まさかの・・・
短めです
この世界を闊歩する大多数の存在が、自分とは根本的に異なる事をなんとなく認識していた。
姿形からして違うのだから当然だ。
つい最近まで他者と呼べる存在が母親しかいなかった彼女にとって、目に入るあらゆるものが未知と興奮に溢れている。
たとえば今、彼女が食い入るように見つめる先がそうだ。
『るるんぶるるんぶ《プリチー☆るるんぶ》が、ママに代わっておしおきするよっ!』
画面の中で眩いエフェクトとポップな効果音に包まれ、くるくる回る魔法少女。
魔法少女なんて知らなかったし、悪いことをする存在がいる事も知らなかった。そもそも彼女の世界は母親と自分で完結していたし、他者が入り込む余地など無かったのだ。
母親と二人で暮らす箱庭に突如として現れた未知の生き物。その生き物を『人』と呼ぶことをのちに知る。
彼ら人は箱庭とダンジョンを繋げ、瞬く間に箱庭を開拓していく。見たことも無い作物が実る畑が広がると同時に、原生生物が駆逐され、代わりに入ってきた見たことも無い生き物が所狭しと押し込められる。
『人』に浸食され作り変えられていく住処。彼女はその圧迫感に恐怖すら覚えていたが、彼女の母親はそんな事はどうでも良かったらしい。
箱庭に飽き飽きしていた母親にとって、ダンジョンと繋がった事はむしろ僥倖だ。
何より、母親にとって『人』など虫けらと大差はない。その気になれば滅ぼせる種族の行いに、なぜいちいち目くじらを立てなければならないのか。
母親は幼い彼女を連れ、これ幸いとばかりにダンジョンやダンジョンと繋がった亜空間を訪れては生活拠点を点々とする。
彼女は次第に『人』に見慣れ、警戒心を緩めていった。母親と共に目まぐるしく変わる環境は新鮮で、幼い好奇心は刺激されっぱなしだ。
あれは何だろう。これは何だろう。
ははさま、あれは何ですか。これは何ですか。
そして、そんな穏やかな日々を過ごす彼女の中で一つの興味が生まれる。
―――みんなどこからやってくるのかな。どんなふうに暮らしてるのかな
一度生まれてしまった好奇心を宥めすかす方法など、幼い彼女が知っているはずもない。
彼女がその純粋な好奇心を抑えられなくなるまでに時間はかからなかった。
転機は突然訪れる。母親が新たな階層の下見をしに行ったある日、彼女はたまたま見かけた人の後を追いかけ、一緒にゲートに飛び込んだのだ。
彼女は知る由も無いが、当初地球に現れたダンジョンゲートは、その後の人類の大規模戦闘領域攻略で有限付与された『子ダンジョンゲート設置権限』、それによって各地に設置された任意のゲートを通じてアクセスされる。
冒険者たちがダンジョンアタックを終えて帰ってくるゲートは大抵の場合、入場用ゲートに併設された帰還用ゲートだ。要するに人為的に作られた施設内に繋がっているという事である。
見たことも無い部屋。見たことも無い道具。
そして驚愕の面持ちで自身を見下ろす多数の人間。
「お、おい何だこのトカゲ!?」
「今このゲートから出てきましたよ!?」
「うそでしょ! ギルドの使用許諾なんかありましたっけ!?」
「Sレベル機密技術だぞ! 俺たちに貸与されるわけねえだろ!」
「じゃ、じゃあまさかこのトカゲ…… まさかユニークモンスター!?」
「とにかく掴まえろ! 貴重な資料だ!」
その時の彼女にとっての幸運を数え上げたらキリがないだろう。
法律上、入場者と帰還者を照らし合わせるため、別室に設置しなければならない両ゲートが同室にあったのは、ダンジョン管理庁の私的研究用ゲートだったからだし、咄嗟に逃げ込んだ入場用ゲートが【息吹】に設定されていたことも幸運だった。
更に言うならば、息吹に逃げ込んだ彼女を追ってくる者がいなかったのは、その日、息吹にはレベル11以上の入場制限がかかっていたからだ。
ダンジョンハックによってうやむやになった彼女の現世への出現。
しかし、彼女はこの時の恐怖が忘れられなかった。
飛び込んだ先で吹き荒れた紅蓮の炎。圧倒的な存在を一撃で屠った銀の奔流。
そのどれもが彼女にとっては致命的な脅威だ。
そしてやってきた平穏の代わりに訪れたのは、自分を捕まえようとした『人』が見たことも無いくらい押し寄せる光景。
出入りする人を見かけては逃げ、隠れては恐怖に涙を流し、ダンジョンに戻る方法もわからないまま、目まぐるしく環境が変化する特殊なフィールドで一人、震えながら母を呼ぶ。
食事をしなくても魔導吸収だけで生きていける母親とは違い、彼女はまだその術を持っていない。
与えてもらう事が当たり前だった彼女にとって、見知らぬ環境で生きぬくのは至難の業だ。
狩りの仕方も知らなければ、食べれるものの区別だってつかず、多少の魔導の心得があったところで、確実に外敵から身を護れるかはわからない。
知識も経験も無い彼女にとって地獄のような日々が続く。
ははさまごめんなさい。勝手に出歩いてごめんなさい。
こわいよ。おなかへったよ。かえりたいよ……っ
そうして空腹と絶望の中、歩くこともままならなくなった時
ついに、彼女は出会う事になる。
彼女は言った。
たすげでっ 食べな゛いでっ!
