(30)警鐘は鳴り響く。
あれから数日後、三つの里のエルフ達は無事にリンドロット領へやって来た。
当初は、大勢のエルフ達を前に戸惑いを隠せずにいた村人達だったが、リンドロット領お得意の村を挙げてのお祭り騒ぎの宴会によって、その心の壁はあっさりと消えてなくなった。
また、三人の族長達が上手くエルフ達をまとめあげ、問題が生じた際にはルシエラ婆さんが族長達から話を吸い上げて対応するという仕組みが出来上がった為、エルフ達の不安がなくなったのも大きかった。
ルシエラ婆さんも、自分がエルフ達を呼んだ責任があると感じているからなのか、エルフ達の面倒を良く見てくれているので助かっている。
エルフ達は、さっそくいくつかのグループに分かれて働き出してくれた。
一番人気のあるグループは、ルシエラ婆さんのところで照明の魔道具作りを手伝ったり、そこから白魔石を使った魔力の流れを安定させる技法を学び、新たな魔道具の研究をしたりしている。
アルフレッドが思案していた、炎の剣や氷の盾もエルフ達によって順調に研究が進んでいる。
他方で別のグループでは、東側の土地で農作業を手伝ったり、珍しい薬草を山から採ってきては薬やポーションを作ったり、薬草を栽培したり、牛や馬、ニワトリの世話をしたりと、自然に触れる仕事に従事する人達もそれなりにいた。
それからもうひとつのグループは、弓や罠を使った猟師のグループで、中でも族長の内のひとり、セシルさんの弓の腕は飛び抜けていて、矢に風の魔法を乗せて放つと、威力も距離も格段に違うそうで大活躍をしている。
族長達に初めて会った時、三つの里の人数を聞いて、セシルさんのところだけ少し寂しい気がしていたが、実は数年前に里が魔獣に襲われ、かなりの犠牲が出てしまったかららしい。
その時に前の族長とその一族も犠牲になり、唯一生き残った族長の孫であったセシルさんが族長を引き継いだのだそうだ。
セシルさんは、人間で言うとまだ十代半ばくらいだそうで、若過ぎるからとセシルさんが族長になる事に反対する者達もいたが、襲撃してきた魔物達を退ける為、ただひとり獅子奮迅の活躍を見せていた姿を誰もが知っており、最終的にセシルさんを族長とする事で話がまとまったのだとか。
そんな理由で、エルフの人達のおかげで薬草やポーションの数も潤い、照明の魔道具も安定して製造出来る様になったので、そろそろ商業ギルドに登録して、商品化していこうと思う。
ケットシー商会のニーナに任せれば、独自の販路に乗せてかなりの数を捌いてくれるはずだ。商会としても看板商品になるだろうし、力を入れてもらえばリンドロット領もこの先長く潤っていけるだろう。
そんな話をしに、ルシエラ婆さんのところへ顔を出した。話自体はあっさりと終わったが、その際に今後のエルフ達との連絡役として、セシルさんを側に置くようにと言われた。
アルフレッドとしても、連絡役がいるのはありがたいのですぐに承諾したが、セシルさんは頰を赤く染めて俯き、ルシエラ婆さんはニヤリと意味深な笑みを浮かべていたのが気になった。
…………?
