(33)ブルーノ子爵の策略。
……ヒソヒソ、ヒソヒソ……ヒソヒソ、ヒソヒソ……
メアリーがアルフレッドのところへ抗議に訪れた翌日から、アルフレッドの噂が一気に村を駆け抜けた。
それに対し、大部分の人たちは鼻で笑って済ませたが、中にはそうではない人たちも一定数存在した。
ある時には、たまたまアルフレッドの近くで遊んでいた小さな我が娘を、母親が慌てて連れ帰るなどという事態も起きた。
アルフレッドはその光景を前に、ただ深い溜息を吐き、涙目になってその場を立ち去るしかなかった。
流石に辟易したアルフレッドは、しばらくほとぼりを冷まそうと、地竜が出たことで延期になっていた商業ギルドとロンメル辺境伯領への出立を早める事にした。
今回の同行者は、大工のガルドさんと仲間達五人、メイドのリナ、冒険者のミランダ達四人組の合計十一人。
ゼノさんはまだ体調が万全ではない為に今回はお留守番。本人はかなりごねたが最終的に諦めた。
エルフの族長セシルも同行を申し出たが、今回はブルーノ子爵の屋敷を訪問するので一応警戒して断った。
この国ではエルフが珍しい上にセシルの見た目が美しく、変に姿を見せて、ブルーノ子爵が好奇の目から何かを企てる可能性が捨て切れないので諦めてもらった。
それとフローラだが、せっかくロンメル辺境伯に会いに行くので、里帰りの意味も込めて同行を提案してみたが、アルフレッド不在の間の領地の管理と、アルフレッドへの偏見の目を潰す為に残ってくれるとの事だった。
アルフレッドは感謝と嬉しさのあまりフローラを抱き上げ、クルクルと回して喜びを露わにした。
それを見ていたミーシアが、私もして欲しいと手を伸ばしてきたので喜んでクルクルと回していたところ、それを噂好きな人たちに目撃され、またも好色な目で見られるネタとなってしまった。
……どうしてこうなった……。
商業ギルドのある領都グランリゲルまでの行程は順調で、予定よりも早く到着することが出来た。
道中、リナがずっと楽しそうにしていたのが印象的だった。おかげで周りの皆もつられて笑顔になって、予想外の楽しい行程になった。
これからもたまには連れてきてあげても良いかもしれない。
さっそく商業ギルドへ顔を出したアルフレッドは、個室ブースでナタリーと二人、時間を忘れてたっぷりと話し込んでから、例の照明の魔道具を登録した。
「やっと登録してくれたわね。ずっと待っていたんだから。もう注文予約が殺到してるわよ」
そう言いながら、ナタリーが注文書の束を出してくる。
以前にナタリーに送っていた照明の魔道具が既に評判を呼んでいたらしく、いきなり四百個もの予約注文が入っていたのには目を丸くした。
これもナタリーのおかげだ。
本当に有能な人だ、頭が上がらない。
ついでという訳では無いが、家令のブルックスが神品クラスだと評した陶器も登録したところ、あまりの出来の良さに売るならオークションに掛けたほうが良いとすすめられた。
ナタリーのすすめで、この国で一番大きな王都でのオークションに掛けることになったので、全てナタリーに丸投げでお任せした。
余談だが、後日、陶器の壺と花瓶それに皿の三点で、金貨約五千枚になったと言われた時は、あまりのことにそこからの記憶がしばらくなくなったほど驚いた。
以前に登録したリバーシとチェス、それから前回登録したすごろくも売り上げは順調で、いつの間にか商業ギルドに預けているお金が金貨三万枚を超えていた。
色々驚いて大変だったが、大きな領地でもコレだけあれば経営に余裕が出るという金額に、これからの村の開発にゆとりが出来たとホッと胸をなで下ろした。
ついでに、商業ギルドの支部をリンドロット領に出して欲しいとギルド長に頼んでみだところ、検討しておきます、と何とも素っ気ない返事が返ってきた。
多分、今後のリンドロット領の発展を見定めての回答になるんだろう。
それからあまり会いたくない人物、ブルーノ子爵を訪問した。
そして前回と同じ様に、たっぷりと待たされる……
……なんか、前に来た時と屋敷の雰囲気が違う気がする。全体的にどことなく暗いというか……。今回対応してくれた執事は、前回の若い執事では無かったし、全体的に働いている人が少ない感じもする。何かあったのだろうか……
「ふん。久しいなアルフレッド男爵。して、今日は何用で参った。ワシも忙しい身なのでな。用事があるなら手短にしてくれ」
