(20)ケットシー商会
昨夜、寝るのが遅くなってしまったため、とっくに日が高く昇った頃に目が覚めたアルフレッドは、慌てて服を着替えて部屋を出た。
石工のゼノさんや土魔法使いのキースティン、他の団員達は、すでに出掛けた後のようで誰も宿に残っていなかった。
きっと冒険者ギルドへ行って、土魔法使いや移住希望者のスカウトをしているのだろう。
アルフレッドは、皆に出掛ける旨のメモを残して買い物に出た。
これから会う商会の人との会談用と、今夜のナタリーさんとの会食用の服を準備しなければならない。
前回ナタリーさんとの食事の時に買った服でも良かったが、ナタリーさんの前であれだけの入金を確認した後だ。
その時と同じ服では、きっとベストアンサーにはならない気がした。
それでも今回はそこまで肩肘を張る必要もないと思い、そこそこのモノを二着購入した。
髪の毛も前回の様にビシッとセットする訳でもなく、整える程度に留めておいた。
まあ、靴は前回と同じで良いか……
でも、もう少しカジュアルなモノを……。
そんな事を考えながら大通りを歩いていると、通りすがりの人に声を掛けられた。
「あ、あのっ! あなた様はもしや、アルフレッド男爵様ではございませんか?」
「……えっ!? は、はい。そうですが……」
突然、声を掛けられて驚いた。
領都グランリゲルで、田舎領主の自分の顔を知っている人がいるとは思っていなかったのだ。
「突然申し訳ありません。私は以前、ブルーノ子爵の視察部隊に参加していたロイと言うものです。あの時は、魔物に襲われてケガをした俺達にまでポーションをいただきまして、本当にありがとうございました」
ああ、そう言う事かぁ。あの時は他にも人がいっぱい居たし、ケガの治療を優先したり、赤毛斬牙熊が出たりバタバタしていて、ひとりひとりの顔を覚えている暇がなかったもんなぁ……覚えてなくて申し訳ない。
「いやいや、お気になさらず。それよりも、もうすっかり元気な様で本当に良かったですよ」
「はい。本当にその節はありがとうございました。……あのぅ、それで……冒険者ギルドで聞いたのですが、移住者を募集していると言う話は本当ですか?」
「はい。ご存知の通り、わが領は全然人が足りていないので、来てくれる人達を必死に探しているところなんですよ」
視察部隊で来たと言う事は、まだ東側には山があって村もジメジメしている頃か。
今の村を見たら、きっと驚くだろうなぁ……
「……あのっ、移住するにはどうしたら良いですか?何か手続きとかはありますか?」
「おおっ! 興味を持ってくれるのはありがたい。手続きとかは村に行ってからで大丈夫なので、特に何も心配いらないよ。……で、誰かうちの村へ来てくれそうな人の心当たりはあるのかな?」
「は、はいっ! あの〜……実はそれ、俺なんですが……」
ポリポリと頭を掻きながら、バッが悪そうに笑っている。
「――ええっ!? だって、この間視察部隊に居たって事はブルーノ子爵家に雇われているんじゃ?……」
「それが、実はあの一件以来ポーションを譲ってもらった兵達は皆、ブルーノ子爵から酷い扱いを受ける様になりましてね。何でも、俺達が普段からちゃんと鍛錬をしていなかったからケガをしたんだと。しかもそれを他家からポーションを貰って治すなど、リーゲル子爵家にとんだ恥をかかせたものだと言われて……」
「なっ!? 何だって!? そんな馬鹿なっ!?
