(25)ワルター会長の魔の手。
リンドロット領へ帰る当日。
領都グランリゲルの西門には、アルフレッドに同行する人達が出発の合図を待っていた。
来た時のメンバー、アルフレッドを入れて9人の他に、キースティン達がスカウトしてくれた土魔法使い達が8人。移住希望者が4家族13人。
それに奴隷商で購入した、剛力のガレウスと、
防御魔法使いのメルヴィン。
オークションで仲間になった、フィオナとシェリルの母娘。
その他に、護衛依頼を受けて同行する冒険者3組11人。
総勢45人と馬車6台を引き連れて移動する事になった。
ナタリーもわざわざ見送りに来てくれた。
今後も引き続き、商業ギルドで移住希望者を募集してくれるそうだ。
ナタリーが面接してくれるそうなので変な人は来ないだろう。安心して任せた。
「……やっぱり離れるのは寂しいわね。今度はいつ会えるのかしら」
目を潤ませてそんな事を言われると、うしろ髪を引かれる思いなんですけど⋯⋯
「 次は、照明の魔道具を登録する時になるかな。そんなに先にはならないと思うよ。また会えるのを楽しみにしてる」
その言葉にナタリーはコクンと頷いた。
そして、スッとアルフレッドの耳元に口を寄せた。
「……ワルター商会が、私兵達を大勢集結させている様です。しかも、他の護衛の仕事を途中で切り上げさせてまでも」
「……それって……」
「未確認ですが、西へ移動するという情報も入っております」
「……分かった。わざわざありがとう」
「……アルフレッド様。十分にお気お付け下さい。……どうかご無事で。」
ナタリーは泣きそうな顔で頭を下げた。
「よし、行こうか!」
こうして領都グランリゲルを発った。
道中、何度か魔物の襲撃にあったが、ゼノさんやエレノア達自衛団と冒険者達が難なく対応して、問題なくフルール村までたどり着く事が出来た。
ワルター商会の私兵達がいつ襲って来るのかと思っていたので、何事もなくてホッと胸をなで下ろした。
だが、きっとここからが本番だ。
多分私兵達は、リーゲル領内では派手な事はして来ないはず。それは、後々リーゲル領は治安が悪いと悪評が立つのを避ける為だと、ナタリーが教えてくれていた。
だから、襲うならアルフレッド達がリンドロット領に差し掛かるリーゲル領との境目辺りの可能性が高い。
あまり深くまでリンドロット領に侵入すると、それは逆に私兵達が捕まる恐れがある。だからその直前を見逃さないはずだ。
総勢45人での移動はどうしても時間が掛かる。だが、ゼノさんやエレノア達の腕と、キースティンが土魔法で壁を作って敵を上手く足止め出来れば、何とかリンドロット領へ逃げ込めるだろう。
夜にでも、皆で打ち合わせをしよう。
そんな事を考えていた。
しかし、ここで思わぬ事態が起こった。
アルフレッドが領都グランリゲルで移住を認めたあのロイが、自分の家族と他の移住希望者を連れて待っていたのだ。
元の調査団にいた者25人とその家族36人。ロイ達の家族4人と合わせて、その数65人。
あまりの驚きに言葉を詰まらせた。
「……あれ?こんな大人数じゃ、迷惑でしたかね?」
ロイが心配そうにアルフレッドの顔を伺った。
そうではない、そんな事はない。もろ手を挙げて大歓迎だ。
……こんな状況でなければ。
とりあえず一行は宿を取り、休む事にした。
そして夜になってから、主なメンバーを呼んで会議を開いた。
そこで、アルフレッドは初めて私兵達の事を皆に伝えた。
当初は信じられないと言った顔をしていたが、状況を飲み込むにつれ揃って苦い顔になった。
「……それがもし本当なら、こんな大人数の移住希望者を連れて歩く訳にはいかねぇな。とてもじゃないが守り切れる数じゃねぇ……」
「誰か連絡役をリンドロット領へ送って、応援を呼びますか」
ゼノさんの意見に、エレノアがそう提案した。
「よし、明日の朝イチに早馬を飛ばそう」
自衛団の団員が、早馬の準備に駆け出した。
