第二十七話【三角関係と気ぶり三人、何も起きないはずも無く】
「わぁ~~っ!」
目的地である温泉旅館へ向かうにはまず、電車で一時間ほど揺られる必要がある。
アユが引き当てた温泉旅行券は旅館の予約を無料で行えるだけなので、移動手段はもちろん自前なのだ。
その為他の乗客と一緒に普通の電車に乗っているのだが、それでもレイは上がるテンションを抑えられないようだ。
「もしかしてレイ、電車初めてか?」
「うん! 誰かと遠出した事も無いんだぁ」
「色々大変そうだったもんな。楽しむのはいいけど、周りに迷惑かけないようにな」
「あっ、そうだよね!」
一応釘を刺しておくと、レイはハッとして自分の口を両手で押さえた。
素直で良い事だ。そこまで心配していた訳でも無いし、一言言っておけば大丈夫だろう。
「さて……」
俺達若者は他の乗客に席を譲る為みんなつり革や手すりを使っている。
ただ俺達の中に一人居たはずだ、猛暑にやられ死にかけていた数百歳のおばあちゃんが。
「紗霧ちゃん、大丈夫か?」
唯一座席を利用していた紗霧ちゃんに小声で問い掛ける。
「ああ、もう心配ないさ。クーラー万歳だよ」
「あっそ、ならいいんだけどよ」
さっきまでと比べても明らかに顔色が良くなっていた紗霧ちゃん。
もう必要は無いかもしれないが、鞄の中から冷たい飲み物と冷感シートを取り出した。
「一応やるよ。電車降りたらまた暑いだろうし、あって困るもんじゃないだろ」
「……これは?」
「家から持って来たんだよ。紗霧ちゃん、今日の気温じゃきついかもなって思って」
キョトンとした顔を浮かべる紗霧ちゃんが受け取ったペットボトルの中には、凍ったスポーツドリンクを入れておいた。
タオルで包んで持っていればしばらくはひんやりと身体の熱を取ってくれる事だろう。
「わざわざお姉さんにかい?」
「吸血霊鬼が熱気に弱いのはレイを見てて知ってたからな。……これ用意してて今日遅れたんだから、感謝しろよ?」
実は今日、アユには二度寝して遅れたと伝えたが、本当はこの辺りの物を用意して時間が押してしまったのだ。
それも含めてもっと早くに用意しておけば良かったと言うのは禁句だ。
「……ふぅん」
紗霧ちゃんは俺に貰ったペットボトルをまじまじと見つめ、何か言いたげに息を漏らした。
「なんだよ」
「いや……ただ、レイ君や白銀生徒はこういう所に……ふふっ、やはり何でもないさ」
「んだよ、よくわかんねえな」
「時代が違えば君も国を傾けたかもしれないと思っただけさ、神上生徒」
「あぁん??????」
訳の分からない言葉を並べるだけ並べて、それ以上紗霧ちゃんは何も言わなかった。
紗霧ちゃんと違って、俺は国を傾けられるほどのイケメンじゃねえっての。
◇
一般の利用者も居る電車の中では特にこれと言ったイベントも無く、小声で駄弁っているだけであっという間に目的の駅へ辿り着いた。
電車を降りる際にレイは少しだけ名残惜しそうにしていたが、帰りもまた乗れるし、降りてからももっと楽しいからと元気付けてやった。
旅行が終わってからも、たまにレイを電車に乗せてやっても良いかもしれない。
「ふ、ふふふ、心地よい冷房ともさよならか……」
もう一人降りたく無さそうな奴が居た。恋しいのは電車と言うよりその涼しさだろうけど。
「さっきやったペットボトル脇にでも挟んでろ、大分変わるから……って、紗霧ちゃんには釈迦に説法か」
「おや、神上生徒は脇フェチだったか……安心したまえ、お姉さんはちゃんと脇も処理」
「黙れ」
しまった。いつもなら無視するか適当に流していた所をついうっかり暴言が出てしまった。
人の心配を無にしやがって、本当にしばらく黙っていてくれ。
「カイト、脇好きなの?」
「違う」
「……カイト? 私も脇見せた方が……」
「違うんだって」
ほら、もしかしたら俺に有効なのかもしれないって思って二人食いついちゃっただろ。
確かにデートの時のヒナの肩出しやレイのノースリーブは魅力的だったよ。
でも別に図星突かれて言葉遣いが乱暴になった訳じゃねえから。
「あれ? でもよカイト、お前いつだったか夏服の女子の脇ガン見ぁぁぁぁああああっ!!!!!!!!!」
おお、なんとちょうどいい高さに握りやすい頭が。
急に握力のテストがしたくなったので思い切り握り締めた。
