第二十五話【幸せを運ぶ金の玉】
夏休み。本来それは学生を喜ばせる目的で定められた制度ではない。
真夏の容赦ない日差しの下を子供達に毎日登校させるのは危険だから、その季節に長期間の休みを設けられているのだ。
だが少年は有り余る情熱を抑えきれない。友人達全員が同時に長い休みを得たとなれば遊びに行かない理由は無いのだ。
「あっぢぃ……」
だからこの暑さも、全ては自己責任なのだ。
「みのるぅ……飲みもんもってねぇ?」
「とっくに空だよ……」
「かいとぉ~……」
「諦めろ」
なんだか女の子とデートしてばかりだったような気もするこの夏。
様々な予定や問題が解決して肩が軽くなった俺は、久しぶりに男友達で集まっていた。
元々はプールで騒ぎ倒そうとしていたのだが。
「設備故障ってなんだよなぁ……」
「アユムの日頃の行いが悪いんじゃない?」
「俺のせいかよ!?」
突如として襲い掛かってきた予定の無い休日をただ彷徨い歩いていたのだった。
「……お」
宛てのない旅も終わりを告げる。
灼熱のコンクリートの先にスーパーの看板が揺らめいていた。
「とりあえず、一旦あそこに避難するか」
「「賛成~……」」
俺の提案にアユもミノも迷わず同意した。
みんな予定が潰れたショックとバカみたいな気温に疲弊していたのだ。
俺達三人は吸い寄せられるようにスーパーへ足を踏み入れた。
「っか~~~っ!! エアコン最高!!」
自動ドアをくぐった途端、全身を包むひんやりとした冷気に心が癒されていく。
真っ先に飛び込んだアユがそれはそれは幸せそうな声を出していた。
「こらー、あんま大きな声出すと迷惑だろ」
「わりぃわりぃ。ただつい自然と心が叫びたがっててな」
「アユムの言いたい事もわかるなぁ……」
「……まー否定はしねえ」
砂漠を旅する者にとってオアシスの水が天からの贈り物に思える様に、灼熱コンクリート地獄を抜けて来た俺達にとってこのスーパーは天国だった。
「それによ~、周り見てみ?」
「あぁ~ん?」
アユに促されるまま店内を眺めてみると、何やら俺達と同じく、夏っぽい防水バッグを持った客が何人も居た。
「きっと俺達と同じでさ、プール壊れて避難してきた奴らだぜ」
「みんな考える事は一緒って事か」
「今日はこのスーパーも思いがけない売り上げが出るかもね」
そんな会話を交わしながら、俺達も売り上げに貢献すべく店内を散策した。
人数分のペットボトル飲料とアイスを買い物かごに入れ、ついでに冷感グッズなんかもいくつか手に取った。
そのままレジへ向かうと、何やら目を引くチラシがレジの横に積んであった。
「おろ、くじ引き?」
「言われてみればそれっぽいのが店の外に置いてあった気がするよ」
ミノが指差した方へ視線を誘導されるアユ。
俺も同じ方へ向くと、確かに出入り口のそばにくじを引くためのガラガラと、その横で立っている店員が見えた。
「この暑い中店の外で……お疲れ様だな」
せめて水分補給はしっかりしていて欲しいと願うばかりだ。
「なあなあ、俺達の会計でもくじ引けそうだぜ」
「何回?」
「なんと一回!」
「しょっぺぇ……」
うなだれる俺の手からアユが買い物かごを奪い、一人レジへと向かって行った。
「ここは俺が払うぜ。元々プールに誘ったの俺だしな、詫びも兼ねて奢ってやるよ!」
「お、ラッキー」
「で、本音は?」
「くじ引きは俺にやらせて☆」
「だと思った」
やけにウキウキなアユを見て小さくため息をつくミノ。
「アユム、昔からこういうの好きだもんね」
「よくわかってんじゃん!」
「へぇ~、そうなんだ」
「アユムはお祭りとかでもいつもくじ引きやってるんだよ」
「うわ、屋台のおっさんに搾取されてんじゃん」
「なんて事言いやがる!」
俺が放った愛もロマンの無い言葉に猛抗議するアユ。
祭りの屋台のくじ引きなんてどうせロクなものが当たらないんだからやるだけ無駄だろうに。
