第五十三話【責任×愛情×怒り=】
「━━ブシャァァァァァァッ!!」
一人の少年の命が消えた。
少年の胸から噴き出す血の雨が、どんな言葉よりもその事実を物語っていた。
◇
「嫌ぁぁぁああぁぁぁっ!!!!??!?? やだっ、やだやだやだやだっ!!!?」
赤い飛沫を受ける神上生徒と【銀血】を前に、白銀生徒は膝をついて泣き崩れていた。
レイカ君も目を見開き、目の前の現実を受け入れられていない。
「…………チッ、不味い……酷い味だ」
神上生徒の身体から噴き出し、自らの頬に着いた血をひと舐めして表情を歪ませる【銀血】。
「無能なだけでなく血まで不味いとは。最期まで何の役にも立たんゴミが」
「……………………ッ!!!!」
その一言が私の怒りに火をつけた。
「その汚い足をどけろッ!!」
私は即座に捨てた装備を拾い直し、【銀血】目掛け突撃した。
「しつこいな貴様も!!」
「お前が死ぬまでまとわりついてやるよ!!」
不意を突かれた【銀血】は私の攻撃を受け止め、他の三人からどんどん引き剥がされる。
これでいい、最初の目的は果たした。次だ。
「レイカ君ッ!!」
「ビクッ!?」
私に名を呼ばれ、立ち尽くしていたレイカ君が我を取り戻す。
「今すぐ神上生徒の治療を開始するんだ!!」
「ち、りょう……? えっ、でも、こんなの……」
「可能性はゼロじゃない!! 私の言う通りに処置してくれ!!」
レイカ君は困惑していた。当然だ、神上生徒の心臓が踏みつぶされるのを目の前で見ていた訳だから。
だがどんなに小さな可能性だったとしても、行動に移さなければ成功確率はゼロだ。
「心臓は後回しでいい!! 彼の口からありったけの再生液を注入して、一秒でも長く脳を守るんだ!!」
「っ…………」
「出来るのは君だけだ!! 早く!!」
「は、はいっ!!」
私の願いが届き、レイカ君は大慌てで神上生徒に駆け寄った。
(……しかし、ああは言ったが)
【銀血】と殴り合いながら、私の頭の中は焦りでいっぱいだった。
(通常、心肺停止してから処置なしで脳が生きていられるのは約三分……だが神上生徒の心臓は完全に潰されている。レイカ君が全力で治療に当たったとして、心臓が元に戻るまで何分かかる……脳を守るための再生液だけで治ってくれるのか? そもそも、それまで神上生徒の身体は耐えられるのか!? 仮に心臓が治ったとして、そこからの心肺蘇生に意味はあるのか!?)
長年蓄えてきた医療知識と吸血霊鬼の能力、それらを総動員して神上生徒の生存確率を計算するが、一向にまともな数字が導き出せない。
(本来なら治療には私が当たるべきだ。だが今この場でコイツを足止めできるのは私だけ、私が手を止めればこいつは即座に彼女達を連れてどこかへ逃げ去るだろう……クソッ! どこまでも不愉快な奴だ、お前は!)
目の前の憎たらしい男をこれでもかと睨みつける。
「どうした! お仲間が死んで全力が出せんか? 動きが荒くなっているぞ!」
「それはお前もだろ、神上生徒に煽られたのが随分効いてるみたいだな!」
【銀血】の煽りに煽り返しながら、ちらっと白銀生徒の方を見る。
「やだ……うそ、なんで、かいと、嫌……」
白銀生徒は完全に錯乱状態だ。今こそこいつを倒す絶好のチャンスだが、とても助力を願える状態じゃない。
だからと言って彼女を責められない。私だって、ハラワタが煮えくり返って所構わず暴れ出しそうなのを押さえるので必死なんだ。
(頼んだぞ、レイカ君……)
戦況は、唯一落ち着いてやるべき事が出来ているレイカ君に委ねられている。
無茶な願いだというのは私もわかっている。
それでもお願いだ、神上生徒の事を救ってくれ。
◇
「か、かいとっ……」
カイトの傍に駆け寄って、カイトの名前を呼んだ。
当たり前だけど返事は無い。
「口から、ありったけの再生液……」
紗霧ちゃんに言われた事を口に出して再確認する。
大丈夫、前にカイトにもヒナちゃんにもやった事ある。出来る。
「うっ……あぐっ!?」
治療を始めようとカイトに触れた瞬間、両手に痺れる感覚が走った。
カイトの手には銀の指輪がいっぱいはめられてたからそのせいだろう。
「…………んっ」
だからなんだ。
カイトはもっと痛かった。カイトはもっと辛かった。
今のカイトは、この程度じゃ比較にならないぐらい大変な状態なんだ。
ちょっと痺れたぐらいなんだって言うんだ。
私は半開きで動かなくなったカイトの口に深くキスをした。
(かいと、死んじゃやだ…………)
カイトの口に、全力で再生液を流し込む。
少しずつ出血は減ってる気がしたけど、それが治っているからか、それともカイトの血が無くなりそうだからなのかはわからない。
それでも、紗霧ちゃんに言われた通り再生液を流し続けた。
(かいと……)
心の中で、カイトの名前を呼び続けた。
(かいと……かいと……!)
