(15)メイド長のカミラさん。
忙しかった一日が終わり、そろそろ寝ようと思っていたところ、ドアをノックする音がした。
……コンコン……
……こんな時間に誰だろう。
ミーシアが眠れなくて訪ねてきたのかな?
そう言えば以前は良く、眠れない時や怖い夢を見た時には、枕を抱えて部屋に来てたっけ。
最近はそういうこともなくなってきて、ちょっと寂しく感じてたけど、久々に今夜は一緒に寝られるかな?
そうだ! ミーシアが眠るまで久しぶりに本でも読んであげよう!
そんな事を思いながら、ドアを開けた。
「はい。ちょっと待ってね」
ガチャリとドアを開けると、そこに立っていたのはメイド長のカミラさんだった。
「えっ! カミラさん!? どうしたんですか?こんな夜遅くに!?」
予想外の人の訪問に、アルフレッドは慌てて姿勢を正した。
カミラさんは、ゆっくりお辞儀をして話し始めた。
「夜分遅くに申し訳ございません。おりいってお話したい事がございまして、ご訪問いたしました」
「えっ? 話って……こんな時間に?」
「……はい。少々お時間よろしいでしょうか?」
「……うん。構わないけど……それは今じゃなきゃダメな話なの?」
「はい。他人に聞かせられる話ではございませんので」
カミラさんは、努めて冷静を保っているが、良く見れば顔が緊張で強張っているのが分かった。
「分かった。それで、どんな話なの?」
「……それは、ここではちょっと……」
言い辛そうにして、目を伏せた。
「……えと、それじゃあ部屋に入る?」
「……はい。失礼いたします」
カミラさんは、そう言うとアルフレッドの部屋に入って来た。
……待て待て待て、こんな時間に女性を部屋に入れて良いのか?いや、絶対これダメなヤツだよね?アウトだよね?
しかもこんな美人を部屋に連れ込んだなんて知られたら、誰に何を言われるか分からないぞ。ど、どうしよう……
アルフレッドが内心ヒヤヒヤしているのをよそに、カミラさんは所在なさげに部屋の中をぐるりと見渡してから、何かを決意したように大きくひとつ頷いた。
「座ってもよろしいですか?」
「あっ、はい! 気付かなくてすいません。どうぞ座って下さい」
アルフレッドは、部屋にひとつしか無いイスをカミラに勧め、自分はベッドに腰掛けた。
「……それで、話とはなんでしょうか?」
アルフレッドの問いにしばらく言い淀んでいたカミラは、スッと顔を上げると、アルフレッドと向き合った。
「アルフレッド様に、アチラの手ほどきをしに参りました」
「………………はい?」
「……ですから、アルフレッド様にアチラの手ほどきをしに参ったのでございます」
突然出て来た思い掛けないカミラの言葉に真っ白になり、理解する事を拒否していた。
「…………えっ……と、そっ、それは……」
待て待て待て、なんだ!何なんだこの状況はっ!!
