(29)エルフが村にやってきた。
西側の開発は、その後も順調に進んだ。
こちら側の地盤はかなり固く、畑には向かないと判断された。
なので代わりに工房や倉庫、資材置場などをこの西側に集め、作業エリアとして開発を進めていく事に決まった。
次々と新しく工房が建てられていく光景は、かつての寂れた辺境の姿からは到底信じられないもので、ルシエラ婆さんも新しくなって広々とした自分の工房を見て、歓喜の声をあげていた。
領地の中心部に居住区を設け、東側に農耕エリア、西側に工房エリアと割り振ることになったが、これが思った以上に好評だった。こうしてまた、新しく変わっていくリンドロット領を見て、感慨深さで胸がいっぱいになった。
石工のゼノさんは、さっそく新しい工房で、赤土からレンガを作る作業に取りかかっていた。
まずは、赤土を粘土にして四角い型に入れ、型抜きしてから並べて自然乾燥させる行程から。
「……ゼノさん。これってどのくらい乾燥させるものなの?」
「そうだな。まあ少なくとも一週間は欲しいな。」
「……ふ〜ん。……ねぇ、ゼノさん。村の防御壁を作った時みたいに、土魔法使いの人に魔法で固めてもらったら早くない?」
「…………何ッ!?」
ギラッとした鋭い目で睨みつけられた。
「それに、防御壁を作った時みたいに、そこに白魔石の粉を混ぜたらもっと固くならない?ビチャビチャの土ですら、あの防御壁みたいにキンキンに固くなったんだから、赤土の粘土ならもっとしっかりいけるよね、きっと」
…………。
ゼノさんは、何とも言えない顔になった。
「……おめぇ、そう言う事は、もっと早く言えッッッッ!!!?」
そう叫ぶと、一緒に作業していた仲間のもとに駆け出していった。
結論から言うと、アルフレッドの思った通り、キンキンと金属音がするくらい固くて高質なレンガがあっさりと出来上がった。
目の前で次々と出来上がっていく高質レンガを見て、ゼノさんはずっと複雑そうな顔をしていた。
本来なら、レンガを干して乾燥させるのにかなりの時間をかけ、それを使って窯を作り、その中にレンガを入れて高温で焼き固めて、その後にゆっくりと冷ましていく事でできるのが高質レンガの作り方だ。
高質レンガを作るためには、それだけ膨大な手間と暇が掛かるのだ。
それが、目の前でポンポンと出来上がっていくのだから、複雑な気持ちはすごく良く分かった。
そして、その高質レンガを使って作られた炉と窯は、ゼノさんだけでなく、ガルドさんやルシエラ婆さんまでもが滅多にお目にかかれないというほどの伝説級と言っても過言ではない仕上がりになった。
ゼノさんは、さっそく当初からの目的であった、錆鉄山から赤錆だらけの鉱石を持ち込み溶かしてみたところ、ゼノさんの目論見どおり純度の高い高品質な鉄が取れるようになった。
これで、村では鉄製品に困る事は無くなったし、製鉄が村の特産にも繋がるとゼノさんは大喜びしていた。
それから、これもアルフレッドの思い付きで、赤土の粘土に白魔石の粉末を混ぜて陶器を焼いてみたところ、想定外の逸品が出来上がった。
さらに白魔石は取れる場所によって発する魔力の色が違う特性があって、以前それをリバーシとチェス盤を光らせるのに使った事があったが、今回はその特性を活かして模様付けや釉薬として使ってみたところ、何とも言えない味わい深い神品になった。
「……これは神器クラスですぞ。国王陛下に献上するレベルですな……」
家令のブルックスが、出来上がった陶器を見て感動に打ち震えていた。
うん。ブルックスにひとつあげようかな。まだまだたくさん作れるしね。
「ねぇ、ゼノさん。鉄を溶かす時に白魔石の粉を混ぜたらどうなるかな?」
「……おまッ!……またそういうッ……」
それまでご機嫌だったゼノさんは、体をビクッと硬直させ、嫌なものを見るようなジトッとした視線をアルフレッドに向けた。
「え〜っ、そんな目で見ないでよ〜。ちょっと思いついただけなんだからさぁ〜」
「…………出来たぞ」
次の日、ゼノさんが何とも言えない顔をしてアルフレッドのもとへやってきた。
「……え? 何が?」
「……おめぇが、昨日言ってた鉄に白魔石を混ぜたらってやつ、やってみたら出来た。……出来ちまったんだよッッ!」
