第四十七話【日常の象徴】
「紗霧ちゃんが……【赫い杭】!?」
疑問を抱える俺とヒナの為、紗霧ちゃんは普段と違う姿を見せた。
その言葉と姿が真実だと証明する為の大事な物まで一緒に。
「……って言うか、は!? 紗霧ちゃん今、本当の名前って……」
「ああ、言ったよ」
紗霧ちゃんはあっさりと認めた。まるでそれが当然の事であるように。
しかしそれがそんな気軽に教えていいものでも、何かの担保にしていい様なものでも無いと言う事はよく知っていた。
「シャルハロッテだ。何度も言わせないでくれよ? 誰かに聞かれていたら困ってしまう」
紗霧ちゃんはしーっと言うと、いたずらっぽくウインクしながら人差し指を唇に当てた。
「……本当に本名なんですね」
「白銀生徒には理解できたようだね」
「はい……吸血霊鬼の名前を聞くのは初めてではないので」
ヒナはそう言っていたが、実際俺も今のが紗霧ちゃんの本名で、嘘はついてないんだろうなってのは直感が囁いていた。
チカゲは名前の呪いの事を本能で理解していると言っていたけど、それは俺達聞かされた側にとっても同じなのかもしれない。
「ならばこうして私が名と姿を現した事も理解してくれるね?」
「…………おう」
吸血霊鬼が名前を明かすのは誠意の証、これもチカゲとタクに教わった事だ。
「聞きたい事は残ってるけど……わかった、今は何も聞かないでおくよ」
「ふふっ、素直でいい子は好感が持てるよ」
そう言うと紗霧ちゃんは再び顔に手を添え、元の髪色へと戻していった。
「安心したまえ、話せない話でも無ければ聞かれたくない話でもない。ただ今話すと何かしらの問題が起こる可能性があるんだ。さっきも言ったが全て終わったらちゃんと知りたい事は全て教える。だから今は我慢してほしい」
真剣な声色でそう語る紗霧ちゃんの言葉に、俺とヒナは黙って頷いた。
紗霧ちゃんは【赫い杭】で魔族を狩る。【銀血】は大魔族。だから倒すのに協力する。とりあえずはその図式が組み上がったんだ、協力の理由はそれでいい。
紗霧ちゃんが話しても良いと思った時、話したいと思ってくれたらその時にまた聞こう。
◇
「さて、では改めて神上生徒に好きな物を選んでもらおうか」
「って言われてもな……」
俺はただ目の前の銀の山をまじまじと見つめていた。
「紗霧ちゃんとの協力は良いとして、俺がこれ貰う理由の方はまだわかってねえんだけど……」
「これは失念していた!」
紗霧ちゃんは自分の頭を押さえて舌をペロッと出した。
うん、いつものムカつく紗霧ちゃんだ。
「【銀血】と戦う事になったら、基本的に私がメインで白銀生徒がサポートに回るだろう」
「そうですね……うぅ……はい」
自分が紗霧ちゃんのサポートと言われて若干不服そうにするヒナ。
相手がいつもの紗霧ちゃんなら強気に反論も出来ただろうが、実は魔族狩りの大魔族でしたなんて言われては認めざるを得ないのだろう。
「それで神上生徒、君にはその白銀生徒のサポートをしてもらいたい」
「俺が……ヒナのサポート?」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
先程は納得していたヒナだったが今度はそうはいかなかった。
「カイトも戦いに連れて行くって事ですか!? カイトは退魔師の訓練も受けてないんですよ!?」
「だからサポートのサポートなんだ。【銀血】は強い、私よりもね。非戦闘要員だとしても仲間は一人でも多い方がいいんだ」
「でもっ……!」
ヒナは俺の心配をしてくれている。当然だ、素人の一般人を戦場に連れて行って良い顔する奴なんかいない。紗霧ちゃんだってそれはわかってるはずだ。
そのうえで俺を連れて行くって事は、【銀血】ってのは本当に強大で危険な奴なんだろう。
「俺は大丈夫だヒナ」
「カイト……?」
「なあ紗霧ちゃん。もし本人がいいって言ったらなんだけど、レイも連れて行って良いか?」
「む?」
意見のすれ違うヒナと紗霧ちゃんに、俺はひとつ提案した。
