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【彼方を照らす光】 セクシーだろう? いえ、クールです。

 

「なんかすげえところだな……」


 電車を乗り継いで3時間、その後バスに揺られて1時間が経つと、周囲の景色からは田畑さえも消えて、鬱蒼と茂る森と曲がりくねった小道が延々と続く。

 バスに乗ったまま異世界に召喚される話があったりするが、もし今ここが異世界と言われても信じてしまいそうになる。唯一残る文明の残香は継ぎはぎだらけのひび割れたアスファルトだけだ。 


「もう少しだよ。この先の小さな集落さ」


 佐々木がそう言ってしばらくすると、バスの進行方向の森が切れ、中天を行く太陽と久しぶりに再会する。と同時に、なだらかな山の斜面にポツポツと古めかしい家が建つ小さな集落が見えてきた。

 お分かりの通り俺たちは今、佐々木の実家に向かっている。朝早くに出てもうすぐ昼だ。遠いとは聞いていたが、これほどと奥地に連れていかれるとは予想外だった。

 

 急なカーブをやけっぱち気味に曲がった先にボロボロのバス停が現れる。

 申し訳程度の雨よけの屋根と1台のベンチ、赤錆だらけで時刻表すら見えなくなった標識だけがポツンと置かれた様子は、レトロを飛び超えてもはや終末世界である。

 日本も汚染地域なんかは人外魔境だと聞くが、ここはここでなかなかのもんだ。


 佐々木は少しだけ嬉しそうな表情で降車ボタンを押すとバスがゆっくり停車し、前時代的なエアー排出音と共にドアが開く。リーダーに端末をかざしてバスを降りると、完全に無人となったバスはまたしても前時代的なエンジン音も高らかに山間の道へと消えていった。


「あのバスどこまで行くんだ? この先にお客さんとかいんのかな?」

「さあどうだろうね。一応山向こうの町までセクシーに走るバスだから引き返しはしないと思うよ。DR—AIがストライキでもしない限りね」

「無人バスは田舎のほうが多いってのも頷けるな。ところでここから歩くのか?」

「いや、母さんが迎えに来てくれる事になってる―――って、噂をすればだ。あの車だよ」


 道路の先からバスと入れ替わりに姿を現した赤色の魔導者は、外を歩けば必ず見かけるであろう、大手魔導車メーカーの流行モデルである。1kgで70km走るとか騒がれたコンパクトタイプのエコカーだ。

 由緒正しいサムライの家と聞いていたから正直少しだけ拍子抜けだった。下手したら人力車やら駕籠(カゴ)やらが颯爽と登場するかと内心ドキドキしていたというのに。


「チョンマゲはいるんだよな? ゲイシャはどうよ?」

「君は相変わらずセクシーだね。戦前の外人の発想だ。ニンジャがコンビニでおでん買う時代だよ?」

「なんとなく言ってみただけだって」


 何の役にも立たないやり取りをしていると、車が目の前に停車する。

 運転席から降りてきたのは、ジーパンTシャツ姿の女性。

 少しだけ日に焼けた顔に柔和な笑みを浮かべるその人は、化粧っ気の無さが逆にストレートな美人である事を証明する好例だろう。結婚するならばこういう人! と羨む人も多いだろう。

 かなり若くて綺麗なお母様だ。と思う。思うのだが、なんというか…………普通だ。普通の主婦だ。

 もっとこう、チョンマゲとまでは言わないけどもアレっぽいのを想像していただけに拍子抜け感が拭えない。


「一輝、久しぶり。元気そうでよかったわ。それで、そちらの方が一輝が話していた……」


 お母様が俺に目を向け口ごもる。どんな話があったのかは知らないが、挨拶だけはキチンとしておくべきだ。

 俺は一歩前に出て頭を下げる。


「一之瀬ミナトです。佐々木とは同じクラスでお世話になっています。この度はご厄介になります。よろしくおねがいします」 

「そ、そんなご丁寧に……! 頭を上げてくださいな。一輝、この方がそう(・ ・)なのね?」

「ああ。彼がそう(・ ・)だよ。一之瀬ミナト。僕の友人さ……今はね」

「まあ! それはおめでたいわ! じゃあ早く行きましょう。お義母さんもお待ちになっているわ。さあ二人とも乗って」

 