アルフレッドには前世の記憶がある。そう云う知識もある。
だが、悲しいかな、実技の経験は前世でも無かった。
あたふたしだしたアルフレッドを見て、カミラさんは話を続けた。
「昼間、お父様のジェイド様とお話しをいたしました。そこで、アルフレッド様の手ほどきを依頼されたのです」
昼間、カミラさんが父上に呼ばれていたのはそう云う事か……
「……本来は、アルフレッド様が成人になられたところで、ジェイド様が適任者を見つけて、アルフレッド様に充てがう予定だったようです。
しかし、相手は誰でも良いと言う訳ではございません。貴族の世界では下手に平民の女性に手を出すと、その後に色々と騒がれて面倒な事になるので避けるのが常識となっております。
なので大抵の場合、手ほどきをするのはそういった経験のある未亡人や、離婚した貴族の女性が努める事が殆どでございます。
しかし、ジェイド様の方で色々と当たられておられた様ですが、失礼ですが何せこの村では人も少ないですし適任者はおらず……」
「……そういう意味では隣のフルール村にもいなそうだよね」
「はい。かといって領都グランリゲルにジェイド様のつてはないようでして、適任者探しが難航しているうちに、大きなお怪我をされて思う様に動けなくなられてしまわれたと……」
「……そこに現れたのが、カミラさん……って事?」
「……はい、そうでございます。没落したとは言え、これでも一応は貴族籍が形式上残っておりますゆえ。
ジェイド様は、手ほどきを受ける前にご当主になられ、いきなりご活躍され始めたアルフレッド様を見て焦っておられた様でございます。
若くして当主になれば、貴族の間ではすぐに興味を持たれ陰謀の的になります。
与し易しと思えば、すぐに籠絡しようと企むものが出てきます。一番手っ取り早いのは、見た目の良い女性を近づける事です。単純ですがこれは昨今ずっと用いられてきた方法で、それでいてかなり有効な手段です」
「……なるほど。寝物語で語った内容なんかは全部相手に筒抜けになる……か……」
「はい、しかもそれが経験の無い若い男性となれば、簡単に籠絡されるのは目に見えております」
「……でも、こんな田舎の男爵を籠絡しても何の意味もないと思うんだけど……」
「何を言われますか。アルフレッド様は、ご当主になられた途端にリバーシやチェスを発明され、ロンメル辺境伯と懇意になり、貴族界の妖精とまで謳われたフローラ様を手元に置き、あっという間にここまで村を開拓された。――既に目ざとい貴族の間では何か動きを見せているところがいくつかあるはずです」
フローラって貴族界の妖精なんだ……
「……そう言われると、何だか怖いね」
「ですのでそうならない様に、女性に対して免疫を付けておいていただく為にも、手ほどきは大切なのでございます」
「……はぁ〜、何となく分かった気がする。けど、カミラさんはそれで良いの?……その……」
カミラは、アルフレッドの言いたい事が分かったのか、ふっと表情を緩めた。
「はい。私は全然かまいません。むしろアルフレッド様のお役に立てるのであれば喜ばしいとさえ思っております。昼間、ジェイド様にこのお話をいただいた時も、不思議と何の違和感もなくスッと受け入れる事が出来ました。逆にアルフレッド様の方にこそ、相手が私の様な年増の女で申し訳なく思っております」
「そ、そんな! 申し訳なくなんてっ……カミラさんはとても綺麗で美人だし、笑顔も素敵だし……その……」
そうなのである。カミラさんは、普段はキリッとしているが、ふいに見せる笑顔は見るものをドキリとさせ、そこにいるものたちを引き付ける魅力が溢れているのだ。
「ふふふっ、そんなお世辞はよろしいのですよ。自分の事は自分が1番分かっておりますゆえ」
「いやいやいや!? 本当にカミラさんは綺麗ですごく素敵な女性ですって!! その証拠に、今だってこの状況にドキドキが止まらないんですからっ!!」
「ふふふっ、アルフレッド様にそこまで言っていただけるなんてとても光栄ですわ。ありがとうございます。……では、このまま私が手ほどきをさせていただいてもよろしいですか?」
「は、はいっ! よろしくお願いします」
その返事を聞いたカミラさんは、ゆっくりと立ち上がった。
「――では、始めましょうか。『ハニートラップ耐性訓練』を」
「……え?」
「これより明朝まで、私はあらゆる手段でアルフレッド様を誘惑いたします。アルフレッド様は、私の言葉、仕草、接触に一切動じることなく、冷静沈着なご当主としてのポーカーフェイスを維持してください。もし途中で鼻血を出したり、理性を失うような声をあげた場合は……最初からやり直しですので、覚悟してくださいね?」
「ちょっと待って!! 『アチラの手ほどき』ってそういう意味――ッっ!?!?」
「さあ、まずは初級編ですわ。――」
(ダメだこれ!! こんなの耐えられるわけがないよ父上ぇぇぇぇぇ!!!)
一晩中、カミラさんによる容赦のない超実践的ハニートラップ波状攻撃に精神をゴリゴリに削られたアルフレッドは、翌朝、目を血走らせたまま「男爵……男爵は鉄の意志を持つ……」とうわ言を繰り返していたという……。




