(35)密談。
「昨夜は、お楽しみでしたね」
翌朝、着替えが終わり部屋の外へ出ると、そこにいたマリベルさんにそう言われた。
リナは顔を真っ赤にして小さくなりアルフレッドの後ろに隠れてしまったが、アルフレッドはそんなリナにはお構いなしに、定番フレーズきたぁぁぁッッ!! っと握り拳を作り、マリベルを困惑顔にさせた。
「……!? と、とにかくこれで私の役目は終わりました。後はブルーノ様に報告したら私の仕事は全て終わりです。その後は、少し休ませて貰おうと思いますので、これで失礼いたします」
マリベルさんは、ぺこりとお辞儀をすると、その場を去っていった。
その後は特に何もなく、朝食の席にブルーノ子爵が顔を出すことも無く屋敷を後にした。
「……何か、とんでもない一夜になってしまいましたね。色々な事があり過ぎて、頭がパンクしそうです」
帰りの馬車の中で、リナがアルフレッドの肩にそっと頭を乗せてくる。
「リナ、……可愛かったよ」
「〜〜ッッ!? もうッ、アルフレッド様のバカっ……」
耳元でそっと囁くと、真っ赤になって照れているリナが愛しくてたまらない。
そして予定通り、皆と宿で合流するとロンメル辺境伯領へ向かって領都グランリゲルを発った。
道中は順調で、相変わらず楽しそうなリナのおかげで、みんな元気にロンメル領までたどり着くことができた。こういう明るい娘がひとりいるだけで、こんなにも気持ちが違うものなのだろうか。
ロンメル辺境伯の領都セントフォレスタに着いた日、アルフレッドはさっそくリナを部屋に招いて、朝までともに過ごした。
翌朝、朝食を食べに食堂へ行くと冒険者パーティーのミア、ルキア、ソニアの三人が、こちらに気付いた途端に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ふぅ。それを見たリーダーのミランダは、盛大にひとつため息をついてから口を開く。
「アンタ達、もうちょっと周りに気を使ってはくれないかね。おかげでこっちは夜通し色々聞かされて寝不足でしょうがないよ」
そう言って腰に手を当てた。
それを聞いたリナは顔を真っ赤にして小さくなってしまい、ミア、ルキア、ソニアの三人は視線をあちこちに泳がせ、気不味そうにしていた。……スマン。
その日は、メンバー全員でロンメル辺境伯の屋敷を訪問した。ロンメル辺境伯の方から全員を招待したいと言ってくれたのだ。やはりこういうところが、あのオーク……いや、ブルーノ子爵とは違うところだ。
「おおっ、アルフレッド男爵よ、久しいのぅ! 良くぞ来られた! さあさあ他の皆も遠慮せずに座ってくれ!!」
ロンメル辺境伯は相変わらずの気安さで皆をもてなしてくれ、楽しい時間を過ごすことが出来た。
「……フローラも元気にしている様で何よりだな」
「はい。フローラには本当に助けて貰っています。もはやリンドロット領はフローラがいないと回らない程になっております」
「おおっ! その辺りは色々とフローラからの手紙で聞き及んでおるぞ。何でも、また面白いものを発明して皆を驚かせているようだのぅ」
ロンメル辺境伯は、楽しげに笑いながらも、その発明が気になるといった表情を見せた。
「はい。今日はその辺りの品をお持ち致しましたのでご覧下さい」
アルフレッドはそう言うと、持参した品々をテーブルに並べていった。
「まずはこちらを。既にフローラからの手紙でご存知だと思いますが、照明の魔道具です。部屋の天井に設置すれば夜でも充分に明るいですし、馬車に設置すれば夜の移動も今までより格段に楽になります。ランタン型を使えば、野営の時には重宝するかと思います」
そう言って、天井に取り付けるタイプを20個、ランタン型、懐中電灯型、それぞれ50個、それとシャンデリア型をひとつ目録と共に手渡した。
「おおおっ!? こ、これは素晴らしいッッ! アルフレッド男爵よ、こんなに貰ってしまって返って申し訳ない!!」
ロンメル辺境伯は、ランタン型の照明の魔道具を弄りながら、子供のようにはしゃいでいた。
「いえいえ。前回、支援の際にかなりお世話になりましたので、これはお礼の品と言う事で」
「おお! そうか、そう言う事ならありがたく頂戴するとしよう」
ロンメル辺境伯は、うんうんと頷いて見せた。
「それから、これもフローラから聞いているかと思いますが……」
アルフレッドは、複合弓とクロスボウをテーブルに置いた。
「こちらは実際に盗賊達の襲撃を受けた際、かなりの力を発揮致しました。使い方や威力も聞いているとは思いますが、実際にクロスボウは、うちの女性達が隊列を組んで使用し大活躍致しましたので、その効果は証明済みです。こちらをそれぞれ三十ずつお持ち致しました」