「鬼が出るか蛇が出るか、結果がわかる直前のあの高揚がたまらねえんだよ……」
「それどっちも悪いものじゃない?」
「お前絶対大人になってもギャンブルするなよ」
もっと普通にワクワクするからとか健全な理由が聞きたかった。
俺とミノの冷たい言葉にもアユはめげていない様子だった。
「俺の事はいーんだよ! それより、ほら! くじ引き券貰った!」
「よかったな」
「おう!」
無邪気にくじ引き券を見せびらかすアユ。
俺の嫌味にも気付いていない様子でくじ引き所へとスキップしていった。
なんというか、生きるの楽しそうだなぁあいつ。
「すいませーん! くじ引き一回お願いしまーす!」
「ご利用ありがとうございます! それでは券の方お預かりしますね」
待機していた店員になけなしの券を手渡すと、アユは祈りを込めてガラガラの持ち手を握った。
「これって何が当たるんですか?」
「一等が温泉旅行六名様のチケット、二等が有名なロックバンドの方と同モデルのギター、三等がハンディ送風機で、四等が塩一キロ、その他はポケットティッシュとひんやりシートからお選び頂けます!」
「結構ちゃんとしてんだな……って、あれGretelと同じギターじゃねえか!?」
「何ィ!?」
二等の商品として飾られているギターを見て、俺は一目で理解した。
あれは俺が愛するロックバンド、BBBのギターであるGretelの使ってるギターと同じモデルであると。
同じくBBBを愛する同志のアユも俺の言葉に食いついた。
「アユ! 絶対二等当てろ! あのモデル人気過ぎてまず買えねえんだから!!」
「任せろ!」
「カイトってギター弾けたっけ?」
「まったくわからん!」
「ああ、そう……」
俺達のテンションについてこれないミノが一人疲れた顔でうなだれていた。
「僕はひんやりシートの方が嬉しいよ……」
「さあ行くぜ! くじ引きの女神よ……俺に微笑めッ!!」
「いけいけアーユ! 回せ! 回せ!!」
「オラァッ!!」
散々店員を待たせてしまったが、ようやくガラガラを回転させるアユを一生懸命応援した。
「二等の玉は赤だ! 赤を狙え!!」
「狙うとかないでしょこれ」
「うおおおおお!! 赤!! 赤!!」
「こっちも聞いてないし」
アユがガラガラを回す時間がとても長く感じた。
だがそれも時間にすればほんの数秒の出来事。結果はあっという間に表れた。
「カランッ!」
ガラガラの口から一つの玉がトレーの上に転がり出た。
その玉を俺とアユ、なんだかんだ気になっていたのかミノも一緒になって覗き込んだ。
「「「…………金?」」」
玉の色を確認した俺達は、三人同時に声を発した。
狙っていた二等は赤だ、金ではない。
というか金ってそんな中途半端な賞に使われるだろうか。
誰かが声をかけた訳でも無く、俺達は同時に顔を見上げた。くじ引きの説明が書かれたプレートまで。
「おめでとうございま~~~~す!! 一等、温泉旅行券になりま~~す!!」
俺達が自分の目で確認するより先に、興奮気味の店員が鳴らすハンドベルに意識を持っていかれた。
ぽかんとしている俺達を代表して、温泉旅行券がアユに手渡される。
「期限は八月末日までですので、お早めのご予約をお願いします!」
目の前で一等が当たるところを見れたのが嬉しかったのか、店員は終始ニコニコだった。
買い物袋を片手に帰路についた俺達は、何歩か歩き出してから状況を理解し始めた。
「「「…………へ?」」」
◇
俺達三人は近所の図書館まで来ていた。
なにせ、外で駄弁るには危険すぎる気温だったから。
「これ、本当に俺が貰ったんだよな?」
いまだに実感がわかないのか、自分がもつ旅行券をひらひらとさせ呟くアユ。
俺もミノも同じ様にその旅行券を眺めていた。
「ギターの方がよかったな……」
「マジでな……」
「いやいやいや」
二等のギターを夢見ていた俺とアユが二人うなだれる。
「どう考えても一等の方がいいものでしょ。喜びなよ」
