37 新たな実験?
どうぞよろしくお願いします。
「あの時、中佐は、転んだ衛生士を庇って、背中に大きな傷を……」
井狩総班長が話し始めた。
背中に怪我をした父は、それでも彼女達を庇いながら後方の方へ撤退を続け、そこへハヤト達が駆け付けたことにより、その場で応急手当をしようとなったのだが、父は撤退の方を優先したのだそう。
すぐに医療施設で傷の保全治療をということになった時、急に父が治療を拒否したのだそう。
「拒否? 拒否した……って」
私は意味がわからず、言葉をくり返した。
鈴木医療士も力なく言った。
「私達にもわかりません。
応急手当を断ったのも……。
そんなに時間がかかるという治療ではなく、培養液を傷が乾かないように塗布するぐらいの……」
撤退する時にハヤトと話をして『ここから逃げろ』の言葉があったわけだよね……。
培養液に何かあったのだろうか?
「第三師団で使っている培養液は……」
「もちろん早瀬製薬のものです」
井狩総班長がすぐ答える。
そうだよね。
父は、何を、何に気づいて、治療を拒否したんだろう?
私は考え込んでしまい、井狩総班長と鈴木医療士は父のことを悲しく思い出していると思ったようだ。
「……お気を落とされないで」と鈴木医療士。
「ええ、治療を拒否してまで……。
何か中佐には思うところがあったのでしょう……。
その内容がわからないのは、気にはなりますが……」
井狩総班長の言葉がすべてを示している。
父が治療を拒否したのだ。何のために? 死よりも恐れたこと?
「ありがとうございます。
父は……、もう手遅れだと、自分自身で気がついて、そう判断したのかもしれません。
お話しにくいことをどうもありがとうございます」
鈴木医療士が私と握手して「中佐は本当に素晴らしい方でした。あなたも頑張ってね」と言ってくれて、退室して行った。
井狩総班長がそれを見送り、声を潜めた。
「鈴木は気がついていませんが、私は何か他に問題があったのだろうと思います」
井狩総班長!?
私はハヤトを見た。ハヤトが頷く。あ、前に言ってた協力者って?
「娘であるあなたなら、何か気がつくのでは?」
「……培養液、その、保全治療で使われている培養液に何か変わったこととか?」
「早瀬製薬の、薄いピンク色の培養液です」
「ピンク?」
「ええ、瓶だとわかりにくいんですけど、保全治療だとたくさん使うでしょう。
そうするとピンクがかっているのがよくわかります。一年半ほど前、ちょうどあの時期に、変わりましたよね。その後、また元の無色に戻ったような」
「……井狩総班長」
私は息をごくりと飲んでから言った。
「……ピンクがかっている培養液はありません。
培養液は無色です。透明です」
間違えようがない、私は水曜日まで病院の現場にいて、本社の在庫も見ているのだ。
二種類の培養液があるが、どちらも無色透明。
保全治療のため大きな水槽なようなものに溜めることもあるけれど、ピンクにはならない。
「え?
じゃあ、特別なのかしら?
切り替わって、その時はすごく治りが良かった記憶があるわ。でも……」
私は思い出していた。
父に魔物から採取した原液は淡いピンク色だと聞かされていたことを。
原液の培養は成功しているが、魔物由来の成分は使わないという方針が徹底しているので、それは管理されてるはずだ。
早瀬製薬が……、関わってる?
1年半前、父がアラスカダンジョンに長期の出向に行っていた時期だ。もしかして、その時に、早瀬製薬の研究室が何者かに……。そして原液由来の成分が入っている培養液が作成されているとしたら?
確かめたくても父が亡くなって、もう製薬会社の研究室には入れないし、もう社員でもない。
私の顔色が悪いことにハヤトが気がついて、無言で肩を抱くように支えてくれる。
読んで下さり、ありがとうございます。




