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幕間② それぞれの道

表紙が公表されました!

活動報告の方に画像をUPしてます。

もしよければ見てみてください

 ミナト達が通う学校から、郊外に向かって少し離れたところにその道場はある。

 看板も何も掲げられていない道場の広さは80畳ほど。年月を物語るように青見を喪失した畳が敷き詰められ、奥にかけられた掛け軸には、「神代」の二文字が勇ましく躍っていた。

 外はうんざりするような湿気と暑さだというのに、森然とした空気が漂う道場内はどこか涼やかですらあある。


 そして道場の中心。ひっそりと、空気の如く、まるで苔むした岩に坐する仙人のように、一人正座する小柄な老人の姿があった。

 紺の袴に白の道着。

 歴史と共に刻まれた深い皺、枯れ木のような指先。しかして其の肉の器に宿る生命力は荒々しく息づいている。その姿、清流の様であり、濁流の様でもある。  

 目を瞑り、微動だにせず正された背筋は美しく、道場が標する武を極めんとする者に相応しい佇まいだ。

 

 男の名は神城源次郎。

 神明より続く破魔の一族、神城の現当主にして道場の主。

 百魔を払う神宿りし剣(つるぎ)の担い手にして、その継承者。

 神城葵の祖父である。


 源次郎は待っていた。いや、『知っていた』が正しい。


 詳細は知らない。詮索しようとも思わない。

 しかし、源次郎は確信していた。

 

 幼少の頃より武に興味を示し、常に源次郎の行く先々についてきた孫。彼女に基礎技術を教え込むようになるまで時間はかからなかった。


 乾いた布が水を吸収するように技術をモノにし、次を、次をと貪欲に餌を欲した孫は、決して腹が満たされる事の無い雛だ。

 しかし、源次郎が孫の才能に気付き、教授する事へ次第に熱が高まっていくと時を同じくして、皮肉にも鍛錬のために連れて行ったダンジョンで、彼女は目覚めてしまう。

 今や星の数ほどいる冒険者の中でも、数百人に一人、数千人に一人しか発現しないと言われる力。神通力(スキル)に。


 本人はその事に気付いていないが、何となく本能で感じているのだろう。もとより難しいことを考えるのは苦手な子なのだ。

 そして孫―――葵は剣ではなく、大槌(ハンマー)を振り回すようになり、道場に顔を出す回数が1回、また1回と減っていく。

 気づくと、葵も源次郎もあれほど楽しみにしていた鍛錬は行われなくなり、葵は修行を薦める源次郎に対して、ついに「……じいちゃん、うざい」の一言を残して冒険者高専へ入学した。

 

 しかし源次郎は焦らなかった。

 ショックのあまり、なぜか天国の伴侶と再会して追い返された事もあった。退院後に近所のスナックでヤケ酒を飲んで、近所のゴミ捨て場で目を覚ました事もあった。町内のカラオケ大会で号泣しながら『孫』を熱唱したこともあった。

 だが、とにかく源次郎は焦らなかったのだ。


 孫はまだ荒い。教えた技術は基礎だ。

 英傑、豪傑、壮士、烈士。あらゆる武の頂に立つ者集う冒険者の世界は甘くない。 

 神の剣を継承するに相応しい資質と心身を備えた葵といえどもいずれ壁にぶち当たる。いずれ自分の教えが必要になる時が来る。

 源次郎はそう思っていたからだ。 


 そして先日、葵は見た事がないほどの気迫を滲ませて家を出て、これ以上ないくらい打ちひしがれた顔で帰ってきた。あの集団拉致事件に巻き込まれた日ですらケロっとしていた葵がだ。