「レイは純血の吸血霊鬼なんだ、身体能力も俺より圧倒的に高いし、この場に居る全員と面識もある。本人が嫌がったら諦めるけど、もしレイが居てくれたら俺の身の心配もしなくてよくならないか?」
「それは……」
「ふむ、確かに悪くない提案だ。レイカ君なら身体スペックだけでかなり助けになるだろう。しかし……」
紗霧ちゃんは俺の心を見透かしたような目でまっすぐ見て来た。
「君はそれでいいのかい? レイカ君を巻き込むことになるが」
「……そりゃ良くはねえよ」
俺だって本心で言えばレイを巻き込みたくなんかないし、戦わせたくなんて無い。
でもそれはヒナに対してだって同じだし、もっと言えば紗霧ちゃんにだって危ない真似してほしくない程度には仲いいつもりだ。
「でも、もし俺がレイの立場だったら、俺の知らない所で大事な奴が危ない目に遭ってんのはもっと嫌だって思っただけだ」
レイが俺と同じ気持ちと言う保証はない。だからレイに聞いてみて、最後はレイの判断に委ねるつもりだ。
それでも何も知らないまま置いてけぼりにはしない。レイの為にも。
「カイト……」
「ふふっ、なるほどねぇ。先程の白銀生徒への啖呵を見れば、神上生徒がそういう結論を出すのは納得がいくよ。白銀生徒もレイカ君も、君にとっては大切な人だろうからね」
「……ちょっと待てや」
何やら他人事のようにクスクス笑っている紗霧ちゃんに思わず詰め寄る。
「おや、何か間違った事でも言ったかな」
「間違っちゃいねえが忘れてんぞ」
俺は紗霧ちゃんにビシッと指を指してきっぱり言ってやった。
「俺にとっちゃ紗霧ちゃんだって大事なんだからな。さっき自分がメイン張って戦うっつってたけど、無茶したら許さねえぞ」
「…………おっ?」
きょとんとした顔で俺を見上げる紗霧ちゃん。
最初はただの保健室の先生でしかなかったけど、ここ数か月で俺は何度も紗霧ちゃんに助けられた。面倒も見たし見られた。今更ただの生徒と教師で区別できるほど俺はドライじゃない。
「……いやはや、とうとう教師まで口説き始めたかこの少年は」
「口説……え?」
「まさか自分に言い寄って来る女子二人に続いて、私の事まで大事と言い切るとは……これはお姉さんもヒロインレース参加かな?」
「えぇっ!?」
「いや待て! そういう意味で言ったんじゃねえよ!? ヒナも真に受けんな!!」
紗霧ちゃんの一言によって途端に空気が緩くなる保健室。
今は真面目な話をしてる最中だろうが。
「カイト嘘よね……年上が好みだったの!?」
「年上にも程があんだろ!! 俺の何十倍生きてんだよ!!」
「そ、そうだなぁ……神上生徒なら私の事、シャルハロッテと呼んでも構わないよ……ぽっ」
「ぽっ、じゃねえよ口で言っても意味ねえだろ!! つか余計な事言って場をかき乱すんじゃねえ!!」
さっきまで真面目な話をしていて忘れかけていたが、紗霧ちゃんはこういう人だ。本当の姿があると言っても、出来ればずっと面白おかしく笑っていたいんだろう。だからこうやって隙あらば人の上げ足を取って来る。
時間と場所ぐらいわきまえてほしいものだがな。
「お前ら……とにかく落ち着けや!!!」
はい、二人が俺に叱られ、真面目な空気に戻るまで十分かかりました。
◇
「と言う訳だ、何でもいいから神上生徒の手に馴染んで、咄嗟に振り回せそうなものを好きに選ぶといいよ」
「うーん……」
俺にこの銀の山を託す理由は分かった。
なので俺も真面目に選ぼうとしたのだが、いかんせん基準がわからない。俺の手に馴染むってどういうのなんだ。
「おすすめはやはり指輪かな。戦闘中にいちいち付け外しする必要も無いし、触れるだけでダメージを与えられるし手をかざすだけで防御にも有効だ」
「指輪か……それにしてみるか。サイズ合うのあるかな……っと」
がさごそと銀の山を掻き分け、指輪らしきものを片っ端から拾い上げる。
指輪の大きさもまちまちで、どうやって集めたのか本当に気になる所だった。聞かないと約束したから今は聞かないが。