「いやまあ、一等が当たったって事は純粋に嬉しいんだけどさ~」
アユはペラペラと旅行券をめくってその枚数を数えた。
「何で六枚もあんだ?」
「大体ひと家族分なんじゃない?」
「家族かー、つってもなぁ……」
アユは旅行券を机に並べたまま、椅子の背もたれに寄りかかった。
「うちの両親忙しそうだし、八月中に旅行すんのは無理そうなんだよなぁ。そもそも家族旅行嬉しいやったーって歳でもねえし……」
「八月中って意地悪だよね」
「社会人になったらそんな気軽に予定空けられねえんだろうな」
俺達は学生だからまだいい。だが普通に働く社会人に夏休みなんてものは無い。
お盆休みはあるかもしれないが、実は世間的に今日がそのお盆休みど真ん中で。
もっと早くに当てられる予定だったのだろうか、今更貰っても困る人は多いだろう。
「まあせっかくだ、お前らにもやるよ」
「え、いいのか?」
「いいのいいの。つか俺一人で持っててもしょうがねえし、一緒に行こうぜ」
アユはそう言って俺とミノに旅行券を手渡した。
ミノに一枚、そして俺にも。
「……四枚!?」
残りを全て押し付けられた。
「いや~~……だって俺、一緒に旅行行こうって誘えそうな相手お前らぐらいしか居ねえし……」
「僕もそこまで顔は広くないからなぁ」
「つー事でカイト! あと三人まで好きに誘ってくれよ!」
「んな勝手な事を……俺だってそんなに友達多くねえよ」
自慢じゃないが、アユとミノが声をかけてくれるまで高校で話せる相手はヒナしか居なかった。
今でこそそこそこ増えてきたが、バカな男三人と一緒に旅行へ着いて来てくれそうなやつなんてほとんど知らない。
「まあまあ、カイトさんや」
頭をひねっていると、アユが腹の立つ顔で囁いてきた。
「なんなら委員長とか、従兄妹の子とか誘ってもいいからさ」
「ブッ!? げほっ! ごほっ!!」
突拍子も無い事を言いやがるアユに盛大にむせかえる。
「な、なんであいつらの名前が出てくんだよ……」
「だってさ~! せっかくの旅行に男だけなんて華がねえよ華が~!」
「同じ旅行券なんだぞ!? 一部屋しか借りれなかったらどうすんだよ!」
「……それは心配無さそうだよ。ほら」
困惑する俺に冷静なミノが券の裏に書かれた規約を指差した。
「同時に二部屋まで借りられますって。きっと男女のグループもあるって気を利かせてくれてるんだろうね」
「あ、ああそうなの……」
「別に委員長達の恋路を邪魔しようってんじゃねえんだ。ただ旅行の思い出に美人が華添えててくれたら、俺もテンション上がるだろうなって思うんだよ」
「アユムの言い方は若干キモいけど、綺麗な人が居たほうが嬉しいのは確かだね」
「俺キモかったかなぁ今……」
「うーむ……」
正直、残りのメンバーを俺に委ねてくれるのはありがたかった。
旅行券が使えるのは二泊三日。つまり二晩は家を空ける事になる。そうなるとレイの事が気がかりだった。
普段の様子から見てもひとりで生活できない事は無さそうだ。しかし家事や食事の用意は出来ても、日課の吸血ばかりはひとりじゃどうしようもない。
二日空いた程度で死にはしないだろうが、レイが腹を空かせているのを想像するのは可哀想だった。
で、レイを誘うとしたらもう一人何が何でもついて来そうな奴が居て。
抜け駆けは許さないと言って絶対に譲らなそうな奴が居て。
「……まあ、お前らが良いならあの二人を誘ってみるとして」
俺がそう言うとガッツポーズをするアユと、ニコっと微笑んで頷くミノ。
「あと一人か……どうすっかなぁ」
俺の人脈も中々難儀で。
他に友達と言ったらタクとチカゲ辺りなんだが、残り一枠しかない旅行券をカップルのどちらかに渡すと言うのはいかがなものか。
あの二人ならアユやミノとも仲良くやれそうだが、それ以前の問題だ。
「とりあえず、帰ってから考えてみるよ」
「それじゃあ今のうちに旅行の予定日も決めておこうか」
「んだな。その方がカイトも誘いやすいだろうし!」
