愛はちょっとスレンダー
肝試し開始後、そのペアは一言も発しないまま、懐中電灯片手に夜の森を歩く。
そうして歩き始めてから5分も経たないうちに、ペアの女子がクルリと相棒を振り返る。
そしてさも決定事項といった風に宣言した。
「……今からミナトを追う」
「おおふ、さすが葵ちゃん、いきなりセクシーだね。理由を聞いてもいいかい?」
男が問うと、女がふんふんと頷く。
「……あの女が尋常じゃない目でミナトを見ていた。あれは狙ってる女の目」
「そんな事は無いと思うんだけど……」
男が疑問を呈すると、女はブンブンと顔を横に振った。
「……このままではミナトが食べられる。ミナトを食べるのは私」
「なかなかセクシーな発想だ。まあいいさ。僕も気になる事があるし。それに人は愛に生きる生き物だからね」
「……愛?」
「そう、愛さ。セクシーだろう?」
男が得意げに微笑むと、女は自身の胸をペタペタ押さえて表情を曇らせる。
そして男の台詞を否定するように首を振って、決然と言い放った。
「……違う。愛はちょっとスレンダー」
◇ ◇ ◇ ◇
―――うおぉぉッ!
―――きゃあぁ~ッ!
遠くの方で旨鹿と弦月の悲鳴が聞こえた。ピタリと足を止めると斜め後ろを歩いていた田嶋も立ち止まる。
チラリと様子を伺ってみても彼女はまるっきり動じた様子が無い。ていうか田嶋自身が貞子みたいで怖い。
「あのさ、なんか意外に怖くない……?」
「怖くない、です」
「そ、そうね……」
肝試しのルール自体は至ってシンプルだ。指定ポイントには墓石があるので、そこまで行って墓石の上にあるモモ先生特製サイン入り名刺を持って帰ってくる。それだけである。
ペアが8組もあるので結構待つかな~ と思ったら、まさかの全員同時発進だった。
俺達が必死こいて練習している間、フェイさんと浮世先輩が必死こいて準備したらしい。放射状に8コース準備とか、力入れるところを確実に間違っていると思う。
しかも浮世先輩曰く、色々と錬金的な仕掛けを用意したので、被り物を被った脅かし役がいなくとも十分いけるとの事。別の意味で怖いっす。
―――ファントォォォ~~ッ!!
―――ふあぁぁぁッ!!!
今度は反対側の方から神楽耶・虎穴ペアの絶叫が森に木霊した。
さっきからどういう理屈なのか、人魂みたいのはもうブンブン飛び回ってる。出現頻度が高すぎて最早照明と化している。だからおそらくはこれ以上の何かが出てくるのだろう。
冒険者になっても怖いものは怖いという事実を、今更ながら実感する。
猛獣すら片手で捻り殺すトップランナーが、一般人の夫のDVを涙ながらに訴えた事件は世界中を驚かせたし、とあるパフォーマンス団体に所属するエンタメ系の有名女性冒険者は、未だコンビニの前で屯するヤンキーが怖いと言う。
ダンジョンにはゴーストやゾンビも当たり前のように出現するし、当たり前のように討伐しているが、それとこれとは話が別である。
人が待つ暗闇に対する根源的な恐怖心は、多少強くなったところで克服出来るものではない。
そんな事を考えつつも、平常心を装って歩いていると、前方の茂みがガサッと揺れる。
「うお―――っ! って…… 肝試しにゴブリンかよ…… おい田嶋、どうす―――」
――――ドスッ
一閃。
振り返ろうとした瞬間、すぐ目の前数cmを風が突き抜け、そして直後、ゴブリンは声も無く倒れて光化を開始する。ゴブリンが光の粒子となって消え去った後、そこには1本のクナイが落ちていた。
タラリと頬を冷や汗が伝う。
「あ、あの田嶋さん……? 今、俺ちょっと危なかった感じなんです……?」
「私は、外さないから、危なくない、です」
淡々と言い切った田嶋が、固まる俺を追い越してクナイを拾う。そして数秒間、血糊の有無を確かめると無造作に袖の中に収納した。
「完全に興味の範疇なんだけど、どれくらい暗器仕込んでるの……?」
「さあ、数えた事、ないから」
「あ、そ、そう…… あ、ちょっと待てって!」
一人でスタスタ歩き始めてしまった田嶋を追いかける。
横に並ぼうか一瞬躊躇したが、気まず過ぎて諦めて、今度は俺が彼女の斜め後ろを歩く。
肝試しが始まってからずっとこんな雰囲気だった。
話しかけると答えてはくれるが、最低限の返答だけで会話が続かない。
俺は別に会話が無いイコール気まずいとは思わないけど、先日のやり取りも含めてこれはキツイ。
その後も俺たちは、時折聞こえるクラスメートの悲鳴をBGMに、ただ無言のまま折り返し地点へと向かった。
