衝突
すみません、仕事やばいです
今週は更新難しいかも。
6/18までには更新したいです
2日を終え、レベルアップを果たしたのは8名に達した。合宿中に全員が2レベル上がるとは思えないペースだが、そもそもが無茶な目標だったので感覚的には順調だと思う。
3日目である今日も予定通り。
午前中に対人練習と講義を済ませ、昼休みを挟んでダンジョンアタックと種目別の練習。
今日も順調にスケジュールを消化していたのだが、雲行きが怪しくなってきたのは昼休み直前にかかってきた1本の電話からだった。
「はい、もしもしランスロットです。あ、部長お疲れ様です。ええ、良くしていただいております。何かありましたか? え、ミスが? そんな……大至急? 部長、もしかして……」
素っ頓狂な声を上げているのはもちろん闘うOL、フェイさんである。
息吹での座学の後、携帯をとったフェイさんが後ろを向いてこそこそ話しているが、声はダダ漏れだ。
「残業!? あ、あのぉ、実は私、今日はこれから合コンが……え、会計士がキレてる? そんなッ!? 減損のグルーピングは決着したはずじゃ……まさか根拠資料が!? くっ あのコネ入社の小娘……っ 若いだけで皺寄せは全部私に……ッ なんです? アラサーだけに皺寄せ……? って部長! それはセクハラです! 肌年齢はまだ24歳と大手メーカー販売員に太鼓判を―――」
わりと生々しい職場トークに俺たちは戸惑いを隠せない。
対人集団戦における陽動戦術の講義からアラサー女子OLの悩み炸裂である。落差が激し過ぎる。
いまさらだけど、この人なんでこんなに全力でOLやってるのだろう。
そんな切ないやりとりが続き、しばらく声を潜めていたフェイさんだが、突然雷に打たれたみたいに体を硬直させた。
「しょ、昇進……?」
まさかの内示にフェイさんの声が震える。
「か、係長……ですか? 私が……? うそ、基本給が4万円もッ!? さらに社宅手当がッ!? 行きます、すぐに! やらせていただきます。はい、これからも誠心誠意会社に尽くします」
ピッと通話を切ったフェイさんが、クルリと俺たちを振り返る。
そして、さも不本意といった表情を浮かべながらしれっと言い放った。
「すみません皆さん。実は親戚に不幸が……」
「「「「嘘つけっ!」」」」
全員の声が綺麗に揃うと、さすがのフェイさんもやや怯んだ様子。
何かがあるたびに身内が死ぬタイプの人らしい。
さすがに誤魔化しきれないと思ったのか、取り繕うような咳払いを一つ。悪びれも無く言った。
「申し訳ありません。昇進人事をちらつかされたので、コネだけでVLOOKUPも知らない小娘の尻拭いに行ってまいります」
ウソをつくなとは言ったが、大人としてもう少し言い様があるのではないか。
フェイさんはトップランナーで、合宿での講師役はほぼボランティアだ。相場は知らないがまともに依頼するとウン百万の話になる。
そう考えるとたとえ気まぐれだとしても、途中で抜けて文句を言われる筋合いも無いと思うのだが、後ろめたさはあるらしい。
ていうか基本給4万と住宅手当であっさり親戚を死なせてみせるとか、この人の収入はどうなってんだろう。まさか会社に全部もっていかれたりしてないよね……?