「だが、応援が来ても、移住希望者全員を無傷で守れるかは正直不安だな」
「それなら、移住希望者達はとりあえずこのままここに残ってもらって、襲撃を退けてから迎えに来るというのはどうでしょう」
それが1番安全かと言う話に落ち着いた。
何にしても、まずは襲撃を退けないと移住希望者達を安心してリンドロット領へ連れてはいけない。
リンドロット領からの応援が頼りだ。
翌朝、まだ外が白みかける前に、リンドロット領へ向けて早馬を飛ばした。
順調に行けば、昼前の早い時間にリンドロット領へ着くだろう。上手くすれば、今日中に応援部隊がこちらに到着してくれるはずだ。
とにかく、その応援を待とうという事になった。
移住希望者達にも応援が来る事を話し、それまで待機する事を伝えた。
道中、魔物が出る事は知られているので、皆ホッとした顔を見せていた。
……しかし、その日、応援部隊が到着する事はなかった。
それどころか、次の日の夜になっても何の音沙汰もなかった。
「……これは、早馬に何かあったと見た方が良い。リンドロット領へは届いてないと判断すべきだ」
ゼノさんの声がやけに重く響いた。
では、どうするかと言う話になったが、結局は明日、もう一度早馬を飛ばしてみようという話に落ち着いた。
今はそのくらいしか出来る事が思いつかないのが、とてももどかしかった。
だが次の日になって、さらに状況が悪化した。
どこの宿も、この後大口の予約が突然入ったので、今日の昼までにチェックアウトして欲しいと申し訳なさそうに言ってきた。
……こんな状況は、普通ではあり得ない。
こんな西の外れにある片田舎の小さな村で、大口で全ての宿を予約する事なんて考えられないのだ。
実際、今もアルフレッド達以外に宿泊客はひとりもいないのだから。
……やられた。奴らがこの村にある全ての宿屋に手を回して、移住希望者達まで全員、村を出なければならない様に仕向けたのだ。
こんな手を使ってくると言う事は、アルフレッドに同行している人達を誰ひとり見逃すつもりがないと言っている様なものだ。
目撃者を残さないと言う事なのか……
多分、奴らはもう村のすぐ側まで来ているだろう。今から領都グランリゲルへ引き返しても、村の外で襲撃されるのは目に見えている。
ここまで来て、移住希望者達を見逃すとは到底思えない。
……くっ、最悪だ……
こうなっては、これ以上皆に隠し続ける意味もないので、各々の代表者に集まってもらい全ての事情を話した。
当然、その場は騒然とした。
「ジョーダンじゃねぇぜ!?こんなのやってられっかよ!俺達はここで抜けさせて貰うぜ!!」
「おうっ!そうだ!そうだっ!こんなの護衛どころじゃねぇよ!俺らも降りさせてもらうぜ!!」
そう言って、護衛で雇った冒険者パーティー3組の内、2組がゾロゾロとその場から出て行き離脱していった。
残ったパーティーは、リーダーのミランダを中心とする、ミア、ルキア、ソニアの女性4人組のパーティーだけになった。
「……君達も、無理しなくて良いよ。ここまでの護衛の報酬は払うから。多分これから先は、危険な目に遭う事になると思うから」
アルフレッドの言葉に、リーダーのミランダが口を開いた。
「ふんっ。1度受けた依頼を途中で投げ出すなんてのは、根性の無い軟弱者のやる事さ。当然、そんなのは私らの信条から外れる行為だ。いくら頼まれてもそんな情けない事は出来ないねぇ」
「……でも、本当に危険だよ」
「これでも冒険者の端くれだ。危険な目なんざぁ、今まで何度も遭っているさ。それこそ今さらさね。……それに、アンタのその目は何か考えがあるって顔をしてるよ」
「ちょっと、リーダー!男爵様にアンタはマズイですってッッ!?」
慌ててメンバーの娘が止めに入った。だが、ミランダはお構いなしだった。
「はっ、それでなくても劣勢なこの状況下で、不敬だからって首をはねるようなバカはこの場にはいないはずさ。そうだろう?」
