ポークチャップ
名も知らぬリポーターさんの乾いた瞳が忘れられない。
色んなもので頭がごちゃごちゃになったまま家路につき、気付いたら俺は家の前にいた。初夏の日差しを浴び、やけに汗を吸い込んだシャツが気持ち悪い。
ドアを開けた瞬間、シロがものすごい勢いで走ってきて、やはりフローリングで滑ってごろごろ転がった。
無性に喉が渇く。気まずそうに見上げてくるシロを抱き上げたまま、お茶を飲もうと冷蔵庫の取っ手に手を掛ける。
先日穴を塞いだばかりの壁から何となく視線を感じるが、今の俺はいちいち突っ込む気にもなれなかった。
料理といえば昨日は俺もよく見ている人気料理番組の日だった。
素材まで完璧に掘り下げた2つの料理を前に、出演者たちが票を投じ、勝ったほうしか食べれないという過酷な番組だ。もちろん負けた方の料理はスタッフが美味しくいただいております。
日本人の変質的ともいえる『食』へのこだわりが前面に出た内容で、海外から来たお二人はドはまりしているらしい。確か昨日の対決は『トンカツVS生姜焼き』だったはずだ。
少しだけ嫌な予感を感じつつ冷蔵庫を開く。中には厚くスライスされた豚肉とタマネギ、そして生姜が堂々と鎮座していた。
豚肉の生姜焼きを作れという事だろう。わくわくしながら俺の様子を伺うアホ二人の気配をヒシヒシと感じる。トンカツ派の俺はちょっとだけイラっとした。
勝手に部屋に入られて、勝手に食材を放り込まれ、やつらの思惑通りホイホイ作るのもしゃくだ。
俺は肉と調味料を乱暴に引っ掴むと、シロを肩に乗せたまま晩飯を作り始める。タマネギと豚肉を炒める香ばしい香りと、炊飯器から立ち上る湯気が部屋に充満していく。
作り終わってリビングを振り返ると、テーブルには当然の如く姿勢を正す二人がいた。
メイドは少しだけそわそわしながら体を揺らし、イモ子は期待に目を輝かせている。何を言われなくても作ってしまった3人分のおかずと、艶々と炊きあがった4合ものご飯が恨めしい。
ちなみにメイドが仕事をしているところを俺は見たことがないが、雇い主が気にしていないのだから俺が口を挟む筋合いもないのだろう。
しかし、同時にここは俺の部屋である。正確に言えば親父の部屋なのだろうが、少なくとも親父以外にはそう言う権利が俺にはある。俺のルールが何より優先されてしかるべきだし、今日の晩飯も俺が決める。
俺は不敵に嗤いながらドンと大皿をテーブルに置いた。
「おお! 夢にまで見た生姜焼きでござ…………何コレ……?」
「トンカツにも勝る生姜焼き! ああッ タバサは感無量にございま……何ですかコレ?」
イメージとは見た目も香りもまるで違う料理を前に、アホ姉妹はアホ面のまま固まった。
目が点になった二人に向かって俺は満面の笑みで言う。
「ポークチャップだ」
アーニャが上目遣いでおずおずと口を開く
「わ、私は生姜焼きが―――」
「今日はポークチャップです」
「タバサは生姜焼きが食べれると思って―――」
「ポークチャップです」
ぴりりと刺激の聞いた黒い甘辛ソースの代わりに、べっとりと肉に纏わりついているのは、酸味の利いた真っ赤なソース。みんな大好きケチャップだ。
ずーんと落ち込んだ二人を見て少しだけ溜飲を下げる。
「体……っ ミナト様、生姜焼きを食べたくば対価に体をよこせと、そう仰るのですねッ!?」
「違います」
文句言うなら食うなとばかり、さっさとご飯をよそって食べ始めた。今日もお留守番を頑張ったシロも嬉しそうに鳴いて白米とリンゴを食べ始める。
「うう…… 今日は生姜焼きの日だったのに……あれ? おいしっ!」
「ああッ お嬢様お許しくださいませッ タバサは悪い女です。年下の男が本能の赴くままタバサを貪り、やがてはめくるめく肉欲の―――――旨ッ!」