何度も、何度も、何度も。
祈る様に、願う様に、叫ぶ様に。
今までのカイトを思い出す様に。
『お前さ、行く所無いの?』
『それじゃあさ、俺んち来るか?』
一人で死んじゃいそうだったあたしに手を差し伸べてくれたカイト。
『レイ、お前は人殺しじゃない』
『お前はお前だ。何も変わりゃしねえよ』
あたしの過去を聞いても変わらず傍に居てくれたカイト。
『レイはとっくに俺の大事な家族だ。頼まれたって返してやらねえよ!』
あたしの事を家族だって言って抱き締めてくれたカイト。
カイトはあたしの命の恩人で、家族で、大好きな人。
今度はあたしがカイトを助ける番だ。
カイトが助かるならあたしの血だって、心臓だって、命だってあげてもいい。だから……。
『レイは……俺を置いてどこにも行かないよな』
あたしを置いてどこにも行かないで。
カイトは、あたしの全てなんだ。
◇
「なん、で、いや……かいと、やだっ……」
カイトが死んだ。
誰がどう見ても死んでる。
どうして死んだの。
どうしてカイトが死ななきゃいけなかったの。
私が弱かったから?
私が強ければカイトは死ななかった?
私が狙われたから?
私が居なければカイトは死ななかった?
私は何をしてたんだろう。
【銀血】に襲われて、お母さんも襲われて、悔しくて、悔しくて。
大切な人が傷付くのは見たくないと思って、退魔師の修行を受けようと思って。
必死に修行して、退魔師になれて、これでやっと皆を守れるって思って。
「結局……私は守られただけ……?」
私のせいでお母さんは襲われた。
私のせいで今度はカイトが苦しんだ。
それでもカイトは私を守る為に戦って、戦う力を持ってないのに戦って。
私を守って、死んだ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
私が弱いから、私が居たから、私の血があるから。
周りの人がどんどん傷付いていく。
どうして。
誰か答えて。
どうしてカイトが死ななきゃいけなかったの。
「……………………」
金属が弾ける音がする。
ゆっくりと上を見上げた。
逆月先生と、銀色の髪の男。
「……そうだ」
思い出した。
お前が全部悪いんだ。
私が苦しむのも、みんな苦しむのも、カイトが苦しむのも。
「…………お前のせいだ」
私は退魔師。
私の力はお前を殺す為の力だ。
◇
あれから何分経った。
レイカ君が神上生徒の治療を開始して何分経った。
遠めに見ても出血は収まっている。だかそれは神上生徒が失血したからの可能性もある。
彼の脳はまだ生きているのか。彼の心臓は再生の見込みはあるのか。
今すぐ彼の治療に向かいたい。手遅れになる前に。
「……だと言うのにコイツはッ!!」
私の前の【銀血】は、最初に比べれば確実に動きが鈍くなり始めている。大きな弱体化を感じる程では無いが、奴の体力も無尽蔵では無いと言う事の何よりの証明でもあった。
それでも私の攻撃を難なく捌き続けるだけの余裕はまだまだ奪えそうに無かった。
「ククク……あと何回だ?」
「はぁ……はぁ……何が」
額に汗を滲ませながら、【銀血】がそう言ってほくそ笑む。
「貴様のその装備、貴様の身体に後遺症を残さずにあと何回銀を振れるのかと聞いているんだ」
「……さぁ、どうだろうね」
吸血霊鬼の銀に対する脆弱性。それは致命的な弱点として知られているが、その中でもいくつかの段階がある。
至近距離に銀がある状態での能力低下、銀が触れた場合の火傷に似た追加ダメージ、そして長時間触れ続けた場合による修復不可の身体への浸食。
退魔師によって裁かれた魔族の中にも、重ねた罪の度合いによって即座に命を奪われる者も居れば、長期間銀で拘束され再起不能とされた者も居る。
