第二十二話【光に向かって】
鬼咲麗華。
レイの本名であり、吸血霊鬼の本名であるその文字列を知る者は俺以外に居ない。そう思っていた。
レイが俺にこの名前を伝えた時の大切な気持ちを知っている今は、尚更その自負があった。
「鬼と咲く麗しい華と書くんだ。ああ、華は難しい方のだよ」
それをこのじいさんはなんだ。
どうしてレイの本名を知っている。
「……おや? どうかしたかい、顔色が優れないが」
「ああ、悪い。俺も少し暑さにやられてたかもな」
「それは大変だ。私を助けたせいかな?」
「いや、気にすんな。ちょっとふらっと来ただけだ」
表情の変化を読み取られて咄嗟に平静を装った。
俺が何か知っている事を悟られるには、まだ早い。
(このジジイ……どれだ?)
具合が悪い演技の為に片手で目を覆い、指の隙間からじいさんを睨みつけ観察する。
レイの事を知る人物に出会えたのは嬉しい誤算だ。それはつまりレイの過去に繋がる情報源な訳だから。
だが俺がその情報を穏便に聞き出すためには、このじいさんの目的も平和なものである必要がある。
じいさんがレイに会いたがっている理由が、レイに危険が及ぶものであってはならない。
仮説その一。レイが世話になってたじいさんの友人。
正直これが一番考えたくない。友人を殺された奴がその加害者を探す理由なんて一つしかないだろ。
復讐。レイに会わせた途端何をされるかわかったもんじゃない。
仮説その二。世話になってたじいさん本人。
これもあってほしいと同時にあってほしくない。平和とは言い切れない可能性。
じいさんが本人ならレイは誰も殺しておらず、その重荷も相当軽くなってくれる。
だがその場合自分を殺しかけた奴を探す理由が引っかかる。やっぱり復讐だろうか。
仮説その三。レイの親戚、同族。
十中八九ありえない。吸血霊鬼は若い姿から歳を取らず、百歳でも千歳でも同じ姿をしているはずだ。
紗霧ちゃんを見る限り外見はある程度弄れそうなんだが、ここまで老いぼれを演じる必要性は感じない。
とはいえ日光にやられていた姿を見ているから、全くありえない話でもないんだ。
一番穏便に終わりそうなのはこれなんだが、可能性が低いのもこれか。
仮説その四。レイの処理を依頼された退魔師。
最悪の可能性。こんな年取ってるのに現役の退魔師だったとしたら大ベテラン以外の何物でもない。
レイや俺、万が一ヒナが手伝ってくれたって敵う気がしない。絶対にレイを会わせられない。
(クソッ……ありえねえ選択肢とあってほしくねえ選択肢しかねえじゃねえかよ)
俺は探偵でも無けりゃ修羅場を潜り抜けた退魔師でもない。こうして適当にあり得る未来をいくつか並べる事しか出来ない無力なガキだ。
だからこそ、無力なガキなりに家族を守りたいんだ。
母を知らず、父は遠くで別の生活。そんな俺のたった一人の家族なんだぞ。くだらねえ選択ミスで失ってたまるか。
「……悪いな、やっぱ聞き覚えのねえ名前だったよ」
「そうだろうな。わかっておったよ」
俺はじいさんの探してる相手を知らない。
今はそれで様子を見る事にした。
だがレイの過去を知る貴重な人物だ、ここでそのままハイさよならと言うには惜しい。
「けど、もし何かわかったら教えてやるから、連絡先か何かくれねえか?」
「そこまでしてくれるのかい? いやはや、君は本当に優しい少年だ」
ちげぇよ。俺は優しくもなんともない。
俺の身勝手の為に推定被害者から加害者庇ってんだから。
「ならばこれを。いつでも出られると思うから、気軽に連絡してくれ」
じいさんはそう言って俺に一枚の名刺を渡した。
随分豪華な名刺ケースだ。一般家庭の人間ではねえな。
「実はこの辺りで桜色の綺麗な髪の女の子を見たという噂があってね。期待していたんだがはずれの様だった」
「そうか……残念だな」
ここ数日、レイは外出が増えていた。
服を買いに行ったり、お使いさせたり。
美人過ぎて噂になるなんて、罪な女だまったく。
「……じゃあ俺はそろそろ帰るよ。じいさんも気を付けて……って」
