屈辱
3月はやっぱり厳しかったです・・・すみません。。。
ストレス展開が苦手な方はご注意ください
まさかの展開です
「葵ッ!! 避けろォォッッ!!!」
葵も何かを感じたのだろう。俺が台詞を言い終わる前に回避行動を開始。
直後に女の指先で光が―――破裂した。
「―――ッッ!!」
凄まじい破裂音と共に顔面が引き攣る。そして俺たちは……見た。
葵の左腕の裏側、肘頭が、弾け飛ぶのを。
「葵ッ!!」
「神城さんッ!!」
葵の肘のあたり、まるでスイカが爆発したように光の粒子が飛び散る。
お茶の間仕様の大会設定のおかげで直視できるが、もしも通常設定ならば飛び散っているのは粉微塵の血肉と骨片だ。それが意味する事実についてようやく認識が追い付いた俺たちは息を呑んだ。
吹き飛んだのは敵に対して背面。目視すら出来なかった攻撃は、正面から葵に襲い掛かり、衝撃が背後に抜けた。
「後ろに抜けたッ!? 今のはまさか……っ!」
「雷撃……ですわ……ッ」
「しかも直接発現っ 信じられないよ!」
発現系の魔導士というだけで恐ろしいのに、雷撃使いなんて想定外にもほどがあるだろ!
しかも自然現象を利用せずに直接魔導変換してやがる。一体どんだけの魔導をブっ込めばそんな事が出来るって言うんだ!
スキル…… いや、まさかエルダーの技術……っ!?
とにかく損傷攻撃だ。それは戦闘継続に重大な影響を与えるほどのダメージ。
いくら痛覚がセーブされる大会仕様といえども、腕を吹っ飛ばされてヘラヘラ出来るはずが無い。
回避行動中の衝撃で地面に投げ出される葵の顔は、見たことがないほど苦悶に歪んでいる。
「まだだ葵ィッ!」
思わず叫んだ台詞に根拠はなかった。だが間違いない。冒険者がこのチャンスを見逃すはずが無いのだ。
悪い予感ばかりが当たるように世界は出来ている。女がその顔に法悦すら浮かべて、転がる葵に指先を向けた。
追撃だ。
「神城ォッ!」
光彩がイカれるほどの発光。ほぼ同時に鼓膜を直撃する大轟音。
直前まで葵がいた足元が爆散した。地面に出来たクレーター状の穴に冷や汗が止まらない。
葵は倒れた勢いを殺さないまま地面を転がり、すぐに起き上がった。体に叩き込まれて無意識に行えるようになった反応だ。
しかし、息を荒げる葵の左腕は、すでに肘から下が光化を始めていた。
開始数秒で葵の左腕は死んだのだ。
「一撃で死ぬと思ったのに残念…………じゃないわね。ああん、ゾクゾクするわ! 逃げまどって頂戴ッ!」
「……潰すッ」
葵の足元が爆散。ロケット弾みたいな勢いで敵との距離を詰めにかかる。
葵は良くも悪くも考えない。それが吉と出るか凶と出るかはわからないが、考えて足を止めたら狙われるだけ。
雷撃を目視で躱すなんて不可能な事をするより、何も考えない突貫の方がよっぽど建設的だ。
何より敵は発現系魔導士。迫撃に持ち込めば勝ち目はある。
十数メートルなんて距離はほとんど無いに等しい。
2,3歩だけで肉薄した葵は、片手だけでハンマーを振り下ろす。
対人では見せた事の無い本気の一撃。その威力、風圧がここまで届くほど。
様子見してる余裕なんて無いと判断してキメに行った一撃だった。そして今までならばそれで終わっていたはずだった。
―――ズドンッ
「やったか―――ッ!?」
ハンマーが地面を穿つ。まるで爆撃だ。あんなもの避けれるはずもなければ、食らったならば間違いなく挽肉だ。