「……で、何が出来たの?」
「魔鉄だよッ、魔鉄が出来ちまったんだよッ!何で普通の鉄を精製しようと思っただけなのに、魔鉄が出来ちまうんだよッッ!?」
魔鉄は、それを使って何かを作っている時は独特の粘りがあって作業がしやすく、細かいところまで作り込むのに最適だという特徴がある。
しかし、一度固まってしまうとその強度はミスリルに近いものがあると言われ、さらに魔鉄と言うだけあって魔力を非常に通しやすく、色々な属性を付与しやすくなるという側面も持ち合わせていた。
その特徴から、錬金術師達の間でも人気が高く、特に魔道具や魔法の杖などを作るのに重宝されているため、高額で取引されているのが魔鉄なのだ。
「へぇ~、良かったね。ルシエラ婆さんも喜びそう。それに魔鉄を安定的に生産出来る様になったら、高額な取り引きの交渉材料としてかなりの強みになるね」
「……だから驚いてるんだよッ! オメェもちったぁ驚けッッ!!?」
……なんか、酷い言われようだ。
「……う〜ん。魔鉄って武器を作るのに適してるんでしょ? しかも魔力を通しやすく属性を付与しやすくなる……と……」
「…………オメェ、また何かろくでもねぇこと思いついてねぇか?」
ゼノさんが、ものすごーく嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
「ん〜。魔鉄で作った剣とか盾に炎とか氷の魔石を嵌めて、その魔石の魔力が上手く同調して馴染むように白魔石を媒体に使ったら、炎の剣とか氷の盾とか出来ないかなって思って……」
「……おまっ!? そんなの出来たら、国宝級じゃねぇかッ!!」
「……ほぅ。ずいぶんと面白そうな話をしておるの。良ければその話、もっと詳しく聞かせてはくれぬか?」
突然背後から話し掛けられ、驚いて振り向くと、そこには三人のエルフ達が並んで立っていた。
「――ッ、誰だっッッ!? お前達見たことない顔だな、どっから来やがったッッ!?」
ゼノさんは、この村で見たことのない怪しい人物達に、いきなり村の重要事項になりかねない内容の話を盗み聞きされ、警戒心を露わにした。
「おお! これはすまん。ちょっと人を探しておっての。知っていたら教えてもらおうかと思ったんじゃが、そしたら何やら面白そうな話をしているのが耳に入っての、ついつい口を挟んでしまった。申し訳ない、この通りじゃ」
そのエルフさんは、特徴的な長い耳をシュンとさせて頭を下げてきた。
「……あ〜。まぁ、そう言う事なら仕方ねぇけどよ……」
どうやら悪気はなさそうだと判断したゼノさんは、警戒はしながらも一応話には耳を傾けた。
「……あっ! もしかしてルシエラ婆さんの言ってた同郷の人達?」
「おお! そうじゃ、そうじゃ。我らはルシエラの古い友人での。今回、ずいぶんと興味をそそられるような手紙を寄越しおったから、慌てて来てみたんじゃが。……しかし驚いた。あのルシエラが、よもや婆さんと呼ばれていようとはの。以前の奴からは想像も付かん姿じゃのぅ」
「……え? そうなの?」
「ああ。以前は、それはそれはお転婆でのぅ。災厄の天災姫とか呼ばれて、一度暴れ出すと手が付けられないような奴じゃった。あの当時の姿を知る者にとっては、ルシエラ婆さん何て言われて大人しくしている姿は、恐ろしくて想像すら出来んじゃろうな。ふぉっふぉっふぉっ……」
へぇ~、あのルシエラ婆さんにそんな一面があったなんて……人は見かけによらないね。
「ルシエラ婆さん〜! エルフのお仲間さん達が来たよ〜」
さっそくアルフレッドは、エルフの三人をルシエラ婆さんのところへ案内した。
だが、古い友人のはずの三人の姿を見たルシエラ婆さんの反応は、思ったものとは違っていた。
「……なんじゃ!? お主ら何しに来た!? まさか、お主ら三人が移住希望者だとか言わんよな?」
「ふぉっふぉっふぉっ、久しぶりの再会なのに、いきなりな挨拶じゃのぅ」
「マトモな挨拶なんか無くて当然じゃッ! で、何で族長の御三方がここに来ておる?他の者たちはどうした?」
「……ええっ! 族長っっ!?、しかも三人ともっ!?」
アルフレッドが驚くのも無理はない。