あれは誰が見ても兵の鍛錬が足りないんじゃなくて、しっかりと準備をしなかったブルーノ子爵の責任じゃないかっ!? 装備もまともな物を持たせないで、部隊編成だって正規の騎士や魔法使いもろくにいなかったのに、あれで魔物に勝てる訳ないでしょう。
ポーションすらケチって持たせなかったくせにっ!! なんてヤツだっ!!」
「はははっ、俺達の為に怒って下さり、ありがとうございます。やっぱりアルフレッド男爵は良い人だ。
あの日も村の人たちを守る為に、あの赤毛斬牙熊の前にひとりで立ちはだかった姿はとても勇ましかったです。今でもハッキリと目に焼き付いていますよ。腰を抜かしてヒィヒィ言ってたどこかのオークとは大違いです」
「あははっ、でも赤毛斬牙熊を倒したのはロンメル辺境伯だけどね」
「いやいや。それでも、あの赤毛斬牙熊の前に、たったひとりで立ちはだかったのは事実ですから」
「ははっ……そう言ってもらえると、嬉しいものだね。ありがとう。……それで、移住の件だけど?」
「ああ、はい。それで、あの件から冷遇を受けている奴等は、どんどんブルーノ子爵を見限って子爵家から離れていってるんですよ。もうやってられないって。それで俺もとうとう限界になって、ついにこの間、子爵家の私兵を辞めたんです」
そう言って、ロイはガシガシと頭を掻いた。
「それでも、家族もいるし何とか稼がなきゃって思って、冒険者でもやろうかと思っていたんです。そこに、たまたまギルドで移住希望者の話を聞いて、アルフレッド男爵の下で働くのも悪くなさそうだなって考えていたところだったんですよ。そしたら偶然、アルフレッド様にお会いしたので思わず声を掛けさせていただいたって訳です」
「うわぁ~、そんな事になっているんだ……。うん、分かった。ロイと言ったね。君の家族も含めて移住を認めるから、五日後までに荷物をまとめてフルール村まで来てもらえるかな?」
「ほ、本当ですかっ!? あ、ありがとうございます! では、さっそく準備しますので、これで失礼しますッ……あ! 他の辞めていった奴らにも声を掛けておきますねっ! それじゃッ……」
ロイは、あっという間に走っていってしまった。
「おー、よろしく頼むよー」
こうして、思わぬカタチで移住希望者を見つけることが出来た。
けど、大丈夫かな?ブルーノ子爵から引き抜きだとか難くせをつけられないか心配だ……まあ、子爵家を辞した後だから大丈夫だとは思うけど……
何か手を打っておいた方が良いかな……
その日の午後、商業ギルドでナタリーさん推薦の商人と会談をした。
「初めまして。ケットシー商会のニーナと申しますニャ」
「ね、猫耳ッッ!?」
アルフレッドの向かいにいる女性の頭には、オレンジ色の髪の毛と同じ色の猫耳が付いていて、それが可愛らしくピコピコと動いていた。
「ニーナは猫の獣人ですよ。アルフレッド様は獣人を見るのは初めてですか?」
立ち会ってくれたナタリーさんが教えてくれた。
「…あ、はい。リンドロット領には獣人はひとりもいなかったもので、ちょっと驚いてしまいました。
……っと、失礼しました。私はアルフレッド・リンドロットと申します。リンドロット領の領主を務めております。どうぞよろしく」
ニーナの方を向いてあいさつを済ませた。
同行した団長のエレノアは、昨日の反省が生きているのか、ここまで何も言わず後ろで静かに立っていた。
さあ、ここから駆け引きの始まりだ。
相手はどんな手を使ってくるのか……
腹の探り合いは当然だが、ここは負ける訳にはいかない。
……まずは、ジャブからくるか……
「それで、さっそくだけどアルフレッド様はどれだけ物資を必要としてるニャ? 幾らでも用意するので遠慮なく言うニャ! ウチに任せておけばな~んでも揃えるニャよ!! ど〜んと構えていて欲しいニャ!!
それから、また何か新しい商品を思いついたらぜひウチのところで取扱いをさせて欲しいニャ! あっ!? もしかして、もう新しいアイデアとかあったりするニャか?それならぜひとも――」
「……ちょっ、ちょっと待ってっ!?」
気がつけばニーナは、アルフレッドの眼前にまでズイズイと迫っていた。危機を察したエレノアが急いで止めに入るも、謎の圧を発しながらさらに近寄り、マシンガントークが止まらなくなっていた。
「ちょっとちょっと、ニーナッ!? 落ち着いてちゃんと席に座りなさいッ! アルフレッド様が困ってらっしゃるでしょッ!!」
ナタリーさんが慌てて止めに入ってくれた。
羽交い締めにされて、席に引き摺られていくニーナは、それでも手足をバタバタさせながらまだ何か言っていた……
「いやぁ~、今話題の、あのアルフレッド男爵が目の前にいると思ったら、ついつい興奮してしまったニャ〜、申し訳ないニャよ〜……たはは……」
……この人、本当に商人か?