連絡先を受け取り、足早に去ろうとしたところでようやく外の天気に気付いた。
嫌な色をしていた空は暗さを増し、大粒の雨が音を立てて降り注いでいた。
「気付いていなかったのかい?」
「あ、ああ。今気付いた」
「ほっほ。そこまでこの老いぼれの話に集中してくれていたのか」
そう言って笑い飛ばしてくれるじいさんに俺もほっとした。
ああその通りだ。どうやってレイを守るか、その事しか考えていなかったからな。
「少年の家はここから近いのかい」
「ああ、まあ歩いてこれる距離ではあるよ」
「ならばこれを使うと言い」
じいさんは鞄の中からこれまた高級そうな折り畳み傘を取り出した。
「いやいや、そしたらじいさんはどうすんだよ」
「心配はいらんよ。私も自分の身を労わろうと思う、家の者に迎えに来てもらうよ」
「それならまあ安心か……?」
家の者、ねぇ。家族じゃなくて。
高級そうな名刺ケース、傘。デカい家に住んでんのは確定そうだな。
「じゃあお言葉に甘えて借りてくよ。近いうちにまた連絡するから、その時返す」
「律儀な子だ。楽しみに待っているよ」
じいさんとはそれを最後に別れた。
とにかく今はこの情報を持って早く家に帰りたかったからだ。
ひとまずは貰った名刺の名前を確認して、レイの知ってる名前かどうか聞かなければ。
俺はポケットに入れた名刺を取り出し、そこに書いてあったじいさんの名前を呟いた。
「……鏑木賢友。はっ」
何ともお堅そうな名前だ。
道端で死にかけてたスケベジジイにはもったいない名前じゃないか。
◇
「ただいま」
じいさんの傘のおかげでほとんど濡れずに帰宅する事が出来た。膝から下は流石にびしょびしょだが、この傘に関しては素直に感謝しなければ。
早くズボンを変えなければ、そう思った所で異変に気付く。
「……レイ? ヒナ?」
おかしい。俺が返ってきたら真っ先にすっ飛んできそうな二人の姿がどちらも見えない。
「っ……」
途端に広がる不安。
まだ俺の頭の中での仮説でしかなかったのに、普段とほんの少し違うだけで妄想が現実味を帯びてしまう。
俺は靴を玄関に脱ぎ捨てて家の中へ飛び込んだ。
「レイ! ヒナ!!」
リビングには誰も居なかった。
最近まで誰かが居た形跡はあるが、肝心の本人たちの姿が見えない。
トイレも、浴室も、レイの部屋も、確認したがどこにも居なかった。
(じいさんは囮……? もう場所はわかってて、俺が邪魔だったから……)
ぐるぐるとありもしない誰かの計画を勝手に思い描いて震える。
いや、そんな訳ない。玄関の鍵は閉まってた。知らない奴が出入りした形跡はない。
でも、もしレイが自分の意思で出て行ったとしたら。
レイの罪の意識に付け込まれたとしたら。
いやいや、レイの靴だってあった。
じゃあなんでどこにも居ない。
(後は俺の部屋だけ……)
ドアノブを握る手に力が入る。
(頼む、居てくれよ……お願いだから……)
俺が居ない間に勝手に入ってたとしても怒らないから。ここに居てくれ。
そんな切実な願いを抱きながら、恐る恐る自室の扉を開いた。
「すぅ……すぅ……」
「うぐ、うぅ~ん……」
「レイ、ヒナ……」
扉を開けて視界に飛び込んできたのは二人の寝顔だった。
俺のベッドを取り合う様に絡まり合い、寝苦しそうにするヒナと勝ち誇った顔のレイ、二人の寝顔だった。
「……はは、そうだよな」
いくら不安になったからって悪い方へ考えすぎだ。
この二人なら俺のベッドに潜り込んでもおかしく無かっただろ。
「ったく、本当にこいつらは…………」
どっと疲れが襲ってきた。
全身から力が抜けてその場にへたり込んだ。
「……あれ」
ぽたぽたと数滴の水が床を濡らした。
発生源は俺の目尻からだった。
「はぁー……情けねぇ」
どうやらこの無力なガキは安堵から泣いてしまったようだ。
二人が眠っていてよかった。こんな情けない姿を見られたら何て言われるか。
「…………よかった」
取り繕う元気も無かった。
ただただ二人が無事だった事に安心した。
情けなくていい、取り繕えなくてもいい。
家族が無事なら何でもよかった。
◇