一族をまとめる族長が村の外に出るなんてそれだけでも大騒動なのに、しかもそれが三人⋯⋯三つの里で最も高い位の決定権を持つ長がいないなど、緊急時を考えるとそれこそあり得ない話なのだから。
「いかにも、ワシら三人は族長じゃ。そして、ワシらが移住希望者で間違い無いぞ」
「……んなっ!? 貴様ら他の者たちはどうした!? まさか里を捨てて家出して来たとか言わんよなっ!?」
ルシエラ婆さんが、いつになく興奮した様子を見せている。こんな姿は珍しい。それだけこの三人がここにいるのがよっぽどの事なのだろう。
「ふぉっふぉっふぉっ、ルシエラと一緒にするな。他の者達もちゃんと後から来るぞぃ。あの手紙の内容の事を少しでも早く知りたくてのぅ、ワシらだけ先行して来たのじゃ」
「……他の者たちって、あとどのくらいの人数がこっちに向かってる?里に残った者たちはどうした?誰が面倒を見ている?」
「ふぉっふぉっふぉっ、そう慌てなさんなルシエラよ。今回の移住希望者はみっつの里の者たち全員じゃ。だから、全員で今もこちらへ向かっている最中だぞ」
「〜〜んなぁっ!? ぜ、全員じゃとっ!?」
ルシエラ婆さんは目を丸くして、顎が外れそうなほど驚いている。
今日は、ルシエラ婆さんの色んな顔が見られる、とんでもなく珍しい日になった。
……珍しすぎて、明日雪でも降るんじゃないか……どころか、槍とか降ってこないと良いんだけど……
「……あのっ、それで後から来る人たちって何名くらいになるんですか?それに合わせて受け入れ準備をしなくてはならないので……」
「……失礼じゃが、受け入れ準備をするとは……そなたはここの領のお偉いさんと知り合いか何かなのかな?」
「……ウオッホン!! そちらがこの領のご領主様、アルフレッド・リンドロット男爵様じゃよ」
衝撃から立ち直ったルシエラ婆さんがずいぶんと畏まった紹介をしてくれた。
「なんとっ!! これは大変失礼をいたしました。……それでは、例の魔道具を考案されたのも、男爵様でいらっしゃったのですね……! 先ほども実に興味深いお話をなさっていたご様子。ぜひとも我ら一同に、その大いなる叡智をお授けくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
急に丁寧な話し方になったエルフさんたち。
その言葉遣いを聞いて、ルシエラ婆さんは不思議なものを見るような目でエルフさんたちを見つめていた。
うん。やっぱりルシエラ婆さんの表情が、こんなにもクルクル変わるのは見たことが無い。
本気で明日の天気が心配だ。大きな流れ星とか落ちてきませんように。パンパン
「あははっ、そんなに畏まらないで良いですよ。いつも通りにして下さい」
「ふぉっふぉっふぉっ、それはありがたい。ではそのように。改めて自己紹介をさせてもらおう。ワシの名はハロルド・ヴェルザイン。ヴェルザイン一族の族長じゃ。里の者たち一五六名全てを連れて来た」
「ワシの名は、ドノヴァン・ヴァイアノ。ヴァイアノ一族の族長をしておる。同じく里の者たち全て一三七名を連れて来た」
「私は、セシル・エーデルファルヴ。エーデルファルヴ一族の長よ。里にいた全員八九人を連れてきているわ。よろしくね」
三つの里の人達全員がこちらに向かってると言う事は、何と一気に三八二名もの移住者が来る事になる。村の現在の人数とほぼ同じ数の移住者が一度に増える……トラブルが起きないようにしないといけないな……
「……それで、何でまた、揃いも揃って一族全員でなんか来たんじゃ? 里を捨てることになるというのに、いったい何があったんじゃ」
「……そりゃあ、理由なんかひとつしかないわいの」
「……まあ、そうじゃの。理由はひとつじゃの」
「ええ。理由はひとつですわね」
「……何じゃ、何がその民族大移動を決断させた理由なんじゃ!?」
「「「それは、ここが面白そうだから(です)!!!」」」
「…………お、面白そうって…………」
今日何度目だろうか、ルシエラ婆さんが顎が外れそうなほど口をあんぐりと開けて、あ然としている姿を見るのは。
やはり、明日の天気は気をつけた方が良いと思う。
そのうちドラゴンでも降ってきそうな気がしてきた……。




