第十七話【レイカとひんやりおうちデート】
ヒナとのデートから数日後。
今度は後攻、レイの番と言う事でレイとデートの日だ。
「そうだ、今日はレイとのデートなんだ。だからちゃんとレイの事を見てやらないと……なんだが」
気付くとすぐに頬へ手を伸ばしてしまう。ヒナにキスされた右頬に。
指先で触れればあの時の感触が鮮明に思い出されるほど、あの一瞬の触れ合いは衝撃的だった。
俺に思いを告げて、正々堂々と俺を落そうとし始めてから、間違いなく一番効果的な一撃だっただろう。
現にレイとのデート当日になっても俺の思考を占領しているのだから。
「……ダメだ、じっとしてるとすぐヒナの事考えちまう」
俺はぶんぶんと首を振り、煩悩を振り払った。
今日の相手はレイ。主役はレイ。レイだけを見る。
頭の中で何度も唱え、俺は自室を出てリビングに向かった。
◇
ヒナの時と違い、レイは俺と一緒に住んでいる。その為待ち合わせの必要がない。
その為お互いに自宅を整えたら一緒に出掛けよう。そういう話だったのだが、一向にレイの姿が見えない。
「遅いな……」
集合場所も集合時間もある訳ではない。何となくこれぐらいの時間に出掛けよう、みたいな話しかしてはいなかった。
だとしても、どれだけ待ってもレイが出てこない。普段ならとっくに起きてる時間なのに。
「いや、女の子は準備に時間かかるって言うしな……」
俺はここでガチャリとレイの部屋に突撃するほど鈍感でもノンデリでも無かった。
余裕のある俺はリビングでテレビでも見ながらゆっくり待とう、そう思った。
「……はっ」
しかし同時にもう一つの考えが浮かぶ。
何も知らないふりをして突撃すれば、ラッキースケベのチャンスがあるのではと。
着替え中のレイとばったりなんて事も。
「……いいや」
普通に理性が勝った。
と言うか、レイの裸なんて何度も見ている。今更着替え中の姿をチラ見したからなんだと言うんだ。
その程度で興奮するほど、レイに対して初心になる訳ないだろう。
『だから、選んで? カイトの好きな……あたしの下着』
『……背中のホックが届かなくなっちゃって』
『あ、ありがとカイト……』
「………………」
ごめん、なるかも。
「つっても、流石にちょっと気になるな」
素直にレイの準備具合が気になった俺は、レイの部屋の前に立って扉を数回ノックした。
「レイ、起きてるかー?」
「わっ! カイト?」
「お、ちゃんと起きてるな」
声をかけるとすぐに返事が返ってきたので、少なくとも寝過ごしている訳ではなさそうだ。
「今日忘れてないよな? それとも準備中か?」
「う、うん! もうちょっと待ってぇ~!」
やはりレイは準備に手間取っていたみたいだ。
だがそれももう終わる様で、どたどたと部屋の中から歩き回る音が聞こえてきた。
程なくして扉が開き、レイの姿が俺の目に映った。
「うおぉ……」
レイがちゃんとおしゃれしている所を初めて見た俺は、新鮮さのあまり呆けてしまった。
「そっか、服はそれにしたんだな」
「うん、今の季節に一番あってるかなぁって……」
レイが来ていたのはノースリーブのワンピース。レイに絶対似合うと思って俺が選んだ服だ。
それだけなら準備にあれだけかからないだろうと思っていたのだが、よく見ると髪型もいつもより凝っていた。
「いいじゃんか、髪型も似合ってるぞ」
「えへへ……」
レイはとても髪が長い。その上毛先は癖になっている。
普段は面倒くさがって適当に結んでいる髪も、今日は丁寧にハーフアップでまとめられていた。
「っていうかお前、ハーフアップなんて知ってたんだな」
「紗霧ちゃんに教えてもらったの。この服なら清楚な感じの髪型がいいよって」
「あー……」
あんの恋バナ大好き気ぶり教師の入れ知恵だったか。
ちくしょう、今度何か差し入れ持って行ってやるか。
「ね、ねえカイト……」
「あ、あっ!? どうした!?」
着飾ったレイに見惚れていると、心配そうに顔を覗き込まれてしまった。
「あたし……どう?」
「えっ、あ、えっと…………」
さっきまで俺はヒナの事ばかり考え、レイにちゃんと向き合ってやれるか不安だった。
そんなものは全て杞憂、不安は全て露と消えた。
俺の為に努力したヒナがすごく可愛かったのと同じくらい、一生懸命なレイは可愛いんだから。
「……可愛い。すっげー可愛いよ」
「ほんと!?」
「紗霧ちゃんの狙い通り、清楚な感じがして新鮮な感じがする。そう言うのも似合うよ、レイ」
俺の感想を待っていたレイに、素直な感想を伝えた。