「おおおっ!? 聞いておるぞ! 大変だったようだな。皆が息災と聞いて安堵したものだ。何でもフローラが女性達を率いて盗賊退治にあたったそうだな。その効果も聞いておる。見た目はそれほど凄そうには感じないが、……。ふむ、どれどれ……」
ロンメル辺境伯は、おもむろにボルトをセットすると、壁に向かって何の躊躇もせずに引き金を引いた。
――バシュッ――
……ズドドッ……
「ほおっ! これは思ったよりも威力があるなっ!」
壁に深々と刺さった二本のボルトを見て、驚きの表情を浮かべていた。
「……それで、こちらが複合弓とやらか……」
「〜〜ッッ、ロンメル殿下ッッ、危ないからそれはここでの試し撃ちはご遠慮下さいッッ!?」
嫌な予感のしたアルフレッドが慌てて制止するも、ロンメル辺境伯は聞く耳を持たずで、そのまま壁に向かって矢を放った。
――バシュッ……ズドォォッッッ……――
「……ほう。引いた時の力がかなり軽く感じるな。それでいてこの威力か……」
ロンメル辺境伯は、お得意のあごに手を当て思考顔のまま、しばらく考え込んでしまった。
「……アルフレッド男爵よ、これを追加で頼む事は出来るか?出来ればあと三百は欲しい」
ロンメル辺境伯はスッと真面目な顔になると、アルフレッドの目をジッと見てそう頼み込んできた。
「……なっ!? 三百ですとっ!?」
「……戦争でも始まるんですかッッ!?」
同行していたメンバー達が次々と驚きの声をあげた。
「⋯⋯分かりました。期日はどれくらいを希望されますか?」
「……出来れば早いほうが良い。その分の報酬も上乗せしよう。今回はこちらから人を出して取りに行かせるから、出来上がりの目処が立ったら連絡してくれ」
「承知致しました。」
アルフレッドがロンメル辺境伯の目をしっかりと見据え、取り乱す事なく冷静に返答を返したのを見て、空気を察した同行者達はそれ以降の発言は控え、騒ぐこともせずにじっと二人のやり取りを伺っていた。
「あっ、そうそう! それともうひとつお渡しするものがありまして……」
アルフレッドは、場の重苦しい空気を霧散させる様ににこりと笑い、テーブルに壺と花瓶、それに皿を並べた。
「〜〜ッッ!? んなっ!?、こ、コレはっ……これは凄い! なんて美しさだッッ……」
ロンメル辺境伯は、並べられた品々を見て驚きの声をあげ、その後しばらくは放心状態のように固まって動かなくなってしまった。
「……ふ〜〜ッッ、アルフレッドよ、あまり驚かすでない。これはまさに神品クラスそのものではないか。……こんな物がリンドロット領で作れるのか……。のうアルフレッドよ、これを国王陛下に献上してはみないか?」
ロンメル辺境伯は、とんでもない提案をしてきた。
「……えっ? 国王陛下にですかっ!?」
さすがのアルフレッドも、あまりの事に二の句が告げられなかった……
「ああ、これはそれだけの価値がある物だ。そうだな、これと一緒に照明の魔道具も献上してみてはどうかな?陛下はかなり喜ばれると思うぞ」
「〜〜ッッ、ですがっ、私などでは国王陛下に御目通りする機会もつてもありませんが……」
アルフレッドが、あまりの展開に目を白黒させ、戸惑っていると、
「なぁ〜に、そこら辺はワシに任せておけ!日程も調整しておくから、準備だけはしておけよ」
ロンメル辺境伯は、楽しそうにカラカラと笑っていた。
「……失礼いたします。御主人様、晩餐のご用意が整いました」
部屋に入って来たメイドさんが、スッと頭を下げてきた。
「おお! そうか、分かった。ではお客人達を案内してあげてくれ」
「かしこまりました」
ロンメル辺境伯の言葉に、先ほどのメイドさんがそう返答し、皆を先導してくれた。
「すまないが、アルフレッド男爵。もう少し残ってもらえるか」
「……承知致しました」
辺境伯のただならぬ気配に、同席した一同は一瞬ピクリと反応したが、邪魔をしないよう静かに退出していった。
皆が退室し部屋の中が静かになると、ようやくロンメル辺境伯が重い口を開いた。
「……先ほどの複合弓三百、驚いたかね」
「……正直に申し上げればそうですね。ロンメル閣下ならアレの仕組みを解析して、御自分の領で作れると思いますので……」
アルフレッドは、正直な胸の内を語った。
「ふむ。そなたの見立ては正しい。うちとしても、さっそく今日からでも同じ物を作れるように指示を出すつもりだ」
「……では……」
「……それでは間に合わん可能性がある」
「――ッッ!? それはっ……!」
「ここへ来て、西が騒がしい」
ロンメル辺境伯領は、このフラムフォルド王国の最西端にあり、その隣は砦と平野を挟んで、隣国ザルツェリア王国が存在している。
アルフレッドのいるリンドロット領の場所も、山を挟んでロンメル辺境伯領の南側なので、位置的には国の最西端になるが、リンドロット領は険しい山々に囲まれている為、ザルツェリア王国とは国境が接しておらず、攻め込まれる心配はない。