その後フェイさんは先生二人に事情を説明して早退する事になった。
残念と言ったら残念だが、彼女じゃないと出来ない事は葵の遠距離攻撃回避の特訓だけだ。今日の特訓は午前中に終わっているし、明日はまた来るようなので大して気にする必要はないだろう。
「それでは失礼します。あと佐々木君、合コンはまた今度セッティングをお願いします」
「わかったよ。また今度ねフェイちゃん」
『世界的トップランナー、高専生相手にご乱心!』
そんな見出しが頭を過って消えていった。
―――――――
「ということで頑張ってレベル上げしましょう」
俺は紳士的な台詞と共に子猫ちゃんたちを見回した。
午後のダンジョンアタックを前に、俺たちは今、荷造りを含めた準備中だ。水やらちょっとした携帯食やらをザックに放り込んでいる。もちろん紳士必須アイテムであるビデオカメラを入れることも忘れない。
「たはは。今日の男子わ、いちのんかぁ……」
「ううっ、虎穴はそろそろレベルアップなの……」
「くっ なんで尼子屋じゃないんですの……」
そう、今日も壮絶なジャンケン合戦の末、ついに俺は栄光への切符を手に入れたのだ。
昨日の勝者である佐々木は権利喪失。尼子屋と東雲が辞退し、旨鹿が弦月に怒られた結果、参加者は俺と千田君の一騎打ちだったが勝ちは勝ちだ。
「まあまあそう仰らずに。レベルアップソムリエと呼ばれる私が全力でサポートいたしますのでご安心を」
「うはっ レベルアップソムリエとかww」
「虎穴は一之瀬君が怖いの……っ」
男も女もレベルアップ中は危険なので、もちろん俺は皆様に付きっきりでのサポートをお約束している。ちなみに今後のサービス向上のため、動画を撮影させていただくことがあります。
西郷寺カノンがキッと俺を睨み付けて口を開きかけるが、俺がとある画像を削除しようとすると慌てて口を閉じた。男子に人権など無いので撮った画像は有効に活用させていただきます。
「くっ あられもない亮ちゃんの画像……っ 拡散防止のためにわたくしが回収し厳重に保管を……」
カノンが何やらぶつぶつ呟いているが気にしない事にする。
ちなみに今日のチームは
Xチーム アーニャ、葵、弦月、ジュリエッタ、比佐山、小森ちゃん
Yチーム モモ先生、田嶋、カノン、多々羅、虎穴、俺(♂)
Zチーム クリスティナ先生、東雲、旨鹿、千田君、尼子屋、佐々木
である。
ほぼメンバーに変更はない。今回に限っては効率重視なので、それぞれの連携訓練よりも固定メンバーで安定運用する事が最初から決まっていた。
俺と佐々木以外に変わったところと言えば、フェイさんが早退した穴埋めとしてアーニャが起用された事だろう。いざという時のためのサポート要員として不足はない。
しかし、メンツとしてはXチームよりYチームの方が弱いので、大っぴらに実力を晒せないアーニャがXチームを、モモ先生がYチームを監督する事となった。
葵はすこぶる不機嫌だが、やる事はやるヤツなので心配はない。
「そういえば……」
先ほどから無言で荷造りをしている田嶋に目を向ける。田嶋はどことなく心ここに非ずな感じで荷造り作業をしていた。
教室で彼女は俺のとなりの席だが、きちんとしたパーティを組むのはおそらくこれが初めてだ。
佐々木家での出来事が頭を過る。
―――田嶋には近づくな
ババアはそう言っていたが、大人しく携帯ビスケットをザックに詰め込む彼女を見る限り、忌避される要素は無いように見える。
『貞子』と徒名される容姿の彼女は、見た目は陰気でもクラス内トーナメントを無傷で勝ち上がり、武戦のエリート4人を相手にして一向に怯まない兵だ。
打倒武戦を掲げる俺たちにとって、重要な人物である事は間違いない。
エルダー達のしがらみがあるのかもしれないが、俺たちには田嶋の力が必要だ。
初日に彼女から向けられた無機質な視線と、同時に感じた強烈な寒気が正直気になっていたりはする。あれは一体何だったのか、なぜあの時、俺を見ていたのか。
そこまで考えて俺は首を振った。考えたってわからない事は考えても無駄だ。
理解するためには知らなければならない。知るためには言葉を交わさなければ何も始まらない。
