殺戮悪鬼
豊田議員の言動はウチの嫁と瓜二つです
「まあ、こういう時はやっぱり虎穴さんだな。おーい、虎穴さーん」
「はーい! なのッ!」
ボブカットの片側にひょろりと長い尻尾のような髪の房を垂らした長身美人。みんなの虎穴さんが嬉しそうにやってきた。彼女の改造制服は健康的かつスポーティーな感じで、清潔感と健康美に溢れているあたりが高ポイントだ。
操札術師の虎穴さんは、ちょっとした傷を治す程度だが治癒術式を使えるので、こういった場面では引っ張りだこである。
「実はジュリエッタ砲で怪我しちゃってさ~ 虎穴さんに治してほしいなぁ~って」
「ふあっ! 怪我!? 大変なの! 虎穴に任せるの!」
どうみてもキレイ系な彼女の顔には、不思議とあどけなさが同居している。
虎穴さんは「ふんすっ」と拳を握って気合を入れると、ペタペタと俺に札を貼り始めた。
困った時の虎穴さんは奉仕の人だ。根っからの善人で疑う事を知らない無垢の人でもある。
誰かの役に立つことで幸せを感じる彼女は、守ってあげたくなる女の子ランキングトップを独走すると同時に、オレオレ詐欺に引っかかりそうな人ランキングで断トツの1位を誇っていた。
要するに、極端に騙されやすいチョロインさんなのである。
せっせと俺に世話を焼き始めた虎穴さんに対し、俺は無造作にカメラを向ける。そして神妙な面持ちで言った。
「は~い、撮影始まってるよ~? それじゃまずは君の名前、教えてくれないかな~?」
「ふえっ? さ、撮影!? いきなりなんで!? 」
「いや気まぐれだから気にしない気にしない。それよりホラ、早く名前言って欲しいな~」
「あの、ええと、こ、虎穴杏珠なの」
この時点で色々アレなのだが、周囲の男子連中が注目してるので調子に乗ってみる。
「良い名前だねぇ~ 歳はいくつかな~?」
「じゅ、16歳になったばかりなの!」
「スッゲェ~! JKじゃ~ん!」
自分でも何を言ってるのかわからないけど、ノッてまいりました!
包帯グルグル巻きでミイラ男みたいになった千田君が、ガバッと起き上がって準備運動を始めた。
俺は舐めるようなカメラワークで虎穴さんを撮っていく。
「それじゃあ…… 虎穴ちゃんのレベルはいくつなのかな~?」
「き、昨日、7になったの……」
「レベル7!? すごいね~! 虎穴ちゃんは強いんだねぇ! レベルアップするのは好きなのかな?」
「強くなれるから好きなの…… 強くなったらもっとみんなの役に立てるの!」
「うんうんわかるわー、わかる。ところでさぁ…… レベルアップ。気持ち、良かったのかな……?」
「そ、そそそそそれは言えないのッ! 恥ずかしいのッ!」
あわあわと涙目になった虎穴さんが真っ赤な顔を手で覆った。
もちろん俺はそんな彼女を斜め下からズームアップ。
「マジで~? ここまで来てそりゃないよー 言っちゃおう? ね、思い切って言っちゃおう! 恥ずかしくないって! み~んな経験してる事なんだからさ!」
「だ、だめなの! はしたない子は良くない子なのッ!」
「いける! 全然はしたなくないから! 虎穴ちゃんが良い子なのはみんな知ってるから!」
真っ赤な顔で俯いてモジモジする虎穴さん。彼女は『みんな』という言葉にすこぶる弱いのは既に調査済みだ。
あれ? 悪ふざけのつもりがイケちゃうんじゃねコレ? と思った。
俺はダメ押しとばかりに畳みかけた。
「で、でもぉ……」
「みんな(♂)聞きたがってると思うなあ~ みんな(♂)、君が本当の事言うの、待ってると思うなあ……?」
背後から凄まじく荒い鼻息が聞こえたので、思わず振り返ったら千田君が目を血走らせていた。
あんたさっきまで生死の境を彷徨ってたのに元気だな!?
