これは違っ――」
「言い訳はいいのニャッッ!! アルフレッド様は獣人に忌憚がないとそう言ってたはずニャのに、これはいったいどういうことニャッッ!!」
「ニーナ、落ち着いてッ! これは違うのっ!!」
慌ててナタリーが止めに入るも、ニーナの興奮は収まらなかった。
「ナタリーもアルフレッド男爵の味方をするニャねッッ! 結局人間は皆、獣人族をそういう目で見ているニャねッ!……信用した私が馬鹿だったニャ! 悔しいニャッッ!!」
ニーナのテンションは、どんどん上がっていった。
「……あのぅ、ま、待ってください。彼らは私たちを助けてくれようとしてくれました」
「そんなのに騙されちゃいけないのニャッッ!! 人間族なんてみんな同じなのニャッッ!」
見かねた獣人たちからも声があがったが、ニーナは全く聞く耳を持たなかった。
「――ッ、そ、それでは私はこれにて失礼いたします」
騒動の最中、ロダンは巻き込まれては災難とばかりにさっさと馬車に乗り込むと、馬にムチを当て急いでこの場を去っていってしまった。
「こんな事をする人間は信用できないのニャッ! そんなヤツとは取り引きできないのニャッ! とっととどこかへいっちまえなのニャッッ!!………………なぁ〜んてニャ」
「「「「…………えっ!?」」」」
「ああ、アルフレッド様、さっきの暴言は失礼したのニャ。アルフレッド様がそんな事するはずないのは分かりきっているのニャッ」
「…………えと、……じゃあどうして?」
「……さっきのヤツは奴隷商なんかじゃないのニャ。ヤツはブルーノ子爵の配下のものだったニャッ」
「――ッッ!? なんだってっ!?」
「前に何度か、ブルーノ子爵のために働いてるのを見たことあるから間違いないのニャ。……多分、ウチがリンドロット領に出入りしているのを知っていて、トラブルを起こさせるために獣人族の奴隷を連れてきたニャ。しかもご丁寧にウチが来る時を見計らって連れてくる念の入れようニャ……」
「くぅっッ、ブルーノのヤツッッ……」
「多分今ごろ、ヤツは計画どおりリンドロット領で獣人たちと揉め事を起こさせたとブルーノ子爵に報告するため、にやけ面で引き返しているところニャ」
「……あの歓待の時の答えがこれか……あの時、調子に乗って人材支援なんて話をしなければ……ッ」
「そんなに自分を責めるなニャ。アルフレッド様が獣人たちをどう思っているかはウチが一番良く知ってるニャ」
「ニーナ……」
「アルフレッド様、準備が整いましたッッ!」
そこに先ほど対応をお願いした人達が次々に戻って来た。
「よし。ではさっそくこの人達の手当てと食事を頼むっ」
そこから村はバタバタと大騒ぎになった。
それから数日間は、獣人たちにゆっくり静養してもらった。
そして、彼らの体力が戻って来たところで村の広場に改めて集まってもらった。
「皆さん、体調が戻ってきたようで本当に良かったです。今日集まってもらったのは、今後の皆さんの身の振り方についてです」
アルフレッドの話に、獣人たちがザワザワとし始めた。
「ここで、皆さんを奴隷から解放いたします。その後どうしたいか考えて下さい。元いたところへ帰りたいとか、獣人の国ウルフス王国へ行きたいという人は申し出てください。商人のニーナに頼んで必ずそこまで送り届けることを約束いたします。それと、もし良ければここに残って、一緒にこの村の発展に協力してもらえるという人がいたら声を掛けてもらえると嬉しいです」
獣人たちはお互いの顔をみやり、ヒソヒソと話し込み始めた。
「あの〜……」
ひとりの獣人がおずおずと手を上げた。
「はい。どうぞ!」
「あの〜、その決定は今すぐじゃなければダメですか?」
それを聞いて、周りの獣人たちが一斉に頷いた。
「そんなことはありません。しばらくこの村に居てもらって、気持ちの整理がついたところで決めてもらって結構ですよ」
その言葉を聞いて、獣人たちは一様にホッとした表情を見せた。
本来ならば、全員すぐにでも元いた場所へ帰りたいだろうが、ロダンの話のとおりなら、彼らの住んでいた地域はこの国に占領され、もう元の生活には戻れない可能性が高い。
その上、せっかく戻ってもまたいつ捕まって奴隷にされてしまうかも分からない。
すぐに決断出来ないのも無理はなかった。
結局その場はそこまでで、呼んでおいた奴隷商人に全員奴隷からの解放手続きをしてもらい話は終わった。
因みに、剛力ガレウスと防御魔法のメルヴィン、それとシェリルも既に奴隷から解放している。
フィオナだけは、金貨700枚という高額が動いたので、本人の方からこのままアルフレッドの奴隷でいるとの申し出があり、そのままになっている。
とりあえず、この場で即答する人はおらず、獣人たち全員がもうしばらくこの村に滞在するということで落ち着いた。
アルフレッドは、とにかく獣人の人たちが、この先どこに行っても幸せになれるようにと願わずにはいられなかった。
「まて〜っ」
「きゃぁぁっ、あはははは……」
今日も広場では、獣人も人間も関係なく、子供たちが一緒になって元気に遊んでいる姿があった。