その後しばらくはずっとその事を考えていたが、いくら考えてもその理由に思い至らなかったので、結局アルフレッドは考える事を放棄した。
それから数日、アルフレッドは商業ギルドへ照明の魔道具の登録と、そのまま足を延ばしてロンメル辺境伯にワルターの一件のお礼をしに行く計画を立て、その為の準備で忙しくしていた。
「……ふぅ。荷物はこんなモノかな」
「……あ、あのっ、アルフレッド様っ、実はお願いがあるのですが……」
そう声を掛けてきたのは、アルフレッドの屋敷で以前から働いているメイドのリナだった。
相変わらず、その大きな胸がぽよんぽよんと弾んでいて、良い目の保養……っとと目に毒だ。
「ん? どうしたのリナ?」
「あのっ、今回の領都グランリゲルへ行くメンバーに、私も加えてはいただけませんかっ。……実は、生まれてから一度もこの村から出たことがなくて、外の世界を見てみたいんです。しかも、この間アルフレッド様達が盗賊を退治してくれたおかげで、今はわりと安全に移動が出来ていると聞いていますし……村の外に出るなら、今がチャンスかなって……。
あのっ、同行している間は、小間使いでも雑用でも何でもいたしますので、何とか一緒に連れて行ってはもらえませんでしょうか?お願いしますっっ!」
リナが勢いよく頭を下げた。
この世界では、村や町から一度も外へ出ることなく一生を終える人達は珍しくない。
村や町の外には魔獣や盗賊が蔓延っていて危険な為、護衛がいなかったり、戦う手段がなければ、どうしても外へ出る用事がない時以外は、無理をする必要がないからだ。
「……うーん。確かに、村の外へ行くなら今が一番良いかもしれないね。よし、同行を認めるよ。その代わり、屋敷の方の引き継ぎはしっかりしておいてね」
胸の前で両手を組み、ハラハラした表情を浮かべてじっとアルフレッドを見ていたリナは、同行の許可が下りたと分かった途端、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「わあっッ!! あ、ありがとうございますっ! さっそく準備をしてきま……ッッ――!?」
……――カンカンカンカンカンカン〜カンカンカンカンカンカン〜〜……――
リナの喜びの声を掻き消すように、突然、村全体に大きな音が響き渡った。
「――ッッ!?、こ、これはっ!?」
「――ッ、警鐘ッッ!?、しかもこの鳴り方はッッ!?」
「……最大の特別警戒警報、災厄レベルの緊急事態発生……」
リナの顔色がサァーッと青くなっていく。
「リナッ、屋敷に戻って待機!状況によっては屋敷を避難所として開放するから、その準備をよろしく! ケガ人が出るかも知れないから、そっちの準備も頼む!!」
「――ッ、は、はいっ!!」
アルフレッドの言葉に我に返ったリナは、屋敷の方へと走って行った。
アルフレッドは、警鐘の鳴っている西側の方へと急いだ!
「……――ッッ、地竜だぁ~!!、に、逃げろ〜~ッッ」
………えっ? 地竜?
「〜~まっすぐこっちへ向かってるぞッッ!! 逃げろ、逃げろッッ!!」
……まっすぐこっちって……いけないっ!! このままだと新しく出来た工房エリアがッッ!!
「おいっ! 白魔山から出てきたぞっ! 山にいる連中はどうしたっ!?」
「まだ、戻って来てねぇッッ!!」
…………なにぃっ!!!?
今日は、白魔山へはゼノさん達が行っているはず……無事でいてくれッッ
こちらへ逃げて来る人達から、すれ違いざまに次々と衝撃の事実を聞かされる。
……――カンカンカンカンカンカン〜カンカンカンカンカンカン〜〜……――
警鐘は、さっきから止むことなく鳴り続けている。
「……――ッッ、ガルドさんッ!!」
西側の防御壁へ登ると、そこには大工のガルドさんが大きな戦斧を手に、険しい表情を浮かべて立っていた。
「……おう、アルか。……あれを見な」
ガルドさんの視線の先には、白魔山からこちらへまっすぐと進んでくる地竜の姿があった。
「……何だあの大きさは……」
姿形は蜥蜴を大きくした様なイメージだが、全身をゴツゴツした岩の様な鱗で覆い、そこからトゲのようなモノが突き出ている。牙と爪は大剣よりも大きく鋭く尖り、あれで攻撃されたらひとたまりもないのは一目瞭然だ。
そして、何よりも驚異なのはその大きさで、長さは尻尾まで入れるとゆうに百メートルは超えている。
それが、まっすぐに工房エリアの方へと進んで来ているのだ。
「――ッッ!?、マズいッッ、西側エリアはまだ防御壁の工事が終わっていないっ、このままだと工房エリアは全滅だッッ!!」
