第四十八話【無慈悲】
ヒナと紗霧ちゃんと【銀血】についての話し合いからしばらく経った。
「あたしも行く! 戦った事なんて無いけど、あたしに何かできるならやる!」
レイにも話し合いの内容を伝えると、レイは二つ返事で協力してくれた。
「いつもカイトやヒナちゃんにはいっぱい貰ってばっかりなんだ、あたしだって二人に返したい」
レイの瞳は力強く、答える声には芯が通っていた。
これで今回の作戦に参加する四人のメンバーが決定した。
とは言え、それから大きな行動は何もなかった。
それも当然と言えば当然なのだが、いくら俺達が準備を進めて【銀血】への対抗策を固めても、肝心の【銀血】本人が見つからなければ話は始まらないのだ。
現在俺達で続けているのは自分たちの足での捜索。ヒナが新しく知り合ったって言う吸血霊鬼も協力してくれているらしいんだが、こっちは全く手掛かりは無し。
次にこの地域周辺での吸血霊鬼絡みの事件が無いかどうか。これもこの間の事件以来【銀血】は俺達にしっぽを掴ませずにいた。
そしてまただらだらと日数だけが進んで行った。
「俺達さ、このままで本当に【銀血】を捕まえられんのか?」
ここしばらくは恒例となった、放課後保健室での作戦会議。
最近はレイも保健室で待機し、俺達の授業が終わったら保健室へ直行、すぐさま会議ができるようになっている。
「安心したまえ、奴はまた必ず姿を見せる」
焦りを見せる俺を紗霧ちゃんは冷静に諭す。
「何でそう言い切れるんだよ」
「奴の今までの行動パターンを知っているからかな」
紗霧ちゃんはそう言って、先日の事件の内容が書かれた紙を指差す。
「この【銀血】野郎は現場に髪を残していただろう? これはヤツがしばらくこの辺りに潜伏すると警察や退魔師へ挑発する為に行う行為なんだ」
「ケッ、そんだけ自信があるって事かよ」
「それも実績に裏付けられる自信がね。奴はこれで一千四百年間一度も捕まっていないのだから」
「…………」
一千四百年。その途方もない時間に思わず息を飲む。
ヒナとレイの表情にも緊張が走った。
「きっと奴は今も気付かれていないだけで何人かを襲い、血を奪っている事だろう。だが死者が発見されていないのならばそれらも全て我々には知り得ない事だ」
そらそうだ。吸血霊鬼の被害者と確定した場合、もしくは被害者が届け出を出した場合でしか事件として受理されない。極端な話、健康に害がない程度の血だけを奪って記憶を消す、それだけで被害者からしたら何が起こったかわからずに被害者の自覚すらないまま日常に戻るのだ。
「天下の大魔族サマがそんなせこい真似してんのかよ」
「しているだろうね。奴は陰で暗躍する自分に酔っているし、騒ぎになって血眼で自分を探している連中を見てあざ笑うカスのナルシストなんだよ。存在は仄めかすが、決定的な証拠は残さない」
「まあその辺が甘けりゃとっくに捕まってるよな」
「しかし……今回はそう悲観する事ばかりでもない」
そう言って悪い笑みを浮かべる紗霧ちゃんは、ヒナに妖しい視線を向けた。
「えっ、私がどうしたんですか」
「【銀血】はね、毎回ああやって自らの襲来を知らしめる時、必ず別の目的を秘めているのだよ」
紗霧ちゃんが次に取り出したのは、やや古めの紙の束。
「私が知りうる限りの、【銀血】の過去全ての出現記録だ」
「なっ……そんなものが!? 退魔師の間ですらそこまで正確な情報は……」
「あるんだなぁこれが。何故かって? もちろん私が現存する退魔師の誰よりも魔族を狩って来たからさ」
凄いな、前までの紗霧ちゃんだったらただの妄言として聞き流していただろうに、【赫い杭】としての自分を明かした後だとちゃんと説得力が生まれていた。
やけに得意気に鼻を伸ばしている様は普通にイラっとするけど。
「今まで【銀血】は、警察や退魔師の動きを誘導する事で本来の目的を果たしやすいようにしてきた。そしてその目的と言うのは大抵が貴重な血を持つ者の拉致、監禁なんだ」
「っ……!!」
紗霧ちゃんの言葉に、その場にいる全員の視線がヒナに集められた。
「そっか、ヒナちゃんの血って……」