ひとまず課題は先送りにし、俺達は旅行の予定日を決め合った。
夏休みもあと少しで終わるだろうと言う所、最後の思い出にちょうどいいかもしれなかった。
「……へへ、旅行か」
友人との旅行なんてこれが初めてだ。
なんだかんだ言ってもワクワクしている俺が居るのを、否定する気にはなれなかった。
◇
「カイトと旅行!? いく!!!」
翌日。俺は食卓でヒナが用意してくれた昼食を囲みながら二人に提案してみた。
レイはノータイムで元気のいい返事。そうだろうなとは思っていたが。
「ヒナはどうかな」
「私も一緒に行きたいけど……大空くんや畑中くんはいいの?」
「むしろあいつらが誘えって言ってきたんだよ。男だけじゃむさ苦しいから美人連れてこいって」
「へ、へぇ……私そんな風に見えてるんだ」
俺以外の男子からの高い評価に素直に照れるヒナ。
「お前は気付いてないかもしれないけど、結構男子からの評判いいんだぞ」
「ふ、ふーん……それで、カイトは?」
「俺が何て?」
「カイトは私の事……どう思ってたのよ」
「恥ずかしい質問しやがって……」
もじもじしながら俺の反応を窺うヒナ。
いや、よく見たらもう一人もこっちガン見してるな。
「……たまに言ってんだろ。可愛いって思ってるよ」
「……ふぇへへ、そっかぁ」
今度のヒナはさっきまでの取り繕う様な笑顔ではなく、完全に溶けてしまっていた。
「でもカイトはあたしの方が可愛いって言ってた!!」
「レイ、水を差すんじゃありません」
「甘いわね、恋愛は顔だけじゃないのよ!」
「可愛いって言われて喜んでた奴のセリフでもない」
隙あらば争い始めるレイとヒナ。
おかしいなぁ、最初に比べればだいぶ仲良くなってきたと思ってたのに。
俺のせいかな。それはそうか。
「んでさー、旅行券はあと一枚残ってんだけど、もう誘う当てがなくてさ」
いがみ合う二人を鎮める為に、話を逸らそうと残りの旅行券を見せた。
「誰か連れてってもいい奴とか居る?」
「うーん……私の友達を呼べなくもないけど、一人だけってなると居心地悪くさせちゃうかも」
「だよなぁ……」
アユにミノ、レイとヒナ。
ぶっちゃけ俺を中心とした身内も身内だ。
いくらヒナが居ると言ってもここに一人だけ放り込まれるとなったら疎外感を感じさせてしまうかもしれない。
誰もがヒナみたいにコミュ力がある訳でも、レイみたいに人懐っこい訳でも無い。
いや、レイも最初は人見知りな方か? でも旅行にはついて来たいって言ってくれたし。
それに相手に慣れてからの距離はだいぶ近い。アユもミノもいい奴だしすぐに馴染んでくれるだろう。
「となると、一枚余らせることになるかなぁ」
もったいないが仕方ない、そう考えていると一人元気よく手を上げる人物が居た。
「はい!」
「レイ?」
「あたし、いい人知ってる!」
「え!?」
レイが驚きの提案をする。
レイの人脈なんて俺とヒナとじいさんぐらいなものだ。
まさかじいさんを誘うつもりか? そんな訳はないか。
「誰だ? 俺の知ってる人なんだよな」
「うん!」
レイはうきうきでその人物の名前を挙げた。
「ほ~、なるほど」
「げっ……」
俺はレイの発想に感心し、ヒナは小さく悲鳴をあげた。
レイはいい考えでしょと誇る様にふんぞり返っていた。
「へへーん、どう?」
「聞いてみないとわかんねえけど、俺は構わないぜ。ヒナはどうだ?」
「う、うーん……まあ学生だけの旅行ってのも不安があるし、保護者代わりになってくれるって考えれば……」
「うっし、決まりだな」
俺に続いてヒナも渋々同意し、最後の六人目のメンバーが決定した。
「せっかくの旅行だ、みんなで楽しもうぜ!」
「おー!」
「……ふふっ、そうね」
突如降って湧いた幸運だが、手に入れたのなら堪能しなければ損と言うもの。
おそらくこの夏最後の思い出になるであろう旅行を前に、みんなで期待に胸を高鳴らせるのだった。