ミランダの言葉に、アルフレッドは苦笑いを浮かべながら頷いてみせた。
ミランダの横では、先ほど止めに入った娘がペコペコとアルフレッドに向かって頭を下げている。
……はははっ、きっとミランダはいつもこの調子で、あの娘は常に苦労しているんだろうな。
「……おい、ミランダ。その娘、かなり優秀そうだな。気に入ったんだが、うちに譲ってくれないか?」
「はあっ!? ふざけんじゃないよっ!! 誰が大事な仲間を売ったりなんかするもんかいっ! それに、ミアが抜けたら誰がアタシを止めるってんだい!?」
……自覚はあるようだ。……
「そうか、それは残念だ」
あっさり引き下がったアルフレッドに、ミランダがニヤリと獰猛な笑みを見せた。
「さあ、オフザケはこのぐらいにして、やれる事をやるんだろう?まずは何から始めるんだい?」
ミランダの切り替えも流石と言ったところだった。
「まずは馬車の荷台を全部空にする。宿屋と交渉して、荷物は裏庭にでも置かせてもらえ。多目に金を渡せばいけるはずだ」
自衛団のひとりが交渉に走って行った。
「馬車には女性と子供、年配者と歩くのに障害のある者を優先的に乗せる。移住希望者達も荷物は最小限に留めてくれ」
この言葉に、ロイが先頭に立って人の割り振りを始めた。
「ロイっ、今回の移住希望者の中で、少しでも戦闘が出来そうな奴がいたら教えてくれ。予備の武器を渡すから、家族や移住希望者達を守って欲しい」
ロイがこちらを向き、スッと頭を下げた。
「村の武器屋に行って、盾と防具をあるだけ買ってきてくれ。それを身に着けていれば矢の数本くらいは何とかなるだろう」
自衛団の男達が走り出した。
アルフレッドは、防御魔法使いのメルヴィンの方を向いた。
「メルヴィン、ここに来るまでに狩った灰色牙狼の魔石が5つある。これで防御魔法はどのくらいもつ?」
「魔石ひとつにつき、矢なら5〜10本、剣の攻撃なら2〜4回ってところかな……」
「よし、それより低ランクの魔石もいくつかある。全部渡しておくので、襲撃が始まったら馬車に防御魔法を掛けてくれ」
今度は剛力のガレウスの方を見た。
「ガレウス、ここで手に入る1番良い盾をガレウスに渡す。どうかそれで皆を守って欲しい」
「……こ、攻撃しなくて良いなら、守るだけで良いならやらせてもらう」
その言葉に、アルフレッドは満足そうに頷いた。
次は、土魔法使いのキースティンに向いた。
「キースティン。襲撃があったら、こちらの列の最後尾に土壁を作ってくれ。それに合わせて溝も掘れたら最高だ! 敵を分断して、リンドロット領へ逃げ込む時間を稼ぎたい」
「ふっ、いつもの工事とあまりやる事は変わらないですね。承知しました」
「ゼノさんとエレノア達自衛団は、基本は前衛で馬車と移住希望者達をリンドロット領へ逃げ込ませる事を優先してくれ」
2人が頷いてみせた。
最後にミランダ達の方を向いた。
「君達には、移住希望者達の護衛をこのまま頼みたい。無茶を言っているのは分かっているが、どうかよろしく頼む」
アルフレッドが頭を下げると、ミランダ達が目を剥いた。
「――ッッ!? き、貴族様が頭を下げたっ!?」
「……うそっ、私達みたいな者に頭を下げる貴族がいるなんて……」
「……そこまでするその覚悟、無駄にしないよ。出来る事はしっかりやらせてもらう。……その代わり、報酬の方もしっかりと弾んでおくれよ」
他のメンバーよりひと足早く我に返ったミランダが、ニヤリと笑った。
……その為にも、生き残らないとな。
誰に言うでもなく呟いた。
そして、皆の方を向いて、
「ここからリンドロット領までは、約半日の距離だ。この人数で行くとなるともう少し掛かるかも知れない。到着前に陽が沈むのをを避ける為にも、出来れば少しでも早くここを出発したい。皆、なるべく早く準備を頼む」
その声を合図に、全員がやるべき事をする為に動き出した。




