↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
68/117

幼女

戦闘までいかんかった・・・orz

遅すぎる

 軽い酩酊感と、胃袋だけが無重力遊泳しているような感覚は何度経験しても慣れない。

 転送するたび、等価交換的なアレで寿命を削られたりしないよねと不安になるし、1ミリも原理が解明されていない不思議ゲートを平気な顔で潜る奴は、どこかイカれてると半分本気で思う。

 そう思っているけど、口に出したら馬鹿だと思われるので言わないだけだ。


 ゲートが設置されたベンチを出て見渡すと300m四方はあるフィールドが広がっている。ところどころに傾斜や視界を遮る木々が茂っているのは、フラッグオンフラッグのためだろう。パッと見た印象は、手入れのされていないゴルフ場だ。


 周囲を囲うのは割と急な勾配のスタンドで、何となく競馬場の馬になった気がした。

 キョロキョロ見回して真っ先に地形を確認するのは、クリスティナ先生の暴力の賜物でもある。太くて固いのから逃れたい一心で肛門を絞めていたらいつの間にかこうなってしまった。

 

「珍しいっすねぇ~ 公式戦設定の息吹なんて滅多に来れませんからねぇ~」


 カメラマンがそう呟くと、ディレクターらしき人が、しっかり撮っておけよと指示を飛ばしている。

 国民ならば息吹には比較的容易に入る事が出来るが、公式戦設定のエリアは条件付きの完全申請制なため、取材陣とはいえ目にする機会はそれほど多くない。

 しかも大会によって環境調整から変えられているうえ、フィールド風景も不特定なため、風景映像それだけでガーデンマニアが大喜びするというのだから、撮影者の気合いだって入る。 


 そんな中、人好きのする笑顔でディレクターと打ち合わせをしているリポーターさんから、先日の無機質な雰囲気は欠片も見られなかった。

 ネコ被っているのか、それとも今の彼女が本来の姿なのか、俺にはわからない。

 何となしに横を見ると、少し離れたところで心底旨そうにタバコを吸う前園さんがいる。

 

 取材中、ほとんど校内にいるせいでニコチンが足りていないのだろう、一回か二回の吸い込みでフィルター近くまで灰にすると、思いっきりポイ捨てして即座に新しいタバコに火をつけた。

 彼の中ではきっと絶やしてはいけない火なのだろう。原始人か。

  

「あ、来てる来てる、落校もう来てるじゃ~ん」

「わざわざ潰されにねえ。ウケるし!」


 益体もない事を考えていたら、20mくらい離れた隣のベンチが突然騒がしくなった。

 てっきり向こう側のスタンドに現れるとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「あ゛ぁ?」


 互いの表情が容易に見える距離で、俺たちは相対した。

 漆黒の生地に赤い淵の制服。誇らしげに光る旨のバッヂにはただの一文字『武』

 私立 落ヶ浦武演戦陣冒険者高等専門学校。通称『武戦』

 ぞろぞろとベンチから出てきたヤツラの中で、半数以上の連中がニヤニヤと笑い、それ以外の奴も殆どが俺達の存在など意に介した様子もない。

 この時点で注釈など要らないだろう。対峙した瞬間から、俺たちは完全に見下されていた。


「何ニヤけてんだ? ぶちのめすぞボケが……ッ」

「このオレがタマぁ捥ぎ取ってやんよクソ鴉ども……」

 

 とはいえ、出会った瞬間からキレている者もこちら側にはいたりするので、どっこいどっこいだ。

 アゴを尊大に逸らして眉根を寄せる旨鹿と、片目だけを限界まで細める弦月に至ってはもう完全にヤンキーである。

 挨拶もまだだというのに、破裂寸前の危険な空気が横たわっている。 

 俺たちを遮るものは何もない。ルーキーとはいえ、冒険者にとってこんな距離は0に等しい。誰かが無茶をすればその瞬間に乱闘だ。


「おいおい、カス共が吠えてんぞ~」

「怖い~ チワワの癖に、こ~わ~い~」

「んだとテメぇ……ッ!」

「やめるんだ旨鹿君ッ! 僕たちは喧嘩をしに来たんじゃないんだぞッ!」


 一歩踏み出した旨鹿を慌てて止めにかかる東雲。


「そーそー。殺るなら合法的にだょ~」

「多々羅君ッ!」

 

