第五十二話【ごめんな】
「いい加減くたばれッ!」
「フハハハハ! 虚勢を張るのもそろそろ限界かな? 言葉遣いが荒いぞ!」
「お前に対してはずっとこうだっての!!」
頭上では相変わらず紗霧ちゃんと【銀血】の激しい攻防が繰り広げられている。
「ふんっ!!」
「おっと、危ない危ない」
「くっそー!」
「若き純血の同士は戦いの素質もあるようだ。だがまだ幼い、未熟だ」
隙を見てレイも鉄パイプを振りかざすが、相変わらず【銀血】は身体を蝙蝠に変えてレイの打撃を躱す。
再び紗霧ちゃんの攻撃が始まり、【銀血】はそれを捌き始める。この繰り返し。
「……やっぱり」
その繰り返しこそが、俺とヒナに違和感を感じさせた。
「こんどこそっ……!!」
紗霧ちゃんに気を取られている【銀血】に向かって、レイがもう一度鉄パイプを振りかぶった。
「無駄な事を。それは効かないと言う事は何度も見て来ただろう……」
【銀血】は紗霧ちゃんの攻撃をいなし、身体を蝙蝠に変化させ始めた。
「……むっ!?」
「うるああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
そのチャンスを見逃さなかった。
俺はヤツが最初に座っていたガレキを駆け上がって、宙に浮かぶ【銀血】に手を伸ばした。
ありったけの銀の指輪をはめて、杭を握り締めた右手を。
「神上生徒!? 何を無茶な事を!!」
「チッ……ふん!」
「おぁっ!?」
俺の腕はいともたやすく【銀血】に捕まれてしまった。
「貴様の様な雑魚が戦いに水を差して、何のつもりだ」
「…………へへっ」
それでいい。
それこそ俺の想定通りだ。
「レイ! このまま振り下ろせ!!」
「わかった!!」
「なっ……小癪な!!」
俺の声にレイは疑問を浮かべるまでもなく答える。
【銀血】は慌てて俺の腕を離してレイの方へ向いた。
だがもう遅い。
「はぁぁぁぁっ!!!」
ガレキの山を駆け上がってきたのは俺だけじゃない。
「白銀生徒まで!?」
「行け! 二人共!!」
「……グゥッ!!」
【銀血】はヒナの攻撃も素手で受け止めた。
「━━ドゴッ!!」
そして同じ様に、レイの攻撃も受け止めた。
「あれっ!? 当たった!!」
「バカな……どうして奴は姿を変えて躱さなかった……?」
突然打撃が命中した事に困惑するレイと紗霧ちゃん。
そして心底不愉快そうな表情を浮かべる【銀血】。
「やっぱりそうか……紗霧ちゃん!! どんどん銀の武器で攻撃してくれ!!」
「何を……コイツに銀は効かないんだぞ!?」
「いいや……そんな事はねぇ!!」
俺は今の一連の攻撃から得た情報を紗霧ちゃんにも共有すべく大声で伝えた。
「おかしいと思ったんだよ。蝙蝠になって避けられるなら、紗霧ちゃんの攻撃も全部それで避ければいい。じゃあなんでそれをしなかったのか……出来なかったんだろ、本当は!」
「貴様……何が言いたい」
「弱ってたんだよ、銀で!! 紗霧ちゃんに攻撃されてる間は、間近で銀の武器振り回されてるから満足に能力使えなかったんだろ!」
「なっ……コイツに銀が効いていた……?」
紗霧ちゃんは困惑した様子で【銀血】を睨みつけた。【銀血】は何も答えず、ただ表情を強張らせていた。
「俺は見る事しか出来なかったからな、その分よく見てたぜ。お前が蝙蝠になった時は紗霧ちゃんが武器を捨てて押さえてた時と、レイの攻撃のタイミングで紗霧ちゃんが距離を取った時。さっきレイの攻撃の前に俺の手を離したのもこの銀アクセが邪魔だったからだろ」
「……チッ」
【銀血】は何も答えなかった。それでも、俺の推理を聞いて小さく鳴らした舌打ちがその心境を物語っていた。