 なんだその意味深なやり取りは……

 もしかしてこんなところまで俺の妊娠伝説が轟いているというのか。

 戦々恐々としているところを車に乗せられる。ほとんど砂利道と変わらないアスファルトの道路を走り、牧歌的な風景がゆっくりと車窓を流れる。

 遠くから見たら寂れて見えた集落も、中に入ってみれば人の手が入った長閑な農村であることが窺えた。

 ここに来る寸前まで、鬱屈とした森を抜けてきたとは思えない。空と緑の境目が目に眩しい、古き良き時代で時が止まってしまったかのような風景だ。

 

 車2台がすれ違えない狭い舗装路の脇を走る側溝には、澄んだ清水がサラサラと流れ、水口から田に流れ込んではチョロチョロとこそばゆい音を立てている。

 目に映る家屋は時代遅れの瓦屋根で、空と聳えたつ入道雲とのコントラストにくらくらする。

 コンクリートジャングルの中では煩いはずの蝉の声すら、心地よく感じてしまうのはなぜだろうか。ガーデン産食品以外は放射性物質を気にしなければならない現代で、こんな美しい風景は滅多に見れるものじゃない。失われつつある日本の原風景だ。

 

「ここです。着きましたよ」


 佐々木のお母様がにっこり笑って車を止める。

 佐々木――――紛らわしいから一輝と呼ぼう。一輝に続いて車を降りて俺はあんぐりと口を開けた。


「どうしたんだい一之瀬? セクシーじゃないね」

「い、いや、普通ビビるだろこんなの…… すげえ家だなお前んち……」


 見渡す限りの田園風景を豪快に切り取った家。

 目の前にデデンと立ち塞がるのは、まさに屋敷だった。

 田舎に行けば『何世帯住宅だよw』と突っ込みたくなる規模の家は珍しくないが、ここまで立派な邸宅は見たことが無い。


「まあ、大きいことは大きいよね。セクシーじゃないけど」


 背丈よりも随分高い石塀がはるか遠くの曲がり角まで続いていて、中を覗き込めば手入れの行き届いた庭園が広がっている。苔むした灯篭のそばに池らしきものもあり、突然パシャリと跳ねたのは鯉だろうか。

 俺の実家くらいの大きさの蔵と、更に大きい離れ。庭に向かって張り出された縁側は剥き出しで、そこに腰掛けてスイカの種でもぺっぺっと吐き出せば、懐古主義者が涙を流して喜ぶこと間違いなしの巨大な日本家屋。

 まるで――――武家屋敷だ。

 

「武将かお前」

「サムライだよ」


 無駄に広いから手がかかって大変なんですよ、と、なかなかドライな台詞を口にするお母様の後をフラフラと付いていく。立派な門をくぐり、鳥居が立ってもおかしくない飛び石の庭道を歩く。鹿威しに驚いた俺を見て佐々木が苦笑した。


「あ、あの…… 何畳あるんスか……?」

「数えた事ないので……」


 これがセレブの感覚かと戦慄する。

 パンがなければケーキを食べればいいと思ってるなブルジョワジーめ……っ。

 広ければ偉いってもんじゃないぞ。こんだけ広けりゃ無線の電波だって弱くなる。そうなったら動画だって満足に見れやしない。

 

「残念だったな佐々木。俺んちは回線サクサクで高画質レベルアップ動画再生にも耐えられる仕様だ。悔しかったらシンクロレベルアップで雄叫びの一つでもあげてみろ!」

「うちは業務用ネットワーク回線組んでるよ」

「え、マジで?」

 

 圧倒的敗北感に打ちひしがれて膝を付く。

 ホラホラ上がってくださいなと先導する佐々木母。おれは一輝に肩を抱かれながやっと玄関までたどり着く。

 ガラリと開かれた玄関引き戸。どうぞどうぞと上がった先、俺は再度言葉を失った。



「おかえりなさいませ兄上」


 

