第四十九話【襲撃×捜索=覚悟×2】
「ヒナが消えたってどういう事だッ!!?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃん!!」
電話にて伝えられた場所にレイと共に急行し、その場にいた人物に真っ先に詰め寄った。
「ここで会うはずだったんだろ? 何で居ないんだよ!?」
「ふえぇぇぇぇぇん!! わ、わたしにきかれてもぉぉぉぉぉっ!!」
「カイト!! 落ち着いて!!」
目の前の彼女の肩を何度も揺らし詰め寄る俺を見て、レイがすかさず俺を引き剥がして止めに入った。
だが俺の困惑は収まらない。
「落ち着いていられるか!! このタイミングでヒナが居なくなったんだぞ!? もしあいつの身に何かあったらッ!!」
「━━ドゴッ!!」
「がっ……」
「カイト!?」
「だから落ち着けと言っているだろう」
レイに押さえつけられてなお暴れる俺に向かって、さらなる人物が姿を現し腹目掛けて拳を一発撃ちこんだ。
結構な勢いで殴られたため一瞬呼吸が困難になる。
「ゲホッ……げほ……」
「完全に冷静になるのも無理だとは思うが、それは無実の女性に掴みかかっていい理由にはならないよ」
「…………悪い」
痛みと共に興奮が少しずつ引いていく。
盛大に咳き込みながら、顔を上げて痛みの犯人の顔を見上げた。
「紗霧ちゃんも来てたんだな……」
「当然だ。それと、謝るなら私ではなくメアリ君にしたまえ」
「メアリ……?」
紗霧ちゃんはそう言うと、先程俺が詰め寄ってしまった彼女の方を指差した。
レイに解放してもらい、再びメアリと呼ばれた女性の方へ歩み寄り深く頭を下げた。
「さ、さっきは悪かった。アンタは何も悪くないのに責める様な言い方しちまって……本当にごめん」
「はいぃ……もう少しで恐怖のあまり漏らすところでしたぁ……」
「それは本当に申し訳なかった……」
しくしくと涙を流すメアリを見て、ふつふつと罪悪感が込み上げてくる。
そりゃレイも紗霧ちゃんも強引に止めるわけだ、当然だ。感謝しないと。
「それで、メアリさん。改めて話を聞かせて貰えねえか? ヒナの事……」
「そそ、そうですよね。その為に来てもらったんですもんね。話すのが遅くてすみません……」
「い、いやそれは俺のせいだし……」
なんだろう、すごくおどおどしていて会話を進めるのが難しい。
だが怯えさせてしまったのは俺だ、ここは黙って聞こう。
「えっとですね、今日もここでヒナタさんと会う約束をしていたんですぅ。でも私、時間を忘れてこの辺りを飛び回っていて、待ち合わせに遅れてしまったんです。それで慌ててここに来たんですが……」
「……っ!?」
メアリはそこまで話すと、街灯に照らされた地面を指差した。
その先には、俺にも見覚えがある鞄とアクセサリーがいくつか。
「ヒナタさんの鞄と荷物が地面に散らばっていて、絶対緊急事態だと思いまして……」
「それで俺に連絡して来たって事か」
「はいぃ……あ、あと紗霧さんにも……」
「そうか……サンキュなメアリさん」
知り合いが突然姿を消して恐ろしかっただろうに、落ち着いて行動してくれたメアリに感謝を述べた。
彼女は見るからに弱気そうだが、それでも自分の出来る事をやってくれたんだ。その点俺は彼女に向かって騒ぎ散らして、情けない事この上ない。
俺はもう一度メアリに向かって深く頭を下げた。
「神上生徒、鞄の中を確認してもらえるかい? 現状の白銀生徒の装備を確認したい」
「俺が? 見てもわからねえぞ」
「銀の物だけでいい。私達には確認できなくてね」
「え……あ、ああ」
そう言われて俺は周囲を見渡す。俺以外にはレイ、紗霧ちゃん、メアリしか居ない。見事に全員吸血霊鬼だ。
【銀血】を警戒していたヒナの荷物なんて触れる奴はいないって事か。
勝手に鞄を漁る事を心の中で謝りながら、手早く中身を確認した。
「中には杭がいっぱい入った箱と、銀色の刺繡がされた厳重な箱。他に銀っぽいものは見当たらねえな」
「ありがとう、充分だよ」
紗霧ちゃんは顎に手を当て、思考をまとめるように少しだけ目を瞑った。
「辺りに転がっていた数本の杭と、白銀生徒が常に持ち歩いていた十字架。これらを残して連れ去られたと言う事は、良くて指輪ひとつかもしれない」
「それ……」
「今の白銀生徒は、多少腕が立つだけのただの人間だ」
背筋が凍る様に冷たくなる。
つまり今、ヒナは【銀血】に抵抗する術を持たないまま、奴の手の中と言う事か。
