38 異変
どうぞよろしくお願いします。
「……母は武井先生にどこまで話していたの?」
武井先生は私が幼い頃、何かを教えてくれた時のような微笑みを浮かべて言った。
「薬が効き効きづらい体質であること。そして、ダンジョンから遠く離れると衰弱してしまうこと」
「それを父には?」
「言わなかった。
リーリラが内緒にして欲しいと言ったからね。
守秘義務って奴だよ。主治医と患者のね。
もうダンジョンはアラスカに移っていたが、フランスの防衛隊で女性隊員が魔物に襲われる事件が起きた。
殺されるではなく、彼女は妊娠して、魔物の子を死産した。
が、彼女は不思議な力を得た。
炎を操れるようになったんだ。そして、狂って、自らを焼き殺した」
「……日本にいる先生がなぜそれを?」
「染野だよ。
染野はアラスカダンジョンに毎年来て、そこでフランスの科学者を中心に結成されたDEを知り、魅了されたそうだ。
冬馬の『新人類』を加速度的に創り出す実験に、日本も参加することになった。
染野と稲岡が早瀬製薬を冬馬から預かっている秋馬に持ちかけ、ダンジョン部隊である第三師団と結びつけた。日本独自の実験として培養液に魔物由来の成分を混入させた。そして、過去に起きたフランスと同じ状態にして……」
「父が亡くなった時!?」
「ああ、後で襲われた部隊に冬馬もいたと。後から聞いたよ」
「父は、培養液の異変に気がついて……!
なんで、そんなことを!!」
「日本がDEの中で地位を得るためだ。
元々、冬馬の思想でもあるからね。
一応、安全性の実験はしたんだよ」
私は武井先生を悲しげに見た。
「ご自分の身体で、でしょう?」
「ああ、御覧の通り、私の古傷も治り、老化も食い止めることができてる」
「なんてことを……。
どんな副作用があるか!
父の実験の結果を、知っているでしょ!!」
「副作用ではない……、新しい力だ……。
私はダンジョンの力を得た。
リーリラが生きていれば、お互い支え合って、生きて行けただろう。
リーリラに必要だったのは、冬馬ではなく、今の私だ」
武井先生の暗い瞳が私を見た。
「君が生きていくには、私のそばで……」
私ではない。母に呼びかけている。
今はもういない母に。
武井先生は母を愛していたのか!?
主治医として、父よりそばにいることもあった。
父に母をダンジョンのそばに連れて行くように進言もできたはず。なのに、しなかった。
母が父と生きていくより、死んで別れることを望んだ?
心は得られなくても、父が母を失うことを意図的に選んだのかもしれない。
母はいなくなったのに研究を続けた。
父にはずっと内緒で……。
「……父が亡くなる少し前に、こちらに?」
「ああ、DEの日本支部としての拠点が必要だということで、ダンジョン近くで実験をする場所も必要だった。
ここは……、元は早瀬製薬の寮と薬局だったんだよ。
冬馬が死んで、私が引き継いでクリニックとして……。
ダンジョンから秘密裏に持ち出されたこの粘液を出す魔物の身体の一部を使って、次の実験を続けていて……。
あ、これは話してはいけなかったよ」
これまでは早瀬製薬で培養原液を使っていたが、ここに来て、直接魔物から採取した原液を使うようになったということ?
「……安全性?
どこが!
先生はご自分でわかっているでしょう。
先生の思考はおかしい!!」
「……染野も稲岡も、自分自身を実験体にするのは躊躇していてね。
リーリラと同じものになれるのであれば……」
「違う!!
母は人間だ!
魔物なんかじゃない!」
「わかってくれないとは残念だよ。
リーリラが生きやすい世界を創ろうとしていたのに」
「私はアレクサンドリアです!
リーリラと早瀬冬馬の娘の!
リーリラはもういない!」
「いや、リーリラは、ほら、そこにいるじゃないか……」
ちりちりした感覚が急に強くなる。
私を指差そうとする武井先生の手を慌てて隊員が止めようとして……。
「離れて!!」
私は叫んで、ハヤトと原隊員が動いた。
読んで下さり、ありがとうございます。




