55 忘れたと思っていた思い出
どうぞよろしくお願いします。
私は頷いた。
「はい、医師でもあって、早瀬家でケガや病気の者が出ると、仕事の合間に往診されていました」
「……10歳の時の?」
「はい」
あの時、駆け付けた染野さんは、背中の傷を消毒して縫ってくれたのだが……。
背中を広く剥き出しにした状態で横になり、痛みを耐えている私を、片手で押さえ付けるようにして……。
ガラスの破片が残らないようにと丁寧に時間をかけていると言われたが、怪我していない部分の背中を何度も撫でるように触られ、何度も顔を覗き込まれて「痛い? 痛くない?」と聞かれ……。
傷や縫うのが痛いというより、そっちの方が不快で……。
でも治療だから、そんなことは言えず。背中の傷は私には見えない。だから、美咲にやられた時の痛みと驚きはずっと記憶と感情に残っていたが、治療の過程は……。
不快なこともあり、もう気にしないと忘れてた。
「嫌でした。
治療の合間に触られてるのが。
でも、治療してもらっているのに染野さんの手が不快とか、そんなことは言えず……。
もう、忘れました」
「そうか……、手が不快……。
染野はその頃からリアのことを手に入れようと考えていたのかもな」
私はうーんと困ったような顔をした。
「……傷って、再治療とかできるのかな?」
「傷痕を薄くする治療ならあると思うよ。
受けたい?」
私は、小さく頷いた。
車が動き出し、私はぼんやり車窓を眺めた。
「何か夕食、買って帰ろうか?」
ハヤトの言葉に漂わせていた意識がキュルキュルと巻き戻るような感覚になる。
「……う、はい。
今日は何だか、疲れました」
「……食べて行くと言っても、制服だからな……」
私は苦笑して頷く。
さすがに制服というより軍服が普通のレストランやカフェにいたら、目立つ。
「じゃあ、ドライブスルーのハンバーガーでも?」
私の提案にハヤトが笑う。
「ああ、久しぶりだ。いいな。ポテトもLで!」
「私はMでいいけど……」
ドライブスルーでジャンクな夕食をゲットした私達は宿舎に帰った。
リビングに入りテーブルの上に買ってきた物を置く。先にハヤトが書斎で着替えている。
私は棚の上の蜂蜜の瓶を見た。
花が2本だけ。
それも枯れかけてきている。
それを持って台所に行き、花を処分して、蜂蜜の瓶を洗った。
これで、本当に早瀬製薬との関係が切れた……と実感できた。
瓶はタオルで拭いて、また棚の上に戻す。明日、自分で花を買ってこよう。
ハヤトがリビングに戻ってきて「おまたせ」と言ってくれた。
夕食の仕度(と言っても、テーブルを拭いて袋から出すくらいだけど)を任せて、私は着替えに行く。
制服を脱いで、ブラシをかけてからしまう。洗面所に行き、シャツと靴下は洗濯籠に。
そして、手と顔を洗って、うがいをした。顔から口から水が滴り落ちている自分の顔を鏡で見る。
何かひとつ終わった気がしたけれど、まだまだわからないことが多すぎる。
亡くなった母に似てきた。
その時、母の主治医が頭に浮かんだ。
染野さんの前の研究リーダーで、父の友人だった。名前なんだっけ?
彼は、今どこに?
読んで下さり、ありがとうございます。




