前日譚①
話は数ヶ月前まで遡る。
俺が彼女から告白されるなんて、微塵も想像していなかった頃のことだ。
きっかけは多分、彼女から仕事の相談を受けたことだろう。
彼女は同じ部署に勤める部下だから、俺も上司として真面目に対応した。彼女の良い所も悪い所も、なるべく客観的に見て指導した。
欠点を指摘されて喜ぶ人間は少ないだろう。俺だって嫌だ。だがこれも上司の勤め。部下に嫌われるのはつらいが、それが上司の役目というものだから仕方ない。
そう思っていたら、彼女からランチのお誘いがあった。先日の相談のお礼がしたいそうだ。
別に俺は仕事として対応しただけだから礼なんて求めてなかったが、悪い気はしなかった。むしろ嬉しくてちょっと舞い上がった。
仕方ないだろ、これまで女性と縁のない生活を送ってきたんだから。たとえ礼儀上の誘いだとしてもこんなレアイベント、見逃す手はなかった。
連れて行かれたのは、落ち着いた雰囲気のお洒落なカフェだった。こんな店に入るのは初めてだから大いに緊張した。ここ、俺みたいなおっさんが来ても大丈夫な場所なのか?
彼女が俺を気遣ってか、色々と話しかけてくれた。普段は黙々と仕事に取り組むタイプだから、意外な一面を見た気分だ。
同時に、部下にフォローされる自分が情けなくて非常に申し訳なかった。挙動不審な上司でごめんな。
食事を終えると、彼女はお礼だからと言って会計に向かった。
確かにそういう話ではあったが、俺の分まで支払わせるのは少し気が引ける。せめて割り勘で、と彼女を制しつつ俺も財布を取り出した。
財布を開けると、一万円札が一枚と小銭が数個。とても割り勘できる状況ではなかった。あっ、これはマズい。
……どうする?
やっぱり彼女に払ってもらう?
いやいや、自分から割り勘するって言い出しといてそりゃないだろう。格好悪いにもほどがある。
後でお金を崩して払うと言うのも、なんかちょっと気まずい。
そんな大して仕事ができるわけじゃないが、俺にだって一応は上司としてのプライドがある。それに、女性と食事なんて滅多にない機会。
こんな時くらい格好つけなくてどうする、俺!
「ごめん。細かいのなかったから、ここは俺が出しとくよ」
俺は強引に前に出て一万円札を出した。案の定、彼女は戸惑いを見せた。
「えっ、じゃあ……私の分は、後でお支払いします」
あ、そうか。先に俺が払って、後から彼女の分を貰うという方法もあったんだ。完全に失念してた。
「いいよいいよ、これくらい。俺も、知らない店に来れて楽しかったし」
いやしかし俺が払うと決めた以上、前言撤回はナシだ。
なるべく彼女に負い目を感じさせないよう、ヘラヘラと軽く笑ってみせた。
「でも……」
彼女はまだ納得していないようだ。
ならば仕方ない――
「また次の機会に出してくれればいいから」
ここまで言えば大丈夫だろう。「またの機会に」なんてのは社交辞令の常套句だし、察しの良い彼女ならわかってくれるはずだ。
現に彼女はそれを聞いて、すんなり引き下がってくれた。そうそう、それでいい。
こういう話で本当に次の機会が来ることなんて、あるわけないんだから。