「……なるほどねぇ。わざわざ人間が名付けた【銀血】を名乗っていたのも、犯行現場にこれ見よがしに銀の髪を残していったのも、白銀生徒や私相手に銀を受け止めるなんて派手なパフォーマンスしたのも、全部「コイツに銀は効かない」っていう先入観を植え付ける為だった訳だ」
「…………」
「実際にこの状態の私と戦って優位に立っていたんだ、ある程度の耐性はあるみたいだけどね。だからと言ってノーダメージと言う訳ではない、能力を制限される程度にはちゃんと有効だったって事だろう?」
本人を前に弱点を見抜いて非常にご機嫌そうな紗霧ちゃん。再び白衣の中から無数の銀武器を手に持って身構えた。
「さあ、これで私達は全員お前に有効打を持つ事になった訳だが、私の攻撃を捌きながらその全てを躱せるか?」
「フゥーッ…………」
散々煽られた分挑発し返す紗霧ちゃんに、【銀血】は大きく息を吐いた。
「……不愉快だ」
「何?」
「実に不愉快だよ。ああ認めよう、私は銀を完全に無効化できる訳ではない。力あるものと戦いを続けていればいずれ見抜かれる可能性も考慮していた。だが、それをあのような無力なガキに見抜かれたという事実が…………」
「━━ブォンッ!!」
怒りに震える【銀血】は、言葉の途中で大きな音を立てて姿を消した。
「……気に食わん」
「ッ!!?!?」
姿を現したのは、俺の真後ろだった。
「やばっ……」
「━━ドゴッ!!」
「ぐっ、がはっ!!」
慌てて手を前に出して身構えるも、指輪程度の銀なんかお構いなしに【銀血】は俺の身体を蹴り飛ばし、床に転がる俺を容赦なく踏みつけた。
「かっ、かいと!?」
「カイトッ!!」
「がっあっ、がぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!!!!」
「そら見た事か、この程度の痛みでみっともなく喚き散らし、情けない事この上ない」
「あっぐ、がぁっ……」
踏みつけるだけでなく、かかとを押し付けて何度も俺の腹部を圧迫してくる。
クソ野郎が、こちとら最初の一撃で既に骨が何本か折れてる感触あんだぞ。ふざけるんじゃねえ。
「お前……神上生徒を解放しろ!!」
「……ふん」
「ぐっ!? ああぁぁぁああぁぁぁあぁぁっ!!!?!!?」
「っ!? ……クソッ!!」
俺を踏みつける【銀血】に向かって紗霧ちゃんが飛び掛かる。
しかし、その瞬間【銀血】が足の力を強め、俺の悲鳴を工場内に響かせた。
その意味を理解した紗霧ちゃんは足を止め、その場に立ち尽くした。
「くだらん……実にくだらん。あれだけ大きな口を叩いておきながら、こうやって仲間の一人を捕らえられただけで身動き一つ出来なくなるとは」
【銀血】はみんなをあざ笑いながら、足元に居る俺を見下ろした。
「だがそのおかげで、私はこれ以上無駄な体力を使う事無く目的を果たせるというのだから、その愚かな仲間意識とやらに感謝せねばな」
「なっ……にを、言って……」
「こういう事だ、何も成しえぬ愚かなガキよ」
【銀血】は見下すような目でそう言うと、ヒナとレイに向かって手を差し伸べ、とある提案をした。
「私の物となれ、美しき乙女達よ」
「っ……」
「そんな事……!」
なんと卑怯な事か、【銀血】は俺を交換材料にヒナとレイを要求してきた。
「ふざけないでっ!! 誰があなたなんかに!!」
「━━グリッ!!」
「ゴホッ!? ゲホッ……おぶっ……」
「あ……っ!?」
ヒナは当然【銀血】を拒絶した。しかしその瞬間、俺の腹部に込められていた力が増した。