「――ッ、……戦争……ですか?」
「……いや、まだそこまでの緊急性はない。だが準備だけはしておかなければならんからの。あれだけの武器なら用意しておくだけでも、かなり心強い」
「…………。」
「それとは別に、隣国の奴らは我が国を内側からも崩そうとしているらしい」
「内側……ですか?……」
「ああ。我が辺境伯領に隣接する、アイゼン・ブランドン伯爵の所に、隣国の手の者が頻繁に出入りしているとの情報が入ってきた」
アイゼン・ブランドン伯爵領は、ロンメル辺境伯領の東隣に位置する、別の派閥の貴族だ。
「……え~っと、確かアイゼン・ブランドン伯爵って……」
「……十年ほど前に当主が代替わりしてから投資の失敗が続き、借金がかさんで首が回らなくなっている家だな。今では派閥も極わずかの身内のみで固まっていて、没落寸前との噂もある家だ」
「……そんな所へ手を伸ばしてどうしようというのですか……」
「色々と資金提供をしている様でな。最近ではブランドン伯爵家は羽振りが急に良くなったと、もっぱらの噂だ。その金で、傭兵を随分と雇い始めているらしい」
「〜〜ッッ!? 完全に取り込まれてますか……」
「……ああ。その辺は国王陛下も把握しているので問題はないかと思うが……」
ロンメル辺境伯は、そこで苦い物でも噛み潰したような顔になった。
「……アルフレッド男爵よ、ここに来る前にブルーノ子爵と面会しておるよな? どんな感じだった?」
突然、話の矛先が変わったことに疑問を持ちながらも、リナの一件や屋敷の人が減っていた事など、事実だけをなるべく私情を挟まないように説明していった。
「……ふむ。そうか……」
ロンメル辺境伯は、あごに手を当て思考顔のまま、しばらく考え込んでから口を開いた。
「……アルフレッドよ。しばらくはブルーノ子爵に注意をしておけ」
「えっ!?……それって……」
「……最近になって、ブルーノ子爵の下へ、ブランドン伯爵家の者が何度も接触しているのを確認している」
「……普通なら派閥替えの悪巧みかと思うところですが、ブランドン伯爵家の裏には……」
「そう。隣国ザルツェリア王国が繋がっている……」
ここへ来て、先ほどのロンメル辺境伯の苦い顔の理由が分かった。自分の派閥の人間が、間接的とはいえ隣国と繋がっているのを確認したのだから……。
「……アルフレッド男爵、まさかと思うが、ブルーノ子爵に複合弓とクロスボウは……」
「ご安心下さい。渡してはおりませんし、その存在も伝えてはおりません。……まあ、存在くらいは知ってるかも知れませんが……」
「ふむ。……それならひとまずは安心か……」
もし、隣国ザルツェリア王国がロンメル辺境伯領へ攻め込んで来たとして……。
多分、ロンメル辺境伯もそう簡単には負けない戦力を持っているはずなので、そうなっても対処は出来るはず。……問題は、その時に背中を向けることになる東隣のブランドン伯爵家、それにもしかしたらブルーノ子爵が共に反旗を翻してロンメル辺境伯領へ同時に攻め込んだとしたら……。
ロンメル辺境伯領は、東西から挟み撃ちに遭うことになる。多分間違いなくザルツェリア王国の狙いはここだろう。
アルフレッドはしばらく考え込んだ後、はたと顔を上げロンメル辺境伯へさらなる提案をした。
「ロンメル閣下、複合弓とクロスボウを先ほどの数に、さらに三百を追加でお渡し致しましょう」
「何ッ!? それは本当かっ!?……それはこちらとしてはありがたい申し出だが……。本当に良いのか? それだけの数を流してしまって、リンドロット領が手薄にならんか? それに、他に知れ渡り真似をされるリスクも高まるが……」
「……ええ。まあ、多分大丈夫かと……」
その顔を見て、ロンメル辺境伯の目がギラリと光った。
「……ほほぅ、その顔はまだ何か新たな武器を隠している顔だな」
「……あ〜。まあ、まだ完成はしていないんですけどね……」
大工のガルドさんに頼んでいた銃の研究は、魔鉄の発見で一気に進んでいた。一度は完成へと漕ぎつけたが、アルフレッドがその威力と射程に不満を抱き、現在は弾丸の研究に心力を尽くしている状態だ。
「……ふっ、ふふふ、アルフレッド男爵が味方で本当に良かったわ。それなら、早くその新しい武器を完成させるのだな。そなたの力を大いに当てにしている。頼むぞ、婿殿!! はっはっはっはっはっは……」
「〜〜ッッ!? ちょっ! 婿殿って!?」
いつの間にか婿殿扱いになってるっ!?
「ん〜、何だ? 何かフローラに不満でも?」
「…………いえ」
確かに、今さらフローラを誰かに渡す気などあるわけがないけど……。
「なら、早く爵位を上げて、さっさと婚約でも結婚でもしてくれたまえ。はっはっは!!」
「…………御意。」
こうして、思わぬ形での密談は終わった。