そうなのだ、居住エリアと東側エリアは、防御壁がしっかりと出来上がっているが、西側エリアはまだ、全然工事が終わっていなかった。
仮に防御壁があったとしても、あの地竜の突進に耐えられるかは些か疑問ではあるが……
「自衛団前へッッ、敵、正面の地竜ッッ。全体進めッッ!!」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
声のする方を見ると、エレノアが先頭に立って号令を送り、自衛団と共に地竜の方へ駆け出していった。
「クロスボウ隊は、西側エリアの人達の避難を最優先にッッ! 攻撃する時は正面には立たないようにッッ!」
「「「「「はいっ!!!!」」」」」
「――ッッ、ちょっ、フローラッッ!! 何してるのっ!?」
アルフレッドの声に、フローラはこちらを向いてニコッと微笑むと、キッと前を向き直し、クロスボウ隊と共にこちらも駆け出していった。
「――、魔法か弓を使える者だけで良いっ! どうせ剣は通らん。狙いはヤツの足の付け根と下腹だ! 叶うなら目と口の中にも矢をお見舞いしてやれっ!!」
エルフの族長セシルが、エルフ達を引き連れて地竜に向かって行った。
「……さて、ワシも行ってくる。白魔山に行ったゼノが気掛かりじゃからの」
そう言ってガルドさんが離れていった。
他にもバラバラと人が駆け出していくのが見えた。
「キースティン!! 地竜の足下に穴を開けるか、目の前に壁を作って、ヤツの歩みを止めてくれっ!!」
キースティンはこちらを見て、グッと右手の拳を挙げた。
他にも、魔石の袋を抱えた防御魔法使いのメルヴィンや、ガルドさんより大きな戦斧を持った剛力ガレウス、冒険者のミランダ達も次々と駆け出していった。
アルフレッドも、皆と一緒に駆け出そうとした時、目の端に人の姿が映った。
「……、ん? メアリー?」
「……し、失敗出来ないっ、失敗出来ないっ、失敗出来ないっ……ブツブツ……」
メアリーは防壁の縁にへたり込み、遠目にも分かるほどに全身を小刻みに震わせていた。
構えた杖は辛うじて地竜の方へ向いてはいるものの、全身は強張り、杖を握りしめる両手は血の気すら失って白く変色し、食い込んだ爪の隙間からは血が滲んでいた。
「複合弓、撃てっ!!」
「地竜の右足をねらえッ、撃てっ!!」
――、アイスバレットッッ!!
――ウインドカッター!!
――、バシュッ、バシュッ、バシュッ――
――ビシュッ、ビシュッ、ビシュッ――
……ドーン!! ドドドーン!! ガッ、ガツッ、ガツッガツッガツッ……
――ッッ、ガアアアアァァァァァァ~〜~ッッッッッッ――
「……クソッ、全然効いてねぇッ!!」
ドカン、ドカーン……
キースティンが土魔法で壁や穴を作っても、最初からそこに何もなかったかのように、地竜の進行は止まらない。
「――ッ、諦めるなッッ、ヤツの目と口を狙えッ、ヤツの正面に立つなよッ!!」
エレノアの指示が飛ぶ。
「クソッ、このままだと村が全滅だっ!どうしたら⋯⋯そ、そうだっ!! メアリーの魔法なら、地竜も一発だろっ!!」
「そうだ!! メアリーだっ!!」
「メアリーはどこだ?どこにいるッッ?」
「死にたくねえ! メアリー、頼む! 助けてくれッ!!」
「メアリーッッ!!」「メアリーッッ!!」
混乱のさなか、ひとりの発した声は周囲に広がり、その声がだんだんと大きくなっていった。パニックになりかけた大勢の人達がメアリーを探し、暴徒化寸前の騒ぎにまで膨れ上がり始めていた。
「わ、私がやらなきゃ……しっかりしなきゃ……ブツブツ……」
……ガクガク……ブルブル……
「……メアリー……」
「怯むなッッ、撃てっ!! 何としてもここで止めるぞッ!!」
「「「「オオッ!!!!」」」」
エレノア達の鼓舞のおかげで、まだ士気は高く攻撃の手は弛めていないものの、剛力ガレウスの特大サイズの戦斧すら弾かれるこの状況に、誰もが焦りを感じていた。
……メアリー……。
アルフレッドの視線の先で、小さな身体をさらに小さくして、我を忘れたようにブルブルと震えている少女。
(と言ってもアルフレッドより四歳年上なのだが……)
こんな小さなメアリーひとりに何もかも頼るのは酷だ……。
……だが、今はこの窮地を乗り切る為に、どうしてもメアリーの魔法以外に良い方法が思いつかない。他に考えが浮かばない……。
考えろ……考えろっ……。
どうしたらメアリーが魔法を使えるようになる?どうしたら……




