19話 一ヶ月の滞在
夜が目を覚ましたのは次の日の朝だ。
包帯でぐるぐる巻きにされた左腕に夜は少し驚いたが、痛みが走ったことで表情を歪める。
続いてベッドから立ち上がろうとしたが、足が重くて動かなかった。
「ど、どういうことだ?」
夜は不思議に焦った声を上げると、丁度同じタイミングでコッコッと小気味のいいノックオンが室内に響く。
「ヨル様ー。入りますよー」
部屋に入ったのはイリーナだ。
「イリーナか。おはよう」
「おはようございます。今回は随分とひどい怪我ですね。【身体強化】の酷使の所為で一週間は動けない上に、左手は回復魔法を使っても全治一ヶ月ですよ?」
「一ヶ月だと……。その間に身体が鈍ったらどうするんだ……」
「今は治すことだけを考えてください。ヨル様の手首と指の骨は変形している上にボロボロになっているのですよ」
「…………」
夜はあまりのショックに言葉が出なかった。
「わかったらきちんと寝ていてくださいね。今、朝食を持ってきますから」
イリーナはそういって部屋から出ようとしたところを夜は「ちょっといいか」と呼び止める。
「なんですか?」
「アスはどうしているんだ?」
「アスクレピオス様でしたら、訓練場で素振りをしていますよ? なんというか、かなり精錬された太刀筋でした」
「そうか。珍しいな」
アスが素振りしている様子を想像した夜は微笑を浮かべながら言う。
すると、グゥ~~と空腹を知らせる音が夜の腹から鳴る。
夜の気まずそうな様子にイリーナはクスりと笑い「朝食を持ってきます」と部屋を出た。
しばらくすると、イリーナはおぼんにパンと果実のジュースらしき飲み物乗せて入ってきた。
その後ろからジネヴラがトテトテーと続く。
「おはよー、ヨルさん」
「ジネヴラか。おはよう」
「ヨルさん。手は大丈夫ですか?」
「うん。全治一ヶ月と言われた」
夜は包帯でグルグル巻きの腕を掲げて見せる。
「じゃあ、しばらくは戦えないのですね」
「まあ……そうなるな」
「じゃあ、その間ジネヴラがヨルさんを護るです」
「ありがとなー」
夜は何とか動く右手でジネヴラの頭を優しく撫でると、ジネヴラは「えへへ~」と表情を緩める。
イリーナはそれを見て「むっ」とした表情をして夜に頭を近づける。
「どうしたんだイリーナ」
「私にも頭を撫でてください。ヨル様の包帯を取り替えたのは私なんですよ」
「あ、ああ。ありがとうイリーナ」
「あら、目が覚めたようですね」
夜がイリーナの頭を撫でていると、入り口からオリビアが声を掛けてから部屋に入る。
その後ろにマグヌスも続く。
「この度は我がオリビア魔王国を救っていただきありがとうございました。そのお礼にといいますか、ヨルさんには傷が完治するまで城にいてもらいたいのですがどうでしょうか?」
「う~ん。それは俺が決めることじゃないな。俺はジネヴラをドラゴニュートの峡谷に送り届けなければならなんだ」
夜は顎の下に手を置き考えるそぶりをしながら言う。
それからジネヴラの方を向き、ジネヴラはどうしたいか尋ねる。
「ジネヴラは早く故郷に帰りたいだろ?」
「う~ん。ジネヴラは早く故郷に帰るよりもヨルさんが元気になるほうがいいです」
「そうか」
「ジネヴラちゃんがそう言っていることですし、オリビア様のお言葉に甘えることにします。一ヶ月間お世話になります」
「こちらこそよろしくお願いします。一ヶ月間楽しく過ごしましょう」
イリーナがそう言って頭を下げると、オリビアは嬉しそうな笑顔を向けた。
「あの、オリビア様とマグヌス様にお願いがございます」
夜が朝食を食べ終え、四人が部屋から出るとイリーナが意を決したように口を開いた。
「わたくしたちに出来ることでしたら力になりますよ」
オリビアの言葉にマグヌスは「ワタシもだ」と頷く。
「ヨル様が療養中の一ヶ月間、自分の身を自分で護れるくらいに私を強くしてください」
「ジネヴラもお願いするです」
二人はそう言って頭を下げる。
それを見たマグヌスとオリビアは互いの顔を見合わせ頷く。
「おまかせください。わたしたちが一ヶ月でヨル様に一太刀浴びせられるくらいには強くしてみせます」
「引き受けてくださるのですね。ありがとうございます」
「ありがとうです」
イリーナは安堵の表情を浮かべ、ジネヴラは嬉しそうにしている。
「では、そうときまれば訓練場に行くとしよう」
マグヌスはそう言うと訓練場へ続く廊下を早歩きで進み、その後をオリビアたちが続く。
