レベルアップ ♂
色々あってPCに触れませんでした
ピクニックに来たと言ったら、そのまま信じてしまいそうになるほど牧歌的な景色が広がっている。
1階層から9階層までは総じてこんな風景であるが、他の階層よりも森林が少なく、開けた草原がやたら多いのがここ、9階層の特徴だ。
1~8階層は鬱蒼と茂る森を小規模の敵を撃破しながら進むのが主なのに対して、9階層はあからさまに会戦仕様のフィールドとなっている。
出てくるモンスターは今まで遭遇してきた種類と変わらないが、これまで数多くの駆け出し冒険者がこの階層で『数の暴力』という言葉の意味を思い知らされてきた。
最低でも10から成るモンスターの群れがそこかしこを徘徊し、戦闘を長引かせでもしたらあれよあれよと寄ってきたモンスターに包囲されてボコボコにされるのだ。
ここまで解説したら、勘の良い人ならばわかっていただけると思う。
俺たちのようなルーキーに毛の生えた冒険者にとって9階層は、最初の壁であると同時に最高のレベリングフィールドなのだ。
「一之瀬君どうしたんだい? さっきからずっとテンションが低いじゃないか」
そよぐ風に揺られる草原を進みながら、東雲が心配そうに俺を振り返る。
俺は深々と溜息をついて言った。
「これでどうやってテンション上げろっつーんだよ…… 俺たちはレベル上げに来てんだぞ……」
「僕たちレベルが何のリスクも無く9階層に来れるなんて滅多にある機会じゃないよ。クリスティナ先生の引率付きだよ。最高の環境なのに一体何が不満なんだい?」
思いっきり的外れな事を言ってくる東雲に、俺は唾を吐く勢いで吐き捨てる。
「メンツに決まってんだろ」
「どういう意味だい一之瀬君。僕はクラス委員として、もし不適切な趣旨の発言ならば正す必要がある」
「どうもこうもねえよ東雲。お前は何も感じないのか? 先生と俺はまあいい。だが他にいるのは馬鹿とメガネと異端者と変態だけだぞ?」
俺の一言に、一緒に草原を進んでいた馬鹿とメガネと異端者と変態がピタリと足を止めた。
ここに来てからとうに7回は確認しているが、念のため俺はもう一回確認してみる。
「一之瀬君、訂正してくれたまえ。メガネ呼ばわりは承服しかねる」
「ちょっと待て一之瀬。つい最近俺はかーちゃんに頭の出来を褒められたばかりだ。もちろん馬鹿ってのは俺のことじゃねえよな?」
「み、ミナト君、もしかして僕…… 異端審問会に目をつけられてたり、するのかな……?」
「変態とは……誉」
やはり俺と先生以外のパーティメンバーは東雲、旨鹿、尼子屋、千田君だった。
俺は極めて汚い言葉を呟きながら唾を吐く。
「女子が一人もいねえ……くそっ 何のためにダンジョンに来たと思ってるんだ」
「レベルアップだよ」
「レベルアップだろ」
「レベルアップだよね……」
「レベルアップ鑑賞」
わかってる奴が変態の千田君しかいねえ。不勉強にもほどがあるだろ。
千田君と同じ見解というのは少しだけ気になるところだがまあいい。現状、俺たちは先生以外の全員が男というメンツで9階層に挑んでいる。
「そ、そんなエッチな事言ってないで! モンスターがいますので戦ってきなさいっ!」
「了解です先生」
「へーい」
合宿も2日目。
今日から本格的なレベリングをするということで、補欠含めた15名が3チームに分かれてアタックをすることになった。もしダンジョン内で死ぬと経験値みたいなものが振り出しに戻ってしまうのは既に常識となっていることから、限られた期間内のアタックでリスクを冒すのは逆に非効率的だ。
しかし、同時に時間は限られており、短期間で2レベル上げるという離れ業をやってのけるためには、リスクを冒さなければいけないのもまた事実。
そこで先生二人とフェイさんが護衛剣として各チームに配置される事となった。
俺たちルーキーが足を踏み入れるにはまだ早い9階層、こんな身の丈を越えた階層で安心してレベル上げが出来るのも先生がいてこその話だ。
要するに、俺たちはいわゆる『パワーレベリング』を行っているのである。
本日の組み合わせとしては
Xチーム。モモ先生、葵、弦月、ジュリエッタ、比佐山、小森ちゃん
Yチーム。フェイさん、田嶋、カノン、多々羅、虎穴、佐々木(♂)
Zチーム。クリスティナ先生、東雲、旨鹿、千田君、尼子屋、俺
お気づきの通り、佐々木だけが唯一女子パーティに潜り込んでいる。ジャンケンという名の非情な戦いの結果だ。血涙ものである。
ちなみに、フェイさんは尼子屋が負けてガッカリした様子だったが、「たまにはこってりしたステーキが食べたい年頃です」などという不穏な台詞を残してゲートへと消えた。あの人いつか捕まると思う。
蛇足だが、なぜチームの頭文字が『ABC』ではなく『XYZ』かというと、アーニャさんが意味不明なこだわりを見せたからだ。
―――ミナト、日本人なのに超名作漫画『シティ狩人』を知らないのッ!?
