(32)メアリーの秘密。
「乙女に、いきなりあんなハレンチな事をした理由を説明するべき」
その日の夜、メアリーは防御壁の上でアルフレッドに一方的くすぐられたことへの抗議をするために、部屋へ押しかけた。
「乙女が、公衆の面前で辱められた。責任を取るべき」
「いや、責任って⋯⋯。ちゃんと説明はしようと思っていたんだよ。いきなりあんな事して謝らないとだし、今後のメアリーにとって、重要な話になる事かも知れないと思ってね。まあ、そこに座って」
アルフレッドは、テーブルの向かいにメアリーを案内して、落ち着くように温かいお茶と、お茶菓子として牧場で採れた牛乳からできたバターを使ったクッキーを出した。
「⋯⋯サクサク⋯⋯。ん、これ美味しい」
「ははっ、喜んでもらえて良かったよ」
「……サクサク。これ、おかわり。……サクサク……でも、だまされない」
「あはは。だましたりしないよ。ちゃんと説明はするから」
アルフレッドも席に座りなおした。
「まず、いきなりあんな事してすまなかった。それから、すぐに説明にいけなくて申し訳ない」
アルフレッドは素直に頭を下げた。
「……ん。あの後はすごく忙しかったからしょうがない」
実際に、ゼノさん達の安否確認やら無事に戻って来た後の報告、負傷者の確認や治療の指示、地竜の処理や宴会での挨拶やら、諸々の被害報告など、フローラやブルックスに大部分を丸投げしていても、次から次へとやる事ができて、アルフレッドは先ほどまで目をまわす忙しさだった。
「……んー、どこから話せば良いかな。まず最初は、地竜が出たと村じゅうが大騒ぎになっている中で、たまたま防御壁の縁で震えているメアリーを見つけたんだ。いつも自信満々のメアリーのあんな姿を見てすごく驚いたよ」
「……見られていたとは……不覚」
「……そこで、メアリーが魔法を使うのに不安を抱えていることに気がついた。地竜が迫っている中で、必死になって自分と葛藤している姿を見て、何とかしてあげたいと思ったんだ」
「…………。」
メアリーは、ジッとアルフレッドの顔をみながら、静かに話を聞いている。
「本当なら、時間を掛けてじっくりと一緒に考えていければ良かったんだろうけど、あの場面ではそうもいかなかったから必死になって色々と考えたんだ。メアリーが魔法を発動した時としなかった時では、いったい何が違ったのか。発動した時の共通点は何か……」
「……それに気がついた?」
コクンと頷いて話を進めた。
「メアリーは、プレッシャーに弱いんじゃないかと思った。そういう場面になると極度に緊張してしまうんじゃないかと思いついた」
メアリーの肩がピクリと跳ねた。
「一度目に魔法を発動したのは東側の山を吹き飛ばした時。あの時も、最初は皆が見ている前で上手く魔法が使えなくて、魔法が発動したのは、泣き出したメアリーを慰めて落ち着かせた後だった。きっと、魔法が使えたのは落ち着いた事で緊張が解けてリラックス出来ていたからだと思う。実際にあの時のメアリーは、身体から力が抜けていたからね」
メアリーがその場面を思い出して、ウンウンと頷く。
「二度目に魔法が発動したのは、ワルターの一味に襲われた時。あの時は、本当にギリギリのところでメアリーに助けられた。多分、メアリーもいきなりあんな場面に遭遇して、緊張している隙なんかなかったんだと思う」
「……確かに。応援に駆けつけたら、いきなり皆が襲われていて、気がついたら魔法を使ってた」
「うん。余計なことを考える時間がなかったのが逆に良かったんだろうと思う」
むむ。と、メアリーは何かを思案する様な顔になっていく。
「三回目は、西側の山を吹き飛ばした時。あの時は村の皆が興味本位で大勢集まっていて、ずっと注目されていたから最後まで魔法は発動しなかった。発動したのは次の日の早朝、誰も人がいない時間だったよね。……もしかしたら、メアリーも本当はどこかで気がついていたんじゃないかな。だからあんなに朝早く、まだ皆が寝静まっている時間帯を選んだんだと思う」
「…………ッ」
メアリーが驚きで目を見開いた。
「……だから、メアリーの緊張を解ければ良いと思ったんだ。……だけど、あの時のメアリーは極度の緊張とプレッシャーから極限の精神状態になっていて、普通のことをやっても効果はないと考えた」
「……だからって、どうしていきなりくすぐるようなハレンチに走った? まさか、私の魅力に耐えきれなくなった?……まあ、それならしょうがない」
メアリーは、グラビアモデルのようなポーズでアピールし始めた。
「…………。あの状況で意識を他へ逸らして現実に戻すには、強引にでも笑わせるのが一番手っ取り早いと思ったんだよ」
ぺたんこの胸を両手で寄せて、[私の魅力]をアピールしていたメアリーが、急に真面目な顔になった。
「……どうして分かった?……私でも気づかなかったのに」
「……いや、完全に分かったとは言えなかったけど、可能性は高いと思ったよ」
「……そんなあやふやな理由。……もしそれが原因じゃなかったら、アルフレッド様は、どさくさに紛れて幼女にいたずらするただの変態になってた」
「――グハッ!? へ、変態って……っていうか、メアリーの方が四つも年上じゃん! こういう時だけ自分を幼女扱いってズルくない?」
「……じゃあ、乙女にする。アルフレッド様は乙女にあんなことした責任とる」
「責任って……」
メアリーの顔が真剣なものになった。
「次、また私が魔法を使うときは、アルフレッド様が側にいて見守ってほしい」
「……え?」
「それで、また私が緊張してたら、助けてほしい」
「助けるって、また、くすぐるの?」
メアリーは、くすぐられたことを思い出したのか、珍妙な顔になる。
「くすぐるのは嫌。何か違うのにしてほしい」
「違うのって……どうするの?」
ここで、何も考えていなかったことに気付いたメアリーが、しばらく考え込んでしまった。
「……じゃあ、アルフレッド様が私に、ちゅーをする」
「…………は?」
「ちゅーをする」
「いやいやいや! 何を言ってるのかなっ!?」
「大丈夫。アルフレッド様に、ちゅーをされたら、きっと私は頑張れる」フンス!
「いや、フンス! じゃないからねッ、そんなの敵の目の前でいきなりキスとかあり得ないでしょっ!? そんなことしたら、相手からも味方からも、本当に変態扱いされちゃうよっ?」
「アルフレッド様が、変な性癖を持っていても、私はぜんぜん構わない」フンス、フンス!
「誰のせいでそうなると思ってるのっっ!?」
その後、メアリーとの話し合いは平行線に終わった。
だが、緊張しないで魔法を使えるように訓練するのは、アルフレッドの方から協力を申し出た。
もう、メアリーのあんな姿は見たくない。
いつもの笑顔で、ずっといて欲しいとアルフレッドは強く願った。
今回のことで、魔法に関するトラウマがなくなってくれれば良い。
でも、もし次にまた何か問題が起きても、絶対に守ると固く心に誓うアルフレッドであった。
「……なっ!? アルフレッド様が変態っ!?」
「……アルフレッド様が、メアリーにハレンチな行為をっ!?」
「……メアリーが辱められた!?」
……ヒソヒソ、……ヒソヒソ、……
このときの会話を、うわさ話好きなメイドたちが扉の向こうで聞いていたことに、アルフレッドは気が付かなかった。
それが、あんなことになっていくなんて、この時のアルフレッドは夢にも思わなかったのである。