対する虎穴さんは、ハッとしたように顔を上げ、胸の前で拳を握った。
「み、みんなが待ってる…… ほ、本当なの……!?」
チョロインかお前。
「本当さッ! だから言っちゃおう? ね? そんでついでにこの薬飲んじゃおう。怪しくない怪しくないって! あの浮世先輩の特別製だよ!? もちろん副作用だって大したことない。ちょっと毎朝の牛乳代が浮くだけさ」
俺の真摯な説得が功を奏したのだろう。虎穴さんの瞳に決意の光が灯る。
何かを言おうと口を開きかけ、しかしやはり恥ずかしかったのか、虎穴さんは羞恥に頬を染めながら、潤んだ目を俺から逸らし、右手を口元に添える。
そしてポソリと呟いた。
「き、気持ち良かった……の……」
イエエエエェェェ~~~~~~イッッ!!!
俺たちの虎穴さんは、やっぱり俺たちの虎穴さんであることを証明した。
俺は両拳を握りしめ、歓喜のあまり天を仰ぐ。
するといきなり、背後から雄叫びがあがったのだ。
「真に遺憾でありますッ!!」
それはまさしく晴天の霹靂。日ノ本古来の最強兵器、『遺憾の意』砲だ。
驚きのあまり振り返ると、そこには全身に包帯を巻いたミイラ男―――千田君が、虎穴さんに向かって最敬礼しながら号泣していた。
突然割って入ってきた千田君のテンションについて行けず、俺は若干怯んだ。
しかし千田君はカッと目を見開いて俺を見る。
「有事……ッ これは有事ですぞッ! そうは思いませんか一之瀬さんッ!?」
「お、おう、そうね……」
「けしからん! 実にけしからんッ! ふぐっ まさに変態の所業……ッ!!」
「お前が言うな」
感涙にえずく千田君のテンションがちょっとわからない。ていうかこの人喋れるキャラだっけ?
とにかく、千田君の突然の乱入に虎穴さんが不安そうに俺を見る。「虎穴は変態じゃないよね……?」といった縋るような目つきだ。
俺は彼女を安心させるため、そして搾乳可能なミラクルボディへと改造するため、俺は一歩踏み出し――――
「ミナト……君……?」
「……ミナト」
右と左の肩に別々の手が添えられる。
俺は恐る恐る振り返った。
「ミナト君、私、イケナイ事をしたら、お仕置きが必要だと思うんです……」
おどろおどろしい笑みを浮かべた小森ちゃんの目元が、ぐにゃりと三日月型に歪む。そして空いた方の手には、黒紫色の瘴気をまき散らす触手のような結界が展開されている。
光彩が完全消失した奈落の瞳に、思わず「ひいっ」と悲鳴が漏れた。
「……ミナト、餅つきがしたい気分。合いの手をやって」
完全無表情の葵さんが、片手でハンマーを振り下ろす。地面に奔った地割れから察するに、合いの手ごと餅にする気満々の一撃だった。
固まる俺の手から、葵は薬の小瓶をひったくる。
「葵、小森ちゃん、誤解しないで聞いてほしい。俺はただ浮世先輩の薬の効果を検証するという、崇高な錬金術的使命を果たそうとしただけで、決してチョロイ虎穴さんで乳搾りを体験しようなどというやましい気持ちは一切無く―――」
「飲んでください」
「ん? 何を?」
「『飲んで納得 マルチビタミソ半分は優しさで出来ているΖです』
いやいやご冗談を小森さん。と思って彼女をみると、完全に目がマジだった。
君みたいなリアルで牛と張り合える人間兵器はともかく、おっぱいの無い男が飲んだって需要無いっすよ? そもそもおっぱいが出るわけないでしょう?
