第四十六話【赫い杭(カーマインプフロック)】
「「…………」」
「ガタガタガタガタ…………」
ヒナが一日学校を休んだ。
俺にも家族にも学校にも説明をし、その日のうちに無事に帰って来た。だからそれ自体は何の問題も無い。
その翌日。
「何か申し開きはあるか、ヒナ」
放課後の学校、保健室。
白銀陽向は俺と紗霧ちゃんの前でガタガタ震えながら正座させられていた。
◇
時は少し遡り昼休み、俺は紗霧ちゃんに呼び出されていた。
なんでも俺にしか言えない頼みがあるとか何とかで、珍しく教室まで顔を出してきたのだ。
わざわざ来てくれたのなら俺も応えねばなるまい、そう思い紗霧ちゃんの話に耳を傾けた。
「放課後に白銀生徒を連れて保健室に来てくれ。絶対に」
恐ろしく冷たい声色だった。
普段はおちゃらけていてつかみどころのない、ヘラヘラした話し方ばかりしている紗霧ちゃんの、マジで聞いた事の無い低く重い声。
俺は黙って首を縦に振る事しか出来なかった。今の紗霧ちゃんには心臓まで握られている様な気分になったから。
終始笑顔ではあったけど、帰ってそれが恐怖を倍増させた。
「ねえ、話って何よ?」
放課後、俺は言われた通りヒナを連れて保健室までやって来た。
「内容までは知らねえよ。ただ断れる雰囲気でも無くてさ」
「カイトが? 逆月先生の頼みを? 変なの」
「……お前はあの紗霧ちゃんを見てないから言えんだよ」
少々怯えながらも、保健室の扉を数回ノックし、中へと入る。
「紗霧ちゃん、ヒナ連れて来たぞ」
「やあ神上生徒に白銀生徒、待っていたよ」
「ひっ……!?」
紗霧ちゃんの様子は昼と変わっていなかった。笑顔のまま低い声でこちらに語り掛ける異様な雰囲気。
ヒナも俺の言っていた事を一瞬で理解したはずだ。
「んで、何の用なんだ? なんかあったから俺達を呼んだんだろ?」
いつもの様に適当に椅子を二つ引っ張ってきて、ヒナと共に腰を掛ける。
「ああ、その通りだ。君達二人に、特に白銀生徒に言いたい事が山ほどあってね」
「わ、私!?」
紗霧ちゃんは椅子に座ったままくるりと半回転し、俺達の方へ向いた。特にヒナとは正面を向く様に。
ヒナと向き合っても、紗霧ちゃんの声色は重く冷たいままだった。
流石に鈍い俺でもわかる。この紗霧ちゃんの感情は怒りだ。
紗霧ちゃんは怒るとこうなるのか、どうしようマジで怖い。俺の方を向いてないのに怖い。ヒナも小さく震えていた。
「一応昨日はとても世話になったよ。それは感謝している」
「……昨日?」
「神上生徒は知らないか、昨日私も同行させてもらったんだよ、白銀生徒の道場にね」
「へぇ……」
初耳だった。でもヒナが向かったのって退魔師の為の道場だったはずだが。
紗霧ちゃんがどうしてそんな天敵だらけの場所に用があったのか詳しく聞きたかったが、とてもじゃないが今はそんな空気ではない。紗霧ちゃんの言葉を待った。
「でもね、それとこれとは話が別だ」
「え、えっと逆月先生。それとこれと言われても、何の話かさっぱり……」
「……まあそうだね、さっさと本題に入ろうか」
紗霧ちゃんは椅子に深く腰掛け、足を組み、その上で両手も組み、全く喜びを感じさせない笑みでヒナを見つめ問い掛けた。
「白銀生徒。君……昨夜、自分を餌にして【銀血】をおびき出そうとしただろう」
「あっ…………」
「……………………」
空気が凍り付いた。
紗霧ちゃんの顔からは見せかけだけの笑顔も消え、ヒナの顔には大量の冷や汗がつたう。
そして俺の顔からも表情が消えた。
「…………オイ」
「はっ、あっ、カイ……」
「ヒナ」
俺は椅子から立ち上がり、横で震えるヒナに床を指差しながら言い放った。
「とりあえず、今すぐそこに正座しろ」
◇
そして現在。
保健室に入った時とは全く違う二対一の構図になった訳だ。
「…………えっと、その」
震えがピークに達し、ろくに声も出せないヒナ。
「ねえんだな、言い訳」
「…………」
ヒナは小さく頷く。
「事実なんだな、今の」
「…………」
ヒナは再び頷く。
「……ヒナタ」
「ビクッ!?」
いつもの気安い呼び方ではない、俺に出せる限りの圧をかけて名前を呼んだ。
俺がヒナタと呼ぶときは大抵が本気でキレてる時だ、ヒナもそれを理解している。
俺はヒナの前にしゃがみ込み、目線を合わせる様にヒナの顔を覗き込んだ。
「どうしてお前はいつもいつも、本当に大事な時に限って一人で突っ走るんだ?」
俺とヒナは幼馴染で、物心ついた時からずっと一緒に居る。
その十六年の人生の中、俺が過去本気でヒナにブチギレたのは二回。
