サムライ
今月引っ越し。
クリスティナ先生の試合開始の合図と同時に、佐々木が異様な気を放出させた。
魔導ではない。弦月さんが纏うような錬氣でも、能力向上効果を伴う闘気でもない。
酷く冷たく、そして研ぎ澄まされた刃のようなプレッシャー。
悍ましさや息苦しさの様なものは無いものの、しかしこうして正面からそれを浴びせられると、まるで鋭利な刃物を首筋に宛がわれている様な錯覚に陥る。
タラリと冷や汗が頬を伝った。
「よう兄弟、それがセクシーミストってやつか?」
引きつるように右頬を釣り上げながら俺は言う。
すると、佐々木はあくまで爽やかスマイルのまま、とぼけるように言った。
「そうだよ一之瀬。セクシーだろう?」
「ションベンちびりそうなくらいセクシーだよチクショウ……っ」
俺は動かない。いや、動けなかった。俺が一歩踏み出したその瞬間にコイツは何かを仕掛けてくる。確信にも近いイメージが何度も俺の頭の中で再生された。
粘度の高い汗で、ライジングのグリップがヌルリと滑る。ミスが無いよう、いつも以上トリガーに深く指をかける。
大したレベルではない俺にだってわかる。コイツはとんでもない使い手だ。
さすがですねと言わんばかりに目を細めるクリスティナ先生が視界の隅に映った。
どうやら先生は知っていたようだ。コイツの本性を。
「お前、猫被ってやがったのか……」
「猫被ってはいないよ。セクシーにやらなかっただけさ」
「ざけんなよ……っ」
入学して既に数か月。今の今まで牙を隠し続けて来た理由は何だ。
油断を誘うためか? いや、そんな事をして何の意味がある。1巡目、2巡目で女子相手に簡単にやられたその意図は何だ。
目立たないよう地味に生きたい? ならば普段のアホ極まりない言動だっておかしい。一体コイツは何がしたいんだ。
「今日のトーナメント、手ぇ抜いてわざと負けたってのか?」
「女の子はメロメロにするものさ。手を上げるなんてセクシーなボクには似合わない」
考えれば考えるほど腹が立ってくる。おそらくコイツの実力は葵と同等か、それよりも上だ。それなのにコイツは猫被ってやがった。
もちろん、死に戻りの有無というファクターは大きい。意思決定に大きな影響を与えるだろう。それでもコイツは肝心要な時に出し惜しみしやがった。
「お前、これほどの力があるなら、あの時火竜戦にだって参加出来ただろう……ッ?」
「ボクは【サムライ】対人特化の在来者なんだ」
「――ちょっ おま……っ! 在来者!?」
在来者とは、術と魔を連綿と血に刷り込み続けてきた武の一族である。
レベルや魔導とは一線を画す概念と技術によって、戦いの場に躍り出た彼らは総じて強い。
浮世先輩に仕える風魔みるくも忍者だった。見る限り虎穴の操札術だって魔導と在来技術の融合したものだ。
結界師の小森ちゃんはあまり強くないが、それでももしダンジョンなんてものが無ければ、結界術なんて十分チートだろう。
「しかも、【サムライ】って……お前」
「そう。ダンジョンなんてものが現れて、対人以外の技術を磨き始めたのはつい最近なんだよ」
日本のエルダーは忍者ばかりが有名だが、それ以外にもエルダー達は存在する。
剣の理を突き詰め、人の領分を超える武威を遺伝子に刻まれた戦士、【サムライ】もそうだ。