こうしてイリーナとジネヴラの一ヶ月間の修行が始まった。
△▼△▼△
魔王城で過ごして一週間が経った。
イリーナとオリビアは魔王城の訓練場で、戦い方を教わっているところだ。
オリビアはいつもの真紅のドレスだが、イリーナはキュロットにノースリーブという動きやすい服装に、一本のショートソードを腰に下げた格好だ。
イリーナは主に魔力操作を教わっている。
イリーナが教わる魔力操作は、空気中の魔力を自身の魔力に変換するものだ。
元々体内の魔力量が少ないイリーナは、魔法戦闘向きではないため、身に付ける必要があった。
初めのうちは空気中の魔力に干渉することすら間々ならなかった。
だが、ここ一週間でコツを掴んだらしく数分間だけだが干渉することができるようになり、使える魔法の幅が広がった。
さらに、三日前ほどからマグヌスから剣術も教わっている。
「はぁああ!」
イリーナは右手に魔法陣を展開させ、マグヌスに向けて魔法を放つ。
空気中から水を集めるように働きかけ、それらの水を槍のように鋭くして放つ魔法――アクアジャベリンだ。
水の槍がオリビアに着弾する直前に、オリビアを囲うように球状のバリアに阻まれ雲散した。
オリビアは右手を横に一閃する。
すると、右手の軌道上にさきほどイリーナが放った魔法と同じ水の槍が等間隔で八本ほど並び、イリーナに向けて一斉に放たれる。
イリーナは両手を前に出すと、イリーナを守るように地面から土壁が突き出る。
その壁に八本の水の槍が突き刺さると、そこから罅が広がり、壁が崩れる。
それと共に水の槍も雲散した。
土壁が崩れた頃には既にイリーナは次ぎの攻撃に移る。
イリーナは両脚だけだが、魔力を流して脚力を大きく上昇させると五メートル以上離れた間合いを詰める。
間合いを詰める過程で腰のショートソードを抜くと、袈裟懸けに振るう。
オリビアは「ふふっ」と微笑を浮かべ、【身体強化】で全身に魔力を流す。
ショートソードが肩に当たる直前、オリビアはショートソードを左手で掴んだ。
「えっ嘘!」
イリーナは驚愕の声を上げる。
それに対し、オリビアは予想通りの反応にニコニコとした表情を作っている。
(私は両手なのに、オリビア様は片手でいとも簡単に受け止めた!?)
「驚いていますね」
オリビアは剣を離しながら言い、イリーナはこくりと頷く。
「【身体強化】は自身の身体能力を高めるだけではありません。肉体の強度も上げることもできるのです。だからこのように素手で剣を受け止めることもできます」
「そういえば、マグヌス様もヨル様に斬られたとき無傷でした」
「ああ、マグヌスの【身体強化】は鋼以上の強度を持っていますからね。
それよりいつから剣を使えるようになったのですか?」
「ジネヴラちゃんの訓練に混じって剣の練習をしていました。
マグヌス様は一日中鍛錬を積んでいますから。それで、少しですが【身体強化】も」
「なるほど、そういうことでしたか」
オリビアは納得したように頷く。
「私、これからも鍛錬を積んでいきますのでよろしくおねがいます」
「任せてください。さて、そろそろ再開しましょうか」
オリビアの言葉を合図に修行を再開することになった。
一ヵ月後のイリーナの成長具合に誰もが驚くことになるのはまた、別の話だ。
△▼△▼△
一方、別の訓練場ではジネヴラとマグヌスで斧と魔法剣を打ち合っている。
ジネヴラが受けているものは実戦形式での訓練だ。
「ワタシは教えるのは得意ではない。だから互いに武器を交えながら技を盗む形式にしよう」
とマグヌスが言い、決まったものだ。
ジネヴラの使用武器は二本の片手斧だ。
この二本の片手斧には【不壊】と【身体強化】が付与されているため、マグヌスの魔法剣とある程度は打ち合えるようになっている。
「やぁあ~!」
ジネヴラは掛け声と共に地面を踏み込む。
マグヌスに接近しながら自身の【身体強化】に加え、斧の【身体強化】を重ねがけしたことでかなりの速度でマグヌスに接近する。
「甘い!」
マグヌスは魔法剣で斧を弾き返す。
ジネヴラは地面に両足を着き、体勢を整えようとする。
そこへマグヌスの左手の拳の追撃が迫る。
「おっと」
ジネヴラは足元がよろめいたのを利用し、そのまま倒れ込み拳を転がって回避。
避けきったと同時にジネヴラの【身体強化】が切れる。
「強化が途切れているぞ!」
マグヌスは一瞬で近づき、ジネヴラの頭へポンと軽く掌を置く。
「あ、またです」
ジネヴラはしゅんとした声を漏らす。
