20話 一ヶ月の成果
【神界】――地上の生物たちは決して踏み入ることのできない聖なる領域。
無限に広がる宇宙空間のように、無限の星が散りばめられている。
その空間の中央に当たるところに巨大な神殿が浮遊している。
その神殿の最上部に位置する巨大な空間で一人の男が煌びやかな装飾の玉座にもたれかかっている。
無機質な表情を浮かべるその男は、精巧な顔立ちに映えるほどの黄金色の長髪を吹き付ける風に靡かせている。
外見の年齢は二十代前半だが、それに似合わぬほどの雰囲気と威厳と風格があった。
この男こそ夜たちが打倒しようとしている神、ゼウスだ。
「そうか。タウロスの【勇者】が死んだか」
ゼウスは天井を覆う星空を仰ぎ見ながら、誰に言うでもなく呟く。
「たかが【英雄】ごときに殺されるとは、今回の【勇者】はまた随分な腑抜けらしいな」
ゼウスはそう言って玉座から立ち上がる。
コツコツと靴底を鳴らしながら、数歩前に進み、床一面に刻まれた魔法陣の前に手をかざして言う。
「まだ【勇者】を召喚していない国が多いな。『全能神の名において神託を下す。地上に我ら神々に仇なす存在、【英雄】が出現した。
今回の英雄は相当な手練れらしい。タウロスの【勇者】が殺された。
召喚していない国は疾く召喚し、早急に【英雄】を始末しろ』
これでいい。どこぞの蛇が強者を【英雄】としても、余が眷属たる神々の【勇者】には勝てぬ。だが、せいぜい余を楽しませるんだな」
最後に「ふっ」と鼻で笑い、ゼウスは再び玉座へ着いた。
△▼△▼△
夜たちが魔王国を出発する前日の夜。
オリビア、夜、マグヌスの三人は魔王城のベランダにある丸テーブルを囲って紅茶を飲みながら雑談している。
アスクレピオス、イリーナ、ジネヴラの三人は翌日の出発に備えて早めに眠りに着いている。
「あれからもう一ヶ月なんて早いですね」
「ああ、俺たちが目標を決めてからは特に早かった」
「確かに、それはあるな」
しんみりしたように話しだしたオリビアに、二人は同意するように頷く。
「なんというか、俺の腕が治るまで居させてくれた魔王城の人たちには感謝しなきゃな」
「ふふっ。ヨルさんは随分謙虚なのですね。この国はあなたが護ってくれたから今もこうしていられるんです。それで怪我をしたあなたのお世話をするのは当然のことです」
「まあ、それでも俺は感謝しているんだ。アスのこととか色々聞くきっかけを作ってくれたのもオリビア様だ」
「お互い感謝してばかりですね。それではお相子ということにしましょう」
「そうしてくれるとありがたい」
夜は微笑を作りながら、カップの茶を一口含んで静かに受け皿へ置く。
すると頃合を見計らったようにマグヌスが口を開く。
「話しを変えるが、イリーナとジネヴラの二人は一ヶ月前に比べて大分変わったと思わないか?」
「ああ、確かに。イリーナが腕の包帯を取り替えてくれるときに部屋で歩いているのを見たが、足運びがだんだん様になっていたな」
「やっぱりヨルさんは気付いていましたか。二人には明日になるまで内緒にしてくださいと頼まれていたんです」
「ワタシも頼まれたな。ワタシは口外しないが、ヨルにはばれていると思うと返したがな」
「そうだったのか。だから、二人に聞いても『あまり女性の秘密を探るものではありませんよ?』だの『ヨルさんには内緒です』ってはぐらかされたのか。
二人は隠したそうにしていたが、歩くときの姿勢と足運びで何してたのかは想像つくのにな」
そう言って夜は嬉しそうに笑い、マグヌスとオリビアもそれに続いて楽しそうに頬を緩める。
マグヌスは口が渇いたのか、カップを仰いで一気に飲み干し、テーブルの中心に置かれたポットから二杯目を注ぐ。
「マグヌス、あまり飲むと眠れなくなりますよ。明日は色々と忙しいのですから」
「それはわかっていが、この茶葉はとても美味だ」
「確かにそうですけど、飲みすぎは良くありませんよ」
「わかっている。それより、ヨル。あした模擬戦をしてみないか?」