その結果俺の身体は大きく痙攣し、絵の具をぶちまけたかのように口から鮮血を吐き出した。
「気丈な事だ。だがこの状況で君に選択肢があるとは思わない方がいい」
「か、かいとっ……」
「お前達人間は仲間が大切なのだろう? ならこのガキを見捨てられないはずだ」
「…………」
「わかったなら全員その恐ろしい武器を捨ててくれないか。私の様なか弱い吸血鬼は銀が恐ろしいのでね」
白々しくそんな事を言いながら手をひらひらさせる【銀血】。
非常に腹立たしい言動ではあったが、今この場にその言葉へ逆らう事が出来る者はいなかった。
ヒナも、レイも、紗霧ちゃんも、手に持っていたものを投げ捨てた。
何も出来ない癖に出しゃばって、みっともなく人質に成り下がった俺なんかの為に。
「素直に私に従ってくれた事に感謝しよう。だがそれだけでは足りないな……」
「えっ……?」
「未来永劫私に忠誠を誓うという証拠が欲しい。そうだな……桜色の君にしよう」
「あ、あたしに……何させるの」
「なに、難しい事では無いよ。ただ君が生を受けた時に授かった本当の名を教えてもらおうと思ってね」
「ッ!?」
こいつ、どこまでもふざけた事をぬかしやがって。
「レ、レイ……言わなくて、いい……ゴホッ!!」
「カイト!?」
「愚かな、吐血している時点で臓器が損傷していると何故わからん。自らを痛めつける趣味でもあるのか?」
ねえよそんなもん。
俺をそこの変態女二人と一緒にするんじゃねぇ。
「……大丈夫だよ、カイト」
「レ……イ?」
「あたしの名前なんかでカイトが助かるなら、そっちの方がいい」
そう言ってレイは【銀血】にゆっくり近付き、胸に手を当てた。
ゆっくりと深呼吸するレイを眺め、【銀血】は心底愉快そうに口角を上げた。
「……………………」
ふざけんな。
吸血霊鬼の名前は誠意の証。生涯を共にすると誓う相手にしか本名全ては明かさない。
それをこんな所で、こんな奴に、こんな情けない男の為に軽々しく教えていいわけがない。
今この場でレイの名前を知ってるのは、知っていていいのは、お前なんかじゃねぇ。
俺だけだ。
「━━ガシッ!」
「……何のつもりだ」
俺を踏みつけている【銀血】の足を思い切り掴む。
痛みでうまく力が入らないが、それでも目一杯強く掴んだ。
「カ、カイト!?」
「レイ……ごほっ、お前は、黙ってろ……」
「でもっ……」
「お前の名前は俺だけのもんだ……誰にも、聞かせねぇ」
「っ…………」
足を掴む手に力がこもる。
無力なガキのちっぽけな力だけど。
「離せ、不愉快だ」
「随分苛立ってんじゃねえか……ロリコン」
「……何?」
安易な挑発だったが、【銀血】の意識は俺に食いついた。
「知ってるか? あいつ、まだ十四なんだよ……テメェは一千四百以上っつったか? 自分の百分の一も生きてねえ奴相手に……ごほっ……求婚とか、ロリコンじゃなくて何なんだよ」
「黙れ。私は永劫の時を生きる吸血鬼だ、年齢などと言う矮小な概念で他人を見ていない。貴様にわからなくても無理は無いがな」
「おーおー、ロリコンが開き直っちまったよ。怖い怖い……あぐっ!?」
奴の中で怒りのボルテージが上がったのか、俺の腹部により強い力が込められる。
「神上生徒ッ! これ以上挑発するな!!」
「挑発ぅ……? 俺は事実言ってるだけだぜ……がはっ、ごほ……千個以上年下の女も満足に口説けなくて、可哀想だな……って」
「…………今一度問う。何のつもりだ」
【銀血】の表情がだんだん苛立ちを隠せなくなってきた。
虫けら程度にしか思っていない俺に延々と煽られ続ければ当然か。
いいぞ、もっと苛立て。