「やはり、ジネヴラの弱点は【身体強化】の持続力が短いところだな。
【身体強化】の重ねがけが使えている時点で魔力量も魔力操作が拙いわけではないはずなんだがな」
マグヌスは顎に手を置き、考えるそぶりをしていると、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、ジネヴラは龍人族だったな」
「はいです」
「では【龍魔法】は使えないか?」
「【龍魔法】ですか?」
ジネヴラはわからないという風に首を傾げる。
「ドラゴンが使うようなブレスや威圧などがある。知らないか?」
「う~ん。よくわからないです」
「そうか。では故郷に帰ったら聞いてみるといい」
ジネヴラは「そうしてみるです」と頷く。
「では、再開しようか。ひたすら【身体強化】を使って持続力をつけるコツを掴むんだ!」
「はいです!」
マグヌスがそう切り出したことで、再び金属同士がぶつかるような音が訓練場に響く。
△▼△▼△
一週間が過ぎ、夜は左手以外動かせるようになっていた。
夜は自室で足捌きを磨くため、広い部屋のスペースを生かして動き回っている。
その様子をアスはベッドに腰掛けて眺めている。
一区切り着いたのか、動きを止め、残心を解くとアスへ近づきタオルを受け取る。
「一週間も座ったままだったから鈍っているな……」
夜は残念そうに額をタオルで拭きながら呟く。
「そうだな。徐々に取り戻していけばよい。無理して悪化ということになれば元も子もない」
「わかってるさ」
夜は一通り汗を拭くと、左手の包帯をくるくると解き苦い表情で左手を見る。
変形した手首の骨は正常な形に戻り、指の骨もボロボロだったものが外見はしっかりと整っている。
「しかし、なかなか動かないな。本当に元に戻るのか不安だ」
「まあ、大丈夫であろう。それに、動かなくなったとしても我が責任をもって治してやる」
「治せるんだったら今直ぐにでも治して欲しいものだ」
「まあ、我もできたらそうしている。【権能】はただではないということだ」
「代償が伴うんだろ」
夜は用意されている鎮痛剤のポーションを腕に振りかけながら言う。
すると、アスは話しづらそうにしてからポツリポツリと尋ねる。
「そういえば、ヨルは何も聞かないのか?」
「何も、とは?」
「【権能開放】のことだ。人格を取られることを黙っていただろう。それが……」
「ああ、最初は聞こうと思っていたが、よく考えると普段から俺のことを考えてくれているアスのことだ。
何かしら考えがあったんだろう。
俺は何だかんだでアスを信頼しているから責めることはないな」
「うぅ……//// なかなか嬉しいことを言ってくれるな。この、女誑しが」
「ええ!?」
「まあいい」
アスは「ふふっ」と微笑を浮かべると話しを切り出す。
(なんというか、アスが微笑を浮かべているときの表情が一番好きだな)
夜はアスの表情を見て密かに思う。
「【権能開放】について話そうか。我がヨルにそれをしなかったのは、我の魔力の耐性をつけてほしいからだ」
「耐性?」
「我の魔力はヨルには負担が大きすぎるのだ。特に固有能力である【権能】は尚更だ。
今の夜では一度でも【権能】を使えば体内の魔力が暴走して自壊することになる」
夜は「自壊」と聞きゴクリと固唾を呑む。
「だから、我はヨルに【身体強化】などの魔力操作を多く使わせることで我の魔力の耐性をつけてもらっているのだ。
そしてある程度耐性が着いたら夜が使える能力を増やしている。いずれは【権能開放】を無制限で使いこなせるようになってもらう」
「なるほどな。そういう意図があったのか。参考までに次ぎは何ができるようになったら新しい能力がもらえる?」
「そうだな……。魔人族固有の魔法剣でも使えるようになれば【権能】が使えるな」
「魔法剣か……。難しいな」
弱気な返答だが、夜の目は習得する気しかないことを物語っている。
「だろう? まあ、できるようになれば文句なしだ」
夜の意志に溢れた双眸に、アスは嬉しそうに言った。
「とりあえず、これから先は身体の鈍りの解消と、魔力操作を極めることに専念するか。躓いたときのアドバイスは頼んだ、アス」
「任せておけ」
夜もまた、目標を達成するための残り三週間を過ごすことになる。
読んでくださりありがとうございます。
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