飢餓時代を経験したじいちゃんは、米粒一つでも残そうものなら可愛い孫だろうが何だろうが容赦なくブン殴った。自由過ぎる二人に一泡吹かせてやりたいとは思っても、そもそも食べ物を粗末にするつもりは無い。
塩コショウで下味をつけた肉に片栗粉をまぶして、ニンニクオイルで炒める。仕上げに白ワインで溶いた大量のケチャップを投入して炒めるだけの簡単料理だが、味は間違いないのだ。
ジャンクなお味が割と好きな二人はいたく気に入ったらしく、タバサさんにレシピを要求された。レシピ以前にご飯作れるのかこの人。
結局、あっという間にご飯を平らげて、俺は今、ラプサン何トカという紅茶を啜っている。正面ではアーニャが香りを楽しみ、シロが舌を火傷して涙目になっていた。
タバサさんは先ほどとはうって変わり、美しい所作で紅茶とお菓子を用意している。まるでメイドみたいだ。メイドか。
「ミナト」
「ん? 何だ?」
アーニャがティーカップを両手で包み込みながら、ほんわか笑う。
銀の妖精と評される美少女のあどけない笑顔に、不覚にもドキリとした。
いかん、アーニャだぞ、コイツは残念イモ子なんだぞ。
「明日は頑張ってね」
頬に血が上るのがわかる。それを悟られたくなくて俺はプイッ顔をそらした。
シロが不思議そうに俺を見る。何を頑張るの? とでも言いたげの表情だ。
俺は口を尖らせながら言った。
「俺は補欠だぞ」
「知ってるよ」
「練習試合に出番なんかねえよ」
「それでも頑張って」
すると、洗い物を終えたタバサさんが、今度は勝手に寝室に入ってベッドメイキングを始めている。と思ったら慌てた様子で二人の部屋に戻ってまた帰ってきた。その両手には解説に困るものをいっぱいに抱えている。
「枕は二つ、ティッシュは枕元、馬鹿には見えないゴムが1ダースと…… ミナト様っ! 椿の花はどちらに置けばよろしいですか!?」
「古いわっ!?」
タバサさんがピシリと固まった。古いと言われてショックだったのだろうが、思わず突っ込んでしまった俺は悪くない。
しかもあのメイドならば終始監視した上、ベストなタイミングで花を落としてきそうな恐ろしさがあるので気にしたら負けだ。
俺は溜息をつきながらアーニャに向き直る。
「ふう、まあ気が向いたらな」
アーニャが『んふふ~』と緩んだ笑みを浮かべた。
本当に彼女があの【剣帝】なのかと首を傾げたくなる。猛者共が集う最前線で、空を駆ける戦乙女と目の前の女の子が同一人物であると知っていてもピンとこない。
これでは可愛いだけのただの女の子だ。いや、本当はそうなんだろうと思う。
「ミナト、アーニャを最前線に連れてって」
「古いって……」
もし戦争もダンジョンも無ければきっと日本にだって来ることも無く、普通に学校に行き、普通にオシャレして普通に恋する女の子だったに違いない。
そして、俺たちもまたきっと出会ってはいなかった。
「ダンジョンに…… 感謝かな……」
「?? 何が?」
「何でもねえよ」
俺は再度顔を逸らせながら、そう呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「絶対泣かす」
「オレはボコボコにする」
「潰すょ~」
「……殺す」
転送室の前でやけに殺気立つ葵さんとEチームメンバー。
先日、衆目の前であれだけ挑発されこき下ろされたのだ。気合が入らない方がおかしいものの、葵さんは少し物騒過ぎて怖い。
そんな俺たちを見て東雲が怪訝な表情を浮かべ、小森ちゃんなんかは涙目になってウロウロしていた。
「一之瀬君、Eチームは何かあったのかい?」
「ちょっと色々あってな。まあ緊張してるんだよ。相手が武戦だしな」
「そうか、しかし練習試合だ。胸を借りるつもりで頑張ろう」
「そうだな」