「そうさ。しかも白銀生徒は過去に一度【銀血】に襲われている。当時は幼く血液の量も大した事が無くて解放されたかもしれないが、間違いなくターゲットにされているだろうね。成長した今の白銀生徒が次捕まったが最後、解放されるとは考えにくい」
「くっ……」
当時の事を思い出したのか、自分の腕を抱いて唇をかみしめるヒナ。
「……なあ紗霧ちゃん、一個聞いてもいいか」
「どうぞ」
「今まで【銀血】に捕まった被害者って、どうなったんだ」
「…………」
真っ先に思ったのはそれだ。
【銀血】が貴重な血を求めてヒナみたいな奴を攫うのだとしたら、すぐに殺されたりはしないだろう。
それでも自由を奪われた状態で恐ろしい相手に延々と血を奪われ続けるのだとしたら、心身ともに疲弊していくはずだ。
あまり考えたくは無いが、目を逸らす訳にもいかない。
「そうだね、脅すようで申し訳ない気もするが、君達の気を引き締める為にも教えておこうか」
紗霧ちゃんの表情が険しいものとなる。
「まともな状態で解放、保護された被害者はいない。記憶を消されすぎて錯乱状態になった者、身体機能に大きなハンデが残ってしまった者、精神的にも肉体的にも様々な後遺症が残った者がほとんどだ」
「……じゃあその、ほとんどじゃない被害者はどうなったんだ?」
「……上質な血と言うのは吸血霊鬼を狂わせる。上質すぎる血の味は甘美な味わいの高級ワインさえ彷彿とさせるんだ。そして、目の前に滴る赤い雫を見て自分を押さえられなくなる奴は多い。時にはあの【銀血】でさえ」
「ハッ、躾のなってねぇ犬かよ」
俺の皮肉に紗霧ちゃんは少しだけ微笑む。
だがそんな皮肉でも言っていないとやってられなかったのだ。これから紗霧ちゃんが言うであろう結果を考えたら。
過去被害者だったヒナも、飢餓状態で俺を襲った経験のあるレイも、額に汗を滲ませながら、黙って紗霧ちゃんの言葉を聞いていた。
「質問の答えは、君達が思っている通りだろう…………生きては帰って来れなかったよ」
「「「……………………」」」
俺達はみんな口をつぐんでいた。
人を食料としか思っておらず、時には命を奪う事も辞さない危険な存在。
俺達が相対しようとしているのは、そういう世界の住人なんだと言う事を思い知らされた気分だった。
「だがそれも今回で終わりだ」
ただ一人、紗霧ちゃんだけは表情を崩さなかった。
「今回はその【銀血】が欲しがっているであろう目的がはっきりしているし、運よくその目的と私は非常に近しい所に居る。今までこんな好機は一度だって無かったからね」
そして、俺の質問にさえぎられてしまったさっきの話題に戻って来た。
「白銀生徒、今回【銀血】が欲しがっているのは君で間違いない」
「……はい」
「だから、どうしたって最終的には君を餌におびき出している構図になってしまうだろう」
紗霧ちゃんは深く頭を下げていた。
俺達には【銀血】の居場所を探るすべがない。なら向こうから現れるタイミングを見極めるしかない。
つまり、ヒナの前に姿を現すのを待つしかない。
「あれだけ自分の身を大事にしろと言っておきながら、結局は君の希少性に頼らざるを得ない事を許して欲しい。その代わり、私の積み上げてきた全てを賭して君を守ると誓うよ」
「……顔を上げてください先生」
紗霧ちゃんに続いて、ヒナの表情も決意の篭った顔をしていた。
「元々私は一人だって【銀血】を狩るつもりでした。ですから逆月先生の協力はそれだけですごくありがたいんです。私にしか出来ない役目があるなら、それで【銀血】を倒せるなら悩む必要なんかありませんよ」
「……頼もしいね」
「これでも退魔師ですので」
二人は顔を合わせて微笑み合った。
強い二人の会話だ。
「……ヒナ」
「カイト?」
でも俺だって同じ作戦のメンバーだ。
そしてヒナの幼馴染だ。
「俺とレイがお前を支える。絶対に大丈夫だ」
「……うん、ありがと」
ヒナの傍に居る。幼い頃からずっと胸に抱いていた誓い。
大魔族との戦いなんていう非日常の中でこそ、俺のその誓いは大切な意味を持つはずだから。
「いざとなったらあたしがカイトとヒナちゃん抱えて逃げるから!」
「……うん!? お姉さんは置いて行く気かい!?」
「…………ぷっ」
元気よく宣言するレイと、その内容に釣られて情けない声をあげる紗霧ちゃん。
そんなやり取りを見て思わず吹き出してしまった。