 始まる前からデス・ガンがおっ始まりそうな一触即発の状況。

 しかし武戦の先生らしき人物が止めに入る気配は無い。冒険者同士の突発的集団戦は珍しくないとはいえ、そこまで放置していいのかよ……


 するとクリスティナ先生が、ふうと息を吐きがら間に入った。これ以上は許さないという無言の意思表示だ。

 対するモモ先生はといえば


「ふ、ふええぇぇぇぇ~~~」 


 突然の事にパニックになったらしく、あわあわしながらその辺をうろちょろしていた。あいかわらずアクシデントに弱い人だ。

 

 そして他のメンバーは素直に戸惑っていた。

 練習試合だと思って気合を入れていたら突然メンバーがキレ始めたのだから無理もない。

 今にも飛びかからんばかりに興奮している旨鹿や弦月を見て見て若干呆けている。

 

 俺は一緒に戸惑うフリをして奴らの顔ぶれを確認する。

 俺たちにあからさまに絡んでいる何人かは、この前、街で出会った取り巻きだ。強いと言ってもまだ何とかなる程度に違いない。マークすべき人物は他にいる。


 そして、大して探すまでも無く俺はソイツを発見した。 

 不必要に挑発してくる集団の後ろ。いた。彫りが深く整った輪郭。肩まで届く長髪。やけに余裕ぶった様子で腕を組んで薄笑いを浮かべる男。鹿島だ。

 そして鹿島の横、日に透けるような亜麻色の髪をサイドテールにし、やや俯き加減で隠しきれない下品な笑みを浮かべる女。間違いない。あの時、人通りの多い街中でぶっ放そうとしたあのイカレ女だ。

 

「ミナト! わっちの手を掴んだ人がいるでありんす!」

「お前余裕だな」

「ミナトミナト、わっちを捕まえたのはあいつでありんす!」

「わかったって……」


 あからさまにワクワクした表情で俺を揺するアーニャは本気で面白がっているようにも見える。

 トップラインの冒険者にしてみたら、俺たちが強い弱いなんて目クソ鼻クソに違いない。こんな険悪な空気だというのに少しも怯む様子の無い当たり、鈍いのか、それともあえてそのように振舞っているのか。

 

「『よくもアーニャに!』とか無いでありんすか~~」

「イモは大人しくしてなさい」


 いや、無いな。イモ子さんはそんなに気の付く出来る子じゃない。

 負けたところで痛くも痒くもない背骨(バックボーン)があるからこそ、ただ単に余裕なのだ。

 少しだけ見直してやってもいい。

 あとお前は昨日見た美人狼に影響され過ぎだ。


「逃げないで来たか落第者。褒めてやってもいい」


 いつの間にか俺たちの正面に来ていた鹿島が勝ち誇った顔で言う。

 俺は敢えて余裕ぶって肩を竦めた。


「へいへいありがとうございやす。っつーか高々練習試合なんだから気軽にいこうぜエリートさんよ」

「お前たちは勝てない。力の差を思い知ればいい」

「だからただの練習試合だろ。そんで俺は補欠だっての。大体なんでお偉いエリート様が俺たち如きを意識されてるんでしょうかねって話だよ」

「吠えるな3流高専が……」

「お前がな。3流役者」


 鹿島の瞳に危険な色が混じる。

 あっちでもこっちでも煽り合いだ。もうやるならやってやろうかと半分本気で思う。

 いい加減、本気で乱戦になるかも知れないと気付き始めたメンバーが、戸惑いながらも臨戦態勢に入りはじめる。

 すると、このタイミングを狙っていたかのように、武戦の先生が声を上げた。


「まあまあ、折角設けた機会です。無駄にしないためにも始めましょう」

 