「哀れな独身貴族のテメェに教えといてやる……テメェが目をつけたそこの美人二人だけどな……どっちも俺の女なんだよ」
「貴様が? あの二人を? 何を馬鹿な事を……貴様程度ではどうあがこうと釣り合う事の無い…………」
「……ぷっ、くくっ……」
「何がおかしい!?」
「いいや……モテない男の僻みはみっともねえなぁって思ってよ。つい笑っちまった……悪ィな」
「━━メリメリッ!!」
「がっ……!? あぁぁぁアァぁぁあァッ!!!!!!」
【銀血】の足が更に、更に、更に力を増す。
壊れた蛇口の様に俺の口から赤黒い血が溢れた。
「最後のチャンスをやろう。その耳障りな口を閉じろ、貴様の命は私に握られている事を自覚するといい」
「やだっ、カイト!!」
「もうやめてカイト!!」
「……ごふっ」
レイとヒナの声が耳に響く。
そんな悲しそうな声出さないでくれ。
もう少しの辛抱だから。
「健気な事だ。貴様も彼女達を見習うべきだろう」
【銀血】は他の皆を順に眺め、まるで説教でもするかのように俺を見下ろした。
「彼女達は退魔師に純血の吸血霊鬼、優秀な者ばかりだ。しかし貴様はなんだ? くだらない正義感に突き動かされ、自らの無力さすら分からない愚かな子供ではないか。役に立たないだけならまだいい、彼女達の足を引っ張り、あまつさえこうして人質に成り下がった気分はどうなんだ。ええ?」
「……は、は……はははっ」
「……なんだ、何を笑っている?」
偉そうな態度の【銀血】に思わず笑いが零れてしまった。
声を出すだけで身体に激痛が走る。
それでも俺は笑い続けた。
「……そいつはよ、人質が居ないと紗霧ちゃん達に勝てませんって自白してるようなもんだよなァ?」
「…………黙れ」
「ガキに弱点見付かって……図星突かれて逆ギレして……まるでガキだなァ、テメェも……」
「聞こえなかったのか、黙れと言った!!」
「こんだけボロクソに言われてもガキ一人殺せねえんだもんな……大事な大事な、ゲホッ……人質だもんなァ?」
「…………ッ!?」
【銀血】の背後で何かに気付いた紗霧ちゃんが一気に青ざめた。
しまったな、気付かれちまったか。レイとヒナは気付いてなけりゃいいけど。
「成程……その命、よほど捨てたいようだな」
「まっ……待て!!」
【銀血】が思い切り足を振り上げた。
それを止めようと紗霧ちゃんが手を伸ばすが、この距離では届かないだろう。
「やっ……!」
「カイトッ!?!?」
レイもヒナも俺に駆け寄ろうとするが、いいよ来なくて。どうせもう間に合わねえから。
いつもお前らの事振り回して、ごめんな。でも、俺は俺の出来る最期の役目を果たすからさ。
その代わり、頼んだぞ。
人質が居なけりゃ、お前らはこんな奴に負けたりしねえだろ?
「━━━━グシャァァッ!!!!!」
「あ…………」
「う、そ…………」
【銀血】が高く振り上げた足は、俺の腹ではなく胸部目掛けて振り下ろされた。
その勢いは俺の皮膚をえぐり、骨を砕き、それらが守っていた心臓ををいともたやすく踏みつぶした。
「…………ごぼっ……」
噴水の様に血を吹き出す俺の胸元。
指一本動かせない身体。
急速に冷えていく指先。
いや、冷えているのではない、感じなくなっていってるんだ。
さっきまであれだけ痛かった腹も、ぶち抜かれた心臓も、何の痛みも感じなくなっていた。
体温もわからない、視界も赤く染まり、頭も働かなくなっていく。
意識が、どんどん暗闇へ沈んでいく。
「いやっ……嫌あぁぁぁああぁあっぁああぁぁぁッッ!!!?!?!!!!!?!」
意識を手放す直前、最後に聞こえたのは、泣き叫ぶヒナの声だった。