「……どうすりゃいいんだ」
俺達には元々【銀血】を探し出す方法がない。だからヒナを狙って姿を現すのを待つという作戦だった。
それなのに今、みすみすヒナを奪われてしまったのだ。誰も居ないタイミングを的確に突かれて。
震える手を押さえる手すら震える。今にも焦りで取り乱しそうになるが、その度紗霧ちゃんの言葉と拳を思い出して自分を落ち着かせる。
それにも限界はありそうだったが。
「ヒナの居場所、どうやって探せば……」
「……それについては問題ないよ、神上生徒」
「……え?」
顔を上げると、紗霧ちゃんは落ち着いた表情で少し先の地面を睨みつけていた。
俺が紗霧ちゃんの視線に気付くと、紗霧ちゃんはその視線の先にあるものに向かって歩き出した。
「…………これを」
「これって、どれだ? 暗くてよく見えねえ……」
足を止めた紗霧ちゃんの横から地面を見つめるが、特におかしいものは見当たらない。
紗霧ちゃんはその場にしゃがみ、ある一点を指差した。
「……黒っぽい跡がある、気がする」
「そうだ」
紗霧ちゃんが指差したのは直径一センチにも満たないかもしれない小さな黒い点だった。
この距離でも指差されるまで全く気が付かなかった。紗霧ちゃんはあの距離からこの点に気付いていたというのだろうか。だとすれば視力、観察力共に常軌を逸している。
「……ん? レイ? メアリさんも……」
ふと、一言も発しない二人が気になって振り返ると、二人共顔を青くして点を見つめていた。
もしかして、これが何かわかって無いの俺だけか?
「…………」
俺だけが認識できないもの。
その認識できないという特徴が、その点の正体を俺に認識させるのにそれほど時間はかからなかった。
「……これ、血痕か?」
「その通りだ」
「…………ヒナのか?」
「……間違いなく」
ヒナみたいに上質な血は匂いで判別できると言う。出血する前から判別できるほどに。
なら、例えそれが地面に滴り落ちて乾き切った後だとしても、そう簡単に匂いは消えないと言う事ではないだろうか。
俺の疑問は、紗霧ちゃんによって肯定された。
「あいつ、怪我してんのか」
無意味な質問。
その質問の答えは、目の前の血痕を見れば明らかだ。
それでも言葉にしないと、頭がおかしくなりそうだった。
言葉にしたら、全身の血が煮え滾りそうになった。
「出血はしているだろう。だがもう一度だ、落ち着いて考えてほしい」
「…………」
「神上生徒」
「……はぁっ、わかってる。何度も殴られたかねえよ」
自分の胸を押さえ付け、黙って紗霧ちゃんの言葉を聞く。
俺が騒いだって事態は何も好転しねえんだ。
「【銀血】の狙いは白銀生徒の血だ。少なくとも今現在彼女自身の命に危険は無いと、そう自分に言い聞かせてくれ」
「……ああ」
「そのうえで、私も気に入らない事があってね」
「……紗霧ちゃん?」
自分の事で手一杯で、見る余裕なんて無かった紗霧ちゃんの表情を見上げる。
怒りに震え、目に見える全てに牙を剝きそうな鋭い眼光をしていた。
「【銀血】は今までこんな露骨な痕跡を残す事は無かった。向こうも吸血霊鬼、血痕が残っていたら気付かないはずはない」
「そりゃあそうだが……っていうと?」
「白銀生徒以外にも何か目的がある……私達を誘っているとしか考えられん」
怒りに震える身体を支えようと、紗霧ちゃんはふらふらと近くの街灯に手をついた。
「その為にわざと白銀生徒の血を流し、血痕を残し、自分の居場所を晒しているのだとすれば……」
「紗霧ちゃ……」
「━━メキメキメキィッ!!」
「ぅえっ!?」
紗霧ちゃんが力任せに握り締めた街灯が、音を立ててへし折れる。
電流が安定しなくなった街灯は、点滅を繰り返しながら紗霧ちゃんの顔を照らした。
「……他人を舐めるのも大概にしろよ」
怒気の込められた声でそう呟くと、紗霧ちゃんはふわりと宙に浮かび上がった。
「神上生徒。白銀生徒の鞄を持って、レイカ君に案内してもらってくれ。血の匂いを辿れば【銀血】の場所に辿り着くはずだ」
「紗霧ちゃんはどうすんだよ!」
「保健室で完全に武装してから速攻で戻る。安心したまえ、一人で突っ込んだりはしない。君達が来るまで待っているさ」
「ちょ、おい!!」
それだけ言うと紗霧ちゃんはすさまじい勢いで飛び去ってしまった。
「準備しても俺達より早く到着する気かよ……」
さっきまで俺も怒りで我を忘れそうになっていたのだが、自分よりも怒っている人を見ると不思議と冷静になってしまうものだ。