ブルーノ子爵は機嫌の悪さを隠しもせず、ソファーにふんぞり返って葉巻きを咥えた。
(……チッ! アルフレッドのヤツ何しに来やがった。弟のワルターをあんな目にあわせておいてよくのうのうと来られたもんだ。それともワルターのしでかした事への抗議にでも来よったか。だとしたら返り討ちにして、捻り潰してやる。……)
ブルーノ子爵の顔が憎悪と怒りで酷く歪んだ。
「……今日は、ブルーノ閣下にお礼をする為にお伺い致しました」
「な、何ッ!? お礼だとっ!?」
苦情の言葉が出た瞬間にどうにかしてやろうと、屋敷にいる護衛達の位置まで確認して構えていたブルーノ子爵は、あまりの予想外の言葉に素っ頓狂な声をあげ、葉巻きを手からポトリと落としてしまった。
「はい。まずはこちらをご覧下さい。もしかしたらもうご存知かも知れませんが、これは我が領で発明された照明の魔道具です。これを天井に取り付ければ部屋の中は今までよりも遥かに明るくなり、ロウソクや油の出費も抑えられる上に、火を使わないので安全です」
「おおおっ!? こ、コレはっ!?」
アルフレッドが手元のスイッチをピッと押すと、パアァァッと明るくなった魔道具を見てブルーノ子爵は感嘆の声をあげた。
「こちらと、ランタン型、それと手に持つ明かり用(懐中電灯タイプ)をそれぞれ10個ご用意致しました。お納め下さい」
「こ、こんなに良い物を貰って良いのかっ!?」
ブルーノ子爵は、先ほどまでの怒りは何処へやら、照明の魔道具を目の前にして興奮覚めやらぬといった様子になっていた。
「はい。ブルーノ閣下におかれましては、先の支援要請の際に貴重な人材を多数譲っていただきまして、本当に感謝を致しております。現在に至るまでその人物達が揃って大活躍してくれているおかげで、今のリンドロット領の発展がますます進んでいるところでございます」
「……人材? ああ、ブルックスやカミラにエレノアと⋯⋯役立たずのメアリーに⋯⋯フンッ、まあ良いわ。あんな使えないクズどもの事はどうでも良い。
どこぞで野垂れ死んでも知った事ではないが、それが最後にこんな素晴らしい照明の魔道具をもたらしてくれたのなら、少しはワシの役にも立ったというもの。ヤツらの処分はそちらに任せるので、好きなようにしてくれてかまわん。ただし、不良品の返品は受付けてないからそこは承知しておけ」
「……ッッ……酷い……」
……ギリッ、ギリリッ
あまりの言い様に、同行していたリナからは非難の声が漏れ出し、アルフレッドは大事な人達に対する酷い扱いに、両手の拳が白くなるほど握りしめ、奥歯が痛くなるほど噛み締めた。
……くっ……今は我慢だ……落ち着け……。
アルフレッドは無理やり自分を落ち着かせた。
「……ふー、……それから、次にこちらをご覧下さい。こちらは我が領で、特別な方法を用いて作られた陶器でございます」
アルフレッドは、皿と壺をテーブルに置いた。
「おおお!これはまた凄い!?……これはっ、まさに神品クラスの逸品ではないかっ!?」
……このオッサン、目利きだけは出来るのか……
「……はい。こちらにつきましては、最近このリーゲル領から、我がリンドロット領へ移住をして来ている者達に対してのお礼でございます。本来なら自領から人が流出する事は領主として思うところがあるはず。下手をすれば領同士の諍いにまで発展してもおかしくない事でございますが、ブルーノ閣下におかれましては、我がリンドロット領がずっと人材不足で悩んでいる事をご存知の上で、黙って目を瞑り人材を融通して下さいました。そのお礼にございます」
今回、嫌々ながらにも訪問した理由がこれ。
後々、領民を引き抜いたと難癖をつけられる前に手を打っておきたかった。
(――ッ、しまった!? やられたっっ。この話はどこかで切り出して、問題として問い詰めてやるつもりだったのに……まんまと先手を打たれた。しかもこれだけの物を出されては文句のつけようもない……
ぐぅっ、クソッ!……それにしても、このままでは腹の虫が治まらん。何かヤツの嫌がる事でもしてやらないと気が済まないッ! 何か良い手だてはないか……)
ブルーノ子爵は、何とかアルフレッドに一矢を報いたいと必死に頭を働かせた。
(……ん? そう言えば、ヤツの後ろに控えているメイド、身体つきは良いがどう見ても田舎娘。連れてくるなら他に幾らでも良い女はいただろうに、なぜあのメイドを連れてきたんだ?……奴のお気に入りか?……グフフフッ、そうか、そういう事か。