彼は言った
アラなんて可愛い生き物かしらっ!?
黒く済んだ穏やかな瞳。
自分を安心させようとする固い笑顔。
大好きな母に通じる安心感と、優しい声。
その時食べたシリアルの味を覚えている。
自分をそっと抱き寄せた彼のぬくもりを忘れない。
―――今日からお前はシロです
うん
―――さあパパって呼んでごらん?
ぱぱ……っ
好き。大好き。
ぱぱさま大好き。
―――いつか必ずお母さんに会わせてあげるからな。約束だ
一緒にいたい。ははさまとぱぱさまとずっと一緒にいたい。
首に巻かれた赤い首輪に触れるたび、彼女―――シロはミナトを思い出す。
初めてミナトがプレゼントしてくれた首輪は、大切な宝物だ。ミナトが言う『魔除け』とは何のことかわからないが、とにかく嬉しいものは嬉しいのだ。
それなのに、シロはミナトと一緒にいる事が出来ない。
ミナトは毎日『がっこう』に行ってしまうし、しかも今日から『とっくん』のために何日か帰ってこないと言う。
会えないのは嫌だけど、ミナトを困らせるのはもっと嫌だ。
楽しいことはたくさんある。
彼女の横には、声を張り上げ拳を振り上げて魔法少女を応援する銀髪の人。
ウインクと一緒に飛び出すお星様も、ハート形の光線も全てが新鮮だ。時折手渡される硬い食べ物の甘じょっぱい味も、緑色に濁った少し苦い水の味も全てが初体験。
それでも寂しいし、ちょっとだけ悲しい。ミナトと一緒に見れたらもっと楽しいのに。
そしてシロは思う。どうして自分とミナトは一緒にいれないのだろうか。
ミナトは言った。自分は特殊な存在なのだと。
ここは人の世界で、ダンジョンから生き物が出てくることは無いのだと。
『必殺ッ どきどき☆るるんぶみらくるびーむッ!』
「ああぁ~ん!! るるタソきゃわうぃうぃ~~~ッ!!」
銀の人が顔を抑えてうりんうりんしながら悶えている。
そうしていると魔法少女の敵、異形の鬼が倒れて体が縮み始めた。
「おおぅッ!」
「く、くあっ……」
腕組みして得意げに顎を逸らす魔法少女の前で、ヒト―――少女の形になった鬼は降参し、これからは心を入れ替え人と共に生きていくことを誓う。
そして魔法少女は大きな目から星を飛ばしながらそれを受け入れた。一緒に頑張ろうと手を取り涙すら流した。
「人化ッ! 人化フラグビンビンだと思ってたらキタコレッ! 鬼っ子萌えぇ~~!!」
興奮も最高潮に達した銀の人が鼻息荒く騒いでいる。後ろに控えるメイドの人が、まるでゴミでも見るような冷たい目でその様子を眺めている。
だからそれは突然だった。
その光景を見たシロの心に閃くものがあったのだ。
「くあ……」
自分がミナトと一緒に入れない理由は何だ? それは自分が人ではないからだ。
人ではないからミナトと一緒にいれないのだ。
ならば人になれば良いのではないか? 人の形をとれば外に連れてってもらえるのではないか?
母がその姿をとったのを一度見たことがある。その時に使った術も自分は見た。
―――自分が人になればぱぱさまと一緒にいれる。人になったははさまはぱぱさまと一緒にいれる!
「くあぁぁぁッッ!!」
「え、ど、どうしたのシロちゃん!? 急に興奮しちゃって―――え、ウソ、これ…… 魔導がシロちゃんに……っ」
「くあッ! くあくあぁッ!」
「シロちゃん、ちょ、ウソっ 魔導使えるの!?」
その幼い小さな体の周囲で、信じられないほどの膨大な魔導が練り上がる。
概念干渉前で物理現象を引き起こすはずの無い魔導が、僅かながら風を巻き起こし、それがシロを中心に渦を巻いた。
「この魔導量、信じられない! シロちゃん何を!? 危ないよッ!」
誰よりも澄み渡った透明な魔導が、唸り声を上げながら収縮し固形化。魔石化と呼ばれる現象だ。
高度魔導現象を目の当たりに呆然と目を見開くアーニャの隣で、シロは飴玉くらいにまで圧縮された魔石をゴクンと飲み込んだ。
そして―――
―――ボウンっ
忍者が隠れ身の術を使う際の煙幕によく似た白煙が発生。
その時、我に返ったアーニャが血相を変えて煙を払い、タバサが即座に窓を開ける。
「シロちゃん! 大丈夫ッ!?」
もくもくと発生し続ける煙はやがて止まり、窓から入ってきた風で払われた。
そして寸前までシロがいた場所、そこにシロの姿は無く、変わりに佇んでいたのは―――
「うそ…… まさか、ウソ……でしょ……っ」
「こんな事が……お嬢様、これは……」
絶句するアーニャとタバサ。その視線の先で二人の様子など気にかける様子も無く
その白い幼女が、満面の笑みで言った。
「ぱぱさまといっしょー!」
( ゜∀゜)o彡°