「紗霧ちゃんは強いんだからなんとかしてね」
「酷いなぁ、冷たいなぁ……」
「そうならない様に私も頑張りますから」
「頼むよ……多分タイマンじゃ分が悪いから……」
真面目な会話をしていたのに、いつの間にやら普段の緩い空気が戻ってきてしまった。
【銀血】さえ倒せれば、きっとまたこんな毎日に戻れるのだろう。
(俺も、俺に出来る事を全力でやってやる)
ヒナだけじゃない、レイも、紗霧ちゃんも、誰も失わない為に。
胸の前でこぶしを握り締め、強く誓った
どくん、と一回、大きく心臓が鼓動を打った気がした。
◇
今日はメアリから連絡が入った。相変わらずまるで誰もこの辺りを通らないので血が欲しいと。
仕方が無い事だが本当にとばっちりで可哀想な事だ。
「……しかし遅いわね」
待ち合わせ場所はいつもここ、メアリと初めて会った薄暗い路地。
私が【銀血】をおびき出そうとして、次の日カイトに大目玉を食らった問題の場所。
そしてこの辺りで【銀血】が最初に姿を現した場所。
「あの子、本当に時間にルーズなんだから」
メアリは暗い性格で引っ込み思案、自分に自信がなく常におどおどしている。
そのせいであまり人と関わってこなかったのか、待ち合わせの時間の大切さが全く身に付いていない。
私個人としては時間を守れない人をあまり信用していないのだが、メアリは別の部分で信用できることを証明してくれたので大目に見ている。
もし遅れたのがカイトだったら一時間は小言を言っていただろう。
「メアリさんには血を与えるついでに何か情報があれば共有してもらう事になっているけど……あまり期待はしないで待ちましょうか」
【銀血】を探しているのはメアリだけではない。何ならその道のプロである逆月先生もこの辺りを何度も捜索しているという。
その先生が見付けられていないのだ、メアリから良い情報がもらえると思うのは虫のいい話だろう。
もちろんメアリもちゃんとこの周辺を探し歩いてくれている。サボっている訳ではない。
「……んっ?」
なんて考えていたら、いつも通りに足音が聞こえて来た。
「もう、遅かったじゃないの。今日はどこまで行ってたのかしら?」
メアリが遅れるのを強く叱らないのには他にも理由があった。
実はあの子、結構熱心に辺りを調べ回ってくれている様なのだ。
そのせいで集まる時間をオーバーしてしまうなら、彼女のやる気が起こしたお茶目な失敗ではないか。
だから私もこうして軽く遅刻をつつく程度で済ませているのだ。
「無論、ずっとこの場で君が来るのを心待ちにしていたのだ、我が愛しの君よ」
「ッ!!?!?!?」
メアリじゃない。
メアリのおどおどとした可愛らしい声ではない、胡散臭く脳に響く気取った声。
たった一言聞いただけで、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
「おやおや、数年ぶりの再会だというのに随分な歓迎じゃないか」
瞬時に十字架を手に縛り付け、足に巻き付けていたベルトから三本の杭を左手の指の間に挟む。
どれも純銀で出来た退魔道具。しかしそれを前にしてもこの男は表情を変えなかった。
「よもや熱心に思い続けていたのは私だけだったとでも言うのか……?」
「安心して。私の方こそ負けず劣らず、あなたの事を考えて腕を磨いてきたんだから」
「おお! それは素晴らしい!! 私達は互いに惹かれ合っていたと言う事だね!!」
私の言葉に両手を広げて歓喜する男。
奴の顔を見てから冷や汗が止まらない。気を抜けば杭を落としてしまいそうなほど手が震えていた。
これが大魔族のプレッシャー、間違っても一人で叶う相手じゃない。私はなんて思い上がっていたのだろうか。
「では再会を記念して、改めて自己紹介をば」
男は片手を背に、もう片方の手を前に構え、振る舞いだけ見ればとても紳士的にお辞儀をして名乗りを上げた。
「私こそが最古の大魔族、世界から【銀血】の名を与えられたものだ」
「……はぁぁぁっ!!」
「むっ?」
「━━ガシッ!!」
こんな奴の自己紹介を真面目に聞いてやる程私は優しくもなんともない。
【銀血】が私から目を逸らした瞬間、全力で踏み込んで手を伸ばした。
(っ……捉えた!?)
