(16)この村の未来のために。
次の日、カミラさんは疲れが抜けず仕事を休んだ。
それだけ、アルフレッドへの『ハニートラップ耐性訓練』に熱が入ったのだろう。
(徹夜で大人の色気を演じ続け、精神力と魔力を使い果たして知恵熱を出したらしい)
心配したフローラが回復術師のマリアさんを連れてお見舞いに行き、ヒールを掛けてもらっていた。
まさか、アルフレッドを鍛えていて疲れたなどとは言えなかったが、そのおかげで持病の酷い腰痛が治ったのは本当にありがたかったと後で聞いた。
カミラさんの特訓で火がついたアルフレッドは、それからほぼ毎日の様にカミラさんに会いに行った。
毎晩はもちろんの事、昼間も時間を見つけては頻繁にカミラさんのところに足を運んだ。
カミラさんも嫌な顔をせずに、それに付き合ってくれた。
「アルフレッド様、お気持ちは分かりますが少しは自重して下さいませ」
ある日、執事のブルックスさんからそんな事を言われた。
「……えっ?なんのこと?」
「……はぁ……メイド長のカミラとの話でございます。あれは少々やり過ぎでございます。会うなとは言いませんが、節度を持って行動する様にお願いいたします」
「……へっ?、な、なんで知ってるのっ!?……」
「……あれだけ頻繁に会っていれば誰でも気がつきます。すでにこの村の者たちは、カミラはアルフレッド様の愛妾だという認識が出来上がっているほどです」
「……うそっ!? いつの間に……」
(いや、やってることはただの顔芸とポーカーフェイスの精神修行なんだけど!?)
「……ただ、それだけならまだ良いのです。ですが、このまま噂が領の外にまで広がると、少々困った事になりかねない事態が想定されるのです」
「……困った事になりかねない事態って……」
「例えば、アルフレッド様を取り込もうとする勢力がカミラに近づいて来るかもしれません。カミラを上手く言いくるめてアルフレッド様の情報を抜こうとしたり、商人のフリをして近づいて、カミラに贈り物をして懐柔させようとするかも知れません」
「……まさか、そんな……」
「どうしてないと言い切れるのでしょうか? これは私の想像の話ではなく、過去に幾度となく繰り返されてきた現実のお話をさせていただいているのですぞ」
「――ッッ!?」
「しかも最悪の場合、接近した後にカミラが使えないと判断されたり、役目が終わったと判断された場合には、かなりの確率でカミラはこの世から消されてしまうでしょう」
「…………なっ!?」
「なので、カミラを守る為にも慎重な行動をお願いいたします。これは何もカミラだけの話ではありません。今後も同じ様な事が起きる可能性がございますので、充分に気を引き締めて行動をなさる様お願い申し上げます」
「……はい、分かりました」
アルフレッドはぐうの音も出なかった。
その話をカミラさんにした時、
「その可能性には気が付きませんでした。私とした事が気持ちが緩んでおりました。申し訳ございません」と謝られてしまった。
いやいや、訓練をお願いしたのはこっちなのに……
謝られて余計に気が引けてしまった。
そういう訳で、せめて昼間は真面目に仕事をする様になった。
大工のガルドさんと、錬金術師のルシエラ婆さんから、頼んでいたモノが出来たと連絡が届いた。
それぞれ受け取りに行くと、想像以上の出来栄えに驚かされた。
次の日、アルフレッドは村の代表者達を呼んで会議を開いた。
参加者は以下の通り。
フローラとお付きの3人。
執事のブルックスさん。
メイド長のカミラさん。
大工のガルドさん。
石工のゼノさん。
錬金術師のルシエラ婆さん。
自警団団長のエレノアさん。
母のマーガレット。
魔法使いのメアリー。
土魔法使いのキースティン。
それにアルフレッドを入れた14名が、村の集会所に顔を揃えた。
「……ここもそろそろ建て替えねぇとな……」
「それなら、せっかくだからもっと大きくして迎賓館みたいな物にしたらどう?それなら突然のお客様にも対応出来るし」
