(21)ナタリーさんとの素敵な夜。
商談が終わり宿に帰ると、既に全員が戻って来ていた。
土魔法使いのスカウトは順調らしく、既に六人から良い返事を貰っているとの事だった。
他にも声を掛けている人達がたくさんいるので、もし今回の滞在中に決まらなくても、後から連絡が来る可能性は高いという。
思った以上に順調そうでホッと胸をなでおろした。それにしても、世間で言われているほど土魔法使いは外れではなく、むしろありがたい存在だと思うのだが、どうしてこんなに評価が低いのだろうか。
攻撃魔法が弱いからか、 レベルが低いときには子供の土いじり程度しか能力が発揮できないからなのか……。何にしても、もったいないと思ってしまう。
こちらの商談の成果も報告して、ケットシー商会という獣人のニーナが代表を務めている商会と契約したことを話したが、ここにいる人たちは誰ひとり獣人族に対して嫌悪感を持つ者はいなかった。
リンドロット領の人たちは、どうやら皆獣人族に対して偏見はないようだ。それが分かっただけでも十分ホッとした気分になった。
その日はそれで、お開きとなった。
石工のゼノさんは、土魔法使いのキースティンと連れ立って相変わらず飲みに出かけた。
自衛団の人達は、昨日美味しい店を見つけたと言って、団長のエレノアを強引に引っ張って行った。
きっと、食事代が高くて懐が覚束なくなることを見越して、団長の財布が狙われたのだろうと容易に想像が出来た。
会計の時になって、涙目になりながら支払いをするエレノアの姿が目に浮かぶ。
戻って来たら、エレノアに少しお小遣いを渡しておこう。昨夜頑張ってくれたからご褒美もたまには良いだろう。
これで気を良くして、また濃厚なサービスをしてくれるのなら安いものだ。……へへっ……
夜になり、ナタリーさんが予約してくれたお店に向かった。
そこは前回のお店とは違い、大通りから一本裏に入った路地の奥にひっそりと佇む、落ち着いた雰囲気の隠れ家的なお店だった。とても雰囲気が良く、このお店を選んだナタリーさんのセンスの良さに脱帽するしかないと感じた。
店内に入るとすぐに、店の一番奥の個室に通された。どうやら、今夜はこの店はナタリーさんの貸し切りのようだ。
それから、いくらも待つことなくナタリーさんが現れた。ナタリーさんはカジュアルな黒を基調としたワンピース姿で、それを見たアルフレッドは、やはり今回、服を買い直してきて良かったとホッと胸をなで下ろした。
だが、カジュアルと言ってもそこはさすがで、ネックレス等の装飾品にはさり気なく高価な宝石があしらわれていて、ワンピースは胸元から縦に並ぶ大きな3つのボタンは精巧な彫刻が施されており、とてもお洒落でここにもナタリーさんのセンスの良さを伺わせた。
きっと、あのボタンもひとつひとつ職人の手づくりで、特注品なのだろうと思う。
「お待たせしました、アルフレッド様」
「ううん、こっちも今着いたところだから。……それにしても、今日の服もすごく素敵ですね。とてもよく似合っていますよ」
アルフレッドが心からの賛辞を送ると、ナタリーさんは少し意外そうに目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。
昼間の事もあって、今回は最初からお互いにリラックスして笑顔が飛び出すなど、話が尽きることがない。
出てくる料理も、どれもとても素晴らしいもので、会話をしながらでも十分楽しむことができた。
このお店の売りはソースだそうだが、どの料理も趣向が凝らされており、それぞれ料理人がこだわったであろうソースが、とても深い味わいを醸し出していた。
「このソース、本当に美味しいですね。素材の味を邪魔しないのに、驚くほど深みがある」
アルフレッドが感嘆の声を漏らすと、ナタリーさんはまるで自分が褒められたかのように誇らしげな笑顔を浮かべた。
「こちらのシェフは、ソースのベースを何日もかけて煮込んでいるそうなんです。隠し味に何が使われているのか聞いても、こればっかりは料理人の魂が込められているからと、絶対に教えてくれないんです」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑う彼女の姿は、仕事中とはまるで違い、とても柔らかく親しみやすいものに感じられた。