普段は俺の服を着ているのもあって、無邪気さや活発さが連想されるレイだったが、今のレイはお金持ちの家のお嬢様にすら思えた。
これがギャップ萌えってやつか。
「……嬉しいなぁ」
「喜ぶのはまだ早いだろ。デートはまだ始まってすらいないんだから」
そう言って俺は目の前のお嬢様の手を取る為に、自らの手のひらを差し出した。
「デートの日になったら繋いでいいって言ったもんな。ほら、行こうぜ」
「うん!!」
俺がそう言うと、レイはいつもの無邪気な笑顔を見せ、俺の手を取った。
「ぎゅ~っ!」
「こら、歩きにくいっての。まったく……」
そのままの勢いで俺の腕に抱き着くレイに苦言を漏らしつつも、振り払う事無く俺達は玄関へ向かった。
既に随分イチャイチャした気もするが俺達のデートは今から始まるのだから。
◇
「あ……あづ……あづいぃ……」
始まらなかった。
日に日に輝きを増す日差しに焼かれ、レイはものの数分でダウンしてしまったのだ。
「大丈夫か?」
「うぅ~……」
「ダメそうだな……」
吸血霊鬼は体温が低い。
すなわち、生きていく上で適切な気温も人に比べて低いと言う事だ。
今日は猛暑日。人間の俺ですら尋常じゃない暑さだと感じるのに、十度近く体温の低いレイからしたら外気温なんて灼熱の地獄と変わらないだろう。
加えて肌をじりじりと焼く日差し。いくら直射日光を克服した種族だって言ってもこれだけ強い日差しの下での活動なんて考慮してないはずだ。
結果、俺の腕で徐々に溶け始めたレイを抱えてすぐさま自宅へとんぼ返りする事になった。
「で~とぉ……で~とぉ……」
「そう落ち込むな、こういう日もあるさ」
「かいとぉ~……」
レイのテンションはガタ落ちだった。
何日も前からこの日を楽しみにし、俺を喜ばせる為にあちこち奔走し、ヒナに先制デートを許し、ようやく回ってきた自分の番にこれでは悔やんでも悔やみきれないだろう。
俺の膝の上でしくしくと涙を流すレイを見ていたら、流石に可哀想に思えてきた。
何とかして元気付けてやる事は出来ないだろうか。
「……そうだ、今日は家デートにしないか?」
天才的な発想が降りてきた。すぐさまレイに提案してみる。
「……おうちでーと?」
「そう。家の中でデートするんだ」
外を出歩けばものの数秒でレイは溶け始めてしまうだろう。
しかし家の中なら、クーラーの効いたここでなら思う存分一緒に過ごせるはずだ。
「普通のデートと違っていろんな場所を周ったりは出来ないけど、その分ずっと一緒に居られるぞ」
我ながら完璧なフォローだと思った。
この家デートならレイの元気を取り戻せる、そう確信していた。
「……でもカイト、あたし達いつも一緒だよ?」
「…………」
レイの言う通りだった。
元来家デートが成立するのは恋人を家に招いて普段より近い距離にドギマギする関係だ。
一方レイは常に俺と同じ家で暮らしている。ある意味毎日家デートじゃないか。
何が完璧な作戦だ。今すぐそのガッツポーズを振り下ろせ。
「……だったらこういうのはどうだ?」
諦めるな俺、それではレイは悲しんだままではないか。
いつもと変わらないと言うのなら、いつもと違うプラスアルファを示せばいい。
俺は身を切る覚悟でレイに提案した。
「今日一日……レイのお願いをずっと聞いてやる」
「ピクッ」
一瞬レイのアホ毛がすごい勢いで跳ねた。
今度の提案は上手くいったかもしれない。
「……あたしのお願い、聞いてくれるの?」
「ああ聞いてやる」
「ずっと?」
「日付変わるまでずっとだ」
「……なんでも?」
「……………………」
日和るな。
頷け。
覚悟を決めろ。
「……ああ! 何でも聞いてやる!」
先日はヒナの誕生日だったとはいえ、ピアス穴をあけたり頬にキスされたり、だいぶやりたい放題されたんだ。
デートの予定が潰されたレイにだって同じくらいの事を願う権利はある。
「わぁ…………!」
レイの顔が段々光を取り戻し、俯いていた花が満開に咲き誇った。
「じゃあする! おうちデート!!」
レイの元気はすっかり元通り。安心してほっと一息ついた。
いつも明るいレイが悲しそうだとこっちまで辛くなるからな。
「ねえねえカイト! 早速お願いしてもいい?」
「ああいいぞ、どんとこい」
何でも聞くとは言ったが、正直な所たいしたお願いは出てこないだろうと思っていた。
モデルの様な体形で大人びたレイだが、その中身は幼く純粋なお子様だからだ。
精々手を繋ごうとか腕を組もうとか、そんな所だろう。
「一緒にあたしのベッド行こ!!」
「……………………」
え?