レイが顔を青くしている。俺に怒られるといつもこれだもんな。
ヒナが酷い目で俺を睨んでいる。違うんだって。
ちょっと視線が吸い寄せられやすいってだけで、好きでもなんでもねえんだって。
「アユムはバカだね」
「オメーもミノの爪の垢煎じて飲ませてもらったらどうだ?」
「善処シマス……反省シテマス……」
まだ怒りは収まらないが、アユも反省している様子なので渋々手を離してやった。
これからヒナが俺の前でそういう格好し始めたらマジで責任取れよお前。
◇
などというやり取りもそこそこに、俺達はミノの案内でついに目的地の温泉旅館へ辿り着いた。
「本日六名で予約していた畑中です」
「お待ちしておりました! 当旅館へようこそ!」
受付へ向かうと、ミノが流れる様に手続きをしてくれた。
って言うかミノに予約させてたのかよ。確かにそう言うのアユ下手そうだけども。
「とりあえず部屋に荷物置いてからもう一回集まるか」
今回借りたのは二部屋。もちろん男子三人と女子三人で別の部屋だ。
俺の方は男だけで気楽だし、女子の方もみんな互いの事情を知っている同士だ。紗霧ちゃんが必要以上にヒナをおちょくらない限りは平和だろう。
「……ん?」
そう思っていたのだが、なんだか変な視線を感じる。
主に紗霧ちゃんとアユから。
「「ふふふふふふ……」」
「うわ、絶対ロクでもない事考えてる顔してる」
「心外だねえ。まあいいさ、お姉さんは女の子を連れて先に部屋へ行っているからね」
「おう……?」
視線の理由も説明せず、紗霧ちゃんはレイとヒナを連れて女子部屋へ向かってしまった。
「で、お前ら何企んでんだよ」
「別にぃ?」
「なあミノ」
「アユムがキモいのはいつもの事だよ」
「そうなんだけどさ」
「否定してくれねえの!?」
「それよりカイト、これ鍵」
「ん」
受付から鍵を受け取っていたミノが俺に手渡してくれた。
鍵には丁寧に部屋番号が記されたタグもぶら下がっていた。
「最初は開いてるみたいだから、荷物置いてから鍵閉めてもう一回集まろ。僕らも飲み物買ったらすぐ行くよ」
「あいよ。俺の分のコーラも買っといてくれ」
「任された」
ミノに頼まれては断れまい。鍵番としての役目を全うすることにしよう。
俺は受付横の館内マップと手元の部屋番号を見比べながら、俺達の部屋へと向かった。
「アユム、見てた? こうやるんだよ」
「マジ尊敬するわお前……」
なにやら話し声が聞こえた気もするが、俺には関係ない話だろう。
◇
「俺らの部屋は……ここか」
タグに記された番号と同じ数字が記された扉の前に辿り着いた俺は、躊躇いなくその扉を開いた。
ミノの言葉を整理すれば俺の仕事は「鍵の管理」「部屋の確認」「アユとミノが来るまでの部屋番」に落ち着くだろう。
つまり、俺より先には誰も居ないのだ。ノックも何も必要ない。
「ひゃっ!?」
「え?」
そのはずだった。
「……………………え!?」
部屋に先客が居た。
それもよく知る顔が二人。
「あ、ああぁぁぁ……」
「……? あ、かいと~!」
顔を真っ赤にして震えるヒナと、いつものテンションで俺に手を振るレイ。
それだけならまだよかったのだ。
二人が服を脱いで、汗を拭いている場面で無ければ。
「きゃぁぁぁぁぁぁああああっ!!!?!?」
「わ、悪かった!! お前らが居るなんて思わなくて!!」
「い、いいいいい、いいから早く出てって!!!!!」
「はっ、はいぃぃっ!!!」
俺は大慌てで部屋を飛び出し、扉を閉めて寄りかかった。
「はぁっ……はぁっ……?」
俺は再び手元の鍵を見つめる。
タグの数字を確認し、扉の数字を確認し、その二つが同じ数字の並びである事を何度も確認した。
間違えていない、ミノが言っていたのはこの部屋のはずだ。
「ど、どう言う事だ……?」
状況を整理しろ。
ここは俺、アユ、ミノが泊まる男部屋だ。
だが今ヒナとレイは下着こそ着けていたものの、服を脱いで汗を拭き合っていた。まるで男が入って来る事なんて考慮していなかったかのように。
「レイに下着買っておいてマジでよかった……じゃなくて」
俺が今考えなければならないのは、どうしてヒナとレイが自分達の部屋の様に居座っていたのかだ。
レイの背中綺麗だったなとか、ヒナってやっぱり胸デカいよなとか、そう言う事じゃないんだよ。
でも、でも、頭から離れなくなっちゃった。