そのうちの一つはレイとの邂逅。そしてもう一つは中学の頃、俺に黙って退魔師の修行に出て行った事。
ヒナは一回決心すると周りが見えなくなるし、行動力もありすぎる。落ち着いて相談すればもっといい結果が得られるだろう時も、自分だけでやろうと思ったらもう止まらない。
そして今回、記念すべき三度目が訪れた訳だ。それも、俺にも非があったレイの時や、お袋さんの事もあって仕方ない部分もあった退魔師修行の時とは全く違う。完全にヒナの独断専行。
「なあ、ヒナタ。俺の目を見ろ」
間違いなく人生で一番キレていた。
「なんでンな危ねー真似しようと思った?」
「あ……う……」
「答えろ」
「ひっ! ……え、と」
ヒナは顔を真っ青にしながら、たどたどしい喋り方でゆっくりと答え始めた。
「……修行、し直して……い、今なら一人でも、できっ、出来るかもって、お、お、思って……」
「あぁ?」
「あっ……あ、そ、それでっ、わた、私だけで倒せれば、み、みん、みんな危なくな、ないし……」
「…………チッ」
そんな事だろうと思った。
こいつが一番厄介な所。本当に歯止めが利かない時に限って、その感情のどこかに親しい誰かの為って思いが混じってる事だ。
レイの時は俺の為、修行の時は母親の為。んで今回は俺達みんなの為だ、感動で涙が出るね。
「……ヒナタ、お前ちゃんと自分の事把握してんのか?」
「ご、ごめんなさい……一人で何でも出来るかもなんて自惚れて……」
「ちげぇよ!!」
「きゃっ!!」
震えるヒナの顎を掴み、グイっと持ち上げた。
「お前が俺にとってどんだけ大切な存在か、把握してんのかって聞いてんだッ!!!!!!!」
「っ……!?」
「ほぉ……」
俺はヒナに向かって思い切り怒鳴りつけた。
一番怒っていた事を、一番伝えなければならない事を。
「俺は昔から、お前が傷付くのが見たくなかった、泣くのが見たくなかった。だから俺はずっとお前の傍に居よう、たった一人でも残ろうって親父と別れたんだ。退魔師なんかになるって聞いた時は本気で止めたかったし、お前の決意を聞いたら止められなくなった。でもせめて傍は離れない様にしよう、ずっとお前の支えで居ようって、今までずっと思ってきた」
「かいと……」
「今回のお前の行動はそんな俺への明確な裏切りだ。俺の気持ちが何一つ届いてなかったって事なんだからな」
「ち、ちがっ……!!」
「違うって言うなら、もう二度と一人で傷付こうとするな」
そう言って俺はヒナの身体をそっと抱き寄せた。
「それに今はもう俺だけじゃねえ、レイも紗霧ちゃんも居る。一人じゃねえんだよお前は」
「…………はい」
「ちゃんとわかったか? ならもう勝手な無茶はしねえな?」
「……はい」
「次はねえからな」
「……ごめんなさい」
ヒナは一言謝ると、緊張の糸が解けたのかぽろぽろと涙を流し始めた。
それを見ていた紗霧ちゃんは大きなため息。
「はぁ~、困ったなぁ。お姉さんが言おうとしてた事、何割か増しで全部神上生徒に言われてしまったよ」
「そりゃ悪かったな」
「構わんさ、いいもの見せてもらったしね。それにこの後の真面目なお話パートはお姉さんの出番だ。とはいえ……」
「ぐすっ……ひぐっ」
紗霧ちゃんは俺の腕の中で嗚咽を漏らすヒナを見てクスッと笑った。
一瞬だけいつもの紗霧ちゃんに戻ったみたいだった。
「ふふっ、もうしばらく時間が必要かな。何か飲むかい?」
「んじゃ……コーヒーとオレンジジュース」
「はいはい。確か冷蔵庫に……」
そこからヒナが泣き止み、会話が再開したのは十五分ほど後の事だった。
◇
「さて、そろそろ話の続きをしてもいいかな」
「おう」
「……はい」
少しだけ声色が柔らかくなった紗霧ちゃんに、泣き止んで大人しくなったヒナと俺が返事をする。
ずいぶん待たせてしまったが、紗霧ちゃんは文句も言わずに始めてくれた。
「実は昨夜、私も【銀血】を探していてね。ああ、私は一人で挑むつもりは無かったよ? 私は白銀生徒より強い自信があるが、それでもね」
「んぅ……」
普段のヒナに威嚇されて震えてる紗霧ちゃんとは思えない強気な発言に思わず飲み込まれる。
ヒナは反論したそうだったが、もう今日は強気に出れないだろう。撫でてやるから大人しくしてな。
「それであの辺りを調べていたら急に白銀生徒の血の匂いがするもんだから、まったく本当に肝が冷えたよ」
「……ご心配をおかけしました」
今日はとことん素直なヒナだ、ぺこりと頭を下げた。
偉いぞ、頭を撫でてやろう。
「神上生徒の言葉とも重なるが、あのような真似は二度としてはいけないよ。いいね?」
「はい……肝に銘じました」
「神上生徒のお説教様様だね、よろしい」
紗霧ちゃんは満足そうにうなずくと、どこからかバカでかい鞄を取り出してきた。
「……【銀血】をやるなら作戦を立てて、だ。一人で相手をしようとしてはいけない」
そして、俺達の前でその大きな鞄を開き、中を見せた。
「……なんだこれ!?」
鞄の中には、俺でもわかるぐらい明らかな銀製品がこれでもかと詰め込まれていた。
杭や十字架と言った退魔師が使用する物から、指輪やネックレスといった一般的なアクセサリーまで多種多様だった。
「何でこんなもん紗霧ちゃんが持ってんだよ?」
これを持って来たのがヒナと言うならまだ納得がいく。退魔師だからその仕事道具を持っていてもおかしくないし、アクセサリーだってそうだ。
だがこれを吸血霊鬼の紗霧ちゃんが持って来たというのが気になる。銀なんて近寄りたくもないだろうに。
「まあまあ、どうやって集めたかはどうでも良いじゃないか。今はそれよりも【銀血】の対策を練る方が先決さ」
「あぁ~~ん?」
いつも通り肝心な事を語らずはぐらかす紗霧ちゃんを訝し気に見つめる。
すると、急に紗霧ちゃんの表情が柔らかくなって、胡散臭い顔ではなく素直に可愛らしい笑みを向けて来た。
「……本当に気になるなら、全てが片付いてからゆっくりと話してあげるよ、少年」
「っ!?」
面食らってしまった。不意打ちだった。
紗霧ちゃんの素顔を見せてもらった時より、というか初めて紗霧ちゃんにときめいてしまったかもしれない。不覚だった。
それ以上言葉が出てこなくなった俺を見て、紗霧ちゃんは元の調子に戻る。
「さーて神上生徒、この中から好きなものを好きなだけ選びたまへ~!」
「……は? っておいおいおいおい!!?」
そう言うと紗霧ちゃんは鞄の中に手を突っ込み、ジャラジャラと銀色の山を机の上に生み出した。
慌てて止めようとする俺。
「何やってんだアンタ!? そんな銀製品まみれの所に手突っ込んだら大変な事に……あれ?」
俺の心配をよそに、紗霧ちゃんはピンピンしていた。
よく見ると紗霧ちゃんの手には見慣れない手袋の様な物が。
「なんだそれ、大丈夫なのか?」
「心配ご無用。この手袋は分厚く頑丈な皮で、中には細い銅線を編み込んであるのだ!」
「銅線って……小学校の理科の授業で使ったアレ?」
「その通り! もっとも一本や二本ではなく、手全体を覆う布の様に目一杯編み込んでいるけれどね」
なんかあったよな、豆電球から繋がるゴムの線の中に入ってるやつ。
なんで銅なのかはさっぱりわからないが、少なくとも紗霧ちゃんは無事そうだ。
「私でも銀を扱えるように用意させた特注の手袋さ。長時間触れ続けると流石にノーダメージとはいかないが、基本的に全く問題は無いよ」
「……あの、逆月先生?」
「うん?」
俺に怒られてシュンとしていたヒナがおずおずと訊ねる。
「今日の話、そもそも前提として逆月先生も銀血の討伐に協力するみたいになってるんですけど……何でですか?」
「言われてみれば確かに……」
そう言えばなんで紗霧ちゃんは【銀血】を討伐するのにここまで積極的なんだろう。
元々【銀血】に並々ならない敵意を抱いているのは言葉の節々からにじみ出ていたし、ヒナの道場に顔を出したと言う事は退魔師とも敵対している訳じゃないってのもわかっている。
だがそもそもその敵意はどこから来たものなのか。なぜわざわざこれだけの銀製品を、おそらくは退魔用の道具を揃えていたのか。
「その辺りも全部終わったら話そうかと思っていたんだけれど、そうだねぇ……協力関係を結ぶ以上、これくらいは見せたほうがいいか」
少し考える様子を見せた後、紗霧ちゃんは片手で自分の顔を覆った。
「二人共、この国で知っている大魔族は【銀血】だけかい?」
「いや、もう一人居るんだったよな。確か……」
「【赫い杭】ですよね」
「そうだ」
俺の代わりにヒナが応えてくれた。ちゃんと俺だってヒナの話覚えてたんだぞ。
【銀血】と違って、魔族だけを狩り続けた大魔族。【同族狩りの赫】とも呼ばれるとか何とか。
レイがめちゃくちゃビビってたから忘れようにも忘れられん。
「……えっ!?」
「はぁ!?」
などと考えていたら、紗霧ちゃんの金髪がみるみる色を変えていった。
根元から毛先までゆっくりと、血の色の様な深い赫に。
「さ、紗霧ちゃん……だよな? なんだその髪……」
「とりあえず、私が魔族を狩る側だと言う事だけは信じてもらいたくてね」
そして、長い髪の全てが赫く変化し、顔に添えていた手を下ろして深紅の瞳を俺達に向けた。
「私の本当の名前はシャルハロッテ。世間でいう所の【赫い杭】だよ」