「とりあえず俺もヒナの鞄をまとめて……レイ、紗霧ちゃんはああ言ってたけど匂い辿れそうか?」
「大丈夫そう。ここ以外にも匂いが続いてるから、それを辿れば多分いけるよ」
「よし……あ、メアリさんは一旦家に帰っててくれ。アンタまで巻き込むわけにはいかねえし」
「そそそ、そうですねぇ……私、戦いなんて絶対無理ですし……」
メアリにそう伝えると、俺はヒナの鞄を持ってその場を去ろうとした。
「あ、あの!!」
しかし、メアリに少しだけ呼び止められた。
足を止め振り返ると、メアリは弱々しい声ながらもキリっとした表情で俺達に願いを伝えた。
「ヒ、ヒナタさんの事、お願いします! ヒナタさん、すごく良い人で、優しくて、だから、あの、あの……!!」
「…………ああ」
ヒナ、本当に変わったな。
前まで吸血霊鬼ってだけであれだけ毛嫌いしてたのに、レイと出会って、紗霧ちゃんとも仲良くなって、今度は初対面の吸血霊鬼からもこんな風に言われるなんて。
だからこそ、ヒナの人生を歪めた【銀血】を俺は本当に許さない。
「安心して待っててくれ、絶対に連れて帰るから」
ヒナが優しくていい奴だなんて、誰に説明してるんだって話だ。
でも、それだけメアリも本気でヒナの事を案じている。
「行くぞ、レイ」
「うん!」
今度こそ俺は、ヒナが待っている場所へ向かい始めた。
大丈夫、ヒナは必ず助ける。
俺の命に代えても。
◇
「━━ガシャァァァァァァン!!!」
ミサイルでも打ち込まれたかのような轟音と共に保健室の窓がはじけ飛んだ。粉々に砕け散った窓ガラスが保健室の床一面に広がり月明かりを反射する。
「こんな事なら最初から全部持ち歩いておくんだったよ」
私は椅子の背もたれに掛けてあった白衣ではなく、全く別の白衣を鞄から取り出して羽織った。
それだけではない。あらかじめ用意してあった手袋、ヒール、ベルト、あらゆるものを身に付けていく。
全て着用し終わった時、ずしりとした重みが全身にのしかかるようだった。
「ここまで身に付けたのは初めてか。上等、最初で最後だ」
重みの正体は山の様な銀製の暗器。吸血霊鬼の筋力でもこれだけの量を持てばそれなりに重量は感じる。
それにどれだけ私専用に加工していても銀は銀、多少のダメージは避けられない。
それでもこれらは全て、【銀血】を狩り殺すために必要な重さだ。
【銀血】は千年以上生きた大魔族、その間誰にも倒す事の出来なかった正真正銘の化け物。
能力も経験も並ぶ者はいない凶悪さだが、最も恐ろしいのは狡猾さだ。
仮に奴を追い詰め、あと一歩のところだったとしても、奴は吸血霊鬼の能力をフルに活かして逃走を図る。
それを防ぐ事ができる退魔師はもうこの時代に存在しない。
「あいつは……私にしか殺せないんだ」
【銀血】を殺す。
それがこの一千四百年間、魔族を狩り続けた私の唯一の目的。
私にしか出来ない使命だった。
その為には手段を選ばない。どんな汚い手だって使ってやる。
そう、思っていたのだがね。
「……やれやれ、神上生徒には参るよ」
彼はただの血がまずいだけの一般生徒としか思っていなかった。
けれど強い目になった時の彼が、あんなに似ているなんてね。
私を心配する時の彼が、とうに忘れたはずの過去を思い出させるとはね。
おかげで他人とは思えなくなってしまったよ。彼も、彼の周りの人間も。
白銀生徒が独断専行した時本気で怒りを覚えた。それは相手を心配していないと湧き上がるはずの無い感情。
レイカ君が白銀生徒と喧嘩した時、捜索を全てレイカ君に任せた。それは相手を信頼していないと出来ない行動。
この数か月、一千四百年の歩みに比べれば一瞬のような時間だが、あの三人はいつしか他人ではなくなっていた。
「あれは神上生徒を立ち直らせる為に言ったんだがなぁ……」
久しく忘れていた。もう二度と私には出来ないと思っていた。
気付けば私を笑顔にしてくれる、日常の象徴。
「【銀血】は必ず倒す。しかしそれは全員揃ってだ」
手段を選ぶつもりは無い。その前提条件に、全員の身の安全を含めるだけだ。
命を賭けろシャルハロッテ、一番強いのはお前なんだから。
道を照らせシャルハロッテ、一番経験があるのはお前なんだから。
覚悟を決めろシャルハロッテ、全てを守り切る覚悟を。
「私達の時代はとっくに終わったんだよ…………ブルートロート」
再び保健室には轟音が響き渡り、瞬く間に静寂が訪れた。