「……どーしてぇ~」
レイの下着は俺が選んだものしかない。一応すべてのデザインを知っているし、可愛い奴を選んでやったつもりだ。
問題はヒナの方だ。
「めっちゃ可愛いやつ着けてた~も~…………」
そんな事ばっかり考えてしまう俺をどうか許して欲しい。わざとじゃないんだ。
◇
「……か、かいと?」
しばらく部屋の外で待機していると、扉の隙間からヒナがそーっと顔を出してきた。
「はい……」
俺は判決を待つ被告人の様に返事をする事しか出来なかった。
「……と、とりあえずもう大丈夫だから、入って来なよ」
「はい……」
ヒナの許しも得て、俺は再び部屋の中へと足を踏み入れた。
ヒナの後を追い、床の上に敷かれた座布団の内の一つに腰を下ろす。
ヒナとレイも、テーブルを挟んで俺の反対側に座っていた。
「……で、どうして入って来たのよ」
「どうしてって言われても、ここ俺達の部屋ですし……」
「えっ!? そんな訳ないわよ!! 逆月先生が私達を連れてここだって言ってたのよ!?」
そうじゃないかとは思っていた。いくらヒナが俺の誘惑に全力を尽くすとしたって、アユやミノと鉢合わせするかもしれない場所で下着姿になる訳ない。
「でも俺だってミノにここだって言われたんだよ……ほら、鍵」
そう言って俺はミノに渡された鍵をヒナに見せた。間違いなくタグの数字はこの部屋の番号だ。
「そんな……確かに逆月先生の鍵は見せてもらってないけど……」
「コンコン」
「ん……?」
二人して頭を抱えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「俺出てくるよ」
二人に負い目を感じていた俺は率先して来客の対応を買って出た。
こんな事で罪滅ぼしになるとは思っていないが。
「やっほ。コーラ買ってきたよ」
ノックの犯人はミノだった。
いや、もしかしたらノック以外も犯人かもしれない。
「ミノ……まさかお前、俺を嵌めたのか」
「やだなぁカイト、それは違うよ」
「じゃあ一体何が起こって……」
困惑する俺を面白がるようにミノが微笑んだ。
「僕、アユム、逆月先生の三人で、カイト達全員を嵌めたんだ」
「はっ……?」
開いた口が塞がらなかった。
アユと紗霧ちゃんが何か企んでるのは見え見えだった。
しかし、まさかミノまで一緒になって企んでいるのは予想外だった。
「まず逆月先生が女の子二人を部屋に案内する。この時案内するのはこの部屋、元々男部屋にする予定だった部屋だね。番号は前もって教えてあったからさ。それで後はカイトにここへ来てもらえばあら不思議、この部屋を利用する三人が集まっちゃった」
ミノは大きく表情を変える事無く、微笑んだまま淡々と種を明かした。
「お、お前……本気で言ってんのか!? 高校生の男女を同じ部屋に入れていいわけねえだろ!?」
「どうして? 委員長もレイちゃんも、カイトと同じ部屋に泊まるなんて何度も経験あるんじゃない? 幼馴染と従兄妹なんでしょ?」
「そっ……そういう問題じゃ……お前らだって紗霧ちゃんと同室になるんだぞ!?」
「あんな美人の先生と同じ部屋に泊まれるなんてラッキーだよね」
ダメだ、何を言っても上手く躱されちまう。ミノに口で勝つのは到底無理か。
「せっかくの温泉旅行なんだから、二人にサービスしてあげなよ」
「サービスってお前……」
「だって二人共急な人数合わせに付き合ってくれたんだよ? 仲の良い人と同じ部屋の方が喜ぶと思うけどな」
「ぐっ……」
ミノに嵌められた事にはまだ納得がいっていない。
しかしミノの言う通りにすればレイもヒナも喜んでくれそうだなと言うのも事実なのだ。
よく見てると言うか、余計なお世話と言うか。
「文句も惚気も旅行が終わったらいくらでも聞いてあげるからさ、今は楽しもうよ。で、楽しませてあげよう?」
「……その言葉忘れんなよ」
ミノがこういう悪ノリに加担するのは珍しかった。
今回は俺の負けだ、素直にミノの思惑に嵌まってやろうじゃねえか。
アユと紗霧ちゃんは後でシバくけどな。
「じゃあ僕は行くよ。ああ、カイトのコーラと、こっちは二人にあげて」
ミノは別れ際にジュースを三本渡して去っていった。
からかうだけじゃなくきちんとケアも徹底しているのが憎めない男だ。
あいつ、なんでアユなんかと仲良いんだ?