それならこちらにもやりようがある。ふむ、良い方法を思いついたぞ! これならアルフレッドの泣きっ面が見られるだろう。グフフフッッ……)
「……あー。アルフレッド男爵よ、こんなに良い物を貰って何もせぬではワシの面目が立たん。今夜は歓待致すゆえ、ゆっくりしていくと良い」
「――、えっ!? よ、よろしいのですか!?」
「何、遠慮する事はないぞ。ワシとお主の仲ではないかっ、のう。……ニチャァッ……」
「〜〜ッ、ひッッ!?」
突然ブルーノ子爵に気持ちの悪い笑みを向けられ、悪寒の走ったリナが小さな悲鳴をあげた。
……それにしても、いきなり歓待に誘うとか、どういうつもりだ?弟のワルターの件でもわだかまりがあるはず。
……ヤツはいったい何を企んでいる……
「グフフフッッ、さあどんどん食べて飲んでくれ、アルフレッド男爵よ。気に入った物があれば遠慮なく言ってくれ。追加でどんどん持って来させるからな。気にしなくて良いぞ!」
「はい、ありがとうございます。こんなにたくさんのご馳走を前に充分堪能させていただいております。それにしてもブルーノ閣下は美食家ですね。珍しくて美味しい食べ物がこんなにあるとは驚きました」
……もちろんお世辞だが、半分は本音も混ざっている。こんなに誰が食べるんだというほどの種類と量。残った場合は使用人達が食べるらしいがそれにしても量が多い。あの体型になるのも納得だ……
「グフフフッッ。そうだろう、そうだろう。ワシは食べる物にはちとうるさいからのう。国中の美味を買い求めているから、いつでも好きな物がいくらでも食べられる。山奥の片田舎では、こうもいくまい。グフフフッッ」
……くっ、いちいち突っかかる言い方しかしないんだな……
「グフフフッッ、それにしても気分が良い。アルフレッド男爵には感謝せねばならんかの。グフフフッッ」
……そういう事なら、少し押してみるか。
「それでしたら、リンドロット領はまだまだ人材不足ですので、その辺りの融通を利かせていただければありがたいです」
……これからも移住希望者をどんどん引き抜かせて貰うので、よろしく!……
(……人材不足の融通だと! クソッ、そんなにいつまでもうちの領から人を取られてたまるかッ! だが、あれだけの価値のものを貰って何もしないのは貴族として世間から舐められてしまう。
それでなくても最近はアルフレッドの名声が高くなっているのに、ここで失態を犯すわけにはいかない……何か良い方法はないか……ハッ!? そうか、その手があったか……グフフフッッ、アルフレッドよ、見ておくが良い……グフフフ)
「グフフフッッ、あい分かった。それなら、またこちらから人を送ろう。後で返せなんて言わないからしっかり受け入れ準備はしておけよ。グフフフッッ」
「本当ですかっ、それはありがたいです。よろしくお願いいたします」
……コイツ、いったい何を企んでいる?……
それからも、しばらくは歓待の時間が進んだ。気がつけば夜もだいぶ更け、普通ならそろそろお開きになる時間だ。
「グフフフッッ、ああ、そうそう……おい! お前たち入ってこい」
突然ブルーノ子爵が扉に向かって声をかけると、そこからぞろぞろと十代になったばかりくらいの娘から三十代くらいまでの見た目の良い女性達が部屋の中に入ってきた。
「さあ、アルフレッドよ、ここから好きな相手を指名するが良い」
「…………は?」
「なに、貴族が客人を歓待するのに女を付けるのは当然のことだろう。まさかアルフレッド男爵は知らぬ訳でもあるまい?」
「……いや、そ、それは……」
「ああ、そうだ! そう言えば、今、中央の貴族の間で、お互いの相手を交換してひと晩遊び倒すのが流行っているのは、もちろんアルフレッド男爵も知っているよな。今夜はその流行りに乗ろうではないか!!
グフフフッッ、ああ、アルフレッド男爵は、そこの女達を全員連れて行って構わないぞ。その代わりワシは、お主の後ろに立っているメイドを所望しようではないか。グフフフッッ……。
さあそこの女! 早くこちらに来い。今夜はワシと、たっぷり遊ぼうではないか。グフフフッッ……ニチャァッ……」
「――ッッ、ヒィィィ〜〜〜ッッ!?」
リナから、この世の終わりのような悲鳴が上がった。




