幕間① アーニャともにょもにょ
3章前半後半だとわかりづらいので、前話で終わったのは3章で、これから始まるのは4章ということにしました。
すみません。
嫌がらせのような曇天のおかげで気温はそれほどでもないものの、肌に纏わりつく湿った空気が不快指数を押し上げる。
空を憂鬱そうに見上げるサラリーマンは、のべつ幕無しにがなり立てる蝉の大合唱に忌々し気に舌打ちをうっている。
そこかしこで剥きだされた肌色がうっすらと光沢を帯びて見えるのは汗だろうか、それとも日焼け止めスライムだろうか。
もう、夏だ。
「むー! ミナトっ! アーちゃんの話聞いてたッ!?」
「ん~? あー、わりぃ。ええと…… ミノタウロス焼きそばが食いたい、だったっけ?」
「全然違うじょ! 武器の話だじょっ!」
そう言って俺の横でプンスカ怒っているのは、あざとい語尾からご想像の通りアーニャである。
夏休み初日、武器選びに付き合う約束をしていた俺は、二人でダンジョン都市落ヶ浦の中心、転移門近くの商業区、『御前橋』に来ていた。
「んもう! 世界のアーちゃんと一緒にいるってのに考え事なんて失礼だじょっ!!」
「ところで日本では言葉の頭に『世界の』ってつけると途端にアホっぽくなる。覚えておいた方がいいぞ」
「そうやって話を逸らさない!」
やれやれと肩を竦めながら立ち並ぶ商業ビル群を見上げた。
新しいんだか古いんだかわからない建物が無秩序に並び、隙間を埋めるように露店紛いの店が犇めく、なかなかカオスな光景が広がっている。
ここら全てが冒険者のための装備販売店なのだから、やはりここはダンジョン都市なのだと思い知らされる。
「レザー・スケイル社のぉ~ 最新モデルぅ~ スマート・レザースキンⅦ 入荷しましたぁ~~~!」
その声の方を見ると、『特売り!』と印字されたハッピを誇らしげに羽織ったお兄さんが、最新防具をアピールしている。
そして興味を示したお客さんに向かって、鼻息を荒くしながら商品のスペックを説明していた。
「ここにありますのは一本の丸太。そしてこちらにありますのが一振りの剣。今からこの剣で丸太を切り刻んで参ります」
唐突に剣の実演販売を始める露天商のオッサン。
普通ならば、おまわりさんがすっ飛んできて鎮圧戦がおっ始まるシチュエーションも、ここ御前橋では日常風景である。
気合の入った掛け声と共に、丸太を削っていくオッサンに感嘆の声を上げるのは観光客と思しきカップルだった。 装甲も障壁も無い丸太を削れたところでモンスターには全く意味は無いので、本職の方々は見向きもしない。
ふと、この街こそがダンジョンなのではないかと思う。
TVでも紹介された、話題の冒険者用コスメ専門店には目を血走らせた女どもが押し寄せ、店の中は通勤ラッシュみたいになっているし、アホみたいにデカいショーケースには、モンスターの着ぐるみが堂々と鎮座している。
落ヶ浦発祥のパラディン丼屋に行列が出来れば、その横で「アサルト中華はじめました」の幟を振りたくる店員さんがいる。
そこら中に混沌が転がっていて、いちいち突っ込んでいたら身が持たない。
光り輝く魔導剣の横に陳列された洗濯機を眺めながら俺はそう思った。
一流メーカーの最新装備と最新白物家電が同列に並ぶ光景はなかなかにシュールだ。
「あッ フィギアショップ! 『トップラインの冒険者が勢ぞろい!』って書いてあるじょ! ヴィヴィアン・ストックのフィギアもある! ミナトぉ、入ろうよ~」
「キリ無ぇからやめとけって……」
「だって、アニメで見たまんまの街なんだもん! ミナト知らないの!? 『魔導少女 ぷりちー☆るるんぶ』2期で、9話のモデルになったのがこの街で―――」
「知らねえよ」
はしゃぎまわるアーニャの笑顔にドキッと心臓が跳ねる。相変わらずイモ臭さ全開のファッションでも、土台は超一流だから不意打ちの威力が半端ない。
何となく悔しくなって俺は口を尖らせながら歩調を速めた。
「あー 待ってよミナト!」
「うっさい。それより店は決まってんのかよ。道草ばっかしてたら観光で終わっちまうぞ」
「大丈夫、もう着いたじょ!」
アーニャが得意げに胸を反らして、とあるビルを指す。
それは背の高い建物が立ち並ぶこの街には不釣り合いなほど、こじんまりとしたサイズの古ぼけたビルだった。
統一感無く、自由過ぎる電飾と垂れ幕が、逆に妙な統一感を醸し出していて、建物全体が同じ店であることを示している。
その美的センスのカケラも感じられない、インパクト重視の外装に、俺は覚えがあった。
そして、建物の中段にデデンと掲げられた看板を見て、予想が間違っていなかったことを確信する。
躍動感あふれるその看板にはポップな字体で、こう書かれていた。
――――どすこい大魔王
俺は呆れも隠さずに呟く。
「中古ショップやんけ……」
どすこい大魔王。
それは深夜にテレビCMまでやっている、冒険者用グッツ専門のディスカウントショップである。
スモウレスラーとして名を馳せたオーナーの『どすこい錦』は、マンティコアとがっぷり四つに組んでサバ折りをキメたという、伝説的アレな人物だ。
冒険者引退と同時に店を開き、ダンジョン関連ならば何でもかんでも買い取るという頭のおかしいスタイルが大当たりして、今や全国に店を展開する一大チェーンである。しかも「日本に行ったらココに行け」みたいな感じで、海外では変に有名らしい。
売っている品物もネタ感満載で、逆にそれが受けているのだ。
だが、どれだけ有名な店と言っても所詮は中古ショップ。
天下の剣帝様が悪ふざけでも武器を調達しに行く店ではない。
原色が無秩序に塗りたくられた店内を覗き込んで、あからさまにゲンナリした。
「今更こんなとこでどんな武器買うつもりなんだよ。必要ないだろ」
今はこんなに残念な事になっているが、彼女は正真正銘のトップランナーである。いつも彼女が引っ提げてるレイピアは彼女のスポンサーの特注品で、魔導伝導率が極限まで高められた逸品だと聞く。
【遺物】でもない限り、これ以上のものは無いであろう武器を持っておきながら、遊び半分でディスカウントショップを物色するのならば、中古でも武器を買うには一苦労の俺たちルーキーを馬鹿にしている。
武器は俺たち冒険者の生命線で、俺たちの誇りなのだ。
「違うじょ! 私、今は学生だから、あんまり良い武器を持ってると色々まずいんだじょ! 制限レベルに応じた武器を持たないと怪しまれちゃうんだじょ!」
その台詞を聞いて、なるほどな、と俺は頷いた。
アーニャのレイピアは、一見、地味な普通のレイピアだと勘違いしがちだが、抜いて日差しに晒すだけで、それが間違いであったことに気付く。
銀光放つその刀身は、金属というより、もはや鏡と言っても過言ではない。それはダンジョンで発掘される魔鉱、感応金属と並ぶ希少素材、魔導金属の特徴だ。
さらにはちょっと魔導を流しただけで、瞬時に剣先まで魔導が行きわたる鬼スペックは、素人目から見ても違和感に気付くほど。
「え? ていうかお前そのレイピア、もしかして|AH-P type Aじゃなくて、モノホンのワルキューレぶら下げてるワケ……?」
「いえーす! ザッツライッ!」
「イエースじゃねえんだよバカヤロウ!」
ペコちゃん顔&ゲッツポーズに、脳天が噴火するほどイラっとしたが、不屈の精神力でグッと堪える。
髪色も目の色も変え、レベル制限の腕輪をしてまで別人になりきっているというのに、オーバースペックなイチモツぶら下げるとかアホにもほどがある。ていうかなんで今まで気付かなかった俺!
「だって、ニッポンはアニメイベント多すぎて買いに行く暇が無かったんだモン! それに、せっかくだかミナトと一緒に選びたかったし……」
そう言って口を尖らせながらモジモジするアーニャは、なんというか……反則級に可愛かった。
しかも年上とは思えないほど幼く見えて、俺は何も言えなくなってしまう。
「ちっ しょうがねえな……」
「うふふ~ ミナトありがと!」
満面の笑みを浮かべたアーニャが俺の腕を取る。
肘のあたりに、むにゅりと柔らかいものが押し付けられた。
これはまさか男子ならば一度は経験したいランキングトップに食いこんで来る鉄板シチュエーション。「あ、当たってるっ!」状態ではなかろうか。
俺は中途半端が嫌いだ。微エロは姑息な大人の手法だと軽蔑すらしていたし、おつぱいはガッツリ揉みしだいてナンボ派だったが、これはこれでその…… よろしいですわね……
ぐいぐいと腕を引っ張られる形で店の前まで来る。俺は「ったく、しゃーねーなー」的な態で右肘に全神経を集中させた。
「どすこい大魔王は何でも売ってるってガイドブックにも書いて――――あっ ポーションがあるっ!」
「本物のワケねーだろ」
「ねーねー 偽物でもいいから買ってみようよ~ ねーねー」
「なんで俺が買う感じになってんだよ。自分で買えよ」
軒先に張り出した陳列棚にドンッ と掲げられたPOPには堂々と「ポーション大量入荷しましたwww」の文字。
商品告知なのに思いっきり草生えてやがる。
「大量入荷してる時点でネタ確定だな」
そもそも大量に入荷出来るようなものではない。
ポーションはゲームの中でこそ宿代より安く、みんな気軽にぐびぐび飲んでるが、現実世界では一滴の小瓶がウン十年物のワインよりも高価だ。
ゲーム序盤のゴブリンがバカスカ落としていくポーションも、こっちではダンジョンので極たまに発見される激レアアイテムで、その扱いはまるでエリクサーである。
錬金術師たちもこぞって再現に挑んでいるが、世界最高峰の錬金術師、ブラッド・メイデンをして「道のりは遠い」と言わしめるほど。錬成に成功した事例も無ければその見通しも立っていない。
もしポーションの錬成に成功した者がいたら、そいつは一躍時の人となり、そして世界は激変するだろう。戦争すら起きかねないと俺は思う。
「一回しか見た事ないけど、ポーション飲むとホントに回復するんだじょ!」
栄養ドリンク的な位置づけでは無く、本当に効果があるからだ。
もっとも、効果はイメージ通りの代物である。HPが100だとすれば、20か30程度回復するような感じらしい。
しかし、それでも瀕死の人間が飲めば容易に命を繋ぐことが出来るし、下手すれば欠損すらも治す事が出来てしまう。
なによりポーションの一番厄介なところは、ダンジョンから持ち出しても効果が変わらない事にある。現実世界でも治癒効果が発生すると言えば事の重大性がわかるだろうか。そんなポーションがどのように扱われるか、想像できるだろうか。
「マジかよ…… 一本ウン千万のポーションを飲むヤツの気が知れないわ。俺だったら売って家買うね」
「そのポーションが1本3千円で売ってるじょ! さすがダンジョン強国ニッポンが誇る最後の砦、どすこい大魔王ッ!」
「どこの日本の話だよ」
「ニッポンでは『愛すらもコンビニで売ってる』ってアニメの偉い人が言ってたじょ!」
「クレーム多すぎて販売中止になった。残念だったな」
とにかく、ポーションは現実世界でも治癒効果を発揮する。
ちなみにだが、これが治癒魔法と一番の違いと言える。
『治癒魔法を学ぶ暇があればポーション探せ』という、あまりな言い回しはその違いから生まれたものだ。
冒険者時代と言っても過言ではないこの時代。数多の魔法を使いこなす魔導士はそこら中に存在するが、治癒魔導士というのは真っ当な政治家よりなお少ない。
その大きな理由が2つあった。
一つ、治癒魔法は凄まじい量の勉強が必要となる。
魔法はイメージが大事という事に異論はない。そして治癒魔法はそのイメージを具現化、補強するために正しい医療知識が必要となる。
腕が切断されて、ただくっつければいいというものではなく、神経、骨、筋肉、血管、人体構造を正確に理解して初めて傷は回復し、人体は機能を取り戻す。要するに本職の外科医と同等の知識が必要なのだ。
ダンジョンアタックしながら医者の勉強までカバーできる人物などそうそう現れるものではない。
そして二つ目。
治癒魔法は現実世界では使い物にならない。
発現する治癒魔法が、現実世界でも使えたならば話はちがったのだろうが、実際、治癒魔法は他の魔法と違い、魔導減衰が激し過ぎて現実世界ではほとんど効果を発揮しないのだ。
ダンジョンの中では重宝されても現実世界ではクソの役にも立たない。そして偏った魔導のおかげで戦闘力は他の一般人と大差ないともなると、扱いだって悪くなる。
治癒魔導士を目指すなんて、よっぽどのドMか、聖人なみの精神構造を持った変わり者。
それが世間一般の共通認識なのだ。
「治癒魔導士かぁ…… ウチのクラスにもいないかなあ……」
それは何も意図しない行動だった。
ただなんとなく視線を路上に向ける、それだけの行動だった。
ふと人混みが気になっただけの俺の視界に一瞬、見知った人影が映り込んだ気がして、ハッ と行き過ぎた視線を戻す。
ドクン
心臓の音が聞こえた気がした。
「前園さんとリポーターさん、そしてあれは……鹿島……」
前園さんは記者だ。だから武戦の取材をしていたとしても何らおかしいことは無い。
しかし何かが引っかかる。他校は担当が別だと言っていたはずだ。それなのになぜ彼らは接触してるんだ……
モヤモヤが拭えない。一体何が―――
「むぅっ ミナトっ よそ見してないでお店に入るじょ! ほらほら~」
「ちょ、待―――おい待て引っ張るなって! 待てってば!」
半ば引きずられる形で自動ドアを潜り抜ける。
慌てて振り返ると、人ごみに呑まれた3人の姿はもう―――無い。
ただの見間違えだったのだろうか、一瞬の話だ。人違いという可能性も十分ある。だが見間違いではなかったとして、一体俺は何がしたいのだろうか。
思わず大きなため息が出る。俺たちが学生であるように、彼らは立派な社会人なのだ。
ふと、無性に仲間の顔が見たくなった。
みんな今頃何をやっているのだろうか。特訓か、バイトか、それとも思いっきり遊びまくっているのか。
俺は明日から佐々木の実家で特訓だし、アーニャはアーニャで何か用事があるらしい。
高専に入学してからの時間が濃すぎるせいで、休みと言われてもしっくりこない。馬鹿共の顔が無い日常というのは何故か味気ない。
ほぼ毎日顔を合わせていた葵に至っては、数日見なかっただけで何となく不安になる。
「ミナト、どうしたの?」
「ああ、他の連中、何やってんのかなと思ってさ」
「むぅ~~! 一緒にお買い物中なんだから他の人の事考えないッ!」
頬っぺたを膨らませてプンスカしながらも、腕を放そうとしないアーニャに思わず苦笑する。
アーニャの言う通りだ。一緒に行動してる時に他の事に頭を取られるのは相手に失礼だ。
「はいはい、わかりましたよ世界のアーニャさん」
照れ隠しに渋々という態度でそう言うと、アーニャはご主人様に褒められた犬のように顔を輝かせて俺を見上げた。
「わかればよろしいじょ!」
◇ ◇ ◇ ◇
一方、ミナトが気にかけていた仲間たち、
その頃彼らは……