道中、コンニャクそっくりのスライムが襲い掛かってきたり、ひたすら水を飛ばしてくるスライムが待ち構えてたり、異音を放つスライムが目の前を通り過ぎたりと、ツッコミどころ満載のスライム祭りだったが、田嶋さんは完全ノーリアクションである。
怖さよりもこの空気を何とかしなきゃという義務感のほうが上回って、正直肝試しである事を忘れかけていた。不自然に森が切れた先にポツンと佇んでいた墓石を見つけて、そういえばこれは肝試しであったことを思い出す。
「あーこれが折り返しポイントか。それにしてもシュール過ぎる。なんなんだコレ……」
テニスコートくらいは入りそうな広場の中心に、一つだけポツンと墓石が置いてある。
ガーデンである息吹の中にそんなものがある事自体違和感しかないが、違和感をさらに加速させるのは、墓石をライトアップする小さ目の街灯だ。いったいどういうシチュエーションならば実現し得る光景なのか。
しかもよく見ると墓石には、異様に躍動感溢れる書体で『一之瀬家ノ墓』とご丁寧にも彫ってある。割と最低な部類の演出だった。これ本気で怒る人いると思うんですけど……
「まあでも明らかに怪しいっていうか…… 罠とかあるんじゃねぇのコレ? 田嶋はどう思う?」
先生二人はそんな事しないと思うが、フェイさんと浮世先輩が関わっている以上、罠とか普通にあり得る。悪ふざけが好きなのは、墓石に刻まれた文字からも明らかである。
少し前を歩く田嶋の背中に問いかけると、彼女は俺をチラリとも振り返る事無く断言した。
「無い。それっぽい感じが、しないもの」
「それっぽい感じ……?」
「そう、それっぽい、感じ」
これ以上は説明する気が無い様で、田嶋は完全に無警戒のまま墓石まで歩き、墓石上にある1枚の名刺を手に取る。
そして彼女は俺を一瞥する事も無く、まるで俺自体が存在していないような、そんな風に俺の横を通り過ぎ、来た道を戻り始めた。
何となくザワっとした。
体の内側をヤスリで削られたような気がした。
無視されてムッとした? いや、それは違う。もっと根本的な感情だ。
きっと田嶋は俺の事が嫌いだ。別にそれはいい。俺だって嫌いな人の一人や二人いるし、俺が踏んでしまった地雷が思いのほか大きかったという事だろう。
「なあ田嶋」
だが、それでも俺たちは『仲間』で、同じステージで共に戦う『同士』だ。
仲良しくしろとも言わないし、喧嘩をするなとも言わない。
一蓮托生を強要するつもりは無いんだ。だけど俺達には決して否定出来ない事実があるはずだと思う。
俺達はチームだ。何があろうとも、その事実だけは変わらない。
俺はここにいる。そして田嶋も。それを否定される事だけは我慢できそうになかった。
「それもエルダーの技能ってやつか……?」
田嶋がピタリと足を止める。そしてこちらを振り返らないまま、彼女は言った。
「なぜ、私がエルダーである事を?」
「さあな。どうだっていいだろ?」
「私が、何のエルダーかも、知ってるの?」
「どうだろうな」
田嶋が振り返る。
その視線はいつも通り前髪に隠れて見えなかった。だが俺にははっきりと見える。
真っすぐ俺を見据えている虚ろな瞳も、一文時に結んだ口も、そしてその顔に浮かぶ憤りも。
断続的に明滅する街灯の灯りが、二人の影を頼りなさげに揺らす。
視線が交錯。
ゾワリと肌が泡立った。仲間に向けるものとは思えない凶悪なプレッシャーが放たれている。一瞬でも気を抜けば心折られそうになるような、逃げだしたくなるほどの敵意がぶつけられる。
絶対に逸らさない。今ここで逃げたら、彼女はこの先ずっと俺を仲間と認める事は無いからだ。
「…………大嫌い」
田嶋が聞き取れないほどの小声でボソリと呟いた。
俺が聞こえないフリをすると、彼女は一瞬だけギリリと歯ぎしりをした後、拳を握りしめて体を震わせる。
さらに俺が挑発するように首を傾げると、彼女は視線を足元に落として声を震わせた。
「一之瀬クン、武器は、持ってきてるかな……?」
「もちろん持ってきてる」
「そう…… ねえ、一之瀬クン……」
彼女が本心で何を望んでいるかなんてわからない。だけど、今俺がすべき事だけは理解した。
ホルスターからライジングを引き抜き、アタッチメントを拡散型から集約型に交換。魔導の通りを確認しながらコッキング。
カシャンと乾いた音が、静かすぎる夜にやけに響く。
そして、それを見た田嶋が自嘲するような笑みを浮かべた。
「決闘、しない?」