 それから葵は学校にすら行っていない。

 時が来た。

 源次郎はそう呟くと、少しだけカビ臭くなった道着に、そっと袖を通した。


 ちなみに葵の相棒を名乗る、なまっちょろい青二才が『お見舞い』を称してやってきたが、葵を狙っている目をしていたので追い返した。後で葵にとんでもなく怒られた。



 さておき、源次郎は待っていた。

 しんと静まり返った道場に、カコンと鹿威しの澄んだ音が響く。

 既に日は傾き始め、ふすま越しに差した日差しが畳を橙色に染め上げていく。

 

 そして、ついに源次郎の耳は捉えた。

 道場に至る玄関、玉砂利を踏みしめるその音を。

  

 玄関の戸の前に人が立つ気配。その人物は迷っているのか、何度か戸に手をかけては放してを繰り返す。

 対する源次郎に迷いはない。威厳溢れる小柄な肉体は微塵も動かず、静かに目は閉じたままだ。

 そして――――



―――ガラッ



 源次郎は、あえて厳しい口調で言った。

 

「来たか…… 待っておったぞ。あお―――」

「お義父さ~ん? そろそろご飯ですよ~?」

  


 何とも言えない沈黙が下りる。

 カコンッ と鹿威しが鳴った。



「ん、んんッ! オホンッ  ま、待っておったぞ、もちろんご飯をじゃ!」


 まさかの息子の嫁登場に動揺を隠せない源次郎。

 

「~~?? はい、お待たせしました~。今日はお義父さんのお好きな鶏の治部煮ですよ~?」

「おお、正子(まさこ)さんの治部煮は絶品じゃからのう。楽しみじゃ!」

「うふ、10分くらいで支度できますからね~?」


 嫁は天然系おっとりさんだから何とかなったものを、もし葵に目撃でもされたら冷笑ものである。

 周囲を確認して、誰も見ていたものがいなかったことを確認してホッと胸を撫で下ろした。

 玄関に背を向け、掛け軸に描かれた『神代』(かみしろ)の二文字を見る。今まで何万回と反芻してきたその言葉の意味をなお噛みしめる。

 そして微かに肩を落として溜息を吐いた。 


「ふぅ~ 今日こそ来ると思ったんじゃけ―――」



―――ガラッ



「あ、正子さん、ワシ今行くところ―――」

「……じいちゃん」


 源次郎の背がビクリと震える。

 おそるおそる振り返った先に立っていたのは……


「葵、お前……」

「……次は、絶対に負けられない。落校冒険科のエースとして」


 

 鍛えた鋼に神は宿り、鍛えた業にて御剣を振るう。

 百鬼夜行を討ち祓い、御霊を天へと昇華する。

 神明より連綿と続く破魔の血を受け継ぎし者。


 名を神城葵。神の依代、神城家の次期当主。


 源次郎がカカと嗤う。

 一体誰に似たのか。普段通りの抑揚のない口調。感情に乏しい表情。

 まるで湖面のように穏やかな様子、しかしその瞳の奥に潜むのは地獄の業火の如く燃え盛る苛烈な闘志。


「神宿りし剣に生まれ神降りし剣に死す。葵よ、当主に相応しい資質を持つ我が孫よ。ようやく『神城』の名を継ぐ覚悟が出来たようじゃな」


 スウッ と葵が目を閉じる。

 喜び、楽しみ、悲しみ、怒り。そして、忘れる事の出来ないあの屈辱。

 胸に宿る様々な想いを全て抱きしめ、葵はその眦を上げる。

 迷いも揺らぎも無い澄み切った瞳を源次郎に向け、決然と言い放った。



「……将来は『一之瀬』になる予定なので」

「ファァぁぁぁ~~~~~ッッ!!」



 老人の断末魔が、紅く燃える夏の空に消える。

 源次郎は再び川のほとりで天国の伴侶に追い返される事になるのだが、それはまた別の物語。

 