「あ、あの、あのあのあのあの」
「ち、違うのよカイト」
リビングでぼーっとしていた俺に目覚めた二人が寄ってきたのはしばらく経った後だった。
俺の目の腫れも引いていてちょうどいいタイミングだった。
「レイカさんが悪いのよ! カイトが出かけてしばらくしたら姿が見えなくなって、気付いたらカイトのベッドで寝転がってたの!」
「ヒナタさんが怪しかったからだもん! カイトが居なくなった途端急にそわそわしちゃってさ! カイトの部屋に入って来た時なんかすっごいニヤニヤしてたもん!!」
「し……してない!! それにあれはレイカさんを探す為であって!!」
「その割にはすぐカイトの部屋に来たけど~!?」
「その前に居たのはそっちでしょ!?」
大変だ。どっちが悪いか責任の押し付け合いが発生してしまった。まだ俺何も聞いてないのに。
二人ともすごい顔が真っ赤だ。多分どっちも本当の事言ってるなこれ。んでどっちも下心まみれだ。
「レイ、ヒナ」
「「ビクッ!?」」
「とりあえず立ったままそこ並べ」
俺はソファーからゆらゆらと立ち上がりながら、二人にそう指示した。
「怒られる……」
「どうして……」
レイもヒナも涙目になってぷるぷる震えていた。
まあ確かに普段の俺だったらここから長い説教が始まるところだ。
「二人共」
だが今日はどうもそんな気分じゃなくて。
「……ふぇ」
「ひゃっ! 何!?」
俺は綺麗に並んだレイとヒナを二人共抱き締めた。
この二人は身長差があってちょっと抱き締めづらかったけど、こうしたかった。
「……ありがとな」
「えっ、えぇ?」
「どうしちゃったのよ一体……」
レイもヒナも困惑していたが、俺の事を振り解こうとはしなかった。
そんな二人に甘え、俺が安心するまでそうさせてもらった。
◇
「そういやヒナ、外すげー雨だけどどうする」
落ち着いた所でリビングに三人まったりとテレビを眺める。
忘れかけていた頃にヒナにそう訊ねてみた。
「そうねぇ、全然止みそうにないし傘借りる事になるかもだけど」
「泊まってけよ」
「やっぱりそうよね。後でどの傘使っていいか教え…………」
リビングの空気が一瞬で止まった。
俺の発言が信じられなかったのか、レイもヒナも驚愕の表情で俺を見た。
「カ、カイト? 今なんて……」
「パジャマとか俺の服で良かったらだけど」
「い、いやいやそこは気にして無いの! と、泊まってけって……カイトから言ったよね?」
「ああ、言ったぞ」
ヒナの問いに正直に答える。
「どうしちゃったの!? 普段なら無慈悲に帰れって言うでしょ!?」
「いやそこまで酷くはねえよ」
確かに何とかして帰らせようとはするだろうが、そこまで無慈悲に言い放ったりはしない。
それに今日の俺には間違ってもそんな事言えなかった。
「カイト、熱ある?」
「うなされて出たうわごとでもねえって」
心配そうに俺の額にレイのひんやりした手が当てられる。
大丈夫、別に熱でおかしくなってる訳じゃないんだ。
「や、やっぱりカイトらしくないわよ。何かあったんじゃ……」
「ああもう、うるせえなぁ……」
あんまり恥ずかしい事を言いたくなくてぼかしていたのに、こいつらと来たら酷い言い草だ。
素直に言わねえとわかってくれねえみたいだから腹を括った。
「……今日は二人に離れてほしくないって思ったからじゃ、ダメか?」
「わっ…………」
「ひゃ~……」
素直に伝えた。
これから先二度と出てくるかわからないしおらしい俺を見て、ヒナもレイもそれ以上の無粋なツッコミはしてこなかった。
「ダメじゃない……です、はい」
「あたしも、三人がいいってカイトが言うなら……」
ヒナは挙動不審になりながらも、か細い声で了承した。
レイも文句は言わなかった。
ヒナの宿泊が決定した。
「……あ。でもどこで寝て貰おう。誘ったくせにソファーで寝かせるのもな……」
「じゃ、じゃあ仕方ないからカイトと一緒に寝てあげても……」
「ずるい!! じゃああたしも一緒に寝る!!」
「いや、俺のベッドじゃ二人が限界だよ。三人は絶対誰か落ちる」
「「…………」」