私の装備はそれらの進行を圧倒的に遅らせる物ではあるが、完全に無効化する物ではない。
言ってしまえば、銀に多少の耐性を持つ【銀血】を疑似的に再現している様な物。同じ土俵に立って我慢比べをしているような状況だ。
「私としてはそろそろその銀製の武器達はご勘弁願いたいんだが、貴様はもっとでは無いのか?」
奴の言う通り、手袋越しでも私の手がただれ始めているのを感じる。
これ以上これらの杭やナイフを振り回していれば、徐々に私の手は銀に侵食され使い物にならなくなるかもしれない。
「……そうかもね。けど」
私は武器を握る手を緩めはしない。
一千四百年、願い続けた瞬間が目の前まで迫っているんだ。
大切な生徒が命を投げ出してまで作ってくれたチャンス、生徒を導くはずの私が諦めていい訳は無いんだ。
「お前だけは必ず倒すよ。たとえ相打ちになったとしても」
強く握りしめたナイフを【銀血】目掛け思い切り振り被った。
その瞬間だった。
「━━フォンッ!!」
「くっ!?」
凄まじい速さで飛んできた杭が【銀血】の頬を掠めた。
「今度は何だというのだ!?」
「あれは……白銀生徒?」
杭が放たれた方向を向くと、恐ろしく冷たい表情で杭を握り締める白銀生徒の姿が見えた。
「この距離であれだけ正確に……」
「チッ……小賢しい真似を……」
白銀生徒を睨みつける【銀血】に対し、白銀生徒は次の杭を放つべく構えた。
「お前だけは……絶対に殺す」
白銀生徒は構えた腕を振り下ろすと、再び【銀血】目掛けて銀の杭が発射された。
放たれた杭はまっすぐ正確に【銀血】を捉えていたが、目視されていた今回はたやすく払い落とされてしまう。
「あまり傷付けたくは無かったが、まずは彼女から……」
「オラッ!!」
「ぐっ!?」
白銀生徒に向かって飛び出そうとした【銀血】を容赦なく背後から蹴りつける。
奴はそれもちゃんと防がなければならない。爪先に銀を仕込んだヒールの蹴りだからな。
「教師の私を無視して、生徒の元へ行かせる訳ないだろ」
「おのれ……どこまでも私の邪魔をするかァ!!」
「お前が生きてる限り邪魔するのが私の役目だ!!」
白銀生徒の精神状態には不安が残るが、こうして援護射撃があるだけでもかなりありがたい。
間違っても私があの杭に当たらない様にだけ気を付けなければならないが、こればかりは私が合わせよう。
今の白銀生徒にかける言葉なんて、いくら探しても見つかりはしないのだから。
◇
「……………………」
暗い。
闇が纏わりついて身体が動かない。
寒い。
全身が凍り付いているみたいだ。
「……ト、……き…………なさ……」
目も開かない。手も足も動かせない。
俺は今、どこで何をしているんだろう。
俺は誰と、何をしていたんだっけ。
何も思い出せなかった。
「……ろそろ…………カイ……」
あれ。
なんだろう、何も聞こえなかったはずなのに、何か聞こえてくる。
寒かったはずなのに、だんだん温かくなっていく。
暗かったはずなのに、まぶたの上から光が差して。
(目が……開けられそうだ)
俺は自分の目に全ての意識を集中させ、非常に重たいまぶたをゆっくりと開いた。
暗闇に慣れた瞳に容赦なく光が降り注ぐ。
それでも俺は必死に目を開け続けた。
ここはどこなんだ、俺はどうなったんだ。それを知る為に。
誰でも良いから、何でもいいから教えてくれ。
「……あ、ようやく目が覚めたのね」
「…………?」
俺に語り掛けていたのは、真っ赤な髪をした綺麗な女の人だった。
俺を温めていた温もりは、彼女の手と膝の温もりだった。
俺を呼び覚ましたのは、どこか優しくて安心する、包み込むような彼女の声だった。
「……おはようカイト。よく眠れた?」




