第十話【混血・吸血霊鬼(ハーフダンピール)】
「……て事があってさ」
翌日。
屋上でヒナの弁当をつつきながら、いつも通りタクトとチカゲに愚痴を聞いてもらっていた。
「元気だしなよ~」
「自分の血の味ってそんなに気になるか?」
「……まあ何も困る事は無いんだけどさ」
素直に慰めてくれるチカゲと、不思議そうに首をかしげるタクト。
タクトの言う通り、人間である俺が気にする必要なんてどこにも無いはずなんだがな。
「知り合いの吸血霊鬼二人に立て続けにあんな反応されると、流石に堪えてなぁ……」
「逆月先生はともかく、同居してる相手にもまずいと思われているのは気になるかもしれないな」
「タクトならわかってくれると思ってたぜ……!」
やはり持つべきは同じ立場の友人だ。
タクトだってもしチカゲに「血がまずい」と言われたら少なからず気になるはずだ。
……別にレイと俺は付き合ってる訳じゃないが。
「ふーん……そこまで言うならチカもちょっと気になってきたかも」
「何が?」
「カイトくんの血の味!」
「えぇ!?」
興味津々そうに身を乗り出してチカゲが俺の顔を覗き込んできた。
「ねぇねぇ、ちょびっとだけでいいからチカにもちょうだい?」
「いやいやいや! それは色々とまずいって言うか!!」
「血の味?」
「うるせぇな!?」
余裕たっぷりにからかってくるチカゲから視線を逸らし、隣で弁当を頬張るタクトを見る。
「彼氏の目の前でその彼女に血を吸われるのは、どうなんだよ!」
チカゲがただの吸血霊鬼の友達だって言うならまだいい。
チカゲはタクトと言う彼氏が居て、俺はタクトとも友人で、しかも目の前にそのタクトが居る。
その状況でチカゲに血を与えると言うのはなんというか、浮気させてるみたいな気分が湧いてくる。
「ん? チカゲが気にしないなら良いんじゃないか」
「俺が気にするんだが……」
「なに、チカゲの気持ちは変わらんさ。興味が湧いた事は確かめないと気が済まない」
タクトはチカゲの彼氏として余裕があるのか、表情一つ動かさずに水筒の茶をすすっていた。
「それにもしチカゲが変な気を起こしても、また俺しか見えない様に引き戻してやるから安心しろ」
「きゃ~~~~っ♡ だからたっくん好き♡」
「…………」
なんだろう、イチャイチャのダシにされたような気分になってきた。
この二人がここまで互いしか見えてないなら、輸血感覚で血を与えてもいいか。そう思った。
◇
「じゃあ始めるね~」
タクトに見守られながら、俺は人差し指をチカゲに差し出した。
チカゲは慣れた様子で指先を数回舐め、麻酔を効かせてくれる。
「…………」
やっぱりよくないだろこれ。
タクトの表情は読めないが、彼氏の前で彼女に指舐めさせてるのは絵面が悪すぎる。
「そろそろ大丈夫かな?」
「お、おう」
「じゃ、遠慮なくかじっちゃうね~…………かぷ」
チカゲは麻酔の効き具合を確認すると、俺の指先に牙を立てた。
程なくしてごくりとチカゲの音が鳴る。
「…………」
「チカゲ?」
「……ごぷっ」
「チカゲ!?」
途端にチカゲは口の端から一筋の血を流し、その場に倒れた。
恐らくは俺の血だろうからチカゲの心配はないが。
「やっぱり、カイトの血はあまりいい味ではないらしいな」
「気を遣ってくれてありがとうよ……」
タクトが俺のそばに寄って、共に倒れたチカゲを見下ろした。
タクトは随分言葉選びに気を遣っている印象だった。気配りの塊かこいつ。
チカゲは小さく震えている様だが、そこまでまずいってのか俺の血は。
「なんか、悪かったな。チカゲが……」
「何で謝るんだ? これは全面的にチカゲのせいだろう」
「まあそうなんだけど……」
「むしろカイトは被害者じゃないか?」
「た、タクトぉ……!!」
彼女が倒れたというのにまだ俺の事を気遣ってくれるタクトに、俺は感動で前が見えなかった。
こういうまっすぐに相手の事を考えられる所がチカゲを射止めたのだろうかなんて思ったり。
◇
俺は紗霧ちゃんの時の様に止血されないまま放置された指先に絆創膏を貼りながらチカゲの目覚めを待った。
チカゲはものの数分で目を覚ました。飲んだ量が少なかったからダメージも少なかったのだろうか。
自分で言ってて悲しくなってきた。
「うーん、確かにこれは強烈だね……」
「吸血霊鬼三人に血を飲ませて、三人ともにこう言われたら本当にまずいんだろうな……」
「ご、ごめんね~?」
「謝られるような内容でもねえから……」
口ではそう言ったが、俺の肩はシュンとしていた。
俺の肩をポンとさするタクの手が温かかった。
「……ねえカイトくん、ちょっといい?」
「ん、なん……むにゅおぉ!?」
チカゲは何かを確認するように俺の顔を押さえつけた。
「チカの目をじっと見て。お目目はぱっちり!」
「な、なんだぁ……?」
チカゲの意図は掴めなかったが、とりあえず言われた通りにチカゲの目を見続けた。
チカゲの表情は真剣な物で、からかう為にやっている行為では無い事は伝わってきたが、目的もわからない。
「……う~~~ん? 違うかぁ……」
しばらくそうしていると、何やら不満げなチカゲに解放された。
「えっと? チカゲさんや、今のは一体何をしていたんだ?」
「目を見てたの、カイトくんの目。瞳。眼球」
