レベルアップをしてもらいます
そして葵も神楽耶も学校に出てこないまま数日が過ぎ、今日終業式が終わった。
1学期最後のHRを残して、これが終われば明日から学校は夏休みだ。
といっても先生を待つ間、クラスを見回して浮かれている奴はいない。
選抜メンバー以外も先日の練習試合の事を知っている。何か自分に出来ることは無いのかと、ほとんどのクラスメイトが練習相手を買って出た。
意気消沈する選抜メンバーのケツを蹴り上げ、元ヤンの蛯子はこう叫んだ。
「テメェ等っ! 俺たちのセンコーが笑われて悔しくねぇのかヨッ!!」
そう、試合が終わり、武戦は俺たちを散々コケにした後、絶対に言ってはならない一言を言ったのだ。
――――3流校はどうせ先生もロクなもんじゃねーんだろ?
笑いやがった。
いつだって俺たちのために元気を振りまくモモ先生を。いつだって俺たちを遠くから見守っているクリスティナ先生を。
俺たちを助けるため、命がけで火竜戦に挑んだ俺たちの敬愛する先生を。
奴らは嗤ったのだ。
やりきれなさと、ぶつけどころの分からない怒りが渦巻いている。
悔しかった。負けた事もそうだし、ボロボロになっていく仲間を、ベンチから指を咥えて見てることしか出来なかった事も、悔しくてたまらなかった。
そしてこの極めつけの台詞である。
許すな。絶対に。
最初は、別に世間に注目されるわけでもないルーキーの戦闘大会に興味を持つ奴なんてほとんどいなかったが、何としてでも勝ちたい相手が出来た事で教室は燃え上がっている。
俺もそうだ。正直大会なんてどうでもいい。だけどあいつらだけは、武戦だけには負けたくない。
あいつらに勝てれば他はどうでもいい。
俺たちと、俺たちの先生を笑ったあいつらをボコボコにしてやる。
「一之瀬、合宿までの一週間、キミはどうするんだい?」
体調不良で今日も休んでいる田嶋の席に、ドカリと佐々木が座って言った。
「1日だけアーニャと出かける約束があるけど、それ以外は過去の大会映像見て研究するつもりだ。補欠だし他人事だったけど何かやんないと落ち着かない。お前はどうなんだよ佐々木」
「ボクは実家に戻って祖母―――師匠の手ほどきを受けてくるさ。最後の一撃が納得いかなくてね……」
斬撃を飛ばして立ち木を両断する腕前の佐々木の一撃が、あの鹿島には通らなかった。
装甲や障壁ではない、もっと直接的なものな気がしてならないが、とにかく対人最強を自負する侍の一撃が生身の人間に届かなかったことに納得できないのだろう。
「ボク程度のレベルでも、サムライの斬撃は高レベルの冒険者にすら届く。信じるかい? 相手が人である限りボクたちのセクシーな一振りは装甲を抜くんだ。僕たちにはそういうセクシーな血が流れている。そういう技術を叩き込まれる」
「だったら試合のアレは何だったんだ……? なぜ鹿島に届かなかった?」
すると佐々木は、バッと胸元を大袈裟に開き、キメ顔で言った。
「ボクにはまだまだ足りなかったということさ。セクシーがねっ!」
バチンとウインクをかまされて軽い吐き気を覚える。
自分でも信じられないほど低い声が出た。
「茶化すなよ佐々木……」
「そんな怖い顔しないでくれ一之瀬。ボクがもっとセクシーだったら結果が違っていたのは事実さ。まあ確信はないよ。だけど感触はこの手に残ってる。予想もついてる。だから師匠に頭を下げに行くのさ。次こそは……斬る……っ もちろんセクシーにね」
髪を掻き上げながらの悩ましい吐息というコンボに殺意を覚えたが、とりあえず殺るならばダンジョンで殺るべきだと自制する。
「ところで一之瀬、アーニャちゃんとの約束はいつだい?」
「え、明日だけど…… なんで?」
「だったら約束が終わったらボクの実家に来ないかい?」
突然の実家招待に俺は目をパチクリさせた。
同時に、あらぬ想像が頭を過り、背筋に冷たいものが奔った。衆道先生的なアレだ。
「お、お前まさか…… お、俺を実家の親に紹介してどうするつもり―――」
「誤解はしないでくれ。もちろん親に紹介はするけど、キミが考えている衆道先生的なアレじゃないさ」
「じゃあどういうつもりだよ」
「師匠がキミに興味を示している。キミは火竜の装甲を抜いただろ? モンスターの装甲を抜くセクシー技術のカギがあるんじゃないかって、サムライの中で噂になっているのさ」
ネットを開けば今でも巨大掲示板に俺のスレが立っている。個人情報はダダ漏れで、先日買ったエロ本のタイトルまでが晒されている。
もちろん人の興味など一過性のもので、勢い自体は完全に下火になってきているものの、牛丼屋に入れば未だに電凸を食らう事があるし、全く知らない番号からの電話に出てみれば、「ボキの絶頂見るぅ~?」なんて悍ましいセリフを言われた事もある。
俺を取り巻く噂の9割9分は根も葉もない誹謗中傷だ。俺が女性を視姦する変態だとか、騒音問題で隣人が引っ越したとか、HDにエロ動画が大量に詰まっているとか、全く根拠に乏しい言いがかりばかりである。
だからこそ俺は不覚にも感動した。初めてマトモな噂を聞いたからだ。
ちょっと佐々木を見直した。おサムライさんってば良い人だ。
「もちろんキミの鍛錬になることも間違いない。キミは今、殻を破ろうと足掻いているんだろ? いつもと違う環境に身を置くのもまた一つのセクシーチョイスさ。悪いようにはしないよ」
悪い話ではないように思う。何となくだが今のままただダンジョンに潜ってレベル上げをしているだけでは駄目なような気もしていた。
佐々木のいう事に一理あるし『強くなるための答え』みたいなものは、何より今、俺が欲して止まないものである。
人様の実家にいきなりお邪魔するのは申し訳ないと思いつつ、なりふり構っている場合ではないのもまた事実だ。今は甘えられるものに全て甘えてでも俺は強くなりたい。
つまらないプライドにしがみついて、結果、武戦に負けましたでは何の意味も無いのだ。
「まあ、考えておくよ。もしかしたらお願いするかもしれない」
「返事待ってるよ。そういえば、今日、HRでクリスティナ先生がセクシー合宿のメニューを発表するって言ってたよね」
「セクシー合宿ではないけど、まあ言ってたな」
今日、この後のHRで合宿のメニューが発表される。
選抜メンバー以外も協力を申し出ての総員体制の合宿だ。俺たちに足りないものは分かっている。それをどう埋めるかが問題だ。
先日のクリスティナ先生の戦評が頭を過る。
『このクラスには良くも悪くも個性的。総合力では格上の有名校に勝てない。勝つためには個性を生かさなければなりませんが、その経験と覚悟が足りない。そして勘違いしがちですが、チームプレイと個性の発揮は別物です』
ハマれば強いが、そうでなければなし崩し的に追い込まれてしまう。
俺たちは弱くない。だが安定していない。一度天秤が傾いてしまった状態から切り返すのは容易ではないが、それが出来なければ格上に勝つことは出来ない。
それは試合を見ていた俺自身が強く感じた事だった。
『また同時に、ダンジョンアタックと対人戦闘も別物です』
聞くとダンジョンアタックのスピードに関して、俺たちは決して他校に劣ってはいないという。
しかし、良くも悪くも頭の弱い俺たちは、技術や駆け引きの生ずる対人戦に滅法弱い。尖りに尖った個性も、うまくかみ合わなければ宝の持ち腐れだ。
地力で負けている上に経験も無い。
はっきりと思い知らされた。対人戦は俺たちが克服しなければならない弱点の一つだ。
『冒険者の本業はあくまでダンジョンアタックなのだから、対人技術を磨く必要なんて無いと言う人もいますが、それは間違いです。将来、皆さんが冒険者になるにあたって対人戦闘能力は、ダンジョンアタックと同等か、もしかしたらそれ以上に重要になってきます』
つい最近まで俺もそう思っていた。だが世界をとりまく現状を考えると、その考えが間違っている事は明白だ。
ダンジョンアタックの最大の目的。それは階層権限の取得である事に異論はない。
しかし、それは『夢』と表現するのが適切と言えるほど雲上の目的だ。
現在人類が有する権限は34。これに対して冒険者の数は世界中で100万を優に超える。
という事は、階層権限だけをメシの種だとすると、最大でも204人の冒険者しか食っていけない計算になる。100万人に比べたら端数みたいなものでしかない。
それなのに現実はどうだ。
多くの冒険者が実際に存在し、実際に生活をしている。もちろん、生活していけない者もいるだろうが、それはどの世界でも同じこと。
そう、冒険者の仕事はダンジョンアタックだけではないのだ。
考えてみると当たり前の事だった。
冒険者が犯罪を犯すならば、それを取り締まる側だって相応の武力を持たなければならない。
敵軍に冒険者がいるならば、こちらだって防衛のために戦力を揃えなければならない。
ボディガードもそうだし、重要施設の警備員もそうだ。
公安警察も自衛軍もダンジョン管理庁も、それぞれが独立した精鋭部隊を保持している。
そういった需要から、国や企業は冒険者を雇用するのだ。そして雇用には当然試験が存在する。経歴書だって必要だ。
その経歴書に必ず書く項目として、『出身校』『レベル』『踏破階層』『大会成績』などがあった。
ダンジョンに潜れば皆平等。だから高専なんてどこでもいいじゃん? という理屈が通用しない理由がここにある。もちろんダンジョンアタックが出来ればよいという職種もあるが、それが全てではない。
冒険者全員がフリーランスという方が無理がある。
圧倒的大多数の冒険者が就職する以上、対人戦の経験と戦績は必須だ。
とまあ将来の話とは別に、俺たちも大会に全力で挑まなくてはならない理由が出来た。
後は目的――――武戦を潰すために出来る事をしなければならない。
決意も新たに燃えていると、予鈴と同時にクリスティナ先生が教室にやってきた。
そして、全員が着席しHRが始まる。
「それではHRを始める前に、今回、合宿をするにあたり、皆さんのサポートをして下さる方々がいらっしゃってますのでご紹介します」
予想しない方向からの切り口に教室内がザワつく。
合宿内容を聞いていなかったが、いつもとは別枠の人が参加するとは思ってもみなかった。
そしてこれは取材陣の人たちも初耳だったようで、そこかしこで「おい、聞いてたか?」的なやりとりがなされている。
すると先生は、あんまり太くも長くも無い平凡なやつで床を叩き、俺たちは条件反射的に押し黙った。
「では入ってきてください」
教室の前の扉が開けられる。そして入ってきた人物を見て俺たちは息を呑んだ。
小さく尖ったそれぞれのパーツと、眠たそうに半分閉じた切れ長の目。大和撫子と評するのがぴったりな和風美人。メインヒロインと評するに相応しい容姿にも拘わらず、今にも寝そうな感じで「ぬぼ~」っとしている姿。
「浮世、センパイ……」
「錬金科じゃねえか……」
そして、もう一人。
浮世斑先輩の後に入ってきた人物を見て、俺たちはとうとう驚愕に立ち上がった。
そして報道陣の浮足立ち様が尋常じゃない。
知らぬはずが無い。そして忘れるはずもない。
ストッキング、ローヒールに黒のタイトスカート。白いシャツ、そしてグレーのベスト。あまりにこの場にそぐわないそのいでだち。
まさしくOL。
そして彼女が担いでいるのは背丈ほどもある長大な魔導重狙撃銃。
その衝撃の人物は、教壇に立って丁寧にお辞儀をする。
「㈱日下部工務店より出向してまいりました。フェイ・ランスロット・早苗と申します」
お前は何してくれてんだとアーニャに視線を向けると、アーニャも「私、知らないよ!」とばかりにブンブン首を振る。
誰かが呟いた。
「トップランナーがどうして……」
すると当人、日本が誇る最強の魔導狙撃手は決然と言い放ったのだ。
「先日の合コンでやらかしましたので、保険を適用いたしました」
強烈な残念臭に胸焼けした。
またしても俺のキワモノレーダーがビンビンにおっ立った。
「むっ こちら側に付いた理由を説明しろという顔ですね? わかりました。正直に言いましょう。『いけめん』が多かったからです。ちなみに私は年下の美少年が大好物なのです。10歳まではいけると確信しています」
そう言って彼女が視線を向けたのは―――尼子屋。
咄嗟にドリルと比佐山が戦闘態勢に入った。
尼子屋は呑気にキョトンと首を傾げている。フェイさんの目が猛獣のように光った。
どうしようもない予感に俺は頭を抱える。するとクリスティナ先生が満を持して語りだす。
「みなさんに必要なのは対人戦闘経験と基礎能力の底上げ。合宿はこの二本立てで行います」
その発言に俺はゴクリと唾を呑む。
先生の台詞に穏やかではない単語を発見したからだ。
パラメータの底上げ。それが意味する事は
「先生、それはまさか……」
小刻みに手が震える。喉が渇きすぎて唾が呑み込めない。
戦慄く俺を一瞥した先生は、少しだけ逡巡し、頬を紅潮させながら咳払いを一つ。
そして、静まり返る教室の中、先生は超ド級の爆弾を投下した。
「夏休み中。皆さんには2つ、レベルアップをしてもらいます」
第3章 終了