忍者と違い、比較的表舞台に居場所を築いていたサムライは、時代の流れと共に近代化と合理化の波に呑まれ、その技術のほとんどが喪失したと言われている。
しかし、現代に残った数少ない彼らを知る者は口を揃えてこう言うという。
――――サムライは強い、と。
「人は断ち斬れてもモンスターの装甲は抜けない。抜くためには新たな技術かレベルが必要だった。あの時はみんな死ぬ、そう思ったよ。セクシーじゃないよね」
俺は気取られないよう、ゆっくりと少しずつ腰を落としていく。
体重は親指の付け根に、姿勢はやや前傾。顎を軽く引いて上目遣い気味に佐々木を睨みつける。
ヤツは無防備に突っ立ったまま。半分以上さらけ出されている引き締まった上半身、その筋肉が緊張する兆しは無い。隙は……わからない。ある様にも無いようにも見えた。
「じゃあ今更本気を見せる気になった理由は何だ」
その問いに、一瞬キョトンとした表情を見せた佐々木だったが、すぐにさもおかしいといった風にゲラゲラ笑いだす。
その隙を狙おうと軸足に力を乗せる。しかし、それに気づいた佐々木が視線で牽制してきた。
「僕はサムライさ。だから仕えるべき主君を探しているんだ」
「この戦いとどう関係してくるのかわかんねえよ」
「わからなくて構わないさ。ボクがわかっていればいい。さて、おしゃべりはここまでにしよう」
話は終わりだとばかりに佐々木の目がスウッと細められる。と同時に佐々木の体から立ち昇っていた剣気が、吸い込まれるようにその身に収縮していく。そして後に残ったのは不穏な静寂と無造作に佇む一人のサムライ。
冷や汗が止まらない。あるはずの無い刃が俺の胸を貫くのを幻視する。
とにかく距離を、と足に力を入れると、カクリと膝が落ちた。
ダメだ。呑まれてはダメだ。動け、動いてくれ! 死ぬぞ!
その距離、目測約15m。俺たち冒険者にとっては有って無いような射程距離
佐々木はゆっくりとした所作で腰を落として左足を引いた。そして左手を鞘に添え、親指を鯉口に充てる。
更にそのまま前のめりに上体を倒し、そして―――
朗々と謡った
「疾風ぇ也 さざ波ィ也 振らば残滓 いなづまのォ如く、也」
クンッ と鯉口を切る音が聞こえた気がした。
と、同時に全身の毛穴が一つ残らずかっ開く。
来るッ!
「岩流居合―――夜陰の残響」
「くそったれッ!」
――――ォンッッ
一閃
空間切り裂く刃の姿は果たして残像か。
生死の袂を別つ銀の粒子が、残滓となってやがて空気に溶ける。
無様に這いつくばった俺の前に、切断された髪がハラリと舞った。
一瞬で踏み込んだっ? いや違う、斬撃が飛んで来やがった!!!
運が良かった以外の言葉は無い。足が動けば後退していた。そして後退すれば斬られていた。後先考えず、無様に地面に転がって正解だったという事だ。
キッと佐々木を睨み付けると、既に納刀を終えたヤツが、嬉しくてしょうがないといった風に笑っていた。
「セクシー。今のを避けるんだね」
「殺す気かよ」
「峰打ちさ」
「変わんねぇよッ!!」
髪の毛切断する峰とか聞いたことねぇよ。
斬撃が飛んでる時点で居合とかけ離れてるだろ。
だが、おかげさまで硬直が解けた。この距離なら……いける! 喰ってやるっ!