「マグヌスとか? それは頼みたいな。左手の具合を確かめてみたいことだし」
夜は紅茶を一口飲むと、先日ギブスのとれた左手を開閉させる。若干動きが固いがそれでも始めに比べて大分動くようになっていた。
それに対してマグヌスは首を横に振って答える。
「違う、違う。ワタシではなくイリーナとジネヴラとだ。二人がどれほど強くなったか気になるだろう?」
「ああ、確かに気になるな」
「そうだろう。では、明日の朝食時に伝えておこう」
「わかった」
そう言って夜はティーカップを空にして席を立ち上がると、オリビアが不思議そうに見ながら、
「どうしましたかヨルさん?」
と聞く。
「ああ、明日の模擬戦のために早めに寝ようと思ったんだ」
「せっかく明日出発してしまいますのに、ゆっくり話せるのは今夜しかないんです。もう少し話しませんか?」
「明日の準備が――」
「だめ……でしょうか?」
「う……」
夜は断ろうとしたが、オリビアの宝石のような瞳を潤ませた上目遣いに夜はうろたえる。
「わかった。少しだけなら」
「ありがとうございます」
口元をによによと緩ませながら椅子へ座ろうとしている夜にマグヌスは内心、(チョろッw)と笑っていた。
その後の長時間の雑談と紅茶の影響で夜の睡眠時間が激減することになった。
△▼△▼△
早朝、早めの朝食を終えた夜たち五人は訓練場で準備運動に勤しんでいる。
「眠い……」
夜は目元を擦りながら呟く。もう陽の頭が見えそうな時間帯まで会話に興じていた夜は、何度目かもわからぬ欠伸を噛みしめていた。
「寝不足か? ヨル。あまり遅くまで起きていると身体によくない」
「わかっている」
「では、全員揃ったことだ。早速模擬戦を始めよう」
マグヌスは張り切っているようで弾んだ声音
で言う。
「そうですね。マグヌス、あなたは審判を。夜さんたち三人は準備してください」
五メートルほど離れた位置でイリーナとジネヴラは対戦相手の夜を見据えて構えている。
ジネヴラは両手に持った斧を胸の前で構え、イリーナは右手を夜に向け、いつでも魔法を撃てるように準備している。
「あの二人そういうことか。俺を寝不足にした状態で戦わせようとしていたのか」
夜はあらかじめアスから借りた白銀色の刀を鞘から抜く。
「はじめ!」
マグヌスは高く上げていた右手を勢いよく下ろす。
それが合図となり、イリーナの右手には瞬時に魔力で生成した水の塊が出現し、一直線で夜へ放たれる。
(水魔法か)
夜は横に移動させることでそれをで難なく躱し、即座に間合いをとろうとする。
だが、【身体強化】で正面から接近してきたジネヴラによって夜の狙いは防がれることとなる。
「てい!」
とジネヴラは気抜けするような掛け声と共に振るう。
以前のようにやたらめったらに振り回すのではなく、動きが読みづらいかつ隙がない。
夜も【身体強化】で応戦するも防戦一方だ。
その間にイリーナは複数展開した魔法陣から球状にした水の塊を夜に撃ち込む。
それらはジネヴラの斧を受け止めている夜に着弾した。
水球が爆散したことでできた水蒸気に夜が包まれるとジネヴラはバックステップで距離をとった。
「これはなかなかだな」
「そうですね。まさか二人がここまで強くなるなんて思いませんでした」
夜に攻撃が入り、マグヌスが感心するように声を漏らすとそれに対してオリビアも頷く。
「だが、今の攻撃はヨルには大して効いていないのではないか?」
そう言ってアスが夜を指差すと水蒸気を一閃し、無傷の夜が現れる。
まだ【身体強化】は切れていない。
「やっぱまだ身体が鈍っているな。早くもとの感覚を戻さないとな」
「あれを食らっても無傷ですか。流石ヨル様ですね」
「でも一撃入れられたのは嬉しいです」
「戦闘中に会話か?」
夜は不意をついて、二人の背後へ一瞬で移動。
二人は急なことに対応できないかのようにその場から動かない。
夜は速度を緩めないままイリーナの横腹目掛けえ刀を一閃する。
――ガキンッ!!