 こうしてミナトとアーニャ、そして葵が自身の進むべき道を模索する中。

 それぞれがそれぞれの決意を胸に、動き出していた。




「か、カナちゃん! どうしてここにっ!? ま、ママに怒られるでしょ!?」

「パパ…… カナはもっと強くなりたい……っ」



 それはこの国で最も偉大な父を持つ少女の真摯な想い。

 力を。仲間を護るための力を。手段は―――選ばない。

 勝たなければいけない時に勝てない自分に存在意義など無い。非力な信念ほど無様なものは無い。

 卑怯でも不平等でも、使えるものは全て使う。

 今自分に必要なのは更なる力。偉大な虎の威によってもたらされるちっぽけなプライドなど、便所の紙にでもしてしまえ。


「次は勝つ。奴らをぶっとばす」



 そう言って、少女は勝気な瞳に炎を灯した。


 少女の名は弦月奏

 日本最高の冒険者にして稀代の英傑、弦月巌の一人娘

 非力な自分のせいで別たれた、家族の絆を取り戻すため冒険者を志した優しき女の子。

 弱さは罪だ。少なくとも弦月を名乗る限り、負けっぱなしはことは許されない。

 彼女の夢はただ一つ。父が偉大な伝説の英雄ならば



「オレは、伝説の守護者(スプリガン)になる」



 闘う事を宿命つけられた少女は、静かな笑みと共に、

 その運命を受け入れた。






 しかし、彼女のように最初の一歩を踏み出せる者ばかりではない。

 一人では己の征くべき道を自ら見出すことすら出来ない者もまたいるのだ。

 




 そう、例えば今、夏休み初日だというのに、校庭の花壇で花に向かって話しかける少女がそうだ。



「ぐすっ…… ジュリエッタが、ポンコツにありました…… とんこつはラメーンありました……」

 

 敵を挑発するかのようなニヒルな笑みを浮かべ、傲然と髪を掻き上げる少女の目には、キラキラと夕日を反射する水滴が詰まっている。

 傍から見たら花壇の花など歯牙にもかけない風に見えるが、ボソボソ呟きつつ先ほどからブチリ、ブチリ、と引き抜いているのは全て雑草だ。


「ジュリエッタは……嫌だった…… お子様ジュリエッタ ぐすっ ぎゃく上りしやがるは…… 怖いを感じるます……ッ」


 挑発的な笑み。傲慢な態度。自信に満ち溢れた声音。

 それは彼女が幼少のころから身に纏い、いつしか血肉となってしまった彼女の鎧だ。

 弱気になれば責められる。怯えていれば詰られる。

 本能的な自己防衛として生み出された張り子の虎の効果は絶大で、彼女が実は子猫よりもまだ臆病な性格であることを知る者は少ない。

 

「できないジュリエッタを再び…… 再びまた見捨てられる日が襲いくります…… ううぅ……」


 昔の自分の境遇を思い出し、くしゃりと鋼鉄の笑みが歪む。


 あの頃に戻るのは嫌だった。

 誰も彼女を助けようとはしなかった。仲間なんていなかった。他人はただ自分を嘲笑うために存在したし、自分は耐えるためだけに存在した。

 しかし、それも全て自身が招いたことだった。相手を責めるのはお門違いである事を知っている。


 どんなに気の良い仲間だって、無防備な背中を危険に晒され続ければ嫌気が差す。

 どんなに固く結ばれた友情だって、背後から撃たれ続ければ疑いが生じる。


 【仲間殺し】(フレンドリーファイア) 【裏切者】(バックアタッカー) 【地雷女】(クレイモア)


 冒険者養成に熱心なモロッコで初等科、中等科を過ごした彼女に、居場所は無かった。

 言葉も分化もまるで知らなかった父の祖国、日本。

 親の都合で異国の地に引っ越さなければならないと聞いた時、彼女の心に浮かんだのは『不安』ではなく『安堵』だった。


 自分の事を誰も知らない新天地で、もう一度やり直したい。


 そうしてやってきた日本、入学を果たした冒険者高専で、彼女はまた同じ轍を踏もうとしている。

 試合中に吹っ飛ばしてしまった焦げ茶色の少女―――多々羅は、学校を休む彼女を心配して何度も家に訪れていた。

 多々羅の目を見れなかった。怖かったのだ。

 

