敵は闇の中
残念ながら、これからがシリアス本番です
ということで負けました。ええ負けましたとも。
そもそも力量差があり過ぎる上にケガまでしてたのでしょうがないと思います。
「お前、殺すとか言って本当に本気じゃなかったのな…… 散々説教かましといて実は手加減されてたとか…… 俺マジで死にたくなったわ」
「う…… い、一応本気ではあったよ……」
恨めしい目付きで田嶋を見ると、彼女はサッと顔を逸らした。
再度の立ち合いは開始直後から暗器投擲の雨あられ、いやもうあれは弾幕だ。
本気でアイテムボックスとかいう異世界チートを疑うくらいのボールペンの嵐から逃げ惑っていたら、あっさり背後を取られて口の中にカッターを突っ込まれた。
そして最後はチキチキ言ってるカッターで舌をペタペタされながらの降伏勧告。チビるかと思った。
マグレとはいえ、火竜で大金星を上げてちょっとだけ強くなった気でいたけどダメダメだった。
最近負けてばっかりな気がする。
思い返してみてもサムライガールにドヤ顔した事くらいしか思い出せない。それだって圧倒的に負け越した上での辛勝だった。しかもJC相手にガチンコとか、俺マジで何やってんの。
ドカリと草むらに腰を下ろすと、田嶋が心配そうに俺の肩を見下ろしている。俺は気にするなと手を振った。
正直、痛いは痛いけど出血も大分収まってきているし、痛覚耐性のおかげか耐えられない痛みでは無い。
田嶋の顔には盛大な罪悪感が浮かんでいるけど、決闘で怪我しといて相手を責めるとかあり得ない。怪我が嫌なら決闘すんなだし、そもそも冒険者辞めろの話である。
「まあともかくお前の勝ちだ。レベルアップ鑑賞は諦めないけど、まずお前がどうしたいか言えよ」
そう俺が言うと、田嶋は恥ずかしそうに俯く。
そしてしばしの沈黙の後、消え入りそうな声でポツリポツリと語りだした。
「私は、本当は後衛をやりたい…… 夢が、あるの」
「割と興味ある。教えてくれよ」
「笑わない……?」
「笑わないって」
田嶋は何回か口を開いては閉じてを繰り返し、そして意を決したように顔を上げた。
「私の夢は…… たくさんお友達を作って、そして…… みんなを――――」
――――パチパチパチパチッ
いきなり背後から鳴り響いた拍手。
田嶋が口を開けたままピシリと固まる。
そして……
「いやぁ~ セクシーだったよ一之瀬!」
「……ミナト、よくやった」
田嶋が肝心な部分を言いかけたタイミングで現れた闖入者。
俺は溜息を吐きながら首だけで振り返った。
「お前らちょっと空気読めよ。いつから見てたんだよ……」
闇夜の中、微かな光に浮かび上がったセクシーサムライ――――佐々木はサッと髪を掻き上げ、なぜか胸元をバッと開いてドヤ顔を披露。
そして我らが撲殺天使―――葵さんは「ふんすっ」と鼻息も荒く無駄に胸を張っている。
「ちょうど今来たばかりさ」
「……そう、今来たばかり。具体的に言うと、ミナトが「お前には殺されない」と約束したあたりから」
「ほとんど最初からやんけッ!」
思わず叫んでしまった。
初撃が終わった直後くらいから青春活劇を見られていたと思うといたたまれない気持ちになる。穴があったら入りたい……
「おい葵、お前、相方なんだから助けに入れよ。ヤバかったんだぞ」
「いや、あの熱い闘いは邪魔できないよ一之瀬。ダメな事だと頭では分かっているんだけどね、エルダーはどうしても『決闘』に対してセクシーになってしまうんだ。葵ちゃんだって我慢してたんだよ?」
そうなのか? と葵を見ると、葵は「そのとおり」といわんばかりに重々しく頷いた。
「……珍しくミナトが本気だったので」
「なんだよ珍しくって…… 俺いつも本気だっつーの」
「……高速保存余裕でした」
「そういう言い方やめろよ……」
再度溜息をついて上を向くと、田嶋が口を開けたまま固まっていた。
隠密職として気配察知には優れているはずなのに、二人の接近に気付かなかったあたり、相当自分の世界に入り込んでいたらしい。
俺は苦笑しながら立ち上がる。今更ながら肩が酷く傷んだ。思わず顔を顰めると、我に返った田嶋が俺の肩に手を伸ばし―――そして怯えるように引っ込めた。
「気にすんな田嶋。大した傷じゃないし息吹を出たら治る。これでも痛覚耐性は異常に高いんだぜ俺」
「で、でも……」