瞬間、二人の視線が交差する。
「「じゃーーんけーーん!!」」
◇
夕食にヒナの手料理を振舞って貰い、後は寝るだけという状態で俺は自分のベッドで大の字になり天井を見つめていた。
「コンコン」
「どうぞー」
今夜共に眠るもう一人も用意が終わったのか、丁寧なノックの音が聞こえてきた。
俺の許可を得て、今度こそ正式に俺の部屋へ足を踏み入れた。
「お、お邪魔します……」
じゃんけんの勝者はヒナだった。
敗者は今頃自室のベッドで泣き寝入りしているかもしれない。
「…………」
「な、なによ」
「いや……」
ヒナはすぐに寝れる状態。つまり入浴を済ませて来た姿だった。
普段は見る事の無い風呂上がりのヒナ。身体はほんのり上気し、乾かした後とは言え髪もどこかしっとりしていた。
「色っぽいと思って」
「あ、ああそう……そうなんだ。色っぽい……ふーん」
ヒナは毛先を弄りながら、俺の言葉に喜んでいた。
ヒナが今着ているのは俺の服だった。
俺のシャツ、パーカー、パジャマとあって、どれがいいか聞いた所パーカーを選ばれた。
レイもいつも俺のパーカーを好んで着ているし、人気だなパーカー。
しかしレイの時も思ったが、女の子が俺の服を着ていると言うのはやはり気恥ずかしい所があるな。
「そういや、なんでパーカーにしたんだ?」
「なんでって……これしか無かったのよ」
「え? いや他にもシャツとかパジャマとか出してやったろ」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
ヒナはもじもじしながらパーカーの裾を引っ張るように伸ばした。
「ほ、他のだと生地が薄くて……わかっちゃうから……」
「……………………」
「寝る時は下着着けないから……」
俺はベッドの上で土下座した。
「本当にすまん」
「え!?」
「俺の思いつきで泊まってけとか言ったくせにろくに気も回してやれなくて、本当に申し負けない気持ちでいっぱいです」
「あ、頭上げてったら!」
ベッドにめり込むぐらい頭を下げていた俺にヒナが慌てて駆け寄る。
まだ申し訳なさでいっぱいだったが、ヒナを困らせる訳にもいかないのでゆっくりと頭を上げた。
「……多分レイカさんで変に慣れちゃってたんでしょ?」
「おう……あいつ普段からほとんど下着着けないから」
「だと思った。今日もレイカさん、ノーブラだったみたいでびっくりしたもん」
流れる様にレイの下着事情をヒナに告発された。珍しくも何ともなくはあるが。
昼間ベッドの上で取っ組み合ってた時に見えたのだろうか。
「……つっても慣れてんのは、あくまでレイだけなんだよ」
すすっとヒナから視線を逸らす。
それでも好奇心には勝てず、ちらちらとヒナの方を見てしまうのだが。
「……私の方が大きいから?」
「お前本当そういう所」
胸元に手を当てて勝ち誇ったような微笑みを見せるヒナ。
調子に乗ってるヒナを肯定するのは癪だったが、今まで見た事の無い歪み方をする俺のパーカーを見ていたら変な気分になったのも確かだ。
「……別に見ていいんだよ」
「早く寝ようぜ」
「見なくていいの?」
「今日は出掛けてて疲れたからなぁ」
「……ちょっと前開けちゃおっかな」
「ガバッ!?」
「嘘よ」
ヒナの卑劣な罠に見事に引っかかり、やせ我慢が見抜かれてしまった。
ヒナの着るパーカーの前面は以前強固な防御を誇っていた。
「ふふっ、えっち」
「仰る通りで……」
反省しすぎてぺしょぺしょになっている俺の隣にするっと入り込むヒナ。
「えっちなカイトには、ぎゅって押し付けちゃおうかな」
「本当に勘弁してください……」
俺から誘った手前、ヒナの言葉に強気に出られない。
それでもベッドで抱き着かれたら本当に大変な事になっちゃうから。
夜中の自室のベッドの中なんて、誰も止める者が居ないんだから。
「……ねえ、今日はどうしたの?」
「何が?」
「今日のカイト、ずっと珍しい顔してたからさ。気になっちゃって」
流石幼馴染だ。俺の些細な変化に気付くなんて。
いや、流石に今日は些細では無かったか?