俺はその中から自分の指でも付けられそうな指輪をいくつか手に取った。
「んじゃ、この辺かな。何個ぐらいあった方がいいんだ?」
「あったらあるだけいいよ。指輪なら付ければ付けただけ効果がある」
「ゲームの装飾品みてぇだな……」
「まさにその通りさ。そう思ってくれて構わない」
「なら……」
俺は手に取った指輪の中から、大きすぎて外れてしまいそうなものを除いて全ての指輪を貰う事にした。
「これだけ借りておくよ」
「よろしい! これで神上生徒も立派な戦力だね」
紗霧ちゃんはそう言って俺の肩をポンと叩く。
戦力か。本当にそう思ってくれていたら嬉しいけど、実際はサポートのサポートだ。雑用と言ってもいい。
吸血霊鬼でも無ければ退魔師でもない俺に出来る事なんてほとんどないのだから。
それでも俺に期待してくれると言うなら、その数少ない仕事を完璧にこなしてやろうではないか。
「それで本当は白銀生徒にもいくらか託そうと思っていたのだが……」
「……?」
紗霧ちゃんはヒナをじっと見つめ、やはり何か含みのある目で言った。
「私なんかが持っているものよりももっと良いものを預かっている様だから、特に必要は無いだろう?」
「なっ……」
ヒナは驚いた様子で目を見開いていた。
何の事かはわからないが、反応を見る限り紗霧ちゃんが言っている通り師匠とやらから何か貰っていたのだろか。
「……何で知ってるんですか。どこから漏れて……と言うか漏れていい情報じゃないはずなんですが」
「安心したまえ、託した側から心配のご連絡があっただけさ! 白銀生徒の事を頼む、ともね」
「はあ、まあそういう事なら……」
紗霧ちゃんの説明を聞いてヒナはほっと胸をなでおろす。そんなヤバいもん貰ったのか。
「今もちゃんと持ち歩いているのかい?」
「はい。抜き打ちで持ち物検査とかないかとヒヤヒヤしてました」
「それなら私からも担任に声掛けしておこうか、白銀生徒は退魔道具を持ち歩いているから大目に見てくれと。君の教師からの評価を考えれば無用な心配だろうがね」
「……………………」
紗霧ちゃんに貰った缶コーヒーをすすりながら二人のやり取りを眺める。
俺、本当に何も出来ないんだな。
【銀血】は悪い奴。ヒナにとっては長年追い求めた因縁の相手で、紗霧ちゃんにとっては倒すべき大魔族。俺にとっても昔ヒナを傷付けたクソ野郎だ。
だけど、俺には何もない。ヒナには目的の為に身に付けた退魔術があって、紗霧ちゃんには高い身体能力と数多くの魔族を討ってきた経験があるけど、俺にあるのは紗霧ちゃんから受け取った指輪数個だけ。技術も無ければ経験も無い。
自分が情けない。ヒナを支えたいなら俺が退魔師にでもなればよかったのに、俺は本当にただ傍に居ただけ。何もしてやれなかった。
ヒナが退魔師の修行を始めたって言った時、どうして俺は一緒に行かなかったんだろう。あの時ヒナに説教するぐらいなら俺がやればよかったのに。
普段ヒナやレイにあれだけ偉そうにしておいて、肝心な時にはただの無力なガキでしかない。
拳を強く握りしめた。爪がめり込み痛みを感じる程に。
「神上生徒」
「っ……と、どうした?」
不意に紗霧ちゃんから声を掛けられた。
「やはり聞いていなかったね。あまり遅くなるといけないから今日はもうお開きと言う話だ」
「あ、ああ。わかった」
「カイト、大丈夫?」
「何でもねえよ、少しぼーっとしてただけだ」
顔を上げると、鞄を片付けていた紗霧ちゃんと既に椅子から立ち上がっているヒナが視界に映った。
俺も急いで鞄を持つ。
「……そうだ、神上生徒。ちょっとだけ話があるんだが」
「俺に?」
「二人きりで話したい。白銀生徒、すまないがちょっとだけ借りていいかい?」
「別にいいですけど…………」
「そんな目をしなくたって、愛しの彼を食べたりはしないよ~?」
「そんな目してません!!」
おちゃらける紗霧ちゃんにピシャリと言い放ち、ヒナは先に保健室を出て行った。
「さて……」
扉が閉まったのを確認すると、紗霧ちゃんは俺の傍に近寄って来た。