練習試合といってもいちいちバスで向こうの学校に乗り込んだりはしない。大会仕様の設定を申請したうえ、ダンジョン管理官と先生が事前に調整し、非殺傷フィールド内の座標を決めておけば、後は予定の時間に転送するだけだ。
だから飛んだらその先に奴らは要る。
全国トップを争うエリート高専生様が。ヘラヘラ笑いながら俺たちを見下したいけ好かない連中が。
先日の出来事を思い出す。旨鹿や弦月のほうが鼻息を荒くしているが、投げられた当人の俺は不思議とそんなに興奮はしていない。今思い返すと『エリートの焦り』みたいなものが何となくわかるような気がするのだ。
思い返すに、あの時やつらは既に練習試合の事を知っていたのだろう。それらしき事も言っていたような気がする。
武戦は強い。噛ませ犬フラグをビンビンにおっ立てた取り巻きの連中ですら、おそらくは東雲クラス以上の実力者だ。そんな連中の中からさらに選抜された15人。大口を叩くだけの事はあるのだ。
リーダー格の男は鹿島、と言ったか。ヤツは強い……と思う。
あの尊大さは実力に裏打ちされたものだというのが、滲み出る武威からもうかがい知れた。俺が投げられた時だって、最初から最後まで何をされたかわからなかったのだ。
そして何より、その鹿島以上にヤバい奴がいた。あの茶髪の女だ。アイツはヤバい。
ドS丸出しの嗜虐的な笑みを浮かべながら、スウッと上げた指先。今思い出してもゾッとする。結局、何をするつもりだったのかはわからずじまいだが、レベル差や武威に敏感な俺にはわかる。
おそらく威力もヤバい。何よりそれを外で、しかも街中で使う事を躊躇わない精神構造がヤバい。
「はーい! みなさん準備出来ましたか!? 先生は準備万端です!」
モモ先生は今日も元気いっぱいだ。
ふわふわボブカットと、まじぷり☆えんじぇるぷろてくたあΩをはためかせて、幼女スマイルをビシリときめる。
するとその横でクリスティナ先生がズイっとメガネを押し上げた。
今日の衣装は普通のビジネススーツだが、ストッキングを履いた足がやけに艶めかしい。先生が着ると淫乱女教師に見えるのはなぜだろうか。
「準備が出来たならば順次飛びなさい。今日の練習試合の目的は『勝つ』事ではありません」
「クリスちゃん! やるからには勝つんだよ!」
「黙りなさいモモ先生」
クリスティナ先生が右手に持った太くて固いのを、パシリと左手に打ち付ける。モモ先生がビクッと体を震わせた。ちなみに、男子はキュッとケツを締めた。
「今日の目的は『知る』ことです。自分たちがどの程度の実力を持つのか。同世代では日本最強クラスと呼び声高い武戦高専相手に、その力がどの程度通用するのか。これが終われば夏休みに合宿があります。各自、課題を見つけて合宿に臨めるようにしなさい」
ドライ過ぎる物言いも正鵠を射ていると思う。
俺たちの終わりはココではないし、見上げた先には無限の可能性が広がっている。
大人たちはソレをガキの妄想だと切って捨てるかも知れないが、それでも確かに俺たちには見えているのだ。
クソガキな俺たちは夢見てナンボだ。
「俺はとにかくエリート様を泣かしてやりたい。かーちゃんの許可も貰った」
「おう、オレはボコボコにするぜ!」
「弦月君、旨鹿君。君たちは先生の話をちゃんと聞いていたかい?」
「ぶっ潰すょ~!」
「……皆殺し」
「多々羅君っ 神城君ッ!?」
東雲が馬鹿相手に四苦八苦である。俺の苦労を思い知るがいい。
俺たちは、不敵な笑みを浮かべながら頷き合うと、転送室の扉を開けた。
「お前ら、いっちょやってやりますよ」
「「「ウェイッ!」」」
絶頂シーン → アウト
レベルアップ → セーフ
ようじょ → アウト
モモ先生 → セーフ
モモ先生のレベルアップ → 合法