―――知らねえよ。お前が何人だよ
これがダンジョンアタック前に交わした唯一の会話だ。
相変わらずあいつは生産性が無い。
「ところで先生、なんでレベルアップがエッチな事と関係あるんですか~?」
「~~ッ!!」
「ちょ、ミナト君、ほら行くよっ!」
俺の腕を引っ張ってレッドゴブリンの群れに向かって駆けだす尼子屋。東雲と旨鹿、千田君は既に突撃を開始している。
群れの規模はこの階層では中規模の20匹ほど。そろそろレベルアップする奴が出てきてもおかしくない。
頼むぞ尼子屋、男の娘なお前だけが頼りだ。
「敵がこっちに気付いた! 一之瀬君、牽制を頼むよ!」
「俺のレベルじゃホントに牽制にしかなんねえぞ!」
「んなこたわかってるからさっさと撃ちやがれ一之瀬ッ!」
「これだから脳筋はまったくよぉッ」
撃鉄のアタッチメントをバーストモードにして敵をロック。トリガーを引きっぱなしにする。
9階層の敵相手に装甲を抜けるとは思えないのであえて威力を捨てた。必要以上に派手なエフェクトを伴う無数の魔弾がレッドゴブリンの群れへと殺到した。それだけでヤツらは大混乱に陥っている。
「尼子屋! バックアタック頼むぞ!」
「了解っ!」
まさに弾幕が敵の視界を遮る中、ちょっと目を離した隙に尼子屋は空気に溶け込むように消えていた。さすがは隠密。スキル無しでここまでされると俺だったらお手上げだ。
仲間の目すら欺いた尼子屋は敵の背後で最高のタイミングを待っている。
「東雲、旨鹿ッ!」
「わかってるさ!」
「蹴散らしてやるぜッ!」
東雲と馬鹿は敵集団と二方向からカチ合って戦線を維持。中規模集団といっても統率がとれていないところに先制を仕掛けたら反応はバラバラで、隊列は長く伸びがちだ。
防衛戦が得意な旨鹿と、なんでも器用にこなす東雲が敵の陣形にくさびを打ち込む。
そこに―――
「千田君っ………………テキトーにお願いします」
「ぬるぬるギャリック砲装填」
千田君がぬるぬるギャリック砲に弾を装填した。不自然なほど超大なモノが屹立しているが、恐らく何らかの詰め物をしているのだろう。
ていうかマジで怒られるからやめとけって……
「そろそろ俺も働きますか!」
俺は射撃を続けながら三呼吸ほど二人に遅れて肉薄。リロード、アタッチメント・ブロウ。そしてナイフを逆手に握りこんで、細く伸びた敵集団中心へと踊りこみ敵を分断する。俺の攻撃力はたかが知れている、得意なのは牽制と攪乱だ。
敵の混乱が最高潮に達したとき、敵最後列のあたりから汚らしい断末魔が次々と上がった。尼子屋のやろう、相変わらず最高のバックアタックだ。
眼孔から頭蓋にめり込んだナイフを引き抜いて、レッドゴブリンのサーベルを受け流す。体勢が崩れたところを前蹴りをお見舞いして、ふらついた敵のドタマに一発ブチこんでやる。
背後に迫ってきた敵に振り向きざまの発砲、牽制をしたところで、ソイツは首から鮮血を噴き出しながら絶命した。相変わらず尼子屋さんは敵に容赦がない。
そんなこんなで、20匹ほどいたレッドゴブリンの群れも残り4匹しかいない。尼子屋が即座に周囲を警戒したが新手はいないみたいだ。
レッドゴブリンと言えば、普通のゴブリンより一回り大きく、背丈も150cmは越えてくる上に筋力も段違いな手ごわいモンスターである。
集団ともなれば俺たちレベルには荷が重かったりする敵だが、先生がいる安心感や戦術を持たない低知能のおかげで先制攻撃が綺麗に決まり、結果としては圧勝だった。油断は禁物だとしても、この状況からひっくり返される事は考えにくい。
