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3 お気をつけて

どうぞよろしくお願いします。

 私の身体が彼の身体にぶつかると思って踏ん張ってしまったが、さらに強く引っ張られ、彼の胸の中に抱きしめられた。

 父を思った。

 そう、父と少し雰囲気が似ていると思ったのも、きっかけだったのだと思う。


 カバンを持ってない。


 父は軍人だったので、会社で勤める人のようにカバンや書類入れを持たない人だった。

 私がそれを聞いた時『そうだね、機密事項を取り扱っているからね。全部頭の中に……と言いたいが、職場から持ち出せないものが多いんだよ』と教えてくれた。



 1年半前。父が戦死して、家の当主が叔父になった。私は庭の離れに追いやられ、さらに学校を卒業して成人する年齢を迎えようとしていたこともあり、上級学校には進まず、叔父の会社で社員として働くように言われた。

 卒業後も離れに住んで会社に通っていたが、従姉の美咲が私と一緒の車で会社に行くのは嫌だと言い出し、社宅に移るように言われた。

 離れにいた時は衣食住の面倒を見ているのだからと給料をもらえなかったのだが、社宅に移ったことで給料をもらえることになった。

 同僚はみんな私が前社長の娘で、現社長の姪だと知っているから、あまり親しくならないように……していたようだし。


 叔父夫婦とその娘である美咲と、別の所に住めるようになったのはほっとしたけれど、なんだか、私は透明で見えない人になったような気がしていた。

 


 あれはまだ一人暮らしに慣れなくて、疲れ切って帰りの電車の中でぼーっと立っていた時、彼が話し掛けてきた。


「詰めるように言いましょうか?」


 その言葉が自分に向けられていると気づくまで少し間があり、さらに意味がわからず、怪訝そうに自分の服や手を見て戸惑ってしまった。

 

 何か私の外見でおかしなところがあった?

 でも、わからなくて、私は困ったように彼を見た。


 彼は少し笑って座席の方を見る。

 確かに、今日はみんな微妙な隙間を開けて座っていて……。酔って両膝をだらしなく広げて寝てしまっている人もいる。

 私が座れるように、座席を詰めるように言うってこと!?

 私は首を振った。


「いいです! もう降りますから!」


「そうですか? お疲れのようですが。

 それに私より先の駅でしょう?」


 私は首を傾げた。

 彼ははっとして私から視線を外して「いえ、私が降りる時、あなたはまだ乗っているから」と言った。


 ああ、この茶色い眼鏡や私の地味で疲れている感じが悪目立ちしてしまっていたのかと思う。

 その時、彼が降りる駅に電車が滑り込んだ。


 彼は「では、お気をつけて!」と言って、降りていった。

 私は「ありがとうございます。さようなら」と小さく声を掛け見送った。


 それが彼との最初の思い出。


読んで下さり、ありがとうございます。

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