「おっぱい出ますよ? と申し上げます」
「出るんかいッ!!」
思わず突っ込むと、小森ちゃんが俺を顎を片手でガシリと掴む。
逃れようと必死に身をよじるが、まるで万力に挟まれたように動けない。
――――キュポンッ
葵さんが無言で薬瓶のコルクを引き抜いた。
その手にはもちろん例の小瓶。小瓶に貼られたラベルには、無駄にスタイリッシュで躍動感のある『マルチビタミソZ』の文字。
葵が俺に見せつけるように軽く小瓶を振る。そして――――
「イヤァァァァ~~~~ッッ!!!」
――――――――――――――――
「ひどい目に遭った……」
「いいじゃないか。セルフ搾乳なんてセクシーな経験、なかなか出来ないよ」
「そんな経験いらんわ! ていうか飲んでねぇし。ギリギリのところで吐き出したっての」
佐々木が豆腐を手でちぎって鍋に放り込む。
俺は鉄板に油を敷きながら溜息をついた。
今日の献立は豚汁と肉野菜炒めだ。
豚汁にはちょっとうるさいと手を挙げた佐々木が豚汁を作る事になり、いつも通り食事当番な俺が肉野菜炒め担当している。
佐々木家の豚汁はショウガを強めに利かせるのがポイントらしく、そんなに入れて大丈夫か? というほど大量の下ろし生姜が鍋の横で待機中。
あたりには、味噌の香ばしい香りが漂い、ストレッチ中のクラスメイト達の食欲を程よく刺激していた。
「そういえば、今日はダンジョンアタック、どうだったんだい? 念願の女子チームでセクシーレベリングだったよね?」
「それが聞いてくれよ佐々木。よりにもよってこの重要なタイミングで、誰一人もレベルアップしなかったんだぜ!? カメラとエーテルガンで二刀流キメたってのによ!」
「せめて武器を持ちなよ」
そうなのだ。
あの時走り去った田嶋と微妙な空気のまま、俺たちはダンジョンアタックに挑み、パワーレベリングに勤しんだのだが、結局誰一人もレベルアップしないまま、すごすごと帰ってきた。
もちろんこの身に経験値は蓄積されているはずなので、無駄とまでは言わないが、レベルアップ観測が目的である俺にとっては得るものの少ないダンジョンアタックだった。
ちなみに、何度も田嶋に声を掛けようと試みたが、ことごとく避けられて失敗に終わった。ふっと気を向けた瞬間にはもう彼女はそこにいない。何度やっても同じだった。
もし彼女が意識的にやっているのだとしたら、わりととんでもない技能なのではなかろうか。俺の中で彼女に対する謎がどんどん深まっていく。
彼女は一体どんな人間で、何を考えているのか。過度な干渉は良くないとわかってはいるが、あの時一瞬だけ見せた怯えの表情が、俺の中のなにかを掻き回す。
彼女はあの時、本当は何を言いたかったのだろうか。
「佐々木、この前は教えてくれなかったけど、田嶋って一体何者なんだ?」
佐々木が無言で大量の擦りおろしショウガを鍋に入れる。そして根菜類に火が通っている事を確認して味噌を追加した。
「なあ佐々木、教えてくれ。お前は知ってるんだろ?」
「一之瀬、婆様が言っていたはずだ。田嶋には関わるなと。セクシーながら僕も同意見さ」
普段は温和な笑みと気遣いを忘れない佐々木が、俺を見る事も無く、一かけらの感情も籠らない冷たい声で言う。
暗に返答を拒否している事はわかっている。だけど俺は嫌だった。理由はわからないけど、納得できなかったんだ。
「クラスメイトだぞ」
「そうだね」
「関わらないにしても限度がある」
「僕には関係ない」
「仲良くしたいわけじゃない。ただ気になるんだ」
「止めはしないさ」
俺は野菜を炒めている手を止め、軽く息を吐いた。
「佐々木」
それだけを呟いて、俺は佐々木に目を向ける。
睨み付ける事もしない。問いかけるような事も、ましてや求めるような事もしない。
ただ、俺は無言で佐々木を見た。佐々木も凍てつくような視線を俺に向けている。
油が弾ける音と、近くて遠い喧騒とがぼんやりと混ざり合う。
数十秒、いや数秒か?
佐々木が視線を逸らして大きな溜息をついた。その顔には諦めにもにた苦笑が浮かんでいる。
「わかったよ一之瀬。君は一度決めたら本当に譲らないよね。頑固というか諦めが悪いというか」
「そうでもねえよ。ダンジョン内ではわりと逃げ回ってばっかりだぜ?」
「ははは、そうなのかもね」
静かに笑い合った後、佐々木は鍋に視線を落とし、お玉で豚汁をかき混ぜる。
幾度か味見をして最後に青ネギを入れたところで、佐々木は鍋から目を離さないまま、ボソリと呟いた。
「【殺戮悪鬼】田嶋家。田嶋は…… 暗殺者の在来者なのさ」