 黒い武戦の制服の群れを掻き分けるようにして、グレーのスーツに銀のネクタイを締めたその男がやってくる。

 無害そうな狐目。常に上向きに固定されている口端。顔立ちこそ整っているのだろうが、能面のような笑みからは胡散臭さしか感じない。

 薄く開かれた目からは酷薄そうな瞳がのぞき、まるで道端の石ころを見るように俺たちを見下ろしている。

 モモ先生が若干キョドりながらも前に出る。なんとかギリギリのタイミングで担任である事を思い出したようだ。

 モモ先生は、フンガッ と気合を入れて強引に口角を上げた。どうやら笑顔のつもりらしい。 


「ほ、ほほっ 本日はお日柄もよくっ 絶好の練習試合日和でっ――――」

「モモ先生は下がっていなさい」


 クリスティナ先生の冷たい一言に、しゅんとなったモモ先生が、トボトボと下がっていく。軽く泣きそうになっていたので、小森ちゃんと虎穴が必死になだめていた。


「本日はお忙しいところお時間をいただきまして、ありがとうございます。名門校の胸をお借りすることが出来、光栄です」

「いいんですよ。ウチの生徒たちに自信をつけさせてやりたかったところです」


―――ビキリ


 そんな音が聞こえた気がした。

 ビョオッ と一陣の冷たい風が吹く。

  

「手加減が必要であれば前もって言ってくださいね?」



―――ブチッ



 太くて固くて黒くて長いの。地獄の大公を冠するその名は『蠅王』(ベルゼビュート)。

 数十人からの中級冒険者を容赦なく殺戮し、鉄の如き装甲を誇る火竜の肉を抉り、最も膂力が籠る咢をも拘束せしめた異形のムチ。

 チーム竜殺し(ドラゴンスレイヤー)最凶の武器が今。

 うねうねと宙を泳いでいた。


「ちょ、ちょっと…… かなでん、ゃばいょお」

「オレは…… ど、どうしよう旨鹿……」

「おいどうすんだよ一之瀬……」

「うるせえ、何だその伝言ゲーム」

 

 ヤバい。クリスティナ先生がおキレあそばされていらっしゃる。怖くて顔を見れない。

 一瞬で頭が冷えた俺たちは、そろりそろりと下がり始めた。もちろん極限まで気配を殺すことも忘れない。

 このままだとあの太くて固いのが無差別的にお肛門にお粗相をお働きあそばされるからである。

 巻き添えは絶対に嫌だ。

 しかしその時、突如として猛烈に存在感のある気配が立ち上る。


「はッ! 千田君っ!」


 千田君(HENTAI)だった。

 しかも既に彼は戦闘態勢に入っていた。ズボンをずり下げ、ブリーフを前後逆に装着し、ケツを突き出すというエコ仕様だ。正直ついていけないので無視だ。

 

 武戦のやつらもさすがに顔を引き攣らせながら距離をとる中、

 空気を読まない武戦の先生は更なる妄言を吐いた。

 

「なんなら2軍を連れてきてもいい。どちらにせよ敗北を糧に出来るかどうかはあなた方次第ですよ」


 ブワッ と瘴気が爆発。

 今か今かと太くて固いのが痙攣を始めた。その時―――




「う、ウチの子たちは弱くないですっ! 馬鹿にしないでッ!!」



 

 声を張り上げたのは幼女だった。

 眼には大粒の涙。拳を握りしめ、口をへの字に曲げ、ぷるぷる震えるその姿に迫力は無い。口喧嘩で負けた子供が、捨て台詞を吐いているようにすら見える。

 だから当然、武戦の連中は嘲りの笑みすら浮かべている。 

 しかし俺たちは違う。その幼女の、俺たちの先生の姿を笑うようなクズは、俺たちの中にはいるはずがない。


 クリスティナ先生の瘴気がフっと霧散する。

 いつもは鉄面皮の彼女が苦笑しているように見えた。 


「ほう、我々武戦高専に勝てるとでも?」


 その台詞に、幼女はズビビと鼻をすすった。


「勝ち負けじゃ――ふ、ふぐぅっ ないです! 頑張ってるんですッ ふびぃっ 酷い事言ったら うふぅ 許さないんだからッ!!」   


 終始、薄笑いを浮かべたままの武戦教師が、「では見せてもらいましょう」と生徒を引き連れベンチへと消える。

 未だ奴らを睨み付ける幼女の小さな背中を見ながら、俺はボソリと呟いた。


「意地、見せねえとな……」

 

明日、明後日は追加エピソードと SSもう1本追加のため更新しないと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。