◇
「えへへぇ……ぎゅ~っ♡」
思考が止まったまま、半ば引き摺られる様にして連れてこられたのは、レイの部屋のベッドだった。
「え~っと……?」
状況を整理しろ。
レイとのデートが潰れた代わりに家デートを提案した。
それだけじゃいつもと変わらないから何でも願いを聞くと追加した。
ベッドに引き摺り込まれた。
「……なんで???」
何も整理できなかった。
「お、おいレイ。本当にこれがお前の願いなのか?」
「うん!!」
何と元気の良い返事だ。先生はなまるをあげちゃうぞ。
くだらない事を考えている場合じゃない。俺は周囲を見渡した。
レイの部屋は元々空き部屋だったのを譲っただけで、特に女の子らしさはない。レイは物を欲しがらないから当然なのだが。
しかし俺は今、この空間から非常に「女の子の部屋」を感じて落ち着かなかった。
(……なんかめっちゃレイの匂いがする!!)
レイは自分の物がほとんどない。シャンプーも俺と同じだし香水の様な物も無い。
だからこれはレイ本来の匂い。ひんやりと鼻を抜けていくミントの様な、清涼感のある匂いだ。
人工的な匂いじゃない分余計にレイを意識してしまう。
レイの部屋の、レイのベッドの上で、レイの体温を感じながら、レイの匂いを感じる。
(バカ野郎!!! 絶対ダメだ!!!)
レイを意識しない様に頑張るも、意識しない様にすると言う事は、意識してしまうと言う事でもあって。
先日の更衣室での一件とかいう、余計な事まで思い出していた。
「レ、レイ? もう少し離れると言うのは……」
「やだ!」
「そっかぁ……」
わずかな望みに賭けてレイに提案してみるも、秒で却下されてしまった。
「今日はあたしのお願い聞いてくれるんでしょ~……?」
「そうだけどさ! まだベッドに連れ込まれてからこうやって抱き合ってるだけだぞ……?」
ベッドで抱き合ってるだけ。
言葉にするのは簡単だがたったそれだけの事がうら若き男子高校生にとっては何より危険な行為であって。
「ここじゃなきゃダメなのか? レイのベッドじゃないとダメな理由があるのか?」
百歩譲って抱き合うだけならリビングでも良かったはずだ。
なのになぜレイは自室のベッドを選んだのか。
「……んぅ」
レイは俺の胸板に顔をうずめながら悶えていた。
何故悶えているのかはわからないが、もじもじしている事だけはわかった。
レイはしばらくそうした後、沈黙に耐えかねる様に俺の質問へ答えた。
「……匂いが欲しくて」
「……あ?」
「カイトの匂いが欲しかったの」
レイの答えにぽかんとする俺。
何だって? 欲しかった? 俺の匂い???
待て、何言ってるお前。
「カイトにあたしのベッドで寝て貰って、ずっとこうしてたらカイトの匂い移るかなって思ったの」
当然の様にレイは続けた。
つまり冗談でもハッタリでもなく、本気で言っている。
「そうしたら、寝てる間も起きた時もずっとカイトに包まれてるでしょ……?」
冗談だろ。
なあレイ、お前はもっと快活な奴だったはずだ。無邪気だったはずだ。
なのに今、お前から絶え間なく漏れ出てるこれはなんだ。
「カイトにあたしの匂いいっぱいつけたいし、あたしもカイトの匂いでいっぱいになりたいんだぁ……」
部屋中カビまみれになりそうな勢いのじっとりとした目付きはなんだ!?
この前のヒナと言い、目の前のレイと言い、どうして俺の周りの女は本音を隠すのがそんなに上手いんだ!?
どうしてそれを一気に全て吐き出すんだよ!?
