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吸血霊鬼のレイカさん  作者: ラティーシャ
【銀血】編
46/53

第四十五話【ておくれ】

「えっ!? 違うの!?」


 夕食も済ませ、ヒナに聞かれた事をレイにも訊ねた所同じ返事が返って来た。


「あたしもカイトは女の子を支配したがるタイプだと思ってたけど……」

「あぁ……そうなんだ……」

「ほら言ったでしょ? 少なくとも私達にはそう見えてたって」


 ヒナ曰く、俺は独占欲があって、執着が強くて、時々嗜虐的らしい。

 まったく自覚がなかった。いや、目覚めそうな自覚はあったけれど、まさかそれがすでに目覚めていた感情だなんて思いもしないだろ。


「……ちなみにレイも、その、ヒナみたいな欲求があったりすんの?」


 すまない、非常事態なんだ。

 俺にだってこの質問がセンシティブすぎると言うか恥ずかしい事を聞いているという認識はある。

 でも聞かなきゃならないんだ。もしそうなのだとしたらレイを歪めてしまったのは間違いなく俺なんだから。ちゃんと把握しておく義務があるんだ俺には。


「う……うん、あるかなぁ……」


 レイは少し照れながら頬を掻いた。


「ほら、カイトはあたしに怒る時ぐわーって頭掴むでしょ? 最初は怖かったんだけど、それだけあたしの事見てくれてるんだって思ったらだんだん嬉しくなっちゃって……」

「あぁ……」


 そう言えばいつだったか、レイにデコピンしたら嬉しそうにはにかんでいたのを覚えてる。


「この前のオラオラ系のカイトもすっごくドキドキしたし……」

「えっ? カイトなにそれ」

「……ノーコメントで」


 あれか、レイにツケを払った時のやつ。

 でもあれはレイが俺を煽ったからだろ、って反論したかったが、確かに煽られて咄嗟に出る行動なら俺の本性なのかもしれない。


「あとは…………えへ、いっぱいあったよね」

「カイトっ!!」

「わかった! この話はここまでにしよう!! な!?」


 いや本当にいっぱいあったんだと思う。

 ヒナに言われて思い出したのもレイとのやり取りばっかだったし、俺は想像以上にレイに依存してたんだと思う。

 良くない、本当に良くない。でもこれで俺は自分がそういう人間だと自覚したんだ、これからは自制できるはずだ。


「……オラオラ系のカイトかぁ」

「あれは色々な要因が重なった結果そういう風に見えただけだ、頼まれてもやらねえからな」

「けちんぼ!」

「けちんぼじゃありません!!」


 じとーっとした目で俺を睨むヒナにぴしゃりと言い放つ。


「この際だから言っておくぞ!? 今更だけどそう言うのは何というか、健全じゃないから! だから俺もこれからはお前らとちゃんと節度を持った距離感を保ってだな……」

「なっ!?」

「えーっ!?」


 俺が宣言している途中にもかかわらず信じられない勢いで抗議の声をあげるレイとヒナ。


「距離感って……例えばどのくらいよ」

「最近はやってなかったけど、レイを鷲掴みにするのやめる。年下だってわかったしな」

「え!?」

「公共の場所でしがみついてくるのも禁止だ」

「「そんなー!?」」

「あとはそうだな……お前らに変な事口走らないように気を付けるし、必要以上に触れない様にする。これからは仲のいい同居人や友人として健全な距離感を……ぉわっ!?!?」

「やだーっ!!」

「ダメッ!!」


 言葉の途中だったのに、耐えかねた様子のレイとヒナが凄い勢いで俺を押し倒してきた。

 勢い余って後頭部を床に強打した。


「いってぇ……」

「やだやだ! かいとともっとくっつきたい!!」

「カ、カイト! 私気に障るような事した? すぐ治すから教えてよ!!」

「い、いや治して欲しいのはこういう所って言うか、悪いのは俺の対応だったって言うか!!」

「もっとかいとにお仕置きされたいのーっ!!」

「は!?」

「カイトは気にしなくて良いの! 私達が勝手に望んでる事なんだから!!」

「そ、そういう訳には……ってか多分それだって原因は俺……」

「カイト!!」

「かいと~っ!!」


 見た事無い様な必死な形相で詰め寄って来るレイとヒナ。

 俺が何を言っても今の二人には聞いてもらえないだろうし、いつこの話題を出してもこの結果になりそうだ。


(…………そうか)