「おお! それは名案だ!? だけどそうなると、アル坊の屋敷と大分見た目の差が出ちまわないか?」
「いや! そんなの気にしないからっ!?」
「いくらアル坊が良くたって、周りの目ってのがあるからな。領主の家がみすぼらしかったら、領民皆が笑われる事になりかねないからな」
「……ぐぅっ……」
「よし! じゃあ、ご領主様の屋敷を新しく建てるのと、迎賓館の話はこれで決まりだな!!……っと、まあ余計な話はここまでにしてと、それで? 今日は何の集まりなんだ?」
石工のゼノさんは、自分の言いたい事だけ言うと、あっさり話を戻してきた。
「余計な話って……まあ良いけどさ……。まずは皆にコレを見てもらいたいんだ」
そう言って、ルシエラ婆さんに作ってもらったランタン型の照明器具と、ガルドさんに作ってもらったクロスボウと複合弓を出した。
「……これ、光るの? ろうそくの代わりになるのね」
そう言ってフローラがスイッチを押した。
「「「わっ!?」」」
「「「きゃっ!?」」」
突然眩しく光った魔道具に、皆が驚きの声を上げた。
「……こ、これはずいぶんと明るいモノだな!? これなら夜でも手元が明るく見えるぞっ!!」
大工のガルドさんが興奮気味に叫んだ。
「そうなんだ。これは魔石と白魔石を上手く組み合わせてルシエラ婆さんに作ってもらった魔道具なんだけどね。この大きいのは天井に付けて部屋全体を明るくするタイプで、こっちの手に持つヤツは夜の移動や暗い所を照らすのに良い物だと思う」
「……それだけじゃねぇ……」
石工のゼノさんは、この魔道具の重要性に気がついたようだ。
「そう。例えばこれを馬車につければ、夜の移動が今までよりも断然、楽に出来る様になる」
「……これ、かなり凄い事なんじゃない?」
母のマーガレットがボソリと呟いた。
「うん、そうだね。輸送の常識が変わる可能性があるよね。まあ、夜間に移動するなら魔物対策もそれなりにしないとだろうけど。それに夜でも本を読んだり、字を書いたりするのがロウソクの残りを気にしないで出来る様になるよね」
「まさに世紀の発明品だな……」
「んで、アルはこれで何をしたいんだ?」
「まずはこのリンドロット村の人達に家で使ってもらいたいんだ。それに、出来るなら領内に街灯として設置して村全体を明るくさせたい。そうすれば夜間の犯罪の抑制にもつながるしね。……そして最終的には、防壁の上から外堀の方へと明かりを向けて夜間の警備にも役に立たせたい。そうなれば夜間の襲撃に慌てる事もなくなると思う」
「……なるほど……」
実際に防壁から外堀へ光が照らされる場面を想像してその効果の凄さに気がつき、何人かは身体を震わせた。
「そして、皆に使い心地を試してもらって、悪くなければ商業ギルドへ登録するつもりでいるよ。これは白魔石を使っている以上、いくら他で同じモノを作ろうとしても無理だから安心して特許申請の際に作り方を開示出来る。これで、世界の常識がひっくり返る事になると思う」
この世界にも光の魔法はある。
だがこれは魔法を使わなくても、誰にでも簡単に光らせる事が出来るうえ、コストもひと月にゴブリン程度の魔石ひとつぐらいで済んでしまうのだ。
「……なるほど。商業ギルドを通して照明のすごさを広める。でもその作り方が分かっても自分達には作れないと分からされる。それでも一度それを見てしまったら欲しくなるのが人の性。結局、リンドロットへ発注をするしかない状況になる」
「そう。まだ量産は難しいけど、欲しい人なら高くても手に入れようとするだろうから、儲けはかなり出る」
「……しかも相手が貴族なら、ちょっと豪華で珍しい物にしてやれば、どんなに高くても確実に売れる」
「うん。まあ問題は、今のところこの中の魔力回路を構築出来るのがルシエラ婆さんだけと言うところなんだけどね……」
「そこが一番重要なところじゃないかっ!?」