俺は躊躇なくライジングをぶっ放した。
―――ドンッ ドンッ ドンッ
そして俺は目を見張る事になる。
「魔導弾を、斬った……だと……っ」
確かに俺程度の力でチャージした魔導弾はかなりの勢いで減衰する。
しかしそれは威力の話であってスピードの話ではない。速度自体は実銃より多少遅い程度なのだ。それなのに―――
「【サムライ】は近代火器が登場しても刀に拘ったんだ。だったら火器に対抗する技術を磨くのもまた当然。セクシーだろう?」
「頭おかしいわっ!」
やってることが無茶苦茶過ぎる。
銃口から軌道を予測するのはわかる。トリガーを引く指の動きからタイミングを読み取るのもわかる。
しかし、銃弾を『避ける』ではなく『斬る』のがわからない。
最初に斬ろうと思った奴は馬鹿だし、その技術を体得しようとする奴は大馬鹿だ。そして実際にそれを身に着けた奴はもう、基地外としか言いようがないだろう。
屁で空を飛ぶとか、右足が沈む前に左足を出すとか、そのくらい有り得な―――いや右足が沈む前に左足出すのは忍者やってるわ。あいつらも頭おかしい。
ともかく現実逃避はよそう。認めるんだ。サムライは…… 佐々木一輝は化け物だ。
遠距離からの銃撃すら防がれるのであれば、俺の採れる選択肢は一つしかない。
俺はナイフを逆手に持ち替えてきつく握りしめる。トリガーには指をかけっぱなしだ。
「迫撃……だね?」
少しだけ落胆が滲む問い。言外にお前は俺に勝てないと言われているような気がして、盛大に唾を吐いてやる。
「無茶だってか……?」
「2尺3寸はボクのセクシー領域さ。知ってたかな? サムライは迫撃を極めたエルダーだって」
「だったら見せてくれよセクシー侍さんよ―――っ!!」
突撃。
獣のように低い前傾。長期戦では勝てない事がわかりきっている。だからこその特攻だ。
接敵まで15m 時間にして1秒強
後ろ手でライジングのM-Sc、と同時に発砲。
威力は捨てた。目くらましだ。ありったけバラまいてやる
いつもより軽い発砲音と共に、魔導の光が巻き散らされる。
コンマゼロ数秒タイミングをずらして歩幅を調整、残りは10m。
そして見上げた光の粒子の向こう側、薄く笑うヤツの目が真っすぐに俺を捉えている事に恐怖する。
だが止まれない。止まらない。行け、前へ!
「おおぉォォッ!!」
世界から音が消えた。全てはスローモーションだ。
ヤツの親指が鯉口を跳ね上げる。
鈍い銀光が弧を描くように下から上へ。その軌道、その軌跡についてイメージだけを信じる。
低く、もっと低く。
地を這うような体勢からナイフを持った右手を引いた。
「ガ――ッ」
右肩から背中を抜ける衝撃。
斬られた。いや、浅い! 止まるな。意地を見せてやるんだ。
俺を見下ろす佐々木と一瞬だけ目が合う。
驚きに目を見開くヤツに向かって、俺は獣のように嗤った。
「セクシーだろォォッッ!?」
◇ ◇ ◇ ◇
「それでは結果はっぴょ~~~っ!!! ヒュ~ ドンドン パフパフ~~~!!」
帰還ゲートの周りで体育座りをする俺たちの前を、モモ先生が満面の幼女スマイルではしゃぎまわる。
こうして天真爛漫な先生を見ていると、もしかして合法ロリじゃなくて天然ロリなのではないかと一瞬本気で迷った。
先生には妹さんがいるらしいが、妹さんはもっと真理男さんドストライクな感じなのだろうか。もはや犯罪臭しかしない。
「今日はみなさんご苦労様でした! 頑張ったね! 頑張ったみなさんには先生ご褒美あげちゃいます!」
4回ものトーナメントを終えて時刻は夕方。冒険者と言えどもちょっとしたイベントの後である。みんなの疲労の色も薄くは無い。
ウチのシロなんかは疲れてしまったのか、今は俺の制服に潜り込んで可愛い寝息を立てている。
そしてそんなシロを、葵が指を咥えてじ~っと見ているが何か気になる事でもあったのだろうか。
軽く見回すとみんな苦笑している。取材クルーの人たちでさえも、既にもも先生のキャラは把握しているらしい。
さすがに見た目幼女な先生にご褒美とか言われて、本気で気色ばむような変態なんてこのクラスにはいない。
「ふっ ご、ご褒美……ッ ふうっ ローリーさんとらりるれろーりー……ッ」
不穏な妄言が放たれた方に目を向けると、千田君が雑念を払うかのように腕立て伏せをしていた。
珍しい事もあるもんだと思ったら、微妙に地面で股間を刺激していた。彼のストライクゾーンは無限だ。
「んんッ オホンッ モモ先生。時間も押しているので早く説明を」
「はっ そ、そうですね! すみません! それでは今一度結果を確認しま~す! 呼ばれた人は立ってくださ~い! まずはレギュラーのみんなっ!」
そうしてモモ先生は誇らしげに勝者の名前を読み上げ始めた。