ある程度食べる方も落ち着いたところで、昼間紹介してくれたケットシー商会のニーナについて、いろいろと話を聞いた。
彼女は人間と獣人との間を取り持ち、いつか獣人族がこの国で完全に受け入れられ、お互いの国同士が手を取り合える架け橋になれればとの志しを持って、商人を始めたんだとか。
目利きもカンも良く、何事にも誠実なところが、ナタリーさんがニーナのことを気に入ったポイントだそうで、決して暴利を貪ったり相手を騙すような事はしないと言っていた。
そこが、アルフレッドに推薦した一番の理由だそうだ。
それからリンドロット領のことも話題になった。
今、リンドロット領が急速に発展し始めていることを説明して、その発展する速さに人手が追い付いていない現状と、どうやって人材を確保するかに頭を悩ませていることを話した。
どうにかして信用できる人材が欲しいと伝えると、ナタリーさんからそれならばと奴隷の購入を薦められた。
この世界では、どこの国でも奴隷が認められていて、何をするにも機械化がまだまだ進んでいない分人力に頼るしかなく、その人手を確保する為に必要な制度と認識されているようだ。
奴隷の購入については、フローラからも母のマーガレットからも薦められてはいるのだが、アルフレッドとしては前世の記憶から、どうしても乗り気にはなれずにいた。
「……う〜ん、奴隷かぁ……」
「アルフレッド様は、どうして奴隷の購入を躊躇なされているのですか?」
この質問に、前世の記憶から受け入れられない……などとは答える訳にもいかず、感情論で解答した。
「では、こう考えたらどうでしょうか? 今、奴隷になっている人達は、アルフレッド様が購入するしないにかかわらず、この先必ず奴隷として売られていきます。運が悪ければ扱いの悪い主人に買われ命を落とす事も十分あり得ますし、悪趣味な好事家に買われると、それこそ悲惨な未来しかありません」
「…………」
「そこで、もしアルフレッド様が奴隷を購入されたら、その奴隷はどうなるでしょうか? 私はアルフレッド様が奴隷に対して酷い扱いをしないと思っていますので、私の思っている通りなら、その奴隷はきっと、他へ買われるより何十倍、何百倍も幸せな生活を送れると思っています」
「……それは、そうなれば当然そうするけど……」
「それに、そこでリンドロット領がもっと発展すれば、いずれ彼らを普通の領民として解放し、真っ当な雇用契約を結び直すことだって、アルフレッド様の裁量一つで可能になりますわ」
ナタリーさんは、諭すような優しい声で言葉を重ねた。
「ですから、助けてあげてもらえませんか? 全ての奴隷を……なんて夢みたいな事は言いません。ですが、手の届く範囲で構わないので、せめて購入した奴隷たちだけでも、不幸にならない未来を見せてあげては下さいませんか?」
「……そういう考え方もあるのか……制度自体を変えられないなら、少しでも奴隷の人達を助けられるなら……か……」
「今すぐ結論を出さなくても良いですので、ゆっくり考えてみて下さい」
ナタリーさんは、そう言うとやさしい眼差しで微笑んだ。
「……うん。そうだね……」
アルフレッドは、曖昧に返事をして考え込んでしまった。
「ふふっ、硬い話はここまでにして、せっかく2人だけの素敵なディナーなのですから、もっと楽しみましょう」
ナタリーさんはそう言うと、アルフレッドを惑わすような笑みを魅せた。
そこからは楽しい時間が過ぎていった。さすがはナタリーさんで、ウィットに富んだ話題ばかりで、気がつけばかなりの時間が過ぎていた。
「……っと、もうこんな時間か……」
女性をあまり遅い時間まで留めておくのは良くないだろう。変なうわさが立ってしまうと、ナタリーさんも困るはずだ。
なので、そろそろお店を出る事を提案しようと思っていると、先にナタリーさんの方から声をかけられた。
「アルフレッド様。このお店の上には、ここの特別室を利用した者だけが入れる、とても素敵な夜景が見える場所があるのをご存知ですか?」
ナタリーさんが妖しく微笑みながら、そんなことを言い出した。
「今宵はまだ始まったばかりです。せっかくなら、もう少し素敵な夜を楽しみませんか?」