「ねえ、かいとぉ……」
「はっ、はい!?」
「ヒナタさんとデートした日、ほっぺにちゅーされてたでしょ……」
「っ!?」
まずい、気付かれていた。
注意深く見ればヒナのリップの色に気付くかもしれないと思って、帰ってすぐ顔を洗ったのに。
「いいなぁ……あたしもしたいな」
「レ、レイさん!?」
「あたしもちゅーしたい」
完全に目付きが変わってしまったレイが、捕食するように俺の身体をよじ登ってくる。
じりじりとレイの顔が近付き、俺の胸元をぐいっと引っ張る。
「ね、していい? ちゅー……」
「だ、ダメだぞ」
「ヒナタさんはいいのに……?」
「う……」
何とかレイを止めたかったが、ヒナの名前を出されると弱かった。
ヒナに対しては贔屓は良くないと散々言ってきたのに、レイだけ我慢させるのは不公平では無いだろうか。
「……口以外なら」
「…………あはっ♡」
「ッ!?!?!?」
口以外ならいい。その条件で俺からの許可が出た瞬間、レイの笑顔が恐ろしく歪んだ。
いつもの花が咲くような明るい笑顔ではない。
獲物を前にしたヘビの様な、真っ二つに割った熟れた果実の様な、じっとりとした笑顔。
たまに感じる事のあったレイの魔性が全面的に表れた姿。初めて目にする、新たなレイの一面だった。
「ちゅっ、ちゅ……ちゅー♡」
レイは俺の首筋を中心に転々と唇を押し当てていった。
いや、押し当てるだけじゃない。一回一回吸い付く様に音を立てて。
(ああ、くそっ……ヒナ、お前の言った通りだった……!!)
レイが俺の身体を捕食していく様を眺め、以前俺の身体にキスマークを付けた犯人が誰だったのかをようやく理解した。
間違いない、俺が寝ている間にレイが付けたものだ。
いつもは我慢していたレイの欲望が、何らかのきっかけで解放されてしまったんだろう。
例えば今みたいに、寝ている俺が何かしたとか。
「ちゅっ、はむ……」
「ま、待てってレイ!! ヒナはそんな何回もしてきてないって!!」
っていうか冷静になったら、あのキスマークがお前の物なら先に手を出したのお前じゃねえか。
いやダメだ、俺が冷静になってもこいつが全く冷静じゃない。
今更それを指摘した所で止まるような空気じゃなかった。
「ぷぁ……えへ、カイトの身体、あたしの痕でいっぱいだぁ」
ようやく顔を離したレイは、満足そうに口角を上げた。
「……? カイト?」
「な、なんだよ」
「なんだかカイト、辛そうだから」
こいつ、どの口が言っているのだろうか。
肉体的苦痛は一切無いが、精神的には修行でもしている気分だぞ。
「……カイトもする? ちゅー」
「わーわーわー!! しないから脱ぐなバカ!!!!!!!」
俺もレイと同じ事がしたいと思われていたのか、急に服の胸元を緩め始めるレイを必死に止めた。
健全な男子高校生をからかうんじゃねえよ、タガが外れたらそんなんで済むわけねえだろ。
こちとら必死に耐えてるんだから俺の自制心をつつかないでくれ。
「そっかぁ……じゃあ、次はまたぎゅってさせてね」
俺の思いなんて露知らず、レイは再び俺に抱き着いて共にベッドに沈み込んだ。
(正直、これだけでもまずいんだよな……)
今までもレイが抱き着いてくる事はあった。俺のベッドに潜り込んでくる事もあった。
だがそれを同時には絶対にやらせない様徹底してきた。
それはなぜか、俺の理性が危ないからだ。
ベッドの中で美少女に抱き着かれる。男ならそれがどういう行為へ繋がりかねないかよくわかるはずだ。
保健室のヒナの時だって、あそこが学校って意識し続けなければ危険だったのだから。
「すりすり、すりすり……えへへ~」
それに今日のレイはおしゃれさんだ。
いつも普段着にしている俺の服じゃない、ひらひらした生地の可愛らしい服は、普段よりレイの身体の柔らかさを伝えてくる。
耐えろ、マジで耐えろ俺。レイの好意を利用するような真似だけは絶対にダメだ。
「……かーいと」
「なんだ」
「呼んだだけー♪」
ぐあああぁぁぁあぁぁああぁぁああぁ!!!!!!!
急に無邪気なレイに戻るんじゃねえよ!!!!
今日のお前はギャップの高低差でジェットコースターが作れるんだぞ!!?!?
こちとらシートベルトも着けないで振り回されてるんだからな!?!?!?
「かいと、すきだよぉ……♪」
(ぐっ……がっ……!! 耐えろ……耐えてくれ俺の理性……!!)
その後。レイの拘束は昼飯の時間まで続いた。
大満足のレイに解放されリビングに引っ張られた時、俺は心の底から安堵した。
だがまだ油断してはならない。俺が提示したのは今日一日、日付が変わるまで。
レイとの家デートはまだまだ始まったばかりなのだから。