「話ってなんだよ。それも二人きりでなんて、まさか本当につまみ食いって訳じゃねえだろ? 俺の血ってすげーマズいみた……」
「失礼」
「あっ、ちょっ!?」
俺の自虐的な冗談は空振り、紗霧ちゃんは俺の手を握り持ち上げた。
「やはりね」
「…………」
広げられた俺の手のひらの中心からは、爪が食い込んでいた場所から血がにじみ出ていた。
「お望み通りつまみ食いしてあげよう。ついでに治療もね」
「……悪い」
さっきも言ったが、俺の血はマズい。なんなら最初にそう言ったのは紗霧ちゃんだ。一口飲んでもがき苦しみ床をのたうち回る程に。
それなのに治療の為、俺の手に舌を這わせてくれていた。
「……神上生徒、大切な概念を教えておいてあげよう」
「概念? 難しい話なら俺はお断り……」
「日常の象徴だ」
「……なにそれ」
聞き馴染みのない言葉に思わず聞き返す。
「そのままの意味だ。誰かにとって、特に非日常に身を置く者にとっての日常の象徴」
「だからそれはなんなんだよ」
「そうだねぇ……」
紗霧ちゃんから手を離される。俺の手のひらの傷はあっという間に塞がっていた。
自分の手を見つめる俺に言い聞かせるように、紗霧ちゃんは説明してくれた。
「毎日戦いに明け暮れる者が居たとして、その人物が何故それを続けられるか考えた事はあるかい?」
「……いや」
「人によって理由は様々だろうがね、最も強いと私が思うのは「帰るべき日常」があるかどうかだと思っている」
「帰るべき……日常?」
ピンと来るようで来ないような、不思議そうな顔を浮かべていると紗霧ちゃんが補足してくれた。
「自分の家で待つ家族、毎日顔を合わせる仲間、どんなに辛い戦場へ行くことになっても、必ず平和な日常へ自分の手を引いてくれる大切な存在。苦しい道のりを歩むことになってでもその人の日常を守りたいと思える存在。私はそれらを日常の象徴と呼んでいる」
「……要は心の支えって事か?」
「そうだ。付け加えるなら、本人にとっての絶対に譲れないラインの奥に居る者かな」
紗霧ちゃんは自分の胸に手を当て、何かを懐かしむように微笑んだ。
「白銀生徒にとって、君は間違いなく日常の象徴だったはずだ。だから彼女も厳しい訓練に耐え、優秀な退魔師となって戻ってこれたんだろうさ」
「俺が……ヒナの?」
「君にとってのレイカ君や白銀生徒も、そういう存在ではないのかい?」
「……わからない」
俺はただの高校生だ、非日常を歩んだ事なんて無い。
「……けど」
それでも、紗霧ちゃんの伝えたい事はわかった気がする
近い未来、俺はきっと【銀血】と相対する。それはつまり、これから俺は非日常へ進んで行くと言う事。
けど怖くはない。目を閉じれば口うるさい幼馴染とやかましい同居人の顔が浮かぶから。
「これがそうなんだろうなって言うのは、これからわかる気がする」
「……そうか」
紗霧ちゃんは俺の頭をぽんぽんと撫でると、微笑みながらも真面目な声色で忠告した。
「それを忘れずに。ただし無茶してはいけないよ。彼女達が君にとって大切であるように、君を大切に思う者も居るのだから。日常の象徴を失った人間は……いともたやすく折れる。君にも彼女達にもそうなってほしくは無いからね」
「……ああ、肝に銘じておく」
多分紗霧ちゃんは俺が考えてる事を見透かしていたんだと思う。表情とか、手のひらとか。無力感や自己嫌悪を。
ちゃんと俺にも出来る事はあるんだと、誰かの力になっていたんだと、改めて再認識させる為に。
「……ありがとな、紗霧ちゃん」
目の前の女性は人生経験豊富なお姉さんだと言う事を、本当の意味で理解できた気がした。
◇
「やだ!! こっち来ないでカイト!! あっちいって!!!」
その後。
うっかり両手に銀の指輪を付けたまま家に帰ったら、レイに信じられない勢いで拒絶され距離を置かれた。
年甲斐もなくガチ泣きするかと思った。
指輪を外した後にレイが謝りながら抱き着いてこなかったら本当に泣いていたと思う。