「大丈夫だって。それより問題は痛みより見た目だな。バレたら色々めんどくさいし出血だけでもなんとかならないもんか……」
「あ、あのッ、一之瀬クン、それなら私―――」
また田嶋が何かを言いかけた時、佐々木が無事な方の肩を叩く。
今度は何だと振り返った俺の鼻先に、何となく見たことがある小瓶が突き出される。
「一応聞いとくけど、何コレ?」
「斑目先輩特製の一之瀬用治療薬さ。こんなセクシーもあろうかと貰っておいたんだ」
先輩が優秀なのは知っているけど、マルチビタミソシリーズの極悪さもよく知っている。
EのDになったりおっぱい出たりと、とにかくやりたい放題だ。しかも『一之瀬用』のあたりに確かな悪意を感じる。
俺は警戒するように言った。
「副作用は……?」
「3日以内に解毒薬飲まないとレベルアップ体験だってさ」
「地味に凶悪なヤツが来やがったなチクショウ…… そもそも薬を飲むのに解毒薬が必要ってどんな理屈だよ。ちなみに解毒薬は……?」
「斑目先輩が持ってるって言ってたよ」
「セットで渡せよ…… ていうかお前も良い笑顔だなオイ」
俺は一瞬迷ったが、小瓶を受け取った。
怪我自体はどうにでもなるが、集合場所に戻って誰かに見られたら絶対に説明を求められる。
ここら辺のレベル帯だと、モンスターにやられましたというのは不自然で、先生たちを騙し通せるとは思えない。結果、田嶋との決闘に言及せざるを得なくなるだろう。
「っつーか、念のため言っておくけど……」
「わかってるさ一之瀬。セクシークレットだね」
「……セクシーではない。スレンダー」
「お前らホントわかってる……?」
死に戻りや治癒機能があるとはいえ、怪我や死というものには多大なストレスが発生する。それが対人によってもたらされる事で、ダンジョン内では収まり切れない悪影響が発生する場合がある。
人間関係の悪化は言わずともがな。逆恨みの挙句、『外』での傷害、最悪の場合は殺人と、事件に発展したケースも実際にあるのだ。
学生の身分である俺たちはもちろんだが、決闘を行う際には相応の実力を有する『立会人』を選任する事が法で求められている。準決闘行為に該当する戦闘大会にも必ず審判が付されているのはこのためである。
一般的な『訓練』の一環と解される対人戦闘行為についてはこの限りではないとされているが、明らかに授業ではない状況、先生たちの目の届かない場所、そして片方が明確に殺害宣言した上での戦闘だ。
バレたら怒られるどころの話ではない。下手したら停学まである。
出来ればそれは避けたい。
「まあ、背に腹は変えられねえか」
「あ、あの、私が……」
キュポン と栓を抜いて一息に呷る。
とんでもない味を想像していたが、まさかの男梅味だった。こだわる方向性が完全に間違ってる。
「これで効き目も大した事が無かったら最悪だな」
「……血が止まってる」
「え、マジ?」
俺は目を見開いた。葵も珍しく驚いている。
見れば葵の言う通り、肩口の出血が止まって癒着が始まっていて、科学の力だけでは成し得ない凄まじい効き目だった。これならば制服を多少洗えばなんとか誤魔化せそうだ。
漫画と違い、実際の切創は肉の花が咲くように開いて捲れ上がるものだ。
もし細身のナイフが刺さったりした場合、少なくとも見た目、切り傷というよりは円形の穴である。
なので、切創は縫合しなければ中々ふさがらないものなのだが、錬金術というのはそういった理屈は無視するらしい。ダンジョン由来の技術のチート加減を今更ながら思い知らされる。
「これなら何とかなりそうだな。先輩が素直に解毒剤をくれるか心配だけど」
「なんか解毒剤は有料らしいよ?」
「なんだその悪徳商法は…… まあそれは後でいいや。とりあえず帰るか」
「そうだね、あんまり遅いと先生たちが心配する。一応モンスターも出没する事だし」
「……ミナト、私はオバケが怖い」
葵が俺の右腕を掴む。やたら胸を押し付けてきてる気がするが、ゴリゴリするので気のせいだろう。
俺達4人は来た道を戻り始めた。
森の中を突っ切る小道は決して狭い獣道ではないものの、肝試しのルートに選定されるほどには薄気味悪く、不気味な何かが息を潜めているような感覚に陥る。
気にしだすと木の影から何者かに見られているような気もするし、すぐ目の前の茂みから何かが飛び出して来るのではないかと疑心が沸く。