◇
「くっそー……」
悪態をつきながら部屋に戻った俺を、ヒナとレイは快く迎えてくれた。
「カイトおかえり~」
「今の声、畑中さん?」
「ああ……あいつらに嵌められた」
俺は事の顛末をヒナに説明した。
「なるほど……逆月先生には後で色々聞かないといけない事が出来たわね」
ヒナの口からもさっき俺が思っていたような言葉が溢れてくる。
「とりあえず、俺達三人でこの部屋使う事になっちまったんだけど……」
「ま、まあしょーがないんじゃない……? あーしょーがない、しょーがないなぁ」
「本当にそう思ってるか?」
口ではやれやれと言った雰囲気を醸し出そうとしているが、肝心のヒナの顔が若干にやけていた。
ミノの言った通りだ、やっぱりこいつ喜んでるよ。
「あたしは嬉しいよ、カイトと一緒!!」
「そうだな、レイは素直で眩しいよ……」
レイはまっすぐに自分の感情を伝えてくれる。
「まあ、そうだな。俺も二人と一緒で嬉しいよ」
さっきまではああ言っていたが、なんだかんだ俺も男だ。温泉旅館で仲の良い女の子二人と同室なんて、嬉しくない訳は無いんだ。
ただ二人の都合を考えたら素直に喜んでも居られなかっただけで。
二人が喜んでくれていると言うなら俺にはこれ以上何か言うつもりは無かった。
「ヒナタさんはカイトと一緒の部屋だと嫌?」
「うっ……そ、そんな事は無い、けど……」
レイの純粋な疑問がヒナにぶつかる。
ヒナの態度を見ていれば、しょーがないなーなんて言葉が本心で無いのは丸わかりだ。
だがそれ以外の何かがヒナに引っかかっている様子もある。
「……カイトに下着見られちゃったの、まだちょっと恥ずかしくて」
「ブーーッ!!」
開封して口に含んだばかりのコーラを吹き出す。
せっかく忘れようとしていたのに思い出させるんじゃない。
「……ミ、ミテナイヨ」
「そ、そりゃすこしはカイトに見られるかもって意識してたわよ? だから、カイトが好きそうな色を選んで……」
「え、だからピンクだっ……」
「…………」
「いや……その……」
しまった、マジで口が滑った。
ヤバイ、ガチで気まずい。
「…………えっち」
「はい……俺はえっちです……」
認めるしかなった。
俺は幼馴染の下着姿が網膜に焼き付いて離れなくなってしまったどうしようもない男だと。
だって、デカかったんだもん。
「私、レイカさんと温泉見てくるから」
「え、あたしも?」
「ほら、先に行って準備してて」
「わ~~っ!?」
ヒナはそう言ってレイの背中を押して部屋の入口の方へ行ってしまった。
「……ヒナ?」
と思ったのだが、レイを外に出した後一人でヒナが駆け寄ってきた。
何か言い忘れたのだろうか。罵倒し足りないのか。
覚悟の上です。
「……勘違いしないでほしいんだけど、恥ずかしかっただけで、嫌だった訳じゃないからね」
「っ!?」
「だっ、だからもし次見たくなったら……」
ヒナは見上げる俺を見下ろしながら、真っ赤な顔で言い放った。
「……レイカさんが寝た後でね」
そしてヒナは大急ぎで部屋を飛び出していった。
「…………ダメだってば~」
そう言う事を気軽に言うんじゃありませんよ。
男子高校生には劇毒ですよ。
「……でも、頼んだら本当に見せてくれんのかな……………………」
頭を床に叩きつけた。
ひんやりとした木の床が冷たくて気持ちよかった。
俺には床に這いつくばっているのがお似合いだと思った。