ババアの忠告も大事なのかもしれないが、まずは目の前の彼女を信じたい。俺たちは一緒に戦う仲間なのだ。
「田嶋、なんか手伝う事あるか?」
「――ッ!」
無防備にも見えた背中に向かって声をかけると、田嶋は声を掛けた俺が驚く位、ビクッと盛大に体を跳ねさせた。
その拍子に、彼女の手からバサリと音を立てて古めかしい冊子が落ちる。
田嶋は慌てて冊子を拾ってザックに放り込むと、キッと俺を振り返った。
「私の、背後に、立たないで」
「な、なんだよ、今度から気を付けるからそんな怒るなって。それより田嶋、さっきの本、もしかして医学書か?」
落とした時に英語か何かの言語と人体模型のような絵がチラリと見えた。
冒険者高専では基礎的な医療知識や人体構造を学ぶが、それは2年になってからのはずだし、専門課程に分かれるのは更に先の話だ。俺たちペーペーは未だ応急処置やら関節技をざっくり学んだ程度でしかない。
1年生。しかも1学期を終えたばかりのルーキーが、やたら本格臭のする専門書を持っている事に、俺は何となく違和感を覚えた。
「ちょっと、興味が、あっただけだから……」
「まあ関係ないかもだけどさ、なんか気になんじゃん?」
「あ、あなたに関係、無い……っ」
顔を逸らせ、消え入るような声で抗議する田嶋。
長すぎる前髪のせいで彼女の目元はほとんど見えないが、おそらく動揺に目を泳がせているであろう事が窺い知れる。
俺が目撃したのはエロ本ではない。むしろ崇高な部類に数えられるであろう真面目な専門書だ。
なのに、らしくないほど動揺を露わにする彼女を見て、俺は考えも無しに直感的に思ったことを口にした。
「なあ田嶋、もしかしてお前、前衛じゃなくて治癒系後方支援職に―――」
「―――そんなはずないッ!!!」
突然の大声。田嶋が激昂する。
驚いたクラスメイトが一斉に俺たちを見る。いつも陰気で影のようにひっそりと行動していた田嶋。
その彼女が見せた突然の豹変に、皆戸惑いを隠せない。
シンと静まり返った広場で、肩で息をする田嶋の荒い息遣いだけが、やけに生々しく響く。
同じクラスになって数か月。自己主張などした事のない彼女の怒気に、俺は僅かに気圧された。
しかし―――
「そんなはず、無い、よ…… だって私は―――」
「なあ田嶋……」
ここで、「地雷踏んじまったぜ」と場を誤魔化すのは簡単だ。
てへぺろの一つでもしてお道化てみせれば、傷は浅いままこの場を収められるに違いない。旨鹿あたりが取り繕うように寒いギャグでも挟んでくれば完璧だ。
だがそれではいけないのだと思った。もしそうしたら最後、彼女はもう二度と俺たちを振り返る事はないだろうという確信だけが焦燥感と共に揺らめいている。
「お前は何がしたくて冒険者高専に入ったんだ?」
「~~ッ!」
今俺たちは岐路に差し掛かろうとしていた。根拠など無い。理由だってわからない。
だけど俺の中の原始的で剥き出しの直感が、彼女と本気で向き合えと金切り声を上げている。
だから俺は彼女を真っすぐ見据えて言ったんだ。
「俺の夢は、世界中の女冒険者のレベルアップをじっくり眺める事だ」
一瞬で広場が「何言ってんだコイツ」的空気に染まる。ゴミでも見るような冷たい視線が全方位から突き刺さる。
視界の隅で葵さんの闘気が爆発した。小森ちゃんは変な結界を作り出してるし、クリスティナ先生は真っ赤な顔で涙目になっている。
俺はこんなところで何を言ってるんだろうと死にたくなった。我らが偉大なる紳士道は、万人に理解される事無き茨の道だ。
しかし曲げられない。それが俺の夢であり、何人たりとも穢す事の出来ない信念であるからだ。
「田嶋、お前の夢は何だ」
「私は、私は……ッ」
既に怒気は無かった。
言葉を失い、前髪に遮られた視線を、当ても無く彷徨わせるだけのか弱い少女がそこにいる。
俺が一歩足を踏み出すと、彼女は怯えたように後ずさりした。
そして―――
「田嶋、お前本当は―――」
「私の事は、放っておいて……」
彼女はか細い声でそう呟くと、医学書の入ったザックだけを残し
逃げるように去っていったんだ。