 その少女は、玄関のすぐ先で正座し、両手指先をそっと床に添えて頭を下げた。

 男ならば一度は夢見る激熱シチュエーション。そう、『美少女が三つ指でお出迎え』だったのだ。

 たいていの男性が実現を画策し、失敗して逆に土下座するに至っているという伝説のご挨拶。

 この後、ご飯かお風呂かそれとも私かの三択を確認するのが一般的礼節であるが、流石にそこまで完璧を求めるのは酷だろう。


「ああ、ただいま。元気だったかい鈴蘭(すずらん)?」

「はい、兄上こそご健勝そうで何より」


 しかし、俺は感動していた。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花

 その古き格言をなぞるならば、知性と風雅が同居するその座姿はまさに牡丹。

 薄紅色の小袖を纏い、スズランの細工をあしらった簪(かんざし)で結い上げられた髪と、それによって剥き出しになったうなじが、色香よりも気品を滲ませる。何より小脇に自然に置かれた脇差がイイ。

 


「婆様がお待ちです。こたびは鈴蘭もぜひ手合わせ願いたく」


 

 これだ。これである。こういうのを期待していたのである。

 そもそも一輝からしておかしい。金髪ピアス、ナックルと見紛うばかりの指輪をつけて、今日も前面ボタンは全て御開帳という、サムライのイメージからは遠くかけ離れたセクシー侍なのだ。


 それなのにサムライの集落に来てみれば、時折見かける村人は刀じゃなくてクワを持ってるし、迎えに来た佐々木母はエコカーに乗った普通のお母さん。正直、今の今までサムライ要素なんて何一つ無かった。


「おい佐々木、俺は今猛烈に感動してる。このサムライガールは誰だ」

「妹の鈴蘭、見立ての通りサムライさ。来年は彼女も冒険者高専に入るらしいよ。鈴蘭、自己紹介を。セクシーにね」


 するとその和風美少女は指先だけで体の向きを変えると、顔が見えなくなるまで深々とお辞儀した。


「申し遅れました。巌流開祖佐々木小次郎が嫡流にして、巌流ダンジョン派師範代。姓は佐々木。名を鈴蘭。お会いできてクールに存じます」


 あまりに美しい所作と口上。見てみればなるほど、上げた面はイケメンの一輝に似て文句なしに整っている。

 小袖を纏い、脇差を携えた和風美少女である。

 俺は感激に身を震わせた。心にグッとくる要素が多すぎる。あと『クール』ってなんだよ


「兄上、この御方が我ら次代の―――」

「鈴蘭気を付けろ。殿はそういう扱いを好まれない」


 一輝のピリっとした雰囲気に目をパチクリさせる。それと、何となく気になる台詞もあったので聞いてみる。


「ん……? え、えーと『殿』っていうのは……?」

「まあ細かい事はいいじゃないか一之瀬、とりあえずセクシーにお茶でも飲もう。鈴蘭もいいかい?」

「はい兄上。最高にクールな茶菓子をご用意しております」


 どこか誤魔化す感じの一輝に首を傾げる。

 佐々木母がお茶を準備すると言って、ニコニコしながら廊下に消えた。

 

「じゃあ、遠慮なく上がって一之瀬、一息入れてから師匠に紹介するよ」

「お、おう、わかった。それじゃ、お邪魔しまーす」


 俺は突き当りが遠い廊下を進み、案内された部屋に入って、俺は三度(みたび)言葉を失った。

 お茶を飲むというから、こたつかちゃぶ台が待っていると思っていたら、


「茶室やんけ……」

「セクシーだろう?」

「クールでございましょう?」


 俺は若干頬を引き攣らせながら茶室に入る。


「作法とか知らねえぞ……」

「形式は重要じゃない。大切なのは『セクシー』さ」

「いえ兄上、大切なのは『クール』かと存じます」

「セクシーだね」

「いえ、クールにございます」


 佐々木兄妹のワケのわからん会話にゲンナリしつつ、俺はドカリと畳に腰をおろした。 

次からテンポよく

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