訓練場に甲高い金属音が響く。
「なに!」
夜が一閃した刀は【身体強化】を使ったイリーナのショートソードに防がれていた。
「ヨル様ならそう来ると思いました」
「今です!」
ジネヴラが斧を夜の脳天目掛けて振り下ろす。
「俺だってこの一ヶ月何もしていなかったわけじゃないんだ」
夜が呟くと頭上に迫る斧を強化した左手で払った。
ジネヴラがその衝撃に耐え切れずに夜から少し離れたところに着地。
だが、間髪いれずに即座に夜に飛び込むように接近。
夜は続いて刀と鍔迫り合いの状態のイリーナの剣の刀身を素手で握る。
ガリガリと剣と夜の手を覆った魔力が火花を散らす。
「ぇえ!?」
イリーナは驚いた声を上げる。
夜はにやりと笑うと再び刀をイリーナにがら空きの腹に峰の部分を叩き込んだ。
イリーナは「う゛!」と苦悶の声を漏らし、膝を着いて倒れる。
夜はそのまま返す刀で、視界の端から迫るジネヴラの斧を受け止める。
一瞬、力が拮抗状態になる。
だが、夜が鍔迫り合いの刀に押し込むように力を込めたことでジネヴラが後退する。
ジネヴラの足が地面に着く。
瞬間、夜は一瞬でジネヴラの背後に移動。
反応される前に夜は手刀でジネヴラの首筋を軽く叩く。
それによりジネヴラは意識を失って倒れるところを「おっと」と声を漏らしながら夜が支えた。
それらの流れを見ていたアスとオリビアは
「どうやら、ヨルさんは魔力操作の精度を上げたようですね」
「そうだな。この一ヶ月で魔法剣を習得しようとしていたのだ。残念ながら習得にはいたらなかったがな」
「そうだったんですか?」
アスの言葉にオリビアは驚いた声を上げる。
「終了だ」
二人が話していると夜は審判のマグヌスに告げる。
「なぜそう言う? ワタシはまだ試合続行と判断している」
「なに? どいうこt――」
夜が言い終える前に、夜は背後の気配を感じて前方に転がるように移動した。
ジネヴラは夜が動いた瞬間にオリビアの【転移魔法】で安全なところへ移されたようだ。
夜は体勢を整えてから先ほど立っていた場所はイリーナの剣に一閃されていた。
「なんだ? さっきのは気絶したふりか」
「えぇ。まともに戦っても勝てないので。もし、ヨル様が逆の立場でしたらそうすると思いました」
「なるほど。勝つためには卑怯な手段を厭わない、か。いざ自分がやられてみるといい気分はしない」
「そうでしょうね。行きます!」
イリーナは再び【身体強化】をして夜に迫る。
夜もそれに応じるように【身体強化】を使って刀で剣を受け止める。
刀剣同士がぶつかった瞬間に、二人の手元はぶれるように動くと同時に金属音がせわしなく響く。
手数で押していく戦法だ。
夜は目にも留まらぬ剣速で刀をぶつけていく。
イリーナは何とか防いでいるが、それでも防ぐので手一杯だ。
ついに、夜はイリーナの剣を弾き飛ばすと、瞬時に突きの構えをとる。
そして、一歩踏み込んでイリーナの喉元へ切っ先を突きつけた。
「そこまでだ!」
マグヌスが張った声で試合終了を告げる。
その合図に応じて二人は剣を降ろした。
「やっぱり、ヨル様は強いです。今、私たちが直接戦ってそれが再認識できました」
「こっちこそ。イリーナたちが一ヶ月でこんなに強くなっていることに驚いた」
「はい。ヨル様にそう言ってもらえてうれしいです。
それと、左手の完治、おめでとうございます」
「ありがとう。イリーナたちのおかげだ」
実際はまだ完治には程遠いんだけどな、という言葉を胸に押し込み、夜が少しはにかんだようにお礼を言うと、イリーナは「いえ、ヨル様のお役に立ててよかったです」と頬を赤らめながら言う。
「うみゅ……。終わったですか?」
このタイミングでオリビアに軽い【回復魔法】をかけてもらっていたジネヴラが意識を戻す。
「じゃあ、ジネヴラも起きたことだ。そろそろ出発しよう」
「そうですね」
「わかったです」
夜は近くに来たアスに白銀色の刀を返し、代わりに黒刀をもらう。
城門前で、荷物を積んだ馬車の操縦席へ座りながらイリーナとジネヴラが乗り込んだのを確認する。
アスは夜の隣の席に座っている。
夜はあらかじめオリビアからもらった転移石を懐から取り出し、
「オリビアもマグヌスもこの一ヶ月ありがとうございました」
と感謝を伝える。
転移石に魔力を込め、【転移魔法】が発動させようとしたが、オリビアが発した言葉によって止めることになった。
「ヨルさん」
「はい?」
「マグヌスも連れて行ってください」
「「「「…………」」」」
一瞬の静寂。
「え、ぇぇえええ!!」
マグヌスの驚愕の叫びが魔王城にこだました。
読んでくださりありがとうございます。
誤字、脱字や気になるところがございましたら気軽にご指摘ください。