偽物の月明りは生い茂る木々に阻まれて届く事は無く、魔法の使えない俺たちは懐中電灯の頼り無い光だけが光源だ。
「ゾンビ系とかゴースト系のモンスターなら平気なのに、何と言うか、こう…… 幽霊は別物だよな」
「そういえば、結構昔に廃病院のドッキリでパニック起こしてニュースになった冒険者がいるらしいよ」
「……聞いたことある。必殺アーツ繰り出して周辺を更地にした」
「高レベル冒険者にドッキリとか…… 昔のテレビ局は気合入ってたんだな」
ここに来て初めて感じた肝試しっぽい空気に、ちょっとだけテンションが上がりながら軽口を叩き合う。
田嶋が会話に参加しない事が気になってチラリと振り返る。控えめに斜め後ろを付いてくる姿がまるっきり貞子さんで心臓止まるかと思った。
そんなこんなで半分くらい路程を消化した時だった。
俺と葵が対遠距離攻撃訓練の成果について話していると、少しだけ前を歩いていた佐々木が突然、ピタリと足を止める。
「ん? 佐々木、どうしたんだ?」
俺の問いに、佐々木は低く掠れた声でボソリと呟いた。
「いる……」
何が? と開きかけた口を途中で閉じる。いつもヘラヘラしている佐々木の横顔が、見たことも無いほど緊張していたからだ。
佐々木のただならぬ様子に、葵が俺の腕から離れて佐々木の視線の先を睨み付ける。
二人の反応に遅れるようにして、俺は前方に目を凝らした。
「……穢れた気配」
「化け物、め……」
少しだけ木々がまばらになり、青白い月明かりが差し込む小道の先に微かな違和感。
目を凝らし、そこに誰かがいると知っていないと認識出来ないほどの気配。
知覚を総動員する事で、徐々に薄闇の中にボウっと浮かび上がる影。あれは―――
「―――人……か……?」
俺の呟きは返答が無いまま闇夜に溶ける。何となく人のような気がしただけで、はっきりと見えたわけではなかった。
おそらく佐々木も葵も気配に反応しているだけで、はっきりとその姿を捉えているわけではないはずだ。
1秒、2秒、そして3秒の沈黙。
視界の隅で、佐々木が鬼気迫る表情で刀の鯉口を切る。普段は絶対に見せない完全なる臨戦態勢だ。
そして葵がハンマーを腰だめに構えたところで、冷や汗が一筋頬を伝った。
ここは息吹で、モンスターの少ない対人訓練用エリアだ。しかもダンジョン管理官が管理する入場許可制のフィールドである。
佐々木をそこまで本気にさせるモンスターはいないし、モンスター以外の敵性戦力は存在しない―――ハズなのだ。
少し前までの緩い空気がウソのようだった。ほんの一呼吸の後に広がっていたのはヒリつくような緊迫感だ。
「うそ…… そんな……」
息遣いが聞こえるような張り詰めた空気の中、斜め後ろからそんな弱々しい呟きが聞こえた。
不意に嫌な予感が胸を掠める。
「イヤ、だよ…… 私はただ、みんなと……」
佐々木や葵が本気の戦闘態勢をとる中、殺気や気配といったものに一番敏感であろう彼女が――――なぜ一番に反応を示さなかったのか。
俺達4人の中で最高の戦闘力を誇るであろう彼女が、なぜこの世の終わりみたいな表情で怯えているのか。
ホルスターからライジングを抜き放つ。すっぽ抜けそうになるくらい手は汗でびっしょりだった。
不安は現実へ、予感は確信へ。
薄闇の向こう、ジャリっと土を食む足音が静かに響く。そして―――
「薫子や」
その人物は、まるで闇の中から滲み出るように、淡い月明かりに身をさらす。
日本昔話の一場面を切り取ったような光景だった。
月明かりの差し込む森の中、好々爺然とした着流しの老人が袖に手を入れたまま、ひっそりと佇んでいる。
そして、聞き分けの無い子供に言い聞かせるよう、少しだけ困ったような笑顔で言うのだ。
「なぜ故その少年が…… 生きている?」
それは、あまりにも突然、だった。
希薄だった存在感が、風すらを伴って暴力的な気配を纏う。次いで氣が爆発した。
内蔵を内側から腐食させるように、ねっとりと爛れたソレはまるで『悪意』そのもの。
押し寄せるのは濃密過ぎる『暴』の気配と、そして知覚出来るほど圧倒的な『死』の香り。
恐怖で腰が抜けそうになる。佐々木ですらカタカタと膝が笑っている。
半ば恐慌状態に陥った俺たちの斜め後ろで、田嶋が呆然と呟いた。
「おじい、さま……」
次はもう少し早く書く時間とれそうです