 俺が今まで二人に対して無意識に依存気味のスキンシップを取っていたとして、この二人がそれに何一つ文句を言う事なく受け入れていたと言う事は、二人にとってもその距離感が標準的な距離になってしまっていたと言う事だ。

 二人の基準を勝手に変えておきながら今更俺だけ距離感を見直すって言い始めたら、二人からしたら俺が二人を嫌ったとか距離を置きたくなったとか、そういう風に思われても仕方ないのだろう。この反応も納得するしかない。




(……遅かったか)


 つまりは、全部手遅れと言う事だ。




「うぇぇぇぇぇんかいとおぉぉぉぉ!!」

「ぐすっ……嫌わないで……」

「んん……もう…………わかった、よしよし……」


 俺の不用意な発言で泣きべそをかき始めてしまった二人を宥める為に、優しく頭を撫でる。

 本当はこれだって相当近い距離間の行動なんだろう。だが今更もう戻せないのだ、二人がこうやって泣くから。

 何から何までダメ男で、本当にごめん。




 ◇




 カイトが急に距離感を見直すとか言い出した時は本当に焦った。

 必死に懇願して泣き落としまで使う事でようやく思いとどまってくれたけど、私が変な事言ったからだろうか。カイトは根っこの部分が優しくて真面目だから、ああいうのを自覚してしまうと改善しようとしてしまう。気を付けなければ。


「っと……この辺りかな」


 カイトの家を後にしていた私は、まっすぐ自宅には向かわなかった。

 試したい事があったのだ。




 私が訪れたのは、【銀血】(シルバリオブルート)が出現したと言われる路地。

 事件発生の推定時刻にはまだ少し早いが、辺りは充分真っ暗だった。


「すぅ……はぁ……よし」


 何度か深呼吸をして、色々と覚悟を決める。

 鞄から対吸血霊鬼用の杭を一本取り出し、指先をほんの少しだけ傷付けた。


「いたた……」


 小さな傷口から真っ赤な血が滲み、やがて水滴となって指先からぽたぽたと地面に落ちた。


(これで簡単に出てきてくれれば話は早いんだけど……)


 私の血は吸血霊鬼にとって特別らしい。その匂いは出血していなくても判別できるほど。

 ならこうやって空気にさらしてやればその匂いはより遠くまで広がっていくはずだ。

 そしたら私の血を求めてやって来るかもしれない、あの銀色の影が。


(落ち着け……きっと大丈夫)


 銀血は強い。今まで存在したどの大魔族よりも恐ろしいはず。

 でも今の私なら、師匠に様々な物を託された今なら、上手くいけば一人でもなんとかなるはず。

 そうすれば誰も傷付かなくて済む。幼い頃の借りも返せる。

 終わらせてやる、今ここで。




 そうして待つ事数分。


「ザッ……」

「…………」


 後方にある電柱の影から何者かが私を見ている気配を感じた。

 ある程度効果はあると思っていたが、まさかこんなあっさり引っかかってくれるなんて。

 私は師匠に貰った指輪をはめ、十字架(ロザリオ)を手のひらに巻き付けて身構えた。

 何者かはじっくり私を観察した後、ゆっくりと近付いてきた。

 もう少し引き付ける。私の移動速度でも確実に捉えられる範囲まで。


「ザッ、ザッ……」


 足音がだんだん近づき、有効範囲に入った。


「…………はっ!!」

「……!?」


 姿勢を低くし、師匠直伝の突進で一気に距離を詰め、何者かの首目掛けてまっすぐ手を伸ばした。


(捉えた……!)