「問題はそれだけじゃないわ! これが外に出回れば強欲な貴族達の目に留まって最悪奪い合いになる。
高い金を積んでも手に入らないと分かれば、今度は直接ここを抑えに来る。そうじゃなくてもこれが売れれば莫大な金がリンドロットに流れ込む様になり、それを狙ってたちの悪いヤツ等がここを襲って来る事も充分に考えられるわ……」
フローラの説明に、皆がシンと静まり返る。
「そこで、二つ目のコレの出番になる」
アルフレッドは、クロスボウと複合弓を皆の見える場所に押しやった。
「……なんだこれ?……弓か?……それにしては奇妙な形をしている……」
自衛団長のエレノアさんが真っ先に食いついた。
「そう、これは弓の変型したものと捉えてもらって良いと思う。どちらも大工のガルドさんに作ってもらった物だよ」
皆がガルドさんの方へ視線を動かす。
ガルドさんは、ジッと腕を組んだままの姿勢でアルフレッドの次の言葉を待っている。
「まずはこのクロスボウから説明するね。これの最大の特徴は弦を引くのにそんなに力がいらない事。扱いが難しくないので誰でも使える事なんだ。
弦をこのようにセットして、矢の代わりのボルトをここに番える。そして、このトリガーを引くとボルトが飛び出す仕組みになっているんだ。
これなら素人でも高い命中精度を出せるから、弓を扱えない女性やある程度の子供でも、ちょっと練習すればうまく扱えるようになる」
「――ッッ!?」
「……ま、待てっ! 子供達にまでこれを持たせるおつもりかっ!?」
フローラの護衛騎士ミレーユさんが、思わずといった様子で声をあげた。
「あくまでも可能性の話だけどね。例えば魔物の大群に襲われた時や複数の場所から一気に攻められた時なんかは、今の状況では自衛団だけだとどうしても手が足りなくなる。その時には、この村の人達全員で抵抗していかないと守れるモノも守れなくなる」
皆がぐっと言葉に詰まる。
その可能性には、誰もがとっくに気が付いていたからだ。
「そうなった時には、女性だからとか子供だからとか言ってはいられないからね。実際にこのクロスボウならゴブリンやコボルト程度なら一撃で倒せるだけの威力があるから、かなり役に立たつはずだよ。……まあ、普通の弓矢より飛距離は出ないけどね」
そう言って、アルフレッドは集会所の壁に向かってトリガーを引いた。
バシュッっという音を残して、壁に二本のボルトが深々と突き刺さった。
そう、前世の記憶とラノベの知識で、同時に二本のボルトを飛ばせるように改良したのだ。
最初は三本のボルトを飛ばせるようにしたかったが、その分弦を引くのに時間と労力が必要になった事と、本体のサイズが大きくなってしまう為二本で妥協した。
「――――ッッ!?」
クロスボウの威力を目の当たりにして、大工のガルドさん以外の人達が息を呑むのが分かった。
「……それからもうひとつ、こちらは複合弓と言って、本来の弓の威力を強力にして尚且つ引く力をそんなに使わなくて済むようにした物だよ」
「その滑車のような物に秘密があるのか?」
自衛団長のエレノアさんは、こちらの方により興味があるみたいだ。
「そう。この滑車があるおかげで、弓を引く時には強い力がいるけど、引き絞っている時には本来の3割程度の力しか必要としないんだ。
だから、連射しても腕がそんなに疲れる事はないし、しかもその破壊力は普通の弓矢以上。さらに飛距離も今までの弓よりも格段に向上している。これならボアやオーク辺りなら一発で倒せるし、上手く行けばオーガも一撃で倒せる可能性も充分にある」
「そ、それは凄い……」
エレノアさんの目が信じられないといったふうに見開かれていた。
「もしそれが本当なら、相手の射程圏外から強力な攻撃を仕掛けられる事になるな……」
エレノアさんの言葉に、事の重要さに気付いた皆がハッと顔を見合わせた。
「そう、この二つの力で防衛力を強化して、この村と村の皆を守る」
この村の未来を守る。
その力強い言葉と決意に、そこにいた全員が頷いた。