「お花様、ジュリエッタはどげんかすれば……」


 他人から見たらまんま悪役令嬢の悪い笑みは、心底弱っている時の彼女の顔でもある。

 花壇にはもう引く抜く雑草すら残っていない。ただひたすら無為に時間だけが過ぎていく。

 出口のない迷路。先の見えない暗闇。水底に沈んでいくような感覚にもがき苦しむ。

 そんな、どん底で一人、途方に暮れている時。


 少女は出会った。


「あれ、お前ミナちゃんとこの爆弾女じゃね?」


 ツンツンと逆立てた金髪。チャラそうな雰囲気全開の口調。

 派手なシャツ。使い込まれた突っ掛けに額に乗せられたサングラス。


「貴様は……田中露理男(ろりお)」

「真理男(まりお)です」


 食い気味に言い切った男―――田中真理男は、軽そうな雰囲気を隠そうともせず、自然な様子で距離を詰めて少女の隣に屈みこむ。

 

「夏休みだってのにこんなとこで何やってんの? まあ俺は補修なんだけどな…………って、お前……」


 何かに気付いた真理男。

 ジュリエッタは慌てて顔を逸らす。

 すると真理男は、さも当然のように少女の腕を取って言い放った。


「行くぞ。気晴らしだ」





―――――――――――



 そして、場面はまた移り変わる。

 ここにも一人、己が運命に翻弄されるだけの悲しき者の姿があった。

 静まり返った屋敷の一角、西日で顔が見えない相手に対して虚ろな瞳を向ける少女がそうだ。


「薫子や、いつになったらお前は儂に成果を見せてくれる?」

「申し訳ありません……」

「技量も能力も申し分ない。才能に至っては当家では一番。そして何より、お前には崇高なる我らの血が誰よりも濃く継がれている」

「……はい」


 相手の顔は見えず、感情のこもらぬ声で淡々と告げるだけ。

 田嶋薫子は虚ろな瞳に何も移すことなく、ただ反応するだけ。


「お前に足りないのは、『覚悟』だけだ可愛い薫子。だから【試練】を与えよう」


 その台詞に、初めて薫子がビクリと反応する。

 虚ろな瞳が動揺に揺らめき、かすかに膝が震えていた。

 次に発せられるであろう残酷な宣告が影となって忍び寄る。


「合宿、と言ったかな? 今度、その合宿で…… 例の少年を殺しなさい」

「――ッ でも、それは……っ」

「黙りなさい薫子。儂は言ったぞ? 『殺せ』、と」


 引き結んだ口元、握りしめた拳。

 俯く少女の瞳に浮かぶのは悲しみ、そして諦め。

 

「どうした薫子? 返事をしなさい」

「私、私は……」


 答えに窮するのは『出来ない』からではない。

 彼女に刻まれた『暴』は尋常ではなく、同級生程度ならば簡単に殺し尽せる。

 それを知っているからこそ彼女は俯き、唇を噛みしめているのだ。


「薫子や。儂がやってもよいのだぞ? ダンジョンの『外』で……」

「~~~ッッ」


 葛藤は数瞬。逃げ場など無いことは誰よりも知っている

 だから少女はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には既に一かけらの感情も浮かんでいない。

 瞬きすらしない死んだ魚のような瞳を相手に向けながら、少女は抑揚のない声で言った。


「はい、わかりました。おじい様」


 西日で見えないはずの祖父の顔が喜悦にゆがむ。

 悪魔のように三日月形に細められた目だけが、発光しているかのようにギラギラ光っている。 

 

「期待しておるぞ。殺戮悪鬼『田嶋』の次期継承者、薫子よ」

「はい。おじい様」


 薫子は拳だけを強く、強く握りしめた。






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