 私の手ががっしりと相手の首に。




「ふえぇぇぇぇぇぇぇんっ!!?」


 かからなかった。




「……へ!?」


 銀血は男。その首の高さを想定して伸ばされた手は、背後に居た人物の顔面に直撃していた。


「あわわわわわ!! 痛いです! 熱いです!! ごめんなさいごめんなさい急に近付いてごめんなさいぃ~~~っ!!!」


 私に顔を掴まれた何者か……彼女は、力が入らないのか徐々にその場に崩れ落ちていった。

 血の匂いに誘われたり、銀のあれこれが有効だと言う事は彼女も吸血霊鬼だとは思うが。


「ご、ごめんなさい! 私てっきり……」


 慌てて彼女のこめかみをホールドしていた手を離す。可哀想に、チェーンが触れていた額が火傷の様になってしまっていた。


「ああ、お優しい人で助かりましたぁ……私、てっきりここで祓われてしまうのかとぉ……」


 彼女はへたり込んだままべしょべしょに涙を流し、痛みの原因である私に感謝を述べた。


「……えーっと?」


 いまいち状況が呑み込めないのだが、私の思い込みで推定無実の人を傷付けてしまったのは事実だ。

 私は先程傷付けた指先を彼女に差し出しながら、とある提案をしてみた。




「とりあえず……私の血を分けてあげるから、話を聞かせてくれないかしら」




 ◇




「ちぅーーーーーーっ!!」

「あの……あんまり飲み過ぎないでね?」


 おどおどしながらも、彼女は私の指先から口を離さなかった。

 このまま干からびたらどうしようかと心配していたが、彼女の額の痕が綺麗に治った辺りでようやく解放してくれた。


「いやはやすみません、実はここしばらく誰の血も吸えてなくて……そろそろ限界と思っていたらとってもいい匂いがしたので、気付いたらふらふらと……」

「いえ、私の方こそ突然襲い掛かったりしてごめんなさい。その、少々危険な相手だと思っていたから」


 彼女に解放され戻ってきた指先は綺麗に止血されていた。丁寧な事だ。


「あ……紹介が遅れました! 私は爪割(ツメサキ)芽亜李(メアリ)って言いますぅ……あ、もちろんその偽名なんですけど……呼びにくい苗字ですみません、気軽にメアリでどうぞ……はい……」


 彼女は、メアリは長い黒髪を何度も揺らしながらぺこぺこと頭を下げ自己紹介をしてくれた。その度に緑色のメッシュが入った前髪がぴょこぴょこと羽ばたく様に舞っていた。


「私はヒナタでいいわ。それで聞きたい事なのだけれど……」

「はいぃ、命の恩人の頼みですからなんでも答えますよぉ……」

「う、うん……助かるわ」


 数回言葉を交わしただけでわかった事がある。

 彼女、相当な引っ込み思案だ。

 おどおどしているし、喋り方もどこかふわふわしているし、目の下の隈も逆月(サカヅキ)先生と違って本物な気がする。

 とはいえそれでも相当な美人に思えるのはやはり吸血霊鬼たる所以だろうか。


「まず、どうしてメアリさんはここに? 私の血の匂いに惹かれたとは言ってたけれど」

「はい……私、この近くのアパートに暮らしてるんですけど、友達や恋人も居なくてぇ……いつもこの辺りで血をくれる人を探してるんです。毎回優しい人と会えるわけじゃないんですけど、それでも何とか生きていくのに必要な分は賄えていたんですが……ここ最近めっきり人が通らなくなってしまってぇ……」

「それで飢えかけていたと……」


 銀血騒ぎがあったのは夏休みの終盤と聞いている。大体一週間と少しくらい前、そこから血を飲めていなかったとなると吸血霊鬼にとってはそろそろ不安になる程度の期間か。

 銀血の影響が同族にまで出ているなんて。


「先月、この辺りで吸血霊鬼に女性が襲われる事件があったのは知っている?」

「ふえぇぇぇぇっ!? ししし、知りませんよぉ!!」

「……でしょうね」


 メアリの髪は黒いし、普段はきちんと許可を貰って血を貰っていたみたいだし、さっきの反応を見る限り無理やり人を襲えるような性格ではないだろう。


「それじゃあ最後に……【銀血】(シルバリオブルート)という吸血霊鬼をこの辺りで見た事はある? 銀髪の男性なんだけれど」

「銀髪……いいえぇ、存じ上げないです」

「そう……ありがとう」


 まあそうだろう。銀血が同族にとってどれほど危険なのかはわからないが、そんな危険人物一度見れば忘れないだろうし、こんな所でうろうろして自分が疑われるかもしれない行動をとる訳がない。

 メアリは真っ白と見ていいが、得られる情報も無さそうだ。


「あの……【銀血】(シルバリオブルート)って、あの大魔族のですかぁ?」

「そうよ、この辺りに現れた形跡があったの」

「ふえぇ……だから人通りが無くなっちゃったんですねぇ……うぅ、ネットでアニメばかり見てちゃダメですねぇ……たまにはニュースも見ないと……」


 流石に【銀血】(シルバリオブルート)という大魔族の存在自体は知っていたか。力なくうなだれるメアリ。

 先程勘違いで襲い掛かってしまったのもあるが、とばっちりで血にありつけないのは不憫にも思えた。


「…………ねえメアリさん、あなたさえ良ければなんだけど、私と取引しない?」

「とっ、取引ですかぁ?」

「きっとこの辺りはしばらく人通りが悪いと思うの。でもあなた、きっと人通りの多い所で人に話しかけるの苦手なタイプ……よね?」

「はいぃ、仰る通りでぇ……」


 やはりか。私は人差し指を立ててメアリに提案した。


「私の連絡先あげるから、どうしても血が必要になったら声をかけて。またここで血を分けてあげる」

「ほほほ、ほんとうですかぁ!?」

「ただし、私からも二つお願いがあるの」


 そう言って立てていた指を二本にしてメアリに向けた。


「まず一つは、下の名前だけでいいから本名を教えてほしいの。吸血霊鬼と夜に一人で出会う以上、あなたを信頼できるだけの材料が欲しい」

「い、いいですよぉ? ヒナタさん良い人そうですし、助けてくれましたし……」


 助けた、と言うより非礼を詫びただけの様な気もするが。

 本人がそう思っているならそれでいいか。


「じゃあ二つ目。人通りが悪くなるとは言ったけど、出来ればこの周辺で偵察みたいな事をしていて欲しいの。それでもし不審な人物……特に銀髪の男を見かけたらすぐに連絡が欲しい。どうかしら」

「その程度の事でいいんですかぁ? もっと馬車馬のように働けとか言われるのかと……」

「い、いえそんなひどい事は……」


 彼女は一体今までどのような環境で生きてきたのだ。


「わ、わかりましたぁ。血液の保険の様なものですし、がんばりますよぅ……!」


 メアリはそう言うと身体の前でガッツポーズを取り、ふんすと鼻を鳴らした。

 頼んだのは私だが、ここまでやる気を出してくれるとは思わなかった。どれだけ血の入手に困っていたかが見て取れる様だ。


「そそそ、それじゃあヒナタさん。ちょっとお顔を近付けていただいて……」

「ああそうね、誰かに聞かれたら大変だもの」


 私はメアリに促されるまま軽くしゃがみ、じっとメアリの目を見つめた。




「……わ、私の本当の名前……()()()()って言いますぅ」




「カメリア……ね。ありがとう」


 目を見ながら名前を告げられる。それだけの行為なのに何かが自分の中に溶けていくような感覚があった。

 この感覚はレイカに改めて名前を告げられた時にも感じたものだ。となるとメアリはちゃんと本名を教えてくれたのだろう。

 会ったばかりの私の為に、随分素直な人の様だ。


「メアリって名前も、本名からもじったんですよぉ……って、聞いてないですよね、すみません……」

「そこまで卑下しなくても……綺麗な名前だと思うわ」

「でもフルネームだと全然可愛く無くて……ああいえこっちの話です、はいぃ……」


 カメリアか、花と同じ綺麗な名前じゃないか。本心からそう思う。


「私はどっちで呼んだらいいかしら」

「そそ、そうですねぇ。人に名前呼ばれる経験なんてあんまりないんでどちらでも……ああでもやっぱりメアリの方がいいですかね、偽名で慣れた方がいいですもんね……」

「そうね、その方が人間社会では適してると思うわ」

「ででで、ではメアリで……」


 私は自分のスマホを取り出し、連絡先の記された画面を差し出した。




「これからよろしくね、メアリさん」

「ここ、こちらこそ。おねがいしますヒナタさん……!」


 真夜中の密会。

 何とも不思議な縁で知り合った相手だが、完全に手探りな現状では人手は一人でも多い方がありがたい。

 もし全てが解決したら、輸血パックの定期供給制度とかちゃんと教えてあげよう。逆月先生に聞けば詳しく教えてくれるはずだ。

 ともあれ今はこの偶然の出会いに感謝を。

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