しかし葵は瞬時に退避を選択。爆心地からバックステップで飛びのいた。それが意味する事は二つ。
手ごたえが無かったのだ。そして、敵を見失ったのだ。
葵が着地する寸前、もうもうと舞い上がる土煙が、カッ 閃く。
何かが迸ったと同時に届いたのは、鉄板を引き裂いたような爆音。
「……くああ――ッ!!」
「葵ィ~~ッッ!!」
俺たちは凍り付いていた。信じられないものを見るように、呆然とその光景を見ていた。
葵の右膝裏が破裂。と同時に光化し始める右足で着地した葵は、自重を支えきれずに転倒。取り落したハンマーがズシンと地響きを立てた。
痛みを堪え、起き上がろうと踠く葵を嘲笑うように、土煙の中からゆっくりとその女が姿を現す。
「んはぁッ 快っ感ッ!! 左手、右足、次は……アハァッ! ゾクゾクするゥッ!!」
法悦すら滲む下卑た笑みを隠すことなく、一歩、また一歩。
「うそだ…… 神城君が……」
東雲がうめき声を上げる。誰もかれもが言葉を失い、思考が停止したようにピクリとも動かない。
葵は…… まだ、目が死んでいない。戦う気だ。体を引きずりながら獣のように牙を剥き、何度も崩れ落ちながら起き上がろうとしている。
掠れた声が喉から洩れた。
「葵……降参しろ…… 」
死んでも生き返る大会で、勝敗は最終的に当人同士の意思に託されている。それすらも過酷過ぎるダンジョンを生き抜かなくてはならない冒険者にとっては、学ぶべき自己判断の一環として認知されている。
だとしても、限度ってものがあるだろう。
茶髪のビッチが見せつけるようにケツを振りたくりながら葵に近づいていく。
ベロリと唇を舐めまわし、瞳孔が開ききった瞳が明後日の方向を向いてグルグル回っている。
「やめろ……」
やめろよ。見たらわかるだろう。何をするつもりだキチガイ女が。俺の相棒なんだぞ。
もういい。もういいんだ葵。降参しろ。後は俺たちが何とかするから。だから……
「やめろ…… オイ審判止めろッ! 葵はもう戦えないッ!!」
しかし審判のフェイはピクリとも動かずにただ黙って様子を見守るばかり。
女――――祥子が葵の薄っぺらな胸を踏み抜いた。
もう葵は身動きとれる状態じゃない。
なのに彼女は人でも殺せそうな視線でビッチを睨み付ける。
「……絶対に潰すッ」
「ああんッ その目ッ!! イイィ――ッ! 鳴いてくれるんでしょぉッ!!」
―――パンッ
風船が割れたような軽い音。
「……ああああァ――ッ!!」
右肩を撃ち抜かれた葵が仰け反って悲鳴を上げた。
傷口を抉りこむように踵で踏みつけた女の表情がグニャリと醜悪に歪む。
血管がブチ切れそうだ。こんなのはもう戦いじゃない。噛みしめた唇から血の味がする。
俺が知っている戦闘大会はこんなイカれたものじゃなかった。
ルールに抵触しなくても常識というものはある。マナーや尊ぶべき心構えがある。
正々堂々全力でぶつかり合って、結果死ぬことはあっても、純粋に喜んだり悔しがったり出来る青春劇場であるはずだった。
観戦する側だってそういうドラマを見たくて足を運ぶ。観客がいない練習試合だとしても、やって良い事と悪いことがある。冒険者以前に人として、越えてはいけない一線がある。
武戦は一体何を教えてるんだ。倫理や道理はどこに行ったってんだクソが!