「つーかさっさと倒して次行こうぜ。旨鹿仕事しろよ」
「してるわ。それにしても2レベルアップってのはキツイよな。俺も東雲もたまたま昨日上がったけど、次が見えないっていうか…… 委員長はどうよ?」
「同感だね。僕は昨日で7レベルになったけど、6レベルから相当間が空いている。5レベルを越えてかなり上がりにくくなってきている印象だよ。極めて厳しい目標と言わざるを得ない」
「いわゆる5レベルの壁ってやつか……」
レベルは上がっていくほど上がりにくくなる。これは統計実証によって立証された事実である。
レベル5まではある意味遊び半分の素人でも簡単に到達できると言われているが、それ以上は明確な意思と目的を持っていないと難しいとされ、10レベルに達するまでに心折れてリタイアする者は少なくない。
俺たち冒険者高専卒業目安とされるレベルは10~15で、俺が1年生でレベル6な事を考えると余裕にも思えるが、実際は極めて険しく厳しい道のりなのである。
それを越えたら1レベルの壁は更に分厚くなり、15に達したら中級冒険者の仲間入りだ。
さらに20に達する者はほんの一握り。25を越えたらトップランナーに手が届くき、30に至れば議論の余地なく人類の最高峰で、どんな権力者を前にしても鼻くそほじりながらあくびをする事がゆるされるという。その域に達した者は現在世界で10数名しか存在しない。
そんな事情を考えると、クリスティナ先生もモモ先生も三流校の教師とは思えないほど優秀な人材で、アーニャやフェイさんは文字通り化け物だ。
先生はこの合宿で2レベル上げると簡単に言っていたが、たとえパワーレベリングをしていたとしても、非常に困難な目標と言わざるを得ない。
俺は林間学校でレベルUPしたばかりなので、今回の合宿では最悪1レベルも上がらないかもしれないと心のどこかでは思っていた。
「つっても武戦の連中には負けられねえ。とにかくモンスターを斃しまくるしかねぇだろ」
「だな。やるしかないよな。さっさと片付けて次に行こうぜ」
俺たちが軽口をたたき合っているうちに敵の数は残り2匹になっていた。
そして残った2匹に躍り掛かるのは熱血男の娘、尼子屋と、まさかの千田君だった。
「ぬめぬめギャリック砲ッ!」
千田君が自身のぬめぬめギャリック砲を突き出しながら地を奔る。レッドゴブリンに砲塔を突き立てた千田君が得も言われぬ雄叫びを上げた。
だから怒られるからやめろって……
あとは尼子屋が1匹片付ければ終わり。あいつならば何の心配もないと口笛すら吹いてのんびり歩いていた。
しかし、事態は急変する。敵に切りかかる寸前の尼子屋が、突然奇声を上げて膝を着いたのだ。
「いッ ひ、あ、ああああああ―――ッ」
「おいどうした尼子屋ッ!?」
「尼子屋君、やられたのかいッ!?」
遠目で見る尼子屋は俺たちに答えない。我が身を掻き抱き奇声を上げ続けている。
事態に気付いたゴブリンは絶望に染まっていた表情を喜悦に歪めた。動かない尼子屋に向かって錆び付いたオノを振りかぶる。
「尼子屋危ねえ、逃げろォッ!!」
「クソったれ!」
ようやく俺たちも走り出すが、いかんせん距離が遠すぎる。間に合わないッ。
そしてゴブリンは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた後、俺たちに見せつけるようにオノを振り下ろし―――