私の手は、いとも簡単に【銀血】の首を掴んだ。
まずはどうやって触れるか、それが第一だと思っていたのにあっけなく目的を達成してしまい一瞬思考が乱れる。
だが迷っている暇はない。純銀の十字架と指輪を持つ右手で触れたのだ、奴の動きも制限されているはず。チャンスは今しかない。
すかさず私は左手の杭を握り締め、奴の心臓目掛け思い切り打ち込んだ。
「これでっ……!?」
ニヤリと、奴の顔が歪んだ。
「はっ……えっ、なんで……?」
思い切り打ち込んだはずの銀の杭は全て、奴に奪われていた。
純銀の杭が、素手の吸血霊鬼に。
「……なぜ私が他人に与えられた【銀血】の名を名乗り、犯行現場に銀の髪を残し、無防備にも姿を現したと思う?」
奪われた杭を投げ捨てられ、カランカランと音を立てる。
その一連の動きが全く理解できなかった。
だって銀は、純銀は、杭も、十字架も、吸血霊鬼にとっては触れる事すら危険なほどの弱点で。
「答えは単純。銀なんて効かないのだよ、私には」
奴の首を掴んでいたはずの腕が、純銀で守られているはずの腕が掴まれ、身動きを封じられていく。
「それこそ私が大魔族たる所以。今まで誰も私を裁く事が出来なかった理由に他ならない!」
「そん、な……っ?」
一瞬視界がぐらりと揺れた。
腕を掴まれているから身動きが取れないのだと思っていた。
違う、何かが私の意識を遠ざけている。
「さあ、こんなものは捨てて私と共に行こう。歓迎するよ、姫」
誰が姫か。私を姫扱いしていいのは一人だけだ。
反論したかったのに、どんどん意識が遠のいていく。目蓋が重く、視界を遮っていく。
こいつ、私に何をしたんだ……。
意識を手放す前に最後に見たのは、奴のシルエットが大きく形を変えた所だった。
◇
「プルルルルルッ!!」
「ん?」
夕食の用意でもしようと思っていたら、珍しく俺のスマホに電話がかかる。
通話アプリではなく普通の電話だ。
「知らねえ番号だな……」
迷惑電話か、そう思い放置していたのだがいつまで経っても諦めない。
一度切れたかと思ったら間髪入れずにもう一度かかって来た。
「流石に出るか……」
ただの迷惑電話なら一回で諦める。だが二度目があったと言う事は、向こうは俺を認識している可能性が高い。
知らない声だったら切ればいい。そう思って今度は通話をオンにした。
「もしもし」
『ふえぇぇぇぇん!! よかったぁぁぁぁ繋がりましたぁぁぁぁぁっ!!』
「……誰だ?」
電話口から聞こえてきたのは知らない声だった。しかし様子が普通じゃ無さ過ぎてどうも切っていい空気じゃない。
ひとまず向こうの用件を聞こうか。
『あ、あのあの、ここ、このお電話ってカイトさんのであってますよね……?』
「あぁ? 確かにカイトは俺だけど……」
どうやら向こうは俺の事を知っている様子。詐欺や迷惑電話の線は消えたか。
『よかったです……何かあったらここにかける様にとヒナタさんに言われていたのでぇ……』
「ヒナタ? もしかしてアンタ……ヒナに協力してるって言う吸血霊鬼か!?」
『ひぃぃぃん! そうですごめんなさいぃ!!』
「あ、いや別に怒ってる訳じゃねえけど……」
驚いて大声を出してしまったのが怒っている風に聞こえてしまったのだろうか、困った、まるで話が進まない。
「えっと……んで、なんか用があるんじゃねえのか?」
『あわわ、そうでしたぁ……実は今、とても大変な事になっていてぇ』
ヒナの協力者であろう彼女は、簡潔に結論から話してくれた。
「…………は?」
結果としては、聞きたくなかったんだけれど。
「…………ヒナが、消えた?」