この人と商談して大丈夫なんだろうか?
エレノアの方をチラリと見ると、きっと同じ事を思っているだろう困惑顔をしているのが分かった。
「あっ! 今、この人本当に商人か?とか思ったニャ? ウチと商談しても大丈夫かとか思ったニャ?けど、そんな心配はご無用ニャ!! 大船に乗ったつもりでいてくれニャ」
「……い、いや。そんなことは……」
……何故バレた……
「ニーナさんは、商人としてはまだ駆け出しですが、既に独自のルートを開発したりと将来有望な人だと私は見ております」
「いやぁ~、そんなに褒めんなニャ〜、そんなことを言われると照れるニャよ〜……あはっ、あはっ……」
「……はははっ……それで、独自のルートって……」
「それは企業秘密ニャ!?……って言いたいところニャけど、アルフレッド様は獣人族に対して忌諱がないみたいだから特別に教えるニャ、ウチのルートは獣人の国、ウルフス王国に繋がってるニャ」
「へぇ~、まだ駆け出しなのに、もう国と繋がってるなんて凄いね!!」
その言葉に、ナタリーさんとエレノアは何とも言えない顔をして、ニーナはニコリと微笑んだ。
「……あの、アルフレッド様は獣人族がこの国の一部の人たちの間で嫌悪の対象になっている事をご存知ですか?」
「……えっ?そうなの?なんで?」
「不幸な事に、獣人族の国ウルフス王国と我がフラムフォルド王国は、二十年前まで長年に渡り戦争をしておりました。当時の両国の国王が不毛な争いは止めようと手を取ったお陰で、平和な日常を取り戻す事が出来たのですが、中には今だに敵国の人間だと敵意を向ける者たちが一定数いるのです。獣人はその見た目からすぐに気づかれてしまうので、忌諱の的にされてしまっているのです」
「そんな事が……」
「アルフレッド様はその事をご存知なかったみたいニャけど、今の話を聞いてどう思ったニャ? やっぱり獣人とは契約出来ないかニャ? このままウチと契約したら、もしかしたらそういうヤツらから何か嫌がらせを受けるかも知れないニャよ? ……やっぱり止めておくかニャ?」
「……いや。今の話を聞いても、ハッキリ言って何故それで獣人を嫌わなきゃいけないのか意味がわからん。こんなに可愛い見た目をしているのに、どうして嫌いになれるんだ?」
アルフレッドは、心底理由が分からないと言ったふうに困惑顔になった。
「ニャ!? ニャニャッッ!? か、可愛いッッ!? 〜〜ッッ!? アルフレッド様は意外とスケコマシニャッッ!?」
「なんでそうなるッッ!?」
それからは、お互いに本音で商談が出来た。途中で笑顔が出るなど和気あいあいとしたもので、立ち会ってくれたナタリーさんも胸をなで下ろしていた。
「そう言えば、商会の名前のケットシーって、あの伝説に出て来るケット・シーの事?」
「そうニャ、私たちのご先祖様がケット・シー様だったと言い伝えが残っているニャ! そしてそのケット・シー様は、我が猫獣人族に幸福をもたらしたと言われているニャよ。だから、それにあやかってケットシー商会にしたニャ!」
……なるほどなぁ……それにしても伝説に出て来るケット・シーがご先祖様とは⋯⋯ずいぶんたいそうな話だなぁ……
こうして商談は無事に終わり、物資は整い次第送って貰えることになった。
また、馬と牛それぞれ二十頭と、ニーナにオススメされた羊を二十頭購入する契約を結んだ。
こちらについては、用意する迄に少し時間が掛かるとの事だった。
新しく出来た村の牧場に、この動物たちがのんびり放牧されている姿を想像して、気がつけば頬が緩んでいた。
少しずつ、でも着実に村が豊かになっていくのを感じて、アルフレッドは胸が熱くなった。