「ぬるぬるどーん―――ッ!!」
ぬるぬるギャリック砲に蹂躙された。
中を飛びながらキラキラと光化していくレッドゴブリン。不憫すぎる。
心底イヤだけども、一応褒めてやらなければいけないところだ。
「千田君ナイスー」
「千田君いいよー」
「千田君よくやったねー」
千田君を棒読みで褒めておく。
尼子屋のほうはどうなってるかと言えば、我が身を掻き抱き地面に倒れ込むところだった。
普通ならば焦って駆け寄る場面。しかし色々ピンときた俺たちは顔を見合わせて苦笑した。
レベルアップ。こればかりはどうにもならない。
あいつは時間差があるタイプだから、既に何体か倒す前から始まっていたのだろう。
「しかし、何ていうか…… 彼はアレですね一之瀬さん」
「ええ、まったくアレですな旨鹿氏」
「君たちは何の話をしてるんだい?」
俺たちは悶える尼子屋を見る。
衝動に歪んだ顔は、苦痛のせいなのだろうが、快楽のせいと見えなくもない。
「あ、あっ、んあぁッ ああ、あああああああああ―――ッッ」
上気した肌、食いしばった歯。甲高い声。
ハの字になった眉、その根に皺が寄り、ギュッと閉じた目じりには涙が光る。
口端からツツっと涎を垂らし、陸に上がった魚のように断続的に体を跳ねさせ、嬌声にも似た悲鳴を上げるのは、どこからどう見ても女の子にしか見えない男の子。
つまり男の娘。
つまり男の娘の絶頂 (正:激痛)
―――パシャパシャッ
「誰だ―――ッ!?」
唐突に聞こえたシャッター音。俺は叫んだ。
苦しんでいる仲間に向けてやって良いことではない。
怒りにまかせて周囲を見回すと、全員が俺の手元を見ていた。俺もつられるように手元に視線を落とす。
「い、一之瀬、お前まさか……」
「い、一之瀬君…… 見損なったよ」
ゴミでも見るような二人の視線を左手で遮り、額を指で押さえた。
ヤツは男。頭では理解している。しかし気付くと体が勝手にシャッターを切っていたらしい。
つまり、尼子屋は俺の本能を騙し通したのだ。
俺は思わず呻いた。
「尼子屋亮平、恐ろしい子……ッ!」
戦慄に打ち震えていると、突然、背後から叫び声が上がった。
「おフォフォフォフォォぉぉぉ~~~ッッ!!」
バッと振り返って言葉を失う。
最期のレッドゴブリンを屠ったその人、
「まさか千田君も……?」
「レベルアップ……なのか……?」
千田君が、地面に突き立てたギャリック砲を支点にクルクル回っている。
人間の限界までエビぞりになって、その姿を一言で表現するならば、まるでビールマン・スピンだ。
「お、お、おぶぶぼぉぉホホォォ~~~~ッ!!」
彼は興奮するといつもこんな感じなので判断に困る。
以前、介抱しようとしたら邪魔すんなと言われた事があるのでとりあえず放置でいいだろう。
一応、先生に確認しようとしたら、クリスティナ先生は両手で顔を覆って蹲っていた。何気にこういうの弱い人だもんね。
本来ならばレベルアップおめでとうの場面に違いない。しかし―――
「あッ、あッ あンッ んはぁぁああァァ~~~ッ!」、
「おほぉぉぉぉ~~ッ!!」
見上げればどこまでも広がる青空、見渡すと目に眩しい緑の海。
そんな雄大で豊穣な仮初の大地の中心で
絶頂にしか見えない男の娘と、ビールマン・スピンをキメる変態が
レベルアップを叫んでいた。
「なあ一之瀬、どうすんのコレ」
「知らねえよ……」
うん酷い