「いやそれはわかってるけど」
「わかってないなぁ。わかってるようでわかってないよ」
チカゲはそう言って、今度は自分の深紅の瞳を大きく見せてきた。
「ね、チカの目と逆月先生の目、それからカイトくんの同居人の目、似てると思わない?」
「……確かに、みんな目が赤いか?」
「そ。吸血霊鬼って言うのはみんな赤い目をしてるんだよ。でさ、前に同族の血ってすっごくまずいって話したの覚えてる?」
「…………あ!」
チカゲに言われてそんな会話をした事を思い出した。
あの時はタクも吸血霊鬼なんじゃって疑問に思った所をチカゲに否定された時、同族だったら血を吸う訳ないと言われた時に聞いた。
だから昔の吸血霊鬼は人を飼ったりしてたとか何とか。
「もしかして俺の血がまずいのって、俺が吸血霊鬼だからじゃって思ったのか?」
「十中八九ないなーとは思ってたけどね~。カイトくん全然吸血霊鬼っぽくないし、目の色も瞳孔も普通の人だったよ」
チカゲは自分の予想が外れた事を説明しながら、余計に頭を悩ませていた。
すごい真剣に考えてくれているが、これ俺の血がなんでまずいのかって議題なんだよな。
「ギリありえるなら混血かなーとも思ったけど、それも無さそうかなぁ」
「ハーフ?」
「うん。吸血霊鬼と人間の間に生まれた人の事。チカもそうだよ」
「そうなのか!?」
さらっとチカゲは言うが、俺は今の今まで気付かなかった。
「ほら、気付かなかったでしょ? 混血は純血と外見的特徴の差はほとんど無いんだよ。って言ってもチカが知ってる範囲だけだから絶対じゃないし、だからギリありえるならって感じだけど」
「そうか…………あ?」
確かに俺は、生まれてこの方一度も人の血を吸った事がない。
それで身体に不調が出た事も無いし、吸いたいと思った事も無かった。
身体能力だって人並みだ。まあちょっと運動神経はいい方だが。
つまり俺は人間だ。ただの人間な訳だ。
「……つまり、ただ本当に血がまずいだけの人間で、そこに何の理由もねえって事だな……」
「わーっ! カイトくーーーん!!!」
その事実が重くのしかかり、俺はついに床に手をついて崩れ落ちてしまった。
ただ血がまずい人間。そうか。
別に気にしていないから、本当に。
◇
「なんだか今日はすまなかったな、カイトを元気付けてやる事は出来なかったみたいだ」
「気にしないでくれ、だいぶ持ち直してきたから。タクは充分優しくしてくれたよ」
「そう言ってくれると俺も気が楽だよ」
昼休みも終わりそうな頃。解散前にタクが俺に謝ってくれた。
だが本当にタクが謝るような事など何もないのだ。こんな事で頭を下げないでほしい。
「あれ? なんかチカが倒れてる間に二人仲良くなってない?」
「……チカゲ、タクは本当にいい男だな。幸せにしてやってくれ」
「でしょ~? 絶対離さないんだからね~♡」
「俺はもう幸せだぞ。これからは俺がチカゲを幸せにする番だ」
「も~~~~~~~~っ♡」
タクはそんなセリフをしれっと口にするものだから、チカゲのテンションが有頂天になってしまう。喜びのあまり頬をおさえてくねくねしていた。
本当にどこまでもいい男だ、タクと言う奴は。
教室に戻る廊下の途中で、チカゲの言葉を振り返っていた。
『ギリありえるなら混血かなーとも思ったけど、それも無さそうかなぁ』
「混血……あり得るのか?」
まず、俺に吸血衝動は無い。生命活動にも他人の血を必要とした事は無い。
親戚に吸血霊鬼が居るなんて話を聞いた事もない。会った事のある血縁者の中に吸血霊鬼は一人も居なかった。
ならなぜチカゲの言葉がこんなに引っかかっていたのか。
ひとつだけ、俺は家族について全く知らない事があるからだ。
「…………母さん?」
俺は母親の事を知らない。
俺の出産はかなりの難産だったらしく、俺を産んで程なくして母さんはこの世を去ったのだと言う。
今更それが悲しいとか言うつもりは無いが、こういう話題になるとどうしても疑いたくなるところはある。
俺は会った事がないんじゃない、知らないんだ。何も。
母さんの写真は一枚も残っていない、俺の家にも父親の家にも遺影すらない。
俺が母さんについて知ってるのは、神上露美愛と言うらしい名前だけ。
一度父親に問いただしてみようか、俺の母親はどんな人だったのか。
「…………くだらねぇ」
そう思って、やめた。
久しぶりに父親に会いに行った理由が、自分の血がまずい原因を知りたいだなんてアホすぎる。
それにそんな理由で思い出される母さんの身にもなれって話だ。
何より今は俺一人暮らしじゃない、レイが居る。
レイを父親に会わせるのは抵抗があるし、一人残すのは論外だ。
「いいさ、これっきりだ」
俺の血はまずい。それはわかった。だから何だと言うんだ。
唯一の愛飲者であるレイが好きだと言ってくれてるんだから、俺がとやかく言う必要は無いだろう。
母さんの謎に比べたら些細な事だ。
「この話題は忘れろ俺。本当に、周りに哀れまれるだけだから……くぅ」
忘れろと言った傍から、悲しさに襲われてしまった。
大丈夫、これで最後だ。そのうち忘れるだろう。
だから今だけ、この悲しい現実に涙を流すとしよう。
教室に戻った俺がヒナにあらぬ誤解を与え、余計な心配をさせてしまったのはまた別の話だ。