ビッチがカクリと首を傾げた。グズグズに蕩け切った瞳に浮かぶ情欲の炎が、はっきりと葵の顔を映し出す。
やめろ。ふざけんじゃねえ。
「もっと……」
スウッと、指先を葵に向けた。周囲に帯電するエネルギーがバチバチと音を鳴らす。
女の指が葵の頬をなぞる。そして――――
「もっと、もっと痛くしたら…… もっと、もっともっともっともっとぉォォォ~~~ッ!!」
「やめろォォォォ~~~ッっ!!!」
――――そこまでです。
いつの間にか接近していたフェイさんが、ガシリとビッチの手首を掴む。
「さすがに趣旨を逸脱し過ぎています。本戦ならば失格まで有り得ますよ」
完全にラリっていたビッチは、不思議そうにフェイさんと自身の手首を交互に見やった。
何度かそれを繰り返すうちに、ビッチの瞳に正気の光が戻ってくると、フェイさんがビッチの手を放す。
「邪魔、しないでよね」
「ならば邪魔されない戦い方をするべきですね」
しばらく女とフェイさんが睨みあう。
やがて興味を失ったのか、葵を一瞥すらせずに踵を返し、まるで何事もなかったかのように武戦のベンチへ悠々と向かう。
「う、ウソなの…… 葵ちゃんが……」
「あぉぴーが、何も出来なぃなんて……」
「つるぺったんがマギアは素早くぶっ殺しけりをありやがったのに……」
葵が負けた。俺たちのエースが。
敵に一太刀も加えることなく。成す術なく。何もさせてもらえないまま。
相手はあの武戦。
圧倒的格上。心のどこかで『今日は負けてもしょうがない』と思っていた。
だが、同時に全員がこう思っていたのだ。
葵ならば。俺たちのエース、撲殺天使様ならばたとえ武戦相手でも負けはしないと。なのに蓋を開けてみればこの結果だ。
メンバーに走る衝撃は大きい。誰もが呆然自失の態でただただ突っ立っている。
「そんなことより急ぐんだ! 早く神城君をゲートに!」
ただ一人、冷静さを失っていなかった東雲がメンバーを叱咤した。
感応魔導膜はとっくの昔に消失していた。
東雲が飛び出すと、ハッと我に返った弦月が続く。
「……ま、まだ戦え、る」
「馬鹿な事言ってんじゃねえ神城ッ!」
「ひ、酷い、こんな……っ」
弦月が葵を抱き起こし、小森ちゃんが結界で固定してゲートに駆けていく。ボロボロになった葵が息も絶え絶えに何かを呟いている。
死にはしないだろう。たとえ死んでも生き返る。だがこの言い知れぬ怒りは何だ。どろりと濁ったドス黒い炎がチロリと背骨を舐めた。
葵は戦闘で負けた。
一義的に勝敗が当事者に委ねられている以上、ふざけた事しやがったあの女が一方的に悪いわけではない。そう頭では理解していても、握りしめた拳は一向に緩む気配が見えなかった。
葵を連れ出す様子をクリスティナ先生が厳しい表情で見つめ、アーニャはキッと敵を睨み付けている。
モモ先生は大粒の涙を目に浮かべながら、モノ申した気に口を開いては閉じるを繰り返した。
今、抗議をすることは出来ない。何の意味も無いからだ。
力に言葉で対抗する事の愚かさを知っている。そういう生き方を選んだのは俺たちだ。
俺たちのやっているのはお遊びじゃない。戦闘なのだ。
ケツを振りながらベンチに戻るヤツと目が合う、ヤツは小馬鹿にするように言った。
「あはッ 拍子抜け! 【竜殺し】に勝ったあたしは竜殺し殺し? ウケるゥ~」
「てめぇよくも……ッ」
「駄目だよミナト君ッ!」
一歩踏み出した俺の腰に尼子屋がしがみつく。
体重の軽い尼子屋を引きずって更に足を踏み出すと、向こうのベンチから出てきたのは鹿島。
鹿島は俺達を鼻で笑いながら言った。
「無様だな」
「ンだとテメェ……」
「敗者に何かを語る権利は無い」
「ふざけんじゃねぇぞ……ッ」
「ミナト君止まって!」
血がにじむほど握りしめた拳。音がするほど噛みしめた歯。
俺が今、尼子屋を振り払って殴り掛かったところで取り押さえられて終わりだ。
みんな葵敗北のショックから抜け出せていないし、俺たちのやりとりに戸惑っている奴が大半だった。
俺は補欠だ。何もできないまま野次を飛ばすだけならばいっその事―――
「そこまでにしなさい。次の試合を始めますよ」
有無を言わさぬ口調でハッと我に返る。
振り仰いだ先に、鋭い眼光を細めるフェイさんがいた。
視線を戻すと、手の届きそうな距離に鹿島がいる。そしてすぐそばに、あの女がニヤつきながら立っていた。葵が完封されるような相手に、俺がバカな気を起こしたところで何も出来るはずが無かった。
「クソがッッ!!」
自身の不甲斐なさを呪って吐き捨てる。
俺は無力だ。仲間がやられて一矢報いる事すら出来ない。そもそも闘う権利すらない。
鹿島は悠然と俺を見下ろして言った。
「悔しかったら勝ってみろ」
荒れ狂う激情に身を震わせながら、俺はただ惨めに俯く事しか出来なかった。