「図書館で何かあった?」
「…………まあ、無かったとは言えないか」
どのみち一人で片付けられる悩みじゃない。
ヒナの意見も聞いてみようかな。
「……例えばの話なんだけどさ」
どんな風にぼかすか。
「…………事故で誰かの命を奪ってしまった奴が知り合いに居たら、ヒナならどうする」
「そいつが吸血霊鬼なら殺す」
「ひっ!?」
さっきまで俺の事を誘惑していた奴とは思えない程ドスの効いた声が響き、思わず悲鳴をあげてしまった。
「……って、前までの私なら答えてたかな」
「……あれ?」
踏まなくていい虎の尾を踏んでしまったかと思ったのだが、続くヒナの言葉は穏やかな声色で放たれた。
「知り合いって事はその相手がどういう人か知ったうえで付き合いを続けてるって事でしょ。それに事故で奪ったってわかってるなら少なくとも情状酌量の余地はあると思う。今の私なら、吸血霊鬼だとしても話ぐらいは聞いてあげるかな」
「いや、吸血霊鬼だとは言ってねえが……」
「あら、それはごめんなさいね」
クスクスと笑うヒナを見て俺は冷や汗を流す。
しまったなぁ、もう少し遠回しに聞くべきだったか。ヒナが丸くなってくれてて助かった。
「……だったらさ、その知り合いが命を奪ったと思ってた相手の関係者、もしくは本人がその知り合いを探してるとしたら、ヒナなら会わせるか?」
「…………難しいわね」
ヒナの表情も真剣なものへと変わり、真面目に考えてくれている事を察した。
俺はまだ悩んで答えを出せていない。ヒナならどうするのだろう。
「……私なら会わせないかな。危な過ぎる」
「その心は?」
「吸血霊鬼に襲われるっていう恐怖は、胸に深く刻み込まれるのよ。でも相手を探すって事はトラウマにはなってないはず。じゃあ残った感情は……って事にならない?」
「……なるほど」
吸血霊鬼に何度も襲われたヒナは強くなることを選んだ。
そして強くなったヒナは率先して吸血霊鬼撃退の依頼を請け負った。
まるで過去の恨みをぶつける様に。
「お前が言うと説得力あんな」
「でしょう?」
「そんな話を笑顔で出来るようになったのも偉い所だよ」
俺は目の前の強い女性を尊敬し、頭を撫でた。
ヒナは目を閉じてされるがまま俺に撫でられていた。
「……でもカイトはまだ悩んでるんでしょ?」
「……ああ」
俺もヒナと同じ結論に至った。高確率で復讐目的ではないかと。
そのうえで俺はまだ悩んでいたんだ。現状維持か、打破か。
最後はレイに決めさせるべきなんじゃないかと。
「カイトならきっと間違えないよ」
「ヒナ?」
「カイトが誰かの為に悩む時って、本当に本当にいっぱい悩むでしょ? そんなに悩んで出した答えが間違ってる訳ないもの」
ヒナの頭を撫でる俺の腕と交差して、俺の頭をヒナの手が撫でる。
「だから自信持って。カイトの大切な人なら、カイトが出した答えを嫌がりはしないはずだよ」
「…………サンキュ」
ヒナにはすべてお見通しだっただろう。それでも深く聞かずに俺の背中を押してくれた。
俺は幼馴染に恵まれてる。心からそう思った。
(レイに明日聞いてみよう)
その決心がついたのは間違いなくヒナのおかげだった。
過去に向き合うかどうか、どのみち最後はレイが決めなければならない事だから。
ヒナが俺の選択を尊重してくれたように、俺もレイが選んだ道を支えよう。
願わくば、レイの道の先に光